私立第三新東京中学校

第四十九話 腕組みとちょっとしたずる

そんな訳で、僕達は学校へと向かいはじめた。僕は半ば強引なまでに、アスカ
と綾波に握手をさせたが、果たしてそれが何らかの効果を生み出したのだろう
か、はなはだ疑問だ。
アスカは綾波の方を見ようともせず、洞木さんと楽しそうに話をしている。そ
れはまるで、今の事は何もなかったのだという事を、知らしめようという意図
でもあるのだろうかと思わせた。洞木さんはまだ気になるようで、時折綾波の
方をちらちらとみる。
一方綾波は、僕の方をじっと見ている。と、その時、綾波が僕のところに来て、
話し掛けてきた。

「碇くん、ちょっといい?」

綾波がそう言うと、アスカは即座にそれが耳に届いたようで、顔をこっちに向
けると、じろりと睨み付けた。それが綾波に対してなのか、それとも僕に対し
てなのかは分からないが、とにかくアスカは今のところはこっちに近づいてく
る事もなく、ただ、黙って僕たちの様子を凝視している。僕は助かったと思う
反面、黙ってアスカに見ていられるというのも、何だかそれはそれで不気味な
気がした。

「碇くん!!」
「ああ、ごめんごめん。で、何?」

僕はアスカの様子に気を取られていて、綾波が僕に話し掛けてきたという事を
一瞬忘れてしまっていた。僕はすぐに謝ると綾波の方に顔を向けたが、綾波は
僕がアスカの事を気にしていたのに気付き、わずかに顔をしかめた。しかし、
すぐに綾波はもとの顔に戻って言った。

「今日、碇司令に会うの?」
「え!?」

僕は綾波に父さんの事を言われるとは予想外だった。アスカの事とかなんか、
そんな事を言われると思っていたのに、まさか父さんの事とは。僕は今までに
色々な事があって、父さんの事など頭から消えてしまっていた。

「碇くんは昨日、何のために私のうちに来たの?そのことを話し合うためじゃ
なかったの。」

綾波はわずかに僕をたしなめる口調でそう言う。しかし、その言葉の中には棘
を感じさせるものは少しも無かった。

「ご、ごめん、綾波。何だかいろんな事があって、すっかり忘れてたよ。でも、
綾波の言う通り、父さんには会ってみるつもりだよ。」
「そう、がんばってね、碇くん。私には何も出来ないけど、応援してるから。」
「ありがとう、綾波。実際のところ、まだ父さんに会うのは怖いけど、逃げち
ゃ駄目なんだよね。」
「そうね。」
「うん。」
「・・・・・」
「・・・・・」

僕たちはそれ以上話す事もなくなって、黙って並んで歩いていた。僕も綾波も、
何だか互いの顔を見ているのが恥ずかしいのか、うつむいて歩き続けた。アス
カはそんな僕たちの一部始終を見ていたのだが、もう話も済んで、僕と綾波が
一緒にいる必要もなくなったと見て取ると、すぐさま僕を呼び付けた。

「シンジ、ちょっと来なさい!!」
「何、アスカ!?」
「いいから早く来なさい!!」

僕は黙ってアスカの言うとおり、アスカのもとへ行った。こういうアスカには
決して逆らえないのを、僕は身を以って経験しているのだ。
こうして僕がアスカのもとに行くと、アスカは大きな声で言った。

「どうしてアンタまでここにくんのよ!!」
「へ!?」

僕は何でアスカがそんな事を言っているのかを、即座にはかりかねたが、アス
カの視線の先をたどってみると、それが判明した。僕の真後ろには綾波が居た
のだ。

「あ、綾波!?」
「アタシはシンジを呼んだのよ!!アンタじゃないわ!!」
「私は碇くんの行くところに付いて行くことにしてるの。だからあなたに呼ば
れてきた訳じゃないのよ。」
「ア、ア、アンタ馬鹿!?そんなことしてどうなるって言うのよ!?シンジの
迷惑になるだけじゃないの!!」

アスカがそう言うと、綾波は僕の方に向かって尋ねてきた。

「碇くんは私がいて、迷惑?」
「べ、別にそんなことはないけど・・・」
「シンジ!!アンタって奴は!!」
「そう言う訳じゃないよ!!ただ僕は綾波が付いてくるからって、邪魔だから
あっち行け、とか、そんな事は言わないって言うだけだよ!!」
「本当なのね?」
「本当だよ!!」
「じゃあ、アタシもシンジの側にいつでもいる事にするわ。別にいいんでしょ!?」
「う・・・い、いいよ。別に。」
「そう、ならこうしてもいいわよね。」

