私立第三新東京中学校

第六十五話・料理する目的


「待たせたわね、シンジ。」

アスカがようやく僕たちの前に姿を現した。
その時、僕はもう既に綾波のいれてくれたお茶は飲み干してしまっていた。僕
はアスカにお茶の事を告げる。

「遅かったじゃない、アスカ。綾波がお茶をいれてくれてたんだよ。」

そう行って、僕は綾波の目の前にあった、アスカの分の湯飲みを手にとり、ア
スカに向かって差し出した。するとアスカはその湯飲みと綾波を、交互にうろ
んげな目で眺めたものの、手に取った。

「へー、アンタがアタシの為に?珍しい事もあるもんね。」
「・・・・」
「じゃあ、せっかくだから、頂かせてもらうわ。」

綾波はアスカの言葉に黙っていたが、アスカはそれも気にせずに、綾波のいれ
たお茶を口にした。

「ん、なかなかおいしいじゃない。アンタもなかなかやるわね。」
「そんな事ないわ。このくらい誰でも出来るもの。」
「そう?ま、そんな事はどうでもいいわ。それよりシンジ、早速はじめましょ
うよ。」
「う、うん。そうだね。」

僕はアスカにそう答えると、立ち上がって台所に向かおうとする。すると、綾
波も僕に続いて立ち上がって、後ろから僕に声をかけてきた。

「碇君、私は何をすればいいの?」
「え!?綾波?えーと・・・」

僕がくちごもっていると、アスカが代わりに答えた。

「アンタは何もしなくていいのよ。そこで座って見てれば。」

アスカは綾波にそう言ったが、綾波はそれには答えずに、僕に向かって再度尋
ねてきた。

「碇君はどう思うの?私には手伝って欲しくないの?」
「そ、そういう訳じゃないけど・・・台所も狭いし・・・ね。」
「そうよ、シンジ。アンタにしてはよく言ったわ。誉めてあげる。」

アスカは僕に向かってこんな事を言ったが、綾波はまるでアスカなどいないか
のように、僕と会話を続けているような風に話し続けた。

「でも、この前は、三人でしたじゃない。だから今日も・・・・」

綾波はなかなか言う事を聞いてくれない。早くも自分の思う通りにしろといっ
たのを実践しているのだろうか?悪い事ではないのだが、いささか困ってしま
うところだ。僕は仕方ないので、なだめるように綾波に言った。

「ごめんね、綾波。今日のメインはアスカだから・・・・明日は綾波がメイン
だから、何でも言う事を聞いてあげる。それで勘弁してよ、ね。」

僕が綾波にそう言うと、アスカが慌てて割って入る。

「ちょ、ちょっとシンジ!!何でも言う事を聞くってなによ!?そんないい加
減なこと言っていいの!?」
「え!?ま、まあ、大丈夫だよ。綾波なら変な事も言わないだろうし・・・」
「それが甘いのよ、アンタは!!きっと後悔する事になるわよ!!」
「そ、そうかな?」
「そうよ、決まってるじゃない!!」
「で、でも、もう綾波には約束しちゃったし・・・・・って、綾波!?」

僕がアスカと話している間、綾波は僕たちのやり取りなど耳にも入っていなか
った様子で、何か下を向いて考え込んでいた。僕は綾波のその様子に驚いて、
綾波に呼びかけた。

「あ、綾波!?どうしたの!?」
「あ、碇君・・・・」
「どうしたの、下なんか向いちゃって?何か気に触った事でもあったの?」
「別にそんな訳じゃないの。ただ・・・」
「ただ?」
「ただ、明日碇君に何をお願いしようかと思って、考えてたの。」
「え!?」
「碇君、明日は私の言う事を、何でも聞いてくれるんでしょ?だから、私うれ
しくて・・・」
「そ、そうなんだ。はは・・・」

僕が綾波のその様子にあきれていると、アスカが僕に耳打ちして来た。

「ほらご覧なさい。絶対この娘、何かとんでもない事をアンタにお願いするわ
よ。」
「ら、らしいね。」
「一体どうする気、アンタは?」
「どうするって、どうしようもないだろ?」
「アンタはそれでいいの?」
「よくないけど、約束を破る訳にもいかないだろ?」
「そうかもしれないけど、どうしても駄目な時はアタシに相談すんのよ。アタ
シが何とかしてあげるから。」
「そ、そう?ありがとう、アスカ。助かるよ。」

僕はほっとしてアスカにお礼を言うと、アスカは僕に聞こえないような小さな
声で、一人つぶやいた。

「アンタがこの娘にキスでもさせられちゃ、たまんないからね・・・」

アスカがそうつぶやいた時、僕の視線は綾波にあった。綾波はまだ何か考えに
浸っている。僕はそれを見ると、アスカに静かに声をかけた。

「アスカ、綾波がこうしてるうちに、僕たちははじめてしまおう。」
「え!?う、うん。そうね。」

そう言うと、僕達はそれぞれエプロンを着ける。僕はまあ、当然として、アス
カもエプロンは自分専用だ。アスカがエプロンをした姿は、まあ、なかなか似
合っている。まだぎこちないところはあるものの、そうおかしくもない。
僕は冷蔵庫を開けると、いろいろ材料を引っ張り出す。まずは前回問題になっ
た、卵焼きからだ。

