私立第三新東京中学校

第六十六話・変わった理由


僕とアスカはその後もいろいろ料理を続け、時間が経っていった。

「ただいまー!!」

ミサトさんの声だ。思ったよりも早く帰って来たようだ。

「ミサトさーん、おかえりなさーい!!」

僕は火を扱っている為、出迎えには行けないので、台所から大きな声で返事を
した。するとミサトさんだけでなく、別の人の声が聞こえてきた。

「お邪魔するわね、シンジ君。」
「お邪魔しまーす。」

どうやら声から察するに、リツコさんと伊吹さんらしい。ミサトさんが連れて
来たのだろうか。と、僕が考えていると、当人達が僕たちのところに顔を出し
た。

「あれ、レイもいるんだ。珍しいわね、シンちゃん。」
「あ、ミサトさん、お帰りなさい。リツコさんと伊吹さんも一緒ですか?」
「そうよ。今日はみんなでパーっとやろうと思って。急に決まった事だから、
シンジ君には連絡しなかったけど、構わないわよね。」

ミサトさんが僕に向かってそう言う。僕は返事をしようとしたが、その前にア
スカが口を挟んだ。

「構うわよ!!全くミサトはいきなりそんな事勝手に決めないでくれる!?迷
惑するじゃない!!」
「そんな、アスカ、ミサトさんにそこまで言わなくても・・・・」
「ちゃんと言わないから、ミサトも付け上がるのよ!!」
「はいはい、悪かったわよ、アスカ。でも、何だかごちそう作ってるみたいじ
ゃない。どうしたの、これ?」

ミサトさんはそう言うと、テーブルに並べられた数々の皿を指差す。確かにこ
れではごちそうと言われても仕方がない。今度は僕がアスカより先に、ミサト
さんに答えた。

「アスカの料理の練習ですよ、ミサトさん。別にごちそうって言う訳じゃない
んです。」

僕が落ち付いた調子でミサトさんに話すと、アスカが血相を変えて僕に食って
掛かって来た。

「ちょ、ちょっと、シンジ!!何でミサトに話すのよ!?」
「え!?話しちゃまずかった?」
「当たり前でしょ!!これは秘密だったんだから・・・・」
「でも、綾波も見てるよ。」
「ファーストはいいの!!あいつは、自分から余計な事は絶対に言わないんだ
から。でもミサトはそうじゃないじゃない!!」

アスカが大声でそう言うと、横で聞いていたミサトさんは、むっとした顔をし
てアスカに言った。

「ちょっとアスカ!!それじゃあアタシがまるで噂を広めてまわってる女みた
いじゃない!?」
「違うの、ミサト!?」
「違うに決まってるでしょ!!」
「ほんとに?」
「ほんとのほんとよ!!」
「じゃあ、この事は黙ってて。いいわね!!」
「わ、わかったわよ。」

僕はミサトさんがアスカに一本取られたのを見てこう言った。

「アスカの勝ちだね、ミサトさん。もう、部屋に帰って着替えて来たら?」
「・・・シンジ君のいう通りね。悔しいけど、そうするわ。」

そう言ってミサトさんは僕たちの前から姿を消した。ミサトさんがいなくなる
と、視界には綾波の周りにいるリツコさんと伊吹さんが入り込んで来た。向こ
うも間を隔てていたミサトさんがいなくなったのに気がついたのか、こっちを
向いて僕に話し掛けて来た。

「シンジ君、レイはどうしてここにいるの?」

リツコさんは冷静な表情で僕に尋ねる。何だか尋問されてるみたいで、どうも
リツコさんは苦手だ。悪い人ではないのだろうが、僕はついおどおどとしてし
まうのだ。

「あ、リツコさん。それは綾波が僕たちに付いて来たいって言って・・・」
「レイが?」
「は、はい。」
「本当なの、シンジ君?」
「本当です。僕を疑ってるなら、アスカにも聞いてみてください。」
「別にシンジ君を疑ってる訳じゃないわ。でも、おかしな事ね・・・」
「どうしてですか?僕は別におかしな事じゃないと思いますが。」