そう言うと、アスカは僕の腕を取り、自分の腕と絡める。いわゆる腕組みとい
う奴だ。僕は恥ずかしくなって慌ててアスカに向かって言った。

「な、何してんだよ!!みんな見てるだろ!?」
「あら、シンジは見られるのは嫌なの!?もうキスしたのを見られたんだし、
別にいいじゃない、このくらい。」
「それはトウジ達にだけだろ!?こんな町中じゃあ学校中の噂になっちゃうじ
ゃないか!!」

そう僕がアスカに向かって大声で言うと、アスカは急に寂しげな顔をして言っ
た。

「嫌なの?」
「え!?」
「シンジはアタシとそういう関係じゃあ、嫌なの?」
「アスカ・・・」
「アタシはシンジとなら、噂になっても恥ずかしくない。でもシンジは・・・
シンジはそうじゃないの?」
「そ、それは・・・」

僕が何と答えて良いものやら、くちごもっていると、反対側から綾波が僕の腕
を取って、組んで来た。

「あ、綾波!!」
「私も恥ずかしくなんかない。だから私もこうするの。」

そういって綾波は、僕の腕を逃がさないよう、ぎゅっとつかむ。それを目の当
たりにしたアスカは、綾波の取った行動に、驚愕の色を隠し切れずに叫んだ。

「ア、アンタは何やってるのよ!!」
「私の気持ちは少しもあなたに劣るものではないという事を、碇くんに示した
かったの。」
「そんなことはどうでもいいから、すぐにシンジの腕を放しなさいよ!!」
「あなたが放したら、私も放すわ。」
「な、何ですって!?」
「当然の事よ。あなたがそうしたままでいるのに、私だけ止めたら、私の碇く
んへの想いが、あなたに劣っているといってる事になるから。」
「ア、アンタはアタシに勝とうって言うの!?」
「そうよ。さっきもそう言ったじゃない。あなたは私の話を聞いていなかった
の?」
「き、聞いてるわけないじゃない、アンタの話なんか!!」
「・・・・あなたって最低ね。なおさら碇くんをあなたに任せるわけにはいか
なくなったわ。」
「な、何ですって!?」

僕は左右の腕をアスカと綾波に取られ、身動き一つ出来なかった。この一触即
発の危険なムードに、口を挟む事すら恐ろしく、僕はひたすら顔を青くしたま
ま黙っていた。
と、僕が困り果てていたその時、救世主が訪れた。洞木さんだ。洞木さんはこ
の二人の様子を黙って見つめていたのだが、このままではいけないと思ったの
か、人の注意をよく引くその声で、ピシャリと二人に言った。

「二人ともいい加減にしなさい!!」

アスカも綾波も、洞木さんの一言にびっくりして、それまで互いににらみ合っ
ていた顔を、そろって洞木さんの方に向けた。

「碇くんが困ってるじゃないの。あなたたちは碇くんを困らせてもいいの?」

僕を困らせる、という言葉を聞くと、綾波は即座にぼくの腕を放した。そして
僕に向かって本当に済まなそうな顔をして謝る。

「ごめんなさい、碇くん。わたしは碇くんを困らせていたのね。」
「いいんだよ、綾波。別に悪気があった訳じゃないんだから。」
「私を許してくれるの?」
「もちろんだよ。」
「ありがとう、碇くん。やっぱり碇くんは優しいのね。」

アスカは僕と綾波のやりとりをしげしげと眺めながらも、その手を放そうとは
しなかった。しかし、それに気付いた洞木さんは、アスカに向かってたしなめ
る。

「アスカもよ。」

アスカは洞木さんの言葉を聞くと、悔しそうな顔をして、僕と、綾波と、洞木
さんの顔を、それぞれ見渡すと、しぶしぶと僕の手を放した。そして、いかに
も謝るのが苦痛でもあるかのように、僕から視線をそらすと、謝った。

「わ、悪かったわね、シンジ。」

僕はアスカの気持ちを知っているので、アスカが目を合わせて謝らなくても、
怒ることなく、優しく答えた。

「いいんだよ、気にしなくて。アスカだって、僕を困らせたくて、したんじゃ
ないんだから。」
「うん・・・」
「さ、もう行こう。遅刻しちゃうよ。」

そうして、僕達が再び学校に向かいはじめた。トウジとケンスケは、前方から
遠巻きにして僕たちの様子を眺めていたが、僕たちが再び歩きはじめたのを見
ると、自分たちもじろじろ見るのを止め、歩き出した。

僕たち四人は並んで歩いてた。僕の左右にはアスカと綾波がいる。アスカは腕
を組むのは諦めたものの、綾波には内緒で、手の甲を僕の手の甲にくっつけて
きた。僕はアスカの方を見たが、アスカは恥ずかしそうにして、うつむいてし
まった。僕はそんなアスカを見ると、何だかかわいく思えて、このずるを黙っ
て見逃す事にした・・・・


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