私立第三新東京中学校

第五十七話・ミサトさんと足りないお昼ご飯


沈黙が走る。
アスカの言った言葉に、みんな黙り込んでしまった。みんな、アスカの気持ち
が分かるだけに、何も言えないのだろう。
しかし、こうして黙り込んでいても仕方が無いと考えてか、洞木さんがみんな
に呼びかけた。

「帰りましょうよ!!もう、教室に残っているのはあたし達くらいなものよ!!」

洞木さんに言われて、僕は周りを見渡してみると、もう教室にはほとんど誰も
いなくなっていた。

「せやな。腹も減ってきたし、帰るとするか。」

トウジが洞木さんを支えるように、明るくそう言う。みんなも洞木さんの言葉
で呪縛がとけたのか、凍り付いていた身体を動かしはじめる。僕も自分の鞄を
手に取ると、いつでも行ける体制を取った。アスカも脇に置いていた鞄を取り
上げる。そして、今までの空気を吹き飛ばすかのように言う。

「さ、帰るわよ!!」

アスカのさっきまでの様子は微塵も感じさせない。みんなはそれに安心したの
か、アスカの後に続いて教室を出ていった。

帰り道、アスカが明日の計画の話をする。

「じゃあ、明日の朝十時、ファーストのうちの前に集合ね!!」

すると、洞木さんがアスカに向かって尋ねる。

「あたしは別にそれでいいけど、どうして綾波さんのうちの前に集まるの?場
所的に言って、アスカのところの方がいいような気がするけど。」
「明日はファーストがメインなんでしょ!?だから、メインの人間にわざわざ
足を運ばせるわけにはいかないわ。」
「アスカがそう言うのなら、それでいいけど・・・」

洞木さんはアスカの言葉にいぶかしげな表情を見せる。あまりアスカらしくな
い気のまわしようだからだ。アスカも洞木さんが疑問に思っている事に気付く
と、洞木さんの肩に腕を回し、耳打ちした。

「・・・アタシはファーストのうちを知らないのよ。この前みたいな事があっ
た時、知っておいた方がいいでしょ?だからよ。」
「そうなんだ、アスカ。わかったわ。」

この会話は、もちろん僕たちには聞かれないようになされていたので、どんな
話をしているのか、僕にはまったく見当も付かなかった。が、人が秘密にしよ
うとしている事を、無理に聞こうとするのもいい事だとは言えないので、僕は
その事に考えをめぐらすのは止め、明日の事に思いを馳せた。

そうこうしているうちに、僕のうちに辿り着いた。

「じゃあ、明日、十時に。」

僕はここでお別れのみんなに向かってそう言う。

「じゃあね、アスカ、碇君。」
「シンジ、寝坊すんなや。」
「僕が寝坊する訳ないだろ、トウジ。」

僕は笑いながらトウジに向かって返事をする。そんな僕に向かって綾波が話し
掛けてきた。

「碇君・・・」
「あ、綾波。明日、綾波のうちでね。」
「うん。私、明日を楽しみにしてるから。」
「楽しみだね、綾波。」
「碇君が私に選んでくれるんでしょ?」
「う、うん。まあ、僕には服のセンスとか、そういうのはよく分からないけど、
綾波が選んで欲しいって言うなら、一着くらい、僕が選んであげてもいいよ。」
「私は、碇君が選んでくれたのだったら、どんなものでもうれしいから。」
「そ、そう言ってもらえると、僕としても助かるよ。」

僕と綾波がそんな会話をしていると、またしてもアスカが僕たちの間に割って
入ってきた。

「はいはいはい、もうそのくらいにして。シンジもファーストを甘やかし過ぎ
るのよ。アンタは加減ってものを知らないから、誤解されても仕方ないわよ。」
「甘やかし過ぎるって何だよ?僕はそんなつもりじゃ・・・」
「そんなことはいいから、もういいでしょ?アタシはお腹空いちゃったのよ。
家に入って早くご飯作ってくれる?」
「う、うん。わかったよ。じゃあ、みんな、僕たちはこれで・・・」

僕はそう言うと、アスカと並んで家に入る。僕がドアの向こうに消えると、み
んなも再び歩きはじめる。

「綾波さん、行くわよ。」
「うん・・・」

洞木さんにそう言われて、綾波は僕の消えたドアから目を離すと、みんなの後
に付いていった。

そして、家の中では・・・

「シンジー、今日のお昼は何なのー!?」

アスカが自分の部屋で着替えながら、大きな声で僕に聞こえるように言う。僕
も自分の部屋で制服を脱ぎながら、同じく大声でアスカに言う。

「冷蔵庫を見てみないとわかんないなー!!でも取り敢えず何かおいしく作っ
てみるよー!!」
「早くしてよねー!!」

僕はアスカに急かされるように、さっさと着替えると、台所に向かった。エプ
ロンを手にとり、手早く身につけながら、冷蔵庫の中を覗き込む。中には大し
た物はない。卵とか、ハムとか、いつでもあるようなものばかりだ。仕方ない
ので、僕は余ったご飯でチャーハンを作る事にした。まあ、お昼の定番という
奴だ。手抜きと言われるかもしれないが、お昼ご飯に手を掛けるというのも、
面倒くさいし、馬鹿らしい気もする。こういう時間の無い時には、すぐに出来
て、しかもおいしいものがいいのだ。

