私立第三新東京中学校

第七十一話・想いのかたち


「ちょっと、碇君!!」

洞木さんが、アスカの腕をつかんで引きずるような格好で、こっちに向かいな
がら、僕に呼びかける。僕はその声に何事かと振り返り、綾波もそれに倣う。

「何、洞木さん?」
「綾波さんと碇君でつかつか歩いちゃってるけど、これからどこに行くか、決
めてあるの?」

洞木さんがそう言うと、トウジとケンスケも自分達に関係がありそうなので、
その声につられてこっちにやって来た。

「まだ決めてはいないけど、取り敢えず駅前に向かえばいいかと思って。」

僕は洞木さんの質問にそう答える。すると洞木さんは僕に向かって言った。

「確かに碇君のいう通りだけど、向こうで慌てる前にここで決めておきましょ
うよ。」
「洞木さん達は、僕とアスカが来る前に何かそういう話はしなかったの?」
「した事はしたけど、それほど時間があった訳でもないし、あんまりそういう
事の相談向きのメンバーでもないから。」

洞木さんはそういいながら、トウジとケンスケの方に視線をやる。するとトウ
ジは少しむっとしたような顔をして、洞木さんに向かって言った。

「すまんかったのう、いいんちょー。わいらは役に立たん人間で。」
「す、鈴原達には後でちゃんと手伝ってもらうから。」
「荷物持ちやろ?なんだかなあー・・・・」
「いいじゃない、付き合ってくれても。それともあたしに付き合うのはいやな
の?」
「べ、別に嫌っちゅう訳やないんやが・・・・」
「なら決定よ。もうここまで来たんだから。」
「しゃあないのう・・・・」

トウジはまだ僕たちに付き合うのに不平たらたらだったが、洞木さんの言葉に
負けてしまっていた。ケンスケはそんなトウジを見て、何か感じるところがあ
ったようだが、口には何も出さなかった。一方洞木さんは、トウジの事が片付
いたと見て、話を続けた。

「で、綾波さんはどこか目当てのところとか、行きたいところとかはあるの?」

すると、綾波は静かに答える。

「別にないわ。私はそういうの、よく分からないし、碇君の連れて行ってくれ
るところなら、どこにでもついていくから。」
「そ、そう・・・じゃあ、碇君は?」
「僕?僕も綾波と同じでそういうの、よく分からないから、何でもあるデパー
トにでも行けばいいんじゃないかな?」
「そうね。アスカはどう思う?」

洞木さんは黙っているアスカに話を振る。アスカはいきなり自分のところに話
が来たのに驚いたが、とにかく洞木さんに答えた。

「ア、アタシ!?アタシは・・・・アタシもシンジについてく。」
「そう・・・アスカもそう言うなら、碇君のいう通りにしましょ。デパートな
ら何でもあるだろうし、服だけでなく、綾波さんにはいろいろと必要みたいだ
から。」

洞木さんの決定に、誰も反論するものはなく、結局そういう事になった。話が
終わっても、さっきまでのようにみんな散り散りにならずに、割と一つに集ま
っている。しかし、みんな話がないのか、なぜだか黙っている。僕はそんな雰
囲気が嫌だったので、自分から会話をスタートさせる事にした。

「ね、ねえ、洞木さんが言ったように、綾波に何を買ったらいいか、なにかな
いかな?これも今のうちに考えておいた方がいいと思うんだけど・・・」
「そうねえ・・・・綾波さん、何か欲しいものある?」

洞木さんが綾波にそう尋ねる。すると綾波は洞木さんに向かって静かに一言答
える。

「碇君。」

すると、僕も洞木さんももちろん仰天したのだが、さっきまで僕と綾波が一緒
に歩いていても、何も言って来なかったアスカが、大声で綾波に叫んだ。

「ちょ、ちょっと何言ってんのよ、アンタは!!アンタ、自分が何言ってるの
か、わかって言ってるの!?」
「わかってるわ。私は碇君が欲しい。私が碇君ただ一人のものであるように、
私も碇君を私一人のものにしたいもの。」
「アンタ、おかしいわよ!!」
「どうして?」
「シンジはアンタの為だけにいるんじゃないし、アンタもシンジの為だけにい
るんじゃないのよ!!わかる!?」
「あなたの言う事は、わからないわ。私は碇君の為だけに存在してるから。」
「そんなの病的よ、絶対!!」

