私立第三新東京中学校

第七十話・歩きながら


しばらくして、僕とアスカは何事も無く、綾波のうちまでたどり着いた。僕は
早速玄関のチャイムを鳴らした。

ピンポーン!!

僕がボタンを押すやいなや、すぐさま目の前のドアが開かれた。そしてそこに
は案の定、綾波の姿がある。

「碇君、おはよう。」
「あ、ああ、おはよう、綾波。それにしても出てくるのがずいぶんと早かった
ね。」
「私は碇君が来るのを待ってたから。」
「そ、そう、ありがとう。」
「気にしないで、私が勝手にしてることだから。」
「う、うん。」

僕が綾波と話をしていると、中からトウジをはじめとする、今日のメンバーが
顔を見せた。

「よう、シンジ。遅かったなあ。」
「トウジ、おはよう。でも、まだ時間になってないと思うけど。」
「わかっとる。せやかてこういう時は、早目に来て待っとるもんや。」
「確かにそうだけど、何だかトウジらしくないね。いつもだったらそんな事言
わないと思うけど。」

僕がトウジに向かってそう言うと、トウジはあきれたような、うんざりしたよ
うな表情を見せて僕に言った。

「いいんちょーや、いいんちょー。」
「へ!?」
「いいんちょーがわいのうちに来て、そう言うもんやから、わいもこない早く
来てしもうたんや。」
「そうか、なるほど。洞木さんならそういう事言うかもしれないね。」

僕がそう言うと、トウジの後ろから洞木さんが顔を出して、僕に尋ねてきた。

「碇君、それより、アスカは?姿が見えないけど。」
「あ、ああ、アスカなら、ちゃんといるよ。アスカ、ちょっと!!」

僕は洞木さんには見えないところにいるアスカに、こっちにくるように呼ぶ。
僕が呼ぶと、アスカは洞木さんに向かって、自分が見えるように顔を出した。

「アタシならここにいるわよ、ヒカリ。」
「そう、ならいいけど、碇君しか見えないから、心配しちゃったわよ。」
「ごめん、ヒカリ。」
「ううん、いいわよ、別に。じゃあ、みんなそろったことだし、行きましょう
か。」

洞木さんはみんなに向かってそう言った。僕たちは黙ってそれに従い、ぞろぞ
ろと綾波の家を後にした。

そして、行く途中の道にて・・・・

「アスカ、今日はどうかしたの?」

洞木さんが隣で一緒に歩いているアスカに尋ねる。するとアスカは静かにそれ
に答えた。

「どうもしないわよ、別に。」
「ほんとに?何だか今朝会った時から、いつものアスカとは違うような気がし
たし、それにほら・・・・」

洞木さんはそう言うと、前方を歩いている僕と綾波の方に視線を向け、アスカ
に示唆する。

「碇君が綾波さんと二人で歩いてるのに、何とも思わないの?」
「思うわよ。当たり前じゃない。」
「思うなら、どうしていつもみたいに怒って邪魔しないの?アスカらしくもな
い・・・」
「シンジがあの娘と歩いてるのを見ても、うらやましいなあー、っていう気持
ちはするけど、別にそれを邪魔しようとか、そういう気持ちにはもうならない
の。」

アスカが洞木さんに向かってそう言うと、洞木さんはアスカの顔をまじまじと
見つめて言った。

「どうしたの、アスカ?やっぱり今日のアスカはおかしいわよ。」
「そう?やっぱりヒカリにもわかる?」
「わかるわよ。あたしたち、親友じゃない。」
「そうよね。やっぱりわかっちゃうわよね。」
「で、本当にどうしたのよ?」

洞木さんが重ねてアスカに尋ねると、アスカは静かにそれに答えて言った。

「昨日、夜、シンジと話をしたの。」
「うん、それで?」
「で、今朝起きたらこうなってたの。」
「・・・・それだけ?」
「うん、それだけ。」
「碇君はアスカに何を話したの?」

アスカは洞木さんに尋ねられると、昨日の出来事を思い出したのか、顔を真っ
赤にして、洞木さんに言った。

「・・・そんなこと言えない。恥ずかしい・・・・」

洞木さんはアスカの赤面する様子を見て、どんな凄いことを言われたのかと思
って、アスカに説明を求めた。

「ちょ、ちょっと、アスカ!?そんなに凄い事言われたの、あの碇君に!?」
「ううん、そんな事ない。」
「じゃあ、どうしてそんなに顔を真っ赤にしてるのよ?」
「だって、恥ずかしいから・・・・」

洞木さんはアスカのその変貌ぶりに、ただあきれるばかりであった。しかし、
ただそうしてあきれてばかりもいられないので、洞木さんはアスカに話してき
た。

「まあ、それはいいとして、アスカは碇君の側にいなくてもいいの?」
「そんなわけないじゃない。アタシだってシンジの側にいたいわよ。」

アスカは割と普通に戻って、洞木さんに返事をした。洞木さんはそれを聞くと、
いくらか落ち着きを取り戻して、アスカに更に質問を重ねた。

「じゃあ、どうしてアスカはここにいるの?碇君のところに行かずに・・・」

洞木さんがアスカに尋ねるやいなや、アスカの顔はまたまた紅潮していた。そ
して、恥ずかしげに洞木さんに答える。

「恥ずかしいから。」
「どうして?そんなに恥ずかしいことじゃないじゃない。」
「ヒカリにだってアタシの気持ち、わかるでしょ?鈴原に見られた時は、すぐ
顔を真っ赤にしてるくせに・・・・アタシもそれと同じよ。」
「そ、それはそうだけど、でも、アスカが!?アスカはあたしたちの目の前で
碇君にキスしたくらいじゃないの!!」
「きっとどうかしてたのよ、アタシは。あの時はアタシも普通じゃなかったし。」
「で、でも、どうしてまた、いきなり!?」
「アタシにもよくわからない。でも、アタシはシンジのことを、安心して見て
いられるようになったの。」
「そ、そうだったの・・・」

