私立第三新東京中学校
第六十九話・はずかしアスカ
次の日になった。
昨日はあの後、たいした話もせず、それぞれ床についた。それぞれにはそれぞ
れの思いがあるだろうが、僕は余り気にすることなく、眠りについたのだった。
そして、朝を迎えた。今日はみんなで出かける日だ。僕はアスカを起こしに行
く事にした。
「アスカ、アスカ!!」
僕はアスカの身体を揺さぶる。これは毎朝やっている事だ。
「アスカ、今日はみんなで出かける日だよ!!」
「んんっ・・もう朝・・・・?」
「そうだよ。さ、起きて!!」
「ん・・・シンジ・・・って、キャッ!!」
アスカは急に悲鳴を上げると、はだけかけていた布団を頭からかぶった。僕は
どうした事かと驚いて、アスカに尋ねる。
「どうしたの、アスカ!?急に悲鳴なんか上げて?」
「な、何でもないの。いいから、ちょっと外に出ていて。」
「ほんとに大丈夫?」
「だ、大丈夫だから、お願い、シンジ。」
「わかった。じゃあ、出て行くよ。」
そう言って、僕はアスカの言うとおり、部屋の外に姿を消した。僕はアスカの
言動にかなりいぶかしく思ったものだが、またいつものアスカの気まぐれかと
思って、おとなしく何も言わずにそれに従ったのだ。一方、アスカは、僕が部
屋から出て、ドアをきちんと閉めた音を確認すると、潜り込んでいた布団から
顔を出して、一人つぶやいた。
「アタシ、どうしちゃったんだろう?いつもの事なのに、シンジと顔を合わせ
るのが、こんなに恥ずかしいなんて・・・・・」
そして場所は変わって、綾波の家へと向かう途中。
僕とアスカは並んで歩いていた。まだ、待ち合わせの時間にはだいぶ時間があ
るので、その足取りはゆっくりだ。
僕は今朝、出掛けにミサトさんに今日の目的と、もしかしたら遅くなるかもし
れない旨を伝えていた。ミサトさんは僕の言葉を聞くと、じっと僕の顔を見つ
めていたが、やさしく微笑むと、僕に向かってこう言った。
「頑張ってね、シンジ君。アタシは応援してるから。」
僕は、ミサトさんの言葉に、ただうなずくのみだった。ミサトさんは昨日の僕
とアスカのやりとりを、一部始終見ていたので、そう言ったのだろうか、それ
とも、綾波の服を買いに行くという事で、波乱の予感を感じ取ったのか、僕に
は判断しかねるが、とにかく僕はミサトさんがついていてくれるという事を強
く感じて、うれしく思っていた。
僕は今朝のミサトさんのやり取りを反芻しながらも、自然と視線はアスカの方
へと移って行った。アスカは何だか、今朝方から妙に元気が無い。いつものよ
うに僕に話をしてくれないし、今も僕とはちょっと距離を置いて歩いている。
僕は昨日の事が、アスカに大きな影響を与えたという事くらいはわかっていた
が、それでも僕が嫌われるような結果にはなるはずが無いと思っていた。
だが、現実問題として、アスカは僕を避けているように見える。少なくとも、
昨日僕とアスカでスーパーに買い物に行った時の様子とは大違いだ。何せ昨日
はかなりおめかしをして、僕に腕組みを迫ったくらいなのだ。それが、今日の
アスカは、口紅はおろか身なりも割と普通なもので、昨日とは比べ物にならな
い。それに手をつなぐ事すら要求しないで、何を考えているのか、アスカは僕
から一歩下がって、うつむいたままとぼとぼと歩いている。僕は別に手をつな
ぎたいとか、そういう事ではなくて、却って助かったと感じているのだが、そ
れでもなんだか調子が狂ってしまう。僕はちょっとアスカの事が心配になって、
アスカに声をかけてみる事にした。
僕は少し歩く速度を遅くして、アスカに気付かれないように、アスカの横に並
ぶようにした。僕の細やかな配慮のおかげで、アスカは僕が横にいる事も気付
かないまま、下を向いて歩き続けている。僕はそんなアスカを驚かさないよう、
最新の注意を払って、そっとアスカに声をかけた。
「アスカ・・・・」
「シ、シンジ!!」
アスカは僕がそっと話し掛けたにもかかわらず、かなり驚いて、顔を真っ赤に
染めると、僕から飛びすさった。
「い、いきなり声をかけないでよね!!」
「ごめん、アスカ。でも、どうしたの?今日は何だかちょっとおかしいよ。」
「そ、そうなのよ、アタシもそう思ってるの。」
アスカはそう言いながらも、僕からじわじわと遠ざかる。僕はちょっとショッ
クを受けたが、それでも聞かない訳にはいかないので、アスカがさがるのに合
わせて、僕もアスカににじり寄って尋ねた。
「顔も真っ赤だし、ひょっとしたら熱でもあるんじゃないの?」
「そ、そんな事はないと思うけど。シンジの気のせいよ、きっと。」
「そう?どれ・・・」
僕はいきなり、アスカが僕から遠ざかる時間も与えず、さっと近寄ってアスカ
の目の前に立つと、アスカの額に手を当てた。
「うん、アスカの言うとおり、熱はないようだね。」
