私立第三新東京中学校
第六十二話・思わぬ遭遇
「じゃあ、行くわよ!!」
アスカは張り切ってそう言う。僕は黙ってにこにこしたままアスカの後に続い
た。
「忘れ物とかはないわね!?」
「大丈夫だよ。」
「じゃあ、はい。」
そう言うと、アスカは家を出てすぐの玄関先で、僕に向かって腕を差し出す。
しかし僕にはアスカが何を僕に要求しているのかわからずに、アスカに向かっ
て尋ねた。
「どうしたの、アスカ?その手は?」
するとアスカは顔を真っ赤にして、僕に向かって大きな声で言った。
「ア、アンタ馬鹿!?アタシが何を言いたいか、わかんない訳!?」
「わ、わかんないよ。」
「デートで女の子が腕を差しだすっていったら、腕組みしたいっていってるん
じゃない!!アンタはアタシにそんな事まで言わせるの!?」
「え!?腕組み!?」
「そうよ!!ほら、いいからとりなさい。」
僕が驚いていても、アスカはかまわずに自分の腕を僕の方に押し付ける。僕も
アスカと同じく顔を赤くしながら、アスカが差し出した腕を押し止めようとし
た。
「ちょ、ちょっと待ってよ、アスカ!!腕組みなんてそんな・・・」
「いいじゃない、デートなんだから!!」
そう言っている間も、アスカは僕の方に腕を押し付けるのを止めようとはしな
い。僕は困ってしまって、アスカに哀願するように言った。
「そ、そんな恥ずかしいよ。勘弁してよ、アスカ。」
「駄目よ、そんな事では見逃せないわ。」
「ア、アスカは恥ずかしくないの?僕と腕なんか組むのを人に見られても?」
「そ、そりゃあ、恥ずかしいに決まってるじゃない。」
「じゃあ、止めようよ、こんなの。」
「駄目よ。」
「ど、どうして!?」
「とにかく駄目なものは駄目なの。アタシはシンジと腕を組まなきゃ、一歩も
先に進まないから!!」
「そ、そんな無茶苦茶な・・・」
「どうなの!?アタシを腕を組むのか、アタシを置いて一人で行くのか。さあ、
決めなさいよ!!」
アスカは、どんな妥協も許さないかのようなはっきりとした力強い口調で、僕
に決断を迫った。僕ははっきり言って人前で腕など組むなど、恥ずかしくてし
たくもないのだが、アスカを置いて一人で行くなど論外なので、仕方なく腕を
組む事に決めた。
「わ、わかったよ、アスカ。組めばいいんだろ、組めば。」
「じゃあ、はい。」
僕はアスカの策にはまったような気がしたが、とにかくアスカと腕を組んだ。
そうしてようやく、僕たちはここから離れて、先へ進む事が出来た。
そして途中の道で・・・・
「アスカ、もうちょっと速く歩いてよ。」
「どうして?」
「なんかアスカを引っ張るような感じになってるからさ・・・・」
「いいじゃない、別に。」
「え!?何だかアスカらしくないね。いつもだと自分が先頭に立って行動する
のに。」
「そ、そう?」
「そうだよ。これじゃいつもの逆じゃないか。」
「た、たまにはいいんじゃない、こういうのも?」
「そうかなあ・・・?」
「そうよ。アンタはそんな事気にしなくていいのよ。」
この話は、この時はこれでおしまいになった。しかし、しばらく歩いていると、
アスカが僕に向かって声をかけてきた。
「シンジ、何だか歩くのがゆっくりになってない?」
「え!?う、うん。」
「どうしてゆっくり歩くの?」
アスカが僕にその理由を尋ねると、僕は少し恥ずかしがりながらも、本当の事
をアスカに話した。
「・・ア、アスカの歩く速さに合わせようと思ってさ・・・」
僕が顔を赤くしながらアスカにそう言うと、アスカは少し驚いて、しかもその
中にうれしさを秘めた表情をして、僕に向かって言った。
「・・シンジは、アタシの事を考えてくれたんだ・・・・」
「う、うん。まあ。」
「・・・・・ありがと、シンジ。でも、アタシの速さに合わせる必要なんてな