アスカが綾波にそう言うと、僕はちょっとまずいと思った。アスカも綾波がち
ょっと普通でない事を感じている。確かに今の綾波の発言は普通ではない。
僕は綾波にそうなって欲しくはないのだ。綾波はだんだんと人間らしさを増し
て行ったのだが、やはりまだ、普通でない感は拭い切れてはいない。僕は、綾
波の側から離れた方がいいのではないだろうか?そう思いさえもした。
しかし、僕がそんな事を考えている間にも、二人の話は続く。

「じゃあ、あなたはどうなの?碇君を自分一人のものにしたくはないの?」

綾波がアスカにそう言うと、アスカははっとして息を飲む。アスカが硬直して
しまっていると、綾波は更に話を続ける。

「あなたはそうかもしれないけれど、私は違う。私は、私と碇君との間に立ち
はだかり、邪魔するものの存在を許せない。」

僕は自分の考えに沈んでいたのだが、綾波のこの言葉を聞いて、我に返った。
綾波はいたって落着いて話しているが、はっきり言ってこの考えは危険すぎる。
アスカを排除しかねないからだ。僕は慌てて綾波を止めに入った。

「ちょ、ちょっと、綾波!!」

僕が綾波とアスカとの間に割って入ると、綾波は僕の方を向いて、微笑んで言
った。

「心配しないで、碇君。私は碇君がこの人に想いをかけている事を知ってる。
だから、碇君が悲しむような真似は、絶対にしないから。」
「ほ、ほんとに!?」
「碇君に嘘は言わないわ。私は碇君の為にいるのだから。」
「な、ならいいけど・・・」

僕と綾波がこんなやり取りをしていたその時、それまで黙り込んでいたアスカ
が、急に話しはじめた。

「アタシは・・・・アタシは違う。」

アスカはさっきの綾波の言った言葉について、自分の考えをまとめていたよう
だった。なぜなら、アスカはその間、僕と綾波との間になされた会話を、全く
聞いていたようなそぶりを見せなかったからだ。そして、僕はアスカが何を言
おうとするのか、じっと黙ってその言葉を待ち、綾波も、どう考えているのか
分からないが、アスカの方に注目した。

「アタシはアタシでシンジを縛るつもりなんてない。そんなの、アタシにとっ
ても、シンジにとっても、いい事とは思えないから。ただ・・・ただ、アタシ
はシンジの一番でいい。シンジにとって、アタシが一番の存在でいられたなら、
アタシはそれで十分。それ以上は何も望まない・・・・」

僕は、アスカのその言葉を聞いて、アスカと綾波の違いというものを、まざま
ざと見せ付けられたような気がした。人にはそれぞれ、想いの形というものが
あるだろうが、僕には綾波のそれよりも、アスカのものの方が自然に感じられ
た。僕がふと綾波の方を見ると、綾波はアスカのこの言葉に、全く感銘を受け
たようには見えなかった。ただ、その冷たいような目で、アスカの方を静かに
見つめている。きっと、今の綾波には、僕以外の人間から、何を言われたとし
ても、全く効果はないだろう。僕にはそれがとてもよくわかっているだけに、
苦しみを覚えた。僕は本当に、綾波を普通の人間のように変えていく事が出来
るんだろうか?そして、綾波が独り立ちする日を、いつか迎える事が出来るの
であろうか?僕にはわからないが、何だか随分怪しい事のように思えて来た。
そして、僕はそんな辛さから逃げるように、アスカの方に視線を移した。アス
カはそれまで目を伏せていたのだが、僕がアスカを見た時、アスカもちょうど
顔を上げて、偶然に僕と視線が合った。すると、アスカはちょっとびっくりし
て、顔を赤く染めたが、優しく僕に微笑んだ。僕はそれを見ると、同じくアス
カに微笑みを返す。僕にはその時、アスカの微笑みが、とても好ましいものに
感じられたのであった・・・・


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