私立第三新東京中学校

第四十八話 戦いの始まりと交わされた握手

「待たせたわね、さ、いきましょ!!」

アスカが制服姿でやってきた。しかしその元気な声に、答える者はいない。ア
スカは不審に思って、みんなに尋ねてきた。

「どうしたのよ、みんな黙り込んじゃって!?」

すると洞木さんがアスカに向かって答える。

「何でもないのよ、アスカ。ただ、ちょっと碇君にお説教してただけ。」
「何だ、それでわかった。シンジにはいくらお説教しても、足りないくらいだ
もんね。」
「そうね、アスカ・・・」
「アタシがいくら言ってもこいつはわからないけど、やっぱりヒカリが言うと
違うわね。さすが委員長といったところかしら?」
「アスカは口より先に手が出るんでしょう!?だから碇君もわからないのよ。」
「そ、そうかもしれないわね。アタシはこう見えても口下手だから。」
「何言ってんのよ、アスカが口下手だなんて。」
「ア、アタシは口下手よ!!だって・・・自分の思ってる事を、うまく口に出
せないんだから・・・・」

洞木さんはアスカのその言葉を聞いて、優しく答えた。

「そうね、そういう意味では、アスカは口下手ね・・・・」
「うん・・・・」

こうしてほんの少しのあいだ、アスカと洞木さんは黙っていたが、洞木さんは
すぐに気分を切り替えて、明るくみんなに言った。

「早くいきましょ!!急がないとみんな遅刻よ!!」

その言葉にみんなも現実に戻ったようで、それを見た洞木さんは、自分が先に、
部屋を出ていった。そして、僕たちもそれに続いて部屋を後にしはじめる。そ
して、最後に残されたのは、僕とアスカだった。

「ごめんね、アスカ・・・アスカを傷つけちゃったみたいで・・・・」
「わかればいいのよ。アタシはシンジを嫌いになったりはしないから。」
「でも・・・・」
「そんな顔しない!!アタシはそんな顔したシンジよりも、笑った顔のシンジ
が好きなんだから!!」
「う、うん・・・」

僕はアスカの言葉に、何だか情けない作り笑いを浮かべる。それを見てアスカ
はあきれた顔をしていう。

「アンタってほんとに不器用ね。普通に笑えばとってもいい顔なのに、自分で
コントロールする事も出来ないんだから。」
「し、仕方ないだろ。僕はそんな器用な人間じゃないんだ。」
「・・・わかってる。アタシはシンジがそんな不器用な奴だから、不器用だけ
ど、精いっぱい優しく生きてる奴だから、好きになっちゃったのかもしれない
わね・・・」
「アスカ・・・」

しかし、その時、洞木さんが僕たち二人を呼ぶ声が聞こえた。

「アスカも碇君も何やってるのよ!!早くしないと遅刻しちゃうわよ!!」

その声を聞いた僕たちは、ハッと現実に戻った。

「い、行くわよ、シンジ!!」
「う、うん!!」

そう言って僕は行こうとするが、アスカは僕を止めて言った。

「ちょっと待って!!」

いつのまにかアスカの顔は真っ赤になっている。僕もその顔を見て、同じく顔
を赤くした。

チュッ!!

アスカはいきなり僕の頬にキスをすると、僕の手を取って、表で待つ洞木さん
達の元へ急いだ。

「ま、待たせたわね、ヒカリ。早くいきましょ。」

洞木さんは顔を真っ赤にしている僕たち二人の顔と、しっかりと握られた手を
見て、うなずくと、その事には何も触れずに言った。

「そうね。急ぐわよ、二人ともしっかりついてきてね!!」

そう言うと、洞木さんは少し先で待っているトウジ達のところに走っていった。

「ア、アタシ達も行くわよ!!」
「う、うん。」

アスカはそう言って、僕の手を取ったまま、みんなの元へと走っていく。僕も
アスカに引かれて、走っていった。

「遅かったやないか、惣流にシンジ。二人で何しとったんや。」

僕たちの事を待っていたトウジが、にやにやしながら言う。それを見たアスカ
は、まだ顔を真っ赤にさせながらも、怒ってトウジに怒鳴り付ける。

「な、何にもしてなんかないわよ!!何にも知らないくせに、いい加減なこと
言うとひっぱたくわよ!!」
「知らないってなあ、ケンスケ?」
「ああ。そんなものを見せ付けられちゃなあ。」
「何、訳の分かんない事言ってんのよ、アンタ達は!?」
「その手は何や、その手は?」

トウジは静かに、僕とアスカの互いに握られた手を指差して言う。

「それを見せられて、何も無かったとは言わせへんで。」
「こ、これは・・・ちょっとアンタなんでアタシの手なんか握ってんのよ!!」

アスカは慌てて僕の手を振り払う。僕は自分のせいにされたのを聞くと、驚い
てアスカに向かって言った。

「ア、アスカから握ってきたんだろ!?」
「黙ってなさい!!アンタは余計なこと言わなくていいの!!」
「よ、余計な事って・・・」
「いいから!!アンタはアタシの言う通りにしてればいいのよ!!」
「う、うう・・・」