そう言って僕は綾波の方にちらっと目をやる。綾波は僕とリツコさんの会話を
聞いているのかどうなのか、わからないが、とにかく黙っておとなしくしてい
る。どう見ても僕には、リツコさんが言うようなおかしなところは見当たらな
かった。
リツコさんは僕の言葉の調子から、僕が本当にそう思っている事を悟ったのか、
僕に向かってこう言った。

「シンジ君は今のレイを普通だと思うの?」
「はい。そう思いますが・・・」
「そう・・・どうもいろんな噂を聞いて、おかしいとは思っていたのよ。レイ
が変わってるって。」
「確かにここ数日で、綾波は急激に変わりましたよ。でも、それがおかしな事
ですか?」
「あまりに急すぎるわ。今までずっと、レイは変わらずに来たというのに・・・」
「でも、人は変わるものですから・・・」

僕がそう言うと、リツコさんは僕が何かとんでもない事を言ったかのように、
大きく目を見開いたが、すぐに落ち着きを取り戻すと、僕に向かって静かに問
い掛けて来た。

「シンジ君、あなたがレイを変えたの・・・?」
「え!?」
「今まで誰にも出来なかった、氷のようなレイを、あなたが変えたというの?」
「ぼ、僕は・・・・」

僕が何と言ってよいのか、うまく言い出せずにいると、それまで沈黙を保って
きた綾波が、リツコさんに向かって言って来た。

「私が変わったのは、碇君のおかげです、赤木博士。」
「あ、綾波・・・」

僕はいきなりの綾波の発言に驚いてしまっていたが、リツコさんは全く動じた
様子を見せずに、顔色一つ変えることなく、綾波に問いただした。

「本当なの、レイ?」
「はい。」
「どうしてなの?どうしてシンジ君が、あなたを変えたというの?」
「碇君は、私にとって、特別な人ですから。」
「それは知っているわ。でも、それではあの人と変わらないんじゃないの?」
「全く違います。」

綾波はリツコさんにこう聞かれると、きっぱりと返事をした。それはまるで自
分の意志が揺るぎ無いものだという事を示しているようだった。しかし、リツ
コさんも綾波と同じような冷静さで、更に綾波に向かって問い掛ける。

「どこが?」
「・・・・」
「言えないの、レイ?」
「言えません。いくら赤木博士でも、これは碇君と私の問題ですから。」

綾波が珍しい事に、リツコさんの質問に答える事を拒否した。僕はそれを聞い
て、かなり驚いたのだが、それに関してはリツコさんも僕と同じだったようで、
身動き一つしなかったとはいうものの、その目は何やら探るように、綾波に向
けて光り輝いていた。そして、リツコさんは綾波の事をしばらく見ていたのだ
が、やがて緊張の糸を解くと、静かに綾波に向かって言った。

「そう・・・ならいいわ。無理に聞いたりはしないから。」
「ありがとうございます。」

そして、そこで話は終わりとなった。いつもは必ずといっていいほど、人の話
に口を突っ込んでくるアスカも、なぜか今回のリツコさんとの会話には口を挟
んでこなかった。多分、アスカは僕以上にリツコさんが苦手なのだろうが、ど
うやらそれだけではないような気がした。また、アスカと同じに伊吹さんも、
黙って静かに話を聞いていた。まあ、こちらはアスカとは違って、自分の先輩
たるリツコさんの話に割り入るような事はないだろうが、それでもその目には
何か思う節があるような、そんな目をしていた。
しかし僕だけは至って普通で、どうしてみんながこんなふうな顔をしているの
かが分からなかった。そして、綾波も、僕と同じく全くいつもと変わらない表
情で、僕の方を見ていた。綾波が僕を見る眼差しは、何かを求めるような、そ
んな感じで、何も変わった様子は見当たらない。それはただ、ひたすらなもの
であった・・・・


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