洞木さんはアスカの言葉を聞くと、納得したような顔を見せたが、アスカに向
かって、もう一つ尋ねた。

「もしかして、アスカ、とうとう碇君に好きだって言われたの?」
「ううん、シンジはやっぱりそんな事は言ってくれない。でも、アタシはシン
ジに嘘をつかれるよりは、そっちの方がいいの。それに・・・・」
「それに?」
「それに、シンジが初めて人を好きになったとしたら、その相手はアタシだろ
うって言う実感が持てたから・・・・・」

一方、僕と綾波は、アスカと洞木さんがそんな話をしているとも知らずに、二
人で並んで歩いていた。もちろん、アスカのことが気にならない訳ではなかっ
たが、それでも、そうしょっちゅう気にしてもいられなかったのだ。

僕は綾波と歩いている間も、黙って先の地面を見つめたまま歩いていた。綾波
も僕と同じように黙っていたが、時々ちらちらとぼくの方に視線をやっている
のが感じ取られた。しかし、そんな沈黙の時間もそういつまでも続くものでは
ない。しばらくすると、綾波が僕に向かって話し掛けてきた。

「碇君。」
「ん?何、綾波?」

僕は綾波のうちを出てから、はじめてちゃんと綾波の顔を見た。僕と視線が合
っても、綾波は顔を赤くするでもなく、視線をそらすでもなく、ただ僕の眼差
しを静かに受けとめたまま、僕に向かって言った。

「私は信じてるから。」
「え!?」
「私はいつまでも碇君のことを信じてる。」
「あ、綾波、何を・・・」

僕が綾波に尋ねようとすると、綾波は僕に最後まで言葉を言わせることなく、
それを遮った。

「それだけ言っておきたかったの。それだけ。」

僕は綾波にまだ疑問を持っていたが、それでも綾波の様子を見ると、何も言い
出せなくなってしまった。そして、僕が黙ってしまうと、綾波は様子を一変さ
せて、恥ずかしそうに僕に尋ねてきた。

「それより碇君?碇君が昨日、私に言ってくれたこと、覚えてる?」
「う、うん。」
「私、碇君に何をお願いするか、決めたから。」
「そ、そうなんだ。」
「うん。だから、碇君もそのつもりでいて。」
「う、うん。でも、綾波は結局何にしたの?」

僕がそう聞くと、綾波はさっと後ろを振り返って、アスカの方を見ると、すぐ
に、また視線を僕に戻して返事をした。

「その時になったら、碇君に言うから。邪魔が入るといけないし・・・・」
「邪魔!?邪魔ってアスカのこと?」
「あの人は、私と碇君が仲良くするのが気に入らないみたいだから。」
「それはそうかもしれないけど・・・」

僕が綾波の言葉に、あいまいな対応を見せると、綾波は僕に向かって力強く言
った。

「今日は私がメインの日でしょ?だから碇君も、私のわがままに付き合って。」
「う、うん・・・」
「碇君を困らせるような真似だけは、絶対にしないから。だから安心して、碇
君。」
「そ、そう?ありがとう、綾波。」
「私は碇君のためだけにいるの。碇君が望むことなら、何でも出来るわ。そし
て、碇君のためならどんなことでも我慢するから。」

僕は綾波の言葉に、ある意味恐怖のようなものを感じて、綾波の言葉をおしと
どめようとした。

「あ、綾波・・・何もそこまで言わなくても・・・・」
「ううん、これが私の気持ち。だから碇君は別に気にしないで。私は別に碇君
にその見返りを求めたりはしないから。ただ、碇君がいてくれるだけでいいの。
私はそれだけでうれしいから。」
「で、でも・・・・」
「ただ、今日だけは私のわがままをきいて。私は碇君が私の言うことをなんで
も聞いてくれるって言った時、とってもうれしかった。だから、私は碇君に私
の想いを知ってもらいたかったの。そして、碇君もそれに答えてくれると、私
はうれしい・・・・」

僕は綾波の言葉を聞きながら、辛いものを感じていた。アスカは僕が人を愛せ
ないということを受けとめ、それで、僕のことを待ち続けると言ってくれたの
だが、綾波はそれを受け入れることなく、ただ僕のことを信じ続けている。僕
は綾波の想いに返事をすることの出来ない自分が歯がゆかった。そして僕は、
それの罪滅ぼしの意味も込めて、今日綾波が僕に頼んでくることは、出来る限
り聞いてあげようと思った。今の僕には、そのくらいしか綾波にしてあげられ
ないのであるから・・・・


続きを読む

戻る