僕はアスカの畳み掛けるような言葉に、たじたじになっていた。それをみてい
た綾波がぽつりと言う。

「碇君をいじめないで。」

それを聞いた、アスカをはじめとしたみんなは、思わぬ綾波の発言にびっくり
する。特にアスカは玄関での事があるだけに、綾波に向かって大きな声で言っ
た。

「何いってんのよ!!余計なお世話でしょ!!」
「碇君をいじめるものは、私が許さない。」
「いつアタシがシンジをいじめたって言うのよ!!こんなのをいじめって言わ
れたんじゃ、毎日いじめてるようなもんよ!!」
「碇君がかわいそう。あなたみたいな人と一緒に暮らさなければならないなん
て。私のところにくれば、そんな事はないのに。」
「な、何いってんのよ!!シンジはアタシと一緒に、ずっと暮らしていくんだ
から!!」

しかし、綾波はアスカの言う事は無視して、僕に向かって話しかける。

「碇君、私のうちに来ない?どうせあそこは碇君の家じゃなく、葛城先生の家
なんだし、そうした方が碇君の為にもいいわ。」
「あ、綾波・・・」

僕は綾波のとんでもない発言に呆然としてしまっていた。他のみんなも驚きで、
もはや声も出ない状態だ。しかし綾波はいたって冷静に、僕に聞き返す。

「碇君は嫌?」
「嫌に決まってるでしょ!!」

アスカが大声で綾波に向かって言う。しかし、綾波はアスカの形相にも全く動
じる様子を見せず、アスカに向かって尋ねる。

「どうして?あなたには碇君の心が分かるとでも言うの?」
「わ、分かるわよ、シンジが考えてる事くらい!!」
「じゃあ、今碇君が何を考えているか、言ってみる事が出来る?」
「いいわよ!!どうせ軟弱なシンジの事だから、弱ったな、とでも思ってるん
じゃないの!?」
「そうなの、碇君?」

綾波は僕に向かって回答を求める。確かにアスカは僕の事をよく知っていて、
アスカが言ったとおり、僕はまさに弱ったな、と思っていたのだ。

「うん・・・アスカの当たりだ・・・」

アスカは僕の言葉を聞くと、さも自慢げに、綾波に向かって言う。

「どう?アタシはシンジの事なら、なんでも分かっているんだから!!アンタ
とアタシは所詮違うのよ!!」

綾波はアスカの言葉を聞き、最後に僕の顔をちらりとみると、アスカに向かっ
てこう言った。

「・・・私の負けのようね。確かにあなたは私より碇君の事をよく知っている
わ。でもそれは今だけの話。そのうちあなたに追いついて見せるわ。」
「そんなの一生かかっても無理ね!!これから差がつく一方じゃないの!?」
「それはあなたの理想でしょう?現実はそううまくは行かないものなのよ。」
「う、うるさいわね!!とにかく、アンタがアタシに追いつくなんて無理なん
だから!!」
「やってみなければわからないわ。」
「そう・・・そういうことなら、いいわ。これがアンタの宣戦布告という訳ね?」
「そう捉えてもらっても構わないわ。」
「わかったわ。アンタがそう言うなら、アタシとアンタは交戦状態よ、いいわ
ね!?」
「いいわ。望むところよ。」

僕は呆気に取られて黙って聞いていたが、何だかとんでもない事になってきて
しまった。二人が争うなんて、全く僕の望んでいた事ではなく、僕は二人に仲
良くしてもらいたかったのだ。そんな訳で、僕は二人の間に立って、それを止
めようとした。

「ふ、二人とも止めろよ。喧嘩なんてよくないよ。」
「喧嘩じゃないのよ、これはれっきとした闘いなんだから。」
「な、何言ってんだよ、アスカ。僕はそういうこと言ってるんじゃないだろ。
ただ争いを止めてもらいたいだけなんだから。」

僕がそう言うと、綾波が僕に向かって言った。

「争いじゃないわ。私は別にこの人にどうこうするつもりはないもの。」
「え!?」
「別に仲良くするつもりもないけど、この人に勝ちたいだけ。だから碇君を困
らせるような事は、何も起きないのよ。」
「そ、そうなの?」
「そうよ。私は碇君を困らせるような事は、決してしたくはないもの。」
「ファーストの言う通りね。アタシも仲良くするつもりはないけど、別にいじ
めてやるつもりも無いわ。」

僕は呆気に取られていた。僕の単純な頭には、簡単に把握できる事ではなかっ
たからだ。しかし、取り敢えず、二人はお互いに喧嘩をする訳ではないという
事だけは理解できたので、ひとまず僕は安心する事にして、それを確かなもの
にしようと、こう言った。

「とにかく、二人はけんかするって言う訳じゃないんだね?なら、いいライバ
ルとして、ここで二人とも握手をしたらどうだい?」
「握手!?アタシとこの女が!?」
「そうだよ。アスカには出来ないのかい?」
「そ、そのくらい出来るわよ!!」
「綾波は?」
「碇君がそういうのなら、私は碇君に従うわ。」
「なら二人とも、オーケーだね。さ、握手して。」
「わ、わかったわよ。」

そう言うと、アスカはさっと自分の手を、綾波に向かって差し出す。綾波は、
一瞬僕の方に視線をやると、黙って差し出されたアスカの手を取った。
こうして二人は握手を交わした。だからどうだという人もいるかもしれないけ
れど、僕はこれが、二人の友情の始まる、最初になればいいと思う。アスカも
綾波も、お互いにいい感情を持ってはいないみたいだけど、これからどうなる
か、僕にはわからない。でも、何事も最初が無ければ、始まっていかないのだ。
そして僕は信じる。この握手がいい方向に向かって行ってくれる事を・・・・


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