僕は自分で自分を納得させると、まな板の上で材料を適当に刻む。その間にフ
ライパンをコンロにかける。熱されたフライパンに油をひくと、卵を入れて、
チャーハン作りに取り掛かった。

アスカが着替えを終えて、ゆっくりとリビングに入ってきた時には、もう僕は
お皿に出来あがったチャーハンをよそっているところだった。

「もう出来たの!?早いじゃない。」

アスカが、驚きと賛嘆の混じったような声で、僕に向かって言う。しかし、僕
にとってはさほどのことでもないので、無感動にアスカに答える。

「それほどでもないよ。アスカがお腹すいたって言ったし、早く出来るのもを
と思って、チャーハンにしたんだ。」

僕がそう言うと、アスカはうれしそうな顔をして言う。

「ふーん、シンジはアタシの事を考えてくれたんだ。」
「当たり前だろ?」
「どうして?」

アスカはいい意味でにやにやしながら、僕に向かって尋ねる。アスカがどんな
答えを僕に期待しているのかはわからないが、僕は自分の言おうとする事に照
れながら、アスカに向かって答えた。

「ア、アスカの事が気になるからだよっ。」

僕がアスカと目をそらしながら言ったのを見て、アスカはにんまりとしながら、
さらに僕に向かって問い掛ける。

「気になるって!?」
「ど、どうでもいいだろ、そんな事!!」
「アタシにとっては、どうでもよくない。でも、シンジがかわいそうだから、
これ以上は勘弁してあげる。シンジがアタシの事を気にしてくれてるってこと
をシンジの口から聞けただけで、アタシはうれしいから。」
「アスカ・・・?」
「さ、折角シンジが作ってくれたんだから、冷めないうちにたべましょ。」
「あ、ああ・・・」

そう言うと、僕は台所からレンゲを持ってきて、アスカに渡した。そして僕た
ちはそろって食べはじめる。すると・・・

「ただいまー!!シンちゃん、アタシにもお昼ご飯よろしくねー!!」

玄関の方から、ミサトさんの声が聞こえてきた。僕はミサトさんの声を聞くと、
玄関まで出迎えに行った。

「お帰りなさい、ミサトさん。今日は早いですね。」
「まあね、アタシもたまには早く帰ってこないと、あなたたちの事が心配でし
ょ!?」
「そんな事言って、ただ、僕の作ったご飯が食べたくなったからじゃありませ
んか?」
「やっぱ、わかる!?」
「ミサトさんの考えそうな事くらい、僕にだってわかりますよ。」
「ま、いいじゃない、そうだって。おいしいご飯が作れるって事は、自慢でき
る事なんだから。」
「ありがとうございます。でも・・・」
「どうしたの、シンちゃん!?」
「まあ、いいからちょっとこっちに来てください。」

僕はそう言うと、ミサトさんを台所に案内する。

「今日はチャーハンなの?」

ミサトさんは目を輝かせてそう言う。しかし僕はその期待を裏切ってしまうの
が辛いというような表情をして、ミサトさんに向かって言った。

「でも、ミサトさんの分はないんです。」
「ほ、ほんとなの、それ!?」
「ごめんなさい。もうご飯は全部使ってしまって。でもよかったら僕のを半分
食べてください。一人前にしては大目に作りましたから。」
「いいの、シンジ君!?」
「ええ。ミサトさんの分が無いのは、僕の責任ですから。」

僕がそう言うと、横で黙ってぱくついていたアスカが僕に向かって言う。

「アンタのせいじゃないわよ。ミサトがいきなり帰ってくるのが悪いんだから。」
「アスカ、アンタねえ・・・」

ミサトさんはアスカに言い返そうとしたが、アスカのお皿を見ると、気を変え
て、僕に向かって言った。

「シンちゃんの奴だけもらうんじゃ悪いから、アスカの分ももらう事にするわ。
そうすれば、シンちゃんもアタシの半分もやらずに済むでしょ?」

アスカはそのミサトさんの言葉を耳に入れると、びっくりしてミサトさんに向
かって言う。

「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!!どうしてアタシがミサトに分けてやらなく
ちゃいけない訳!?」
「いいじゃない、そんなけち臭いこと言わなくても。」
「駄目よ!!これはシンジがアタシの為を想って、作ってくれたんだから!!」

