私立第三新東京中学校
第六十話・アスカらしさ
僕はアスカの唇から、自分の唇を離した後も、アスカの体を抱きしめている腕
を、緩めようとはしなかった。
「シンジ・・・」
僕はアスカに声をかけられて、ふと我に帰る。
「シンジ・・・もう、いい・・・」
僕はアスカに言われて、それまできつく抱きしめていたアスカを、ようやく解
放した。そして自分のしたことを考えて、アスカに謝る。
「ごめん、アスカ・・・その・・・いきなりしちゃって・・・」
「いいの、別に。ちょっとびっくりしたけど、アタシがシンジに頼んだことな
んだし。」
「でも・・・」
僕が更にアスカに謝ろうとすると、アスかは大きな声でそれを遮った。
「何も言わないで!!今のアタシは、シンジのその言葉の続きは聞きたくない。」
「アスカ・・・」
「聞くと、また辛くなっちゃうから、その先は言わないで・・・・」
僕は、アスカの気持ちを考えて、無駄な言い訳をこれ以上するのは、止めるこ
とにした。
「わかったよ、アスカ。もう何も言わない。」
「ごめんね、シンジ。わがままばかり言って。」
「いいんだよ、別に。わがまま言わないアスカなんて、アスカらしくないよ。」
「あ、言ったわね!?」
僕がちょっとアスカに皮肉を言うと、アスカはいつものように、ちょっぴり眉
を吊り上げて、僕に怒って見せた。僕はそれを見て、笑いながらアスカに明る
く言った。
「それだよ、それ!!やっぱりアスカはそうじゃないと。」
「な、何よ、それじゃあ、アタシが怒ってるのが、当たり前みたいな言い方じ
ゃないの!!」
「アスカが怒ってる時は、生気が満ち溢れてるような気がするんだ。怒ってな
いアスカなんて、ほんとのアスカじゃないよ。」
「アンタ、そんな風にアタシのことを見てたのね!?」
「僕だけじゃなくて、みんなそうだと思うよ。」
「アンタ、さっきからアタシを馬鹿にしてるの!?」
「そうじゃないよ。怒っている時みたいに、元気いっぱいなアスカじゃないと、
アスカらしくないって言ってるんだ。沈んだアスカなんて、きれいじゃないよ。」
僕がそう言うと、アスカは怒りを収めて、考える風な表情をすると、僕に聞き
返してきた。
「沈んだアタシって、きれいじゃないの・・・?」
「この前も言ったけど、僕は元気なアスカが好きなんだ。僕はどっちかって言
うと内気な方だから、周囲に元気を振りまいているアスカを、うらやましくさ
え思ってた。とても僕には真似の出来ないことだからね。」
「シンジ・・・」
「だからアスカには、いつまでも元気なアスカでいて欲しいし、そういうアス
カが見ていたい。少なくとも僕の前では、元気でいてくれないか?そして僕に
も、アスカの元気を分けて欲しい。」
僕がそう言うと、アスカはそれに導かれるかのように、だんだん表情を明るく
して、僕に言った。
「・・・シンジの言う通りね。最近のアタシは、ちょっとどうかしてたのよ。
全くアタシらしくない振る舞いだったわね。」
「うん。」
「そう言う訳で、アタシはこれからもとのアタシに戻るわ。シンジ、アンタに
も礼を言っておくわね。アタシがおかしいって気付かせてくれたんだから。」
「お礼なんていいよ。それよりもアスカが元気になってくれて、僕はうれしい。」
「そう?ならいいけど。でも、それにしても、やっぱり暇よね。何かすること
ないの?」
「すること?そうだなあ・・・」
僕は考える振りをしながら、アスカがいつもの調子に戻ってくれたのを、密か
に喜んでいた。おかしかった雰囲気もいつの間にやら消え去り、いつもと変わ
らぬ家庭の様子を見せている。僕はそれを強く感じて、ほっとしていた。
何だかんだ言いながら、僕はこういうにぎやかなのが好きなのだ。僕がここに