「・・・・」
アスカは、これ以上出来ないというくらい更に顔を真っ赤に染めて、呆然とし
てしまっている。僕はアスカのそれを認めると、アスカに尋ねた。
「アスカ、どうやら熱はないみたいだし、今日は本当にどうしたの?」
「・・・・」
アスカはまだ返事を出きる状態ではないようだ。顔を真っ赤にしたまま、立ち
尽くしてしまっている。僕はそれを見て、更に疑問を深めて、アスカに向かっ
て問い掛けた。
「やっぱりおかしいよ、今日のアスカは。何だか僕の事を避けてるみたいだし、
僕、何かアスカを怒らせるような事をした?」
アスカは僕の言葉を聞くと、今度は慌ててそれを否定して言った。
「そ、そんな事無い!!シンジは何もしてないから!!」
「本当!?でも、じゃあ、どうして僕を避けるの?もしかして、昨日の事が原
因で・・・?」
「さ、避けるなんてとんでもない!!アタシは昨日の事、とってもうれしかっ
たし、シンジを思う気持ちは変わらないの。」
「じゃあ、どうして?」
「それが、アタシにもよくわからないの。アタシもどうして自分がこうしてい
るのか分からない。今朝、シンジに起こされた時から、何だかいつものアタシ
とは変わってしまったみたい。」
「今朝・・・?」
「そうなの。あの時、アタシは何だかシンジと顔を合わせるのが、恥ずかしく
て恥ずかしくて・・・・それでシンジに出ていって、ってそんなつもりじゃな
かったのに、言っちゃったの。」
「そうなんだ・・・」
「だから、別にシンジの事が嫌いになったとか、そういう事じゃないの。でも、
何だか前みたいに平気でシンジに手をつないで、とか、キスして、とか言えな
くなっちゃったの。シンジにはどうしてだか、わかる?」
「さあ、僕にはわかんないな。ただでさえ鈍感って言われ続けて来たのに、ア
スカに分からない事が僕にわかる訳もないじゃないか。」
「それもそうね。でも、アタシが自分の気持ちが分からないなんて、はじめて。
どうしちゃったのかしらね、ほんとに。」
アスカがそう言ったのを聞いて、僕はアスカの変化の理由について考えていた。
そして、やはり一つの事に思い至って、アスカに尋ねてみた。
「やっぱり、昨日の事かな・・・・?」
「シンジもそう思う?アタシにもそれくらいしか思い浮かばないの。でも、一
体何が!?っていうのが問題なのよね。」
「僕もそう思う。でも、何か変わった事で、問題がある?」
「あるわよ!!」
「何が?僕は別にアスカが僕の事を避けてるんでないって分かれば、それでい
いんだけど。」
「シンジはいいかもしれないけど、アタシはよくないのよ・・・・」
「だから、何が?」
僕がそう、アスカに聞き返すと、アスカはまたまた顔を真っ赤に紅潮させて、
恥ずかしそうに言った。
「・・・アタシは、シンジに手もつないでもらいたいし、キスだってしてもら
いたい。でも、恥ずかしくって、前みたいに無理矢理に言えないのよ。だから、
そんなのつまんないじゃない・・・・」
「そっか、アスカにとっては、そうかもね。」
「そんな他人事みたいに言わないでよ!!アンタにも関わってくる問題なんだ
から・・・・」
「それもそうだね、ごめん、アスカ。」
「じゃあ、シンジがアタシに何とかしてくれる?」
「何とかって?」
アスカはこれから自分の言おうとする事に、顔を赤らめる。こう顔を赤くさせ
てばかりいたら、体にも悪いだろう。僕はそんな事を考えながら、アスカの言
葉を待った。
「・・・・アタシが言えない代わりに、シンジがアタシに言うのよ。」
「僕が?」
「そうよ!!こんな恥ずかしい事、何度も言わせないでよね!!」
「ご、ごめん・・・」
「じゃあ、いいわね?」
「う、うん・・・」
「なら、ここで言って。」
「え!?ここで?」
「そうよ、早く。」
「しょ、しょうがないなあ・・・・アスカ、手をつないでいい?」
僕はしぶしぶそう言ってアスカに手を差し伸べる。すると、アスカは僕の予想
外の返事を返して来た。
「駄目。」
「え!?どうして!!アスカが言ってくれって言ったんだろ!?」
「人が見てるじゃない。だからここじゃ駄目。恥ずかしいから、うちに帰った
らアタシの手を握ってくれる?」
「い、いいけど、何だかなあ・・・・」
僕はアスカの言葉にあきれていた。そして、アスカは変わったとしても、やっ
ぱりアスカなのだと、痛感したのであった。これからもアスカには振り回され
る事になるのであろうか?僕はそんな不安を抱いていたのだが、それでもやっ
ぱり人前でやられるよりは、こうして恥ずかしがっているアスカの方が、僕に
とってはよかったのかもしれない。そんな訳で、僕は綾波の家に着くまで、こ
うしていろんな事に頭を巡らせ続けるのであった・・・・
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