アスカがそう、ミサトさんに向かって言うと、信じられないといったような顔
をして、ミサトさんは僕に尋ねてきた。

「そうなの、シンジ君!?」
「それほどのものじゃありませんよ、ミサトさん。」
「最近シンジ君達とは、ゆっくり話をする時間も無かったけど、一体何があっ
たの?」
「別に何も無いですよ。」
「でも、アスカがあんなこと言うなんて、もしかしてシンジ君、アスカに何か、
した?」
「何もしてませんよ。」
「本当?」
「本当ですっ。」
「そう、ならいいけど。」

そう僕に向かって言うと、ミサトさんは今度はアスカに向かって言った。

「じゃあ、アスカがアタシに分けてくれないなら、アタシはシンちゃんのを半
分もらうけど、それでもいいのね?」
「え!?」
「シンちゃんは少ししか食べられなくて、かわいそうよねー。」

ミサトさんがそう言うのを聞いて、アスカはミサトさんが自分に何を言おうと
しているのかを知って、顔を真っ赤にして言った。

「ミ、ミサトは生卵でも飲んでればいいのよ!!アンタにシンジの料理を食べ
る資格なんて無いわ!!」

アスカが大声でミサトさんに叫ぶと、ミサトさんは甘えるような口調で僕に向
かって言った。

「アスカはあんなこと言ってるけど、シンちゃんはそんな事言わないわよねー。」
「え、ええ。」
「ほらアスカ、シンちゃんはアタシに分けてくれるって。あなたはどうなの?」

ミサトさんはアスカに向かってそう言う。アスカはそれを聞くと、悔しそうな
顔をしていたが、しばらくして、負けを認めたように、静かに言った。

「・・・わかったわよ。アタシの分も、アンタに分けてあげるわ。」
「そう、ありがと、アスカ。」
「感謝ならシンジにするのね!!アタシはシンジの為に、アンタに分けてあげ
るんだから。」
「わかってるわよ、アスカ。アタシはシンちゃんにも感謝してるんだから。」
「わかればいいのよ。」

アスカはそう言うと、自分の皿をミサトさんの方に差し出した。僕はミサトさ
んに取り分ける為に、もう一枚皿を持ってくる。ミサトさんは分けている間、
洗面所でうがいをしに行った。そして僕たち三人は、チャーハンを三等分させ、
再びミサトさんを交えて食べはじめた。

「おいしい!!」

ミサトさんがそう叫ぶ。するとまだミサトさんに腹を立てているアスカが冷た
く言う。

「そんなこと当たり前でしょ!?何たって、シンジが作ったんだから。おいし
いっていうだけじゃなくって、もう少し気のきいた事が言えないの?」
「いいじゃない、おいしいものは、おいしいとしか言えないんだから。それと
もアスカだったら、何て言うわけ?」
「そ、それは・・・・」
「ほら見なさい。テレビの料理番組じゃないんだから、そうそう気のきいた事
なんて言えないわよ。」
「う、うるさいわね!!アンタの前じゃ、恥ずかしくて言えないだけよ!!」
「へー、アタシのいないところじゃ、シンジ君にそんな恥ずかしいこと言って
るんだ。」
「ご、誤解しないでよ!!アタシは別に・・・」
「別に?」
「と、とにかく何でもないのよ!!ミサトも冷めないうちにさっさと食べちゃ
いなさいよ!!」
「はいはい・・・」

そう言って、ようやく二人の言い合いは途切れ、僕たち三人とも、静かに食べ
続けた。量もそれほど多くないという事もあって、食べる事に専念したら、す
ぐに食べ終わった。
ミサトさんとアスカは水を飲み、僕は食器を片づける。僕が洗い物をしている
と、ミサトさんは立ち上がって言った。

「じゃあ、アタシはまた学校に戻るけど、後はよろしくね。」

それを聞くと、僕は振り返ってミサトさんに言った。

「え!?ミサトさん、また学校に戻るんですか?」
「そうよ。今はシンジ君達の顔を見に来ただけ。まだ仕事が残ってるのよ。」
「そうですか。で、夕食はどうしますか?」
「七時くらいに帰ってくるから、家で食べるわ。」
「わかりました。じゃあ、それに合わせて作りますね。」
「お願いね、シンジ君。じゃあ、アタシはこれで行くけど、アスカに変なこと
しちゃ駄目よ。」
「な、何馬鹿なこと言ってるんですか、ミサトさん!!」
「冗談よ、冗談。じゃ、アタシはこれで。」

そう言うと、ミサトさんはとっとと家を出ていってしまった。そして、後には
僕とアスカが残された。ミサトさんが変なこと言うから、なんだか気になって
しまう。アスカは何も聞いていなかったかのように、水を飲むでもなく、コッ
プに口を付けている。そんなアスカは何かを考え込んでいるようだったが、僕
にはそれが何であるかを読み取る眼力はなかった。僕は気にしないように務め
る事にし、アスカに背を向け、中断していた洗い物を再開させたのだった・・・・


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