来るまで、ずっと知ることの出来なかった、にぎやかな、幸せで明るい家庭の
雰囲気というものが・・・・
そんな時、僕がうれしい考えに満たされているために、いつの間にやらにこに
こしてしまっていたのを、アスカは見逃さずに、いぶかしげに僕に言った。
「アンタ何にこにこしてんのよ。ちゃんと考えてるの!?」
「え!?ああ、もちろんだよ、アスカ。」
「信じられないわねえ。どうせ自分の楽しい考えに浸ってたんでしょ?アタシ
にはアンタの考えてることくらいお見通しなんだから。さあ、白状なさい!!」
「ま、まあ、そんなところかな?さすがアスカ、僕のことをよく分かってる。」
「感心して見せたって何も出やしないわよ。それより何かいい考え、ないの?」
「そういわれてもねえ・・・そもそも遊ぶのに二人っていうのがまずいんだよ。
みんながいれば、何でもすることくらいあるのに。」
「そんな当たり前の事言わないでよ。ヒカリ達がいるんだったら、アタシもこ
んなに悩まないわ。アンタとアタシ、二人だけなんだから、難しいんじゃない
の。」
「それもそうだね。それより、アスカに何かいい考えはないの?僕に考えさせ
るばっかりじゃなくて、自分でも考えてよ。」
「うるさいわね。アタシだってちゃんと考えてるわよ。いい考えが浮かばない
から、何も言えないんじゃないの。」
「そ、そう・・・?」
「そうよ!!そんな事はいいから、アンタも黙って考えなさい!!」
「わ、わかったよ。うう、やっぱり沈んだアスカの方が、静かでよかったのか
なあ・・・?」
「何か言った!?変な事言うと承知しないわよ!!」
「な、何も言ってないって!!アスカの気のせいだよ!!」
「そう?アタシには何か言ったように聞こえたけど。」
「気のせいだって!!そんな事気にしなくていいんだよ!!」
「・・・・まあ、いいわ。今のところは見逃してあげる。だからアンタもしっ
かり考えんのよ!!」
「わ、分かってるって。」
アスカはいつもと同じように怖かったが、僕にはそれが嬉しかった。また、ア
スカもどこかいつもとは違って見えた。何だか、口では怒っていても、どこか
しらに、楽しさがにじみ出ているような気がした。それがどこからくるものか、
僕には分からなかったが、とにかく僕は今を楽しむことにした。そして、アス
カに言われるがままに、これから二人ですることについて、考えを移していっ
た。
少しして、アスカが何かひらめいたのか、大きな声を上げた。
「そうだ!!」
「何、アスカ!?何かいいことでも思いついたの!?」
「そうよ!!やっぱりアタシは天才ね!!くだらないことでも、その素晴らし
い頭脳を発揮させるのだから!!」
「で、何を思いついたの?早く教えてよ。」
「それはね、料理よ。」
アスカはさも凄いことを思いついたかのように、重々しくもったいぶった態度
で、僕に向かってそう言う。僕はそれほどのものかと思って、思わず声を上げ
てしまった。
「料理!?」
「そうよ、この前アンタがアタシに手ほどきしてくれるって言ったのに、実現
しなかったじゃない。だから今日、それを実現させるのよ。」
「そ、そういえばそうだったね。」
「アンタは馬鹿だから、忘れてたんでしょ!?アタシはしっかり覚えてたのよ、
アンタと約束したことは。」
「ほ、ほんと?それにしてはずいぶん時間がかかったけど。」
「うるさいわね!!忘れてたアンタよりは数倍ましよ!!アタシには考えなき
ゃいけないことが他にあって、それで時間がかかったんだから。」
「そ、そうなんだ。」
「そうよ!!それよりOKなんでしょうね!?今日こそは付き合ってもらうわ
よ!!」
「も、もちろん僕には異存なんてないけど、でもアスカも知ってると思うけど、
