私立第三新東京中学校
第四十五話 ひとりはイヤ!!
「んんっ・・・」
アスカが目を覚ます。アスカは顔を上げると、目の前には僕の顔があった。
「おはよう、アスカ・・・」
僕は軽く微笑みながらアスカに言う。アスカはいきなり目覚めて目の前に僕の
顔があったので、半分寝ぼけながら驚いてつぶやいた。
「シンジ・・・?」
「僕をずっと待っててくれたんだね、アスカ?ごめんよ、帰ってこれないで。」
「・・・・・シンジ!!」
僕の言葉を聞くと、アスカは今までずっと心配で張り詰めていた緊張の糸が切
れ、泣きながら僕に抱き付いてきた。
「アタシ、アタシ、ずっとシンジの事待ってたんだから!!」
僕は黙ってアスカを優しく抱きしめる。母親に見放されて、泣きじゃくる子ど
もを安心させるように。
「ずっと、ずっと、待ってたんだから・・・・」
「ごめんよ、アスカをこんなに心配させて・・・・」
「もう二度と、アタシを一人にしないで・・・」
「わかってるよ。もうアスカを一人になんてさせない・・・」
「・・・寂しいの。シンジのいないこのうちは、寂しくて一人ではいられない
の・・・」
「うん・・・」
「アタシには・・・アタシにはシンジがいなくちゃもうだめなの・・・」
「うん、うん・・・」
そう言って僕は、泣き続けるアスカの背中を、手のひらで優しくたたく。もう
既に声にならないアスカの泣き声も、そうしているうちに、次第におさまって
きた。僕はヒックヒックと体を震わせているアスカの背中を、優しく静かにさ
する。すると、アスカもようやく落ち着きを取り戻したようだ。僕の胸に顔を
埋めていたアスカは、顔を上げ、僕と視線を交わす。しばらく見つめ合ってい
た僕らだが、アスカはその涙に濡れた蒼い瞳を輝かせて、静かに、しかし強く、
僕にこう言った。
「キスして・・・」
僕はアスカのその言葉に一瞬ぎょっとしたが、ここでアスカを拒絶する事は、
許される事ではないとわかっていたので、僕は軽くうなずいて、アスカにキス
をする為、顔を近づけようとした。
「!!!」
その時、アスカの瞳が大きく見開かれ、その表情は驚愕のものへと変わった。
アスカの視線は今は僕には注がれていない。それは僕の肩越しに注がれていた
のだ。僕は何事かと思い、後ろを振り返る。そこで僕が目にしたものは、体を
震わせて僕とアスカの事を見つめる、綾波の姿だった。
「どうして・・・」
アスカは驚きと怒りに打ち震えて、うまく声も出ない。が、すぐに綾波がいた
事の衝撃よりも、怒りと疑惑が打ち勝って、声をあげる事が出来るようになっ
た。
「どうしてアンタがここにいるのよ!?」
「・・・・」
綾波はアスカの声など耳に入ってはいない。潤んだ紅い瞳を震わせたまま、今
見た、僕とアスカの行為の衝撃に、飲み込まれてしまっていた。
しかし、今のアスカにそんな事は分からない。綾波がアスカの問いに答えない
のを見て、更に怒りを増し、僕の事など忘れてアスカは立ち上がると、呆然と
立ち尽くす綾波に詰め寄った。
「答えなさいよ!!」
そう言ってアスカは綾波の両肩をつかむと、激しく揺さぶる。しかし、綾波の
方はまだ正気には戻れずに、黙って目の焦点も定まらぬままに、アスカに肩を
揺さぶられるに任せている。
「アンタはアタシの質問に答える事が出来ないの!?」
そう叫びながら、アスカはさらに激しく綾波を揺さぶる。僕もそのころようや
く正気を取り戻し、とっさに危険を感じると、アスカを止めに入った。
「止めるんだ、アスカ!!」
アスカは僕に止められた事により、正気を取り戻すと、綾波の事を揺さぶるの
は止めて、肩から手を離したが、僕の事をキッと睨み付けると、大きな声で叫
んだ。
「アンタはこいつをかばうの!?」
僕は、アスカのその、口調と僕を睨み付ける視線の、両方の鋭さにたじたじに
なって、おどおどと答えた。
「そ、そう言う訳じゃないけど・・・」
「じゃあ、どうしてアタシを止めるのよ!?アンタがこの女をかばってる証拠
じゃないの!?」
僕はアスカにそう問いただされると、今度は開き直って言った。
「そうだよ。これ以上綾波を揺さぶって、怪我でもしたらどうするんだよ。」
「そ、そう。やっぱりアンタは、このアタシよりもこの女の味方になるって言
うのね!?」
「そう言う訳じゃないよ!!」
「じゃあどういう訳よ!!アンタは昨日、こいつの家に泊まってたんでしょ!?」
「そ、それはそうだけど・・・それとこれとは話が別だろ!?」
「おんなじ事よ!!アンタはアタシより、この女の方が好きなんでしょ!!」
「何言ってるんだよ、アスカ!!昨日は嵐で帰ってこれなかったから、仕方な
く綾波の家に泊めてもらったんじゃないか!!」
「嘘!!アンタはきっと、アタシの事なんかほっぽって置いてもいいと、思っ
てたんだわ!!」
そう言ってアスカは僕から顔を背ける。すると、僕は厳しい顔をして、アスカ
の両肩をつかむと、僕の正面を向かせるようにして、アスカに向かって静かに、
しかし力強い口調で言った。
「アスカは僕の事を、アスカをほっぽって置いてもいい、なんて思っていると、
本当に思っているの?」
アスカは僕のこの言葉を聞くと、ビクッとからだを震わせて、僕の顔を見上げ
た。
「どうなの、アスカ・・・?」
僕はもう一度、優しく重ねて問い掛ける。するとアスカは僕から視線を外して、
うつむくと静かにつぶやいた。
「・・そんな事・・・思いたくない・・・・」
僕はアスカのその呟きを聞くと、そのまま優しく抱きしめて言った。
「・・僕がアスカの事を・・・ほっぽって置いてもいい、なんて思ってる訳な
いだろ・・・?アスカを一人になんて、しては置けないんだから・・・」
僕に抱きしめられたアスカは、そのまま僕にからだを預けて、抱きしめられる
がままになっていた。アスカは僕の懐の中で、再び涙を流していた。
「シンジ・・・」
アスカが僕の名前をつぶやく。僕もアスカも、隣で綾波が見ている事など、全
く気にしてはいなかった。僕も今、アスカを抱きしめているのを見られても、
恥ずかしい事だとは思っていなかったし、そう思う事自体が、恥ずかしい事の
ように僕には思えていた。
こうして、僕はしばらくのあいだ、アスカを抱きしめていたのだった。アスカ
がもう、一人ではないという事を、からだで教え込む為に・・・・
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