「まずはじめにアスカが一人で作ってみてよ。僕はそれを見て、悪いところを
指摘するから。」
「う、うん。じゃあ、やってみるわね。」

そう言うと、アスカは意気込んで卵焼きを作りはじめる。そしてしばらくする
と、何とか出来上がった。

「どう、シンジ・・・?」
「うん、まあ、一応形にはなってるね。で、肝心の味の方は・・・」

僕はそう言うと、菜箸で味見をしてみる。

「どう・・・?」
「うん、おいしいと思うよ。」
「ほんと!?シンジと同じ!?」
「え?うーん、それはまだのような気がするけど、とにかくこれもおいしいと
思うからいいんじゃない?」

僕がそう安心させるようにアスカに答えると、アスカはかぶりを振って僕に反
論した。

「駄目、そんなんじゃ。ファーストにはシンジの味が出せるのに、アタシはそ
れが出来ないなんて、癪に障るだけじゃないの。」
「そ、そう?でも、なかなか口では説明しづらいなあ。じゃあ、僕がやって見
せるから、よく見て、覚えるんだよ。」
「わかった。しっかり見てるから。」

アスカがそう答えるのを聞くと、僕は早速卵焼きを作る。僕の作る手際は、は
っきり言ってアスカの数倍は速い。しかし、僕はアスカにしっかり解らせる為
に、かなりゆっくりとやって見せた。アスカはそんな僕が作るのを、真剣な眼
差しで見つめている。僕はそんなアスカの姿を見ると、何だかうれしいような
気分にさせられた。
そうこうしているうちに、僕の卵焼きも出来た。僕はアスカに箸を渡すと、味
見してみるようにすすめる。

「味見してみてよ。どんな味がするのか、そして自分が作ったのとどこが違う
のかを確かめるんだ。」
「うん・・・」

アスカはそう返事をすると、菜箸を持って卵焼きをつまむ。

「おいしい・・・」
「で、次はアスカが作った方を食べてみるんだ。」
「うん。」

アスカはそう言うと、もう半分冷めかけている自分の作った卵焼きに箸を伸ば
した。

「おいしくない・・・」
「どう?何か解った?」
「アタシのはおいしくなくて、シンジのはおいしいっていうのがわかった。」
「そういう事じゃなくて、作り方の差だよ。」
「わかんない。アタシには同じに見えた。」
「・・・・そう、じゃあ、無理かもしれないね。」
「ど、どういう事!?アタシにはシンジの味の卵焼きは作れないっていうの!?」
「そうじゃないよ。ただ、すぐには無理かな?って思って。」
「すぐは無理なの?」
「うん。綾波がああだったから、簡単なものだと思ったけど、そうでもないみ
たいだ。」

僕がそう言うと、アスカはただでさえしょんぼりしていたというのに、一層沈
んだ表情を浮かべて、僕に言った。

「アタシはファーストにはかなわないんだ・・・・」
「そんな事いってる訳じゃないよ!!」
「どうして?ファーストは簡単に出来るのに、アタシには出来ないんだから、
そういう事でしょ!?」
「違うよ、アスカ。僕は知らないけど、きっと綾波も、かなり練習したんだと
思う。だからこうしてうまくなれたんだよ。」
「そうなんだ・・・」
「そうだよ!!だからアスカも頑張ればきっとすぐに上手になるよ!!」
「本当にそう思う、シンジは・・・?」
「もちろんだよ!!」
「シンジも・・・シンジもアタシが練習するの、付き合ってくれる?」
「当たり前じゃないか。僕はいつでもアスカに協力するよ。」
「・・・・ありがとう、シンジ・・・・・」
「うん。だから、アスカも元気だして。僕がついているから。」
「・・・うん。アタシも頑張る。シンジがおいしいって嘘をつかなくてもいい
くらい、料理が上手になるように・・・・」

僕はそんなアスカを見ていて、純粋な喜びを覚えた。僕は前は義務で料理をし
ていたが、いつのまにか、料理をする事が好きになっていた。それに、料理は
僕に自信を持たせてくれた。何も持っていなかった僕に、人に誇れるものを持
たせてくれたのだ。僕は、アスカに僕と同じようになれとは言わない。しかし、
アスカにも何か誇れるものを持ってもらいたい。それが料理であれ、何であれ。
とにかく、僕はアスカが何かに真剣に取り組む姿勢を見せてくれて、本当にう
れしい。生き甲斐のない人生は、味気ないものだと、僕は身に染みて知ってい
るのだから・・・・


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