材料がないよ。」
「そんなの買ってくればいいじゃないの!!どうせ後で買い物に行くつもりだ
ったんでしょ!?」
「そ、それもそうだね。じゃあ、これから買い物に行ってくるよ。」
僕がそう言うと、アスカはびっくりしたような顔をして、僕に向かって言った。
「アンタもしかして一人で行くつもり!?このアタシを置いて!?」
「だ、だってアスカは嫌だろ?買い物なんてさ。」
「嫌だけど、ここで待ちぼうけの方がもっと馬鹿らしいじゃないの!!アンタ
はアタシのことを考えたことがあるの!?」
「ご、ごめん。言われてみれば、そうだね。」
「アンタってやっぱり馬鹿ね。そんな事も気付かないんだから。」
「ご、ごめん・・・」
「もういいわ。それより、これから買い物としゃれこみましょう?場所がスー
パーじゃちょっと味気ないけど、これも一応デートみたいなもんよね。」
「デート!?」
「そうよ。アンタが忘れてた埋め合わせとして、これはデートにするの。だか
らアンタはアタシをちゃんとエスコートして、スーパーまで連れて行くのよ、
いいわね!?」
「エ、エスコートだなんて、そんな大袈裟な・・・」
「いいわよね!?アンタはアタシとの約束を破っただけでなく、すっかり忘れ
てたんだから!!」
「わ、わかったよ、アスカ。じゃあ、早速行こう、遅くなる前に。」
そういって僕は立ち上がり、玄関に向かおうとする。しかし、アスカが僕の前
にさっと立ちはだかって、僕が行こうとするのを止めた。
「ちょっと待って!!」
「な、何だよ、アスカ!?行くんじゃないの!?」
「アンタ、もしかしてそんな格好で行くつもり!?」
僕はアスカに言われると、自分の格好を上から下に眺め回した。しかし、そん
な変な格好ではない。いつもの格好だ。僕は自分がおかしくないので、アスカ
に向かって尋ねた。
「この格好のどこがおかしいのさ!?普段の格好じゃないか。アスカが言うほ
ど、おかしくないと思うけど。」
「アンタ馬鹿!?これはデートなのよ!!それにはふさわしい衣装ってもんが
あるじゃないの!!そんな普段着じゃ、許せないわ!!」
「でも・・・」
僕が反論しようとすると、アスカは僕に言わせる前に、きつく僕に言った。
「アンタが持ってる中で、一番いい服を着てらっしゃい。アタシもオシャレす
るから。」
「そ、そこまでするの?」
「そうよ!!アンタはアタシに恥をかかせるつもり!?」
「そういうつもりじゃないよ。ただ・・・」
「そういうつもりじゃないって言うなら、さっさとアタシの言う通りにしなさ
い!!」
「わ、わかったよ。すぐに着替えてくるよ・・・」
「そう、おとなしくアタシの言う通りにすればいいのよ。そうすれば、何も問
題はないんだから。」
僕はアスカにそう言われて、黙って自分の部屋に姿を消した。何だか物々しい
ことになってきたな、僕はそう思いながら、洋服ダンスの扉を開けた。中には
防虫剤臭そうな、なかなか着ることの無い服が並んでいる。僕はアスカに言わ
れたとおり、とっておきの服を取り出すと、そそくさと着替えはじめた。アス
カを待たせるようなことにでもなったら、また何を言われるか分からないから
だ。しかし、僕は着替えながら、ある意味ほっとしていた。
やっぱりアスカはこうでなくっちゃ。僕はアスカに押し切られることに、嫌な
顔をしながらも、内心ではどこかほっとしていたのだ。なぜなら、こういうア
スカは安心してみていられるからだ。さっきまでの、いつ壊れてしまうか分か
らないような、沈んだアスカとは違って・・・・
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