いから。」
「ど、どうして!?」
「とにかく、さっきの速さで歩いて。」
「でも・・・」
僕はアスカがどうしてそう言うのか理解できなかったので、アスカにうんとは
言えなかった。アスカは納得した様子を見せない僕を見ると、顔を真っ赤にし
ながら、僕に顔を背けて言った。
「アタシはね、シンジにリードしてもらいたいの!!だから!!」
アスカは、僕に面と向かってそう言うのが、かなり恥ずかしかったのだろう。
僕はそんなアスカの気持ちを悟ると、黙って歩く速度を速めた。アスカも黙っ
たまま、僕に引かれていった。
しばらく僕とアスカは黙って歩いていた。そして目指すスーパーが目と鼻の先
まで近づいたその時、僕たちに声がかかり、二人の沈黙は破られた。
「もしかして、アスカじゃない!?」
「え!?」
僕たちは声のした方に顔を向ける。そこには声をかけた本人の洞木さんと、そ
して綾波がいた。
「ヒ、ヒカリ!!」
「ほ、洞木さん!!」
僕とアスカはほぼ同じに驚きの声を上げた。すると洞木さんはやはり僕たちで
あったと知り、こちらもまた驚いて尋ねてきた。
「やっぱりアスカと碇君だったんだ。でも、どうしたの?その格好もそうだけ
ど、その腕・・・・」
洞木さんの目は、僕とアスカの組まれた腕にしっかりと注がれている。僕はそ
れに気付くと慌てて腕をはずそうとしたが、アスカは僕の腕をしっかりとつか
んだまま、放そうとはしなかった。アスカはそんな風に僕が腕を離そうとする
のも無視して、洞木さんに向かって話した。
「アタシとシンジはデートなの。ヒカリこそファーストなんか連れてどうした
のよ?」
「あ、あたしはアスカ達と別れた後、綾波さんと一緒に買い物に行こうって誘
ったの。でもアスカ・・・デート!?」
「そうよ!!デートなの。いいでしょ?」
「そ、そうね。でも・・・・」
洞木さんはそこで僕の方をちらりとみる。洞木さんは僕の方はどうなのだと言
いたいのだろう。しかし、僕が洞木さんに話し掛けようとすると、その前にア
スカが洞木さんに話し出した。
「シンジもデートだと納得の上よ。だからこんなにおしゃれしてんじゃないの。」
「い、言われてみれば、そうね・・・・」
洞木さんが唖然とした表情でそうつぶやく。確かに真面目一筋の洞木さんにと
っては驚くべき事だろう。僕もこんな事をしている自分に驚いているのだから。
しかし、言葉が途切れたそんな時、黙り込んでしまっていた綾波が、静かに言
葉を発した。
「碇君、本当にデートなの?この人と・・・?」
「え!?あ、うん。まあ、そういうこと・・・」
「そうなんだ・・・」
「う、うん。」
「碇君はうれしい?この人とデートできて・・・?」
「え!?」
「どうなのよ、シンジ!?」
「そ、それは・・・」
「はっきり言いなさいよ!!」
アスカが大声で僕に答えを求める。僕はしばらく黙っていたが、静かに答えを
口にした。
「・・・はっきりとした事は僕にはわからないけど、少なくとも僕はよかった
と思ってる・・・・」
「シンジ・・・・」
アスカは、僕が他の人が聞いている前でこう答えた事に、感動でもしているの
だろうか、言葉を詰まらせている。一方綾波は、アスカとは反対に、僕に向か
ってこう言った。
「碇君がうれしいなら、私はそれでいい。私は碇君が喜ぶ顔が見たいから。」
「綾波・・・・」
僕はそんな事を言う綾波の顔を見ると、何とも言えなくなってしまった。綾波
は僕に微笑んで見せているのだが、それは誰が見ても作ったものだとわかるも
ので、見ている僕を辛くさせた。綾波はそれでも、けなげに僕に向かって微笑
み続けているのだった・・・・
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