私立第三新東京中学校

第四十一話 偽りの愛、本当の愛

「ついたわ・・・」

僕と綾波は、綾波の家に着いた。綾波はドアを開けると僕を招き入れる。

「入って、碇君・・・」
「う、うん・・・」

僕は綾波の家に入った事は何度かあるが、いつもなんだか落着かない気分にさ
せられた。今日もいつもと同じで、僕は緊張を隠せない。僕はどもりながら綾
波に答えると、部屋の中に入った。

綾波の部屋は、前と同じコンクリートがむき出しの、無機質的な部屋だったが、
今日は今までと違い、ごみが散らかっている様子もなかった。綾波も部屋をき
れいにする事を覚えたんだろうか?僕はそんな事を考えながら、部屋の中を見
渡した。
綾波は部屋に入ると、早速お湯を沸かしてお茶の準備をしているようだ。これ
は僕が前に、綾波に御飯をごちそうしてあげた時に覚えたんだろう。
綾波はお茶が入ると、テーブルの上に置く。

「座って、碇君・・・」
「うん・・・」

僕は綾波に言われたとおり、腰を下ろした。綾波は僕が座ったのを確認すると、
自分も僕の向かい側に腰を下ろした。

「いただきます・・・」

僕はそう言って湯飲みを手に取る。この糞暑いのに熱々の緑茶を飲むというの
は僕の趣味ではないが、折角綾波がいれてくれたので、熱いうちに頂く事にし
た。綾波も僕がお茶をすすりはじめると、それに従うようにお茶をすする。
こうして静かに、お茶菓子もなく僕たちは黙ってお茶を飲んでいた。しばらく
して、僕は湯のみをテーブルに下ろすと、綾波に声をかける。

「綾波。」

僕が声をかけると、綾波は静かに湯飲みをテーブルの上に置き、視線を僕の方
に向けた。

「何、碇君・・?」
「早速本題に入りたいと思うんだけど・・・」

僕の言葉を聞いた綾波は、ほんの一瞬だけ躊躇したような様子を見せたが、す
ぐにいつもの無表情さを取り戻して答えた。

「・・・そうね・・・・」
「うん。こうしていつまでも黙っていても、何も始まらないから・・・」
「・・・碇君の言う通りね。」
「じゃあ、父さんの事について、綾波が知っている事を話してくれない?」
「わかったわ・・・でもその前に、碇君はどうしてあの人をそんなに憎むの?」

綾波に尋ねられた僕は、まるで目の前にいる綾波が父さんであるかのように、
いつもの僕らしからぬ険しい表情をすると、目を背けて言葉を吐き捨てるよう
に叫んだ。

「父さんは僕を裏切ったんだ!!」

綾波はその、僕の胸を引き裂かれるような叫びに、全く動じた様子を見せず、
再び静かに僕に尋ねた。

「どうしてそう思うの・・・?」
「思うんじゃない!!父さんが僕にしてきた全ての事が、僕を裏切り続けてい
るんだ!!」
「本当にそうなの?碇君はそう感じているの?」
「そうだよ!!僕をずっと一人にしておいて、そしていきなりエヴァに乗せて、
トウジを傷つけ、みんなを、僕を傷つけたんだ!!」

僕は綾波の前ですべてを吐き出すと、後はただ、うつむいて肩を震わせていた。
綾波はしばらく黙っていたが、やがて、静かにその口を開いた。

「・・・私にはあの人の気持ちは分からないけれど・・・・あの人のしてきた
事は正しいと思っているわ・・・」
「・・・どうしてさ・・・・?」
「・・ああしなければ、私たちは生きていけなかったから・・・」
「・・・それは綾波の言う通りかもしれない。でも、自分の命を守りたい為に、
人を傷付けてもいいっていうのか!?」
「・・・人の命は大切なものよ・・・・今の私には・・それがわかる・・・」
「そんな事くらい僕にだって分かるよ!!でも・・・でも・・・・」
「・・・・」
「・・・僕には、僕にだけは・・・優しい父さんでいて欲しかったんだ・・・」

僕はいつのまにか涙を流していた。求め続けていた愛を、与えられなかったが
為の涙なのだろうか?僕は綾波の前である事も忘れて、ただ静かに涙を流して
いた。
そして、綾波はそんな涙を流している僕を見ると、優しく語りかけた。

「・・・・それが、あの人の不器用なところよ・・・あの人は、いつも碇君の
事を一番に考えていたわ・・・」
「・・・・」
「そして・・・私はそんな愛を与えられている碇君がうらやましかった・・・」
「・・・・」
「・・確かにあの人は、私にも愛を与えてくれたのかもしれない・・・でもそ
れは本当の愛ではなかったの・・・偽りの・・・身代わりの愛だったの・・・」
「・・・」
「・・・・碇君は・・・碇君は私に・・・本当の愛をくれる・・・?」
「・・・」
「・・私の知らなかった・・・真実の愛を・・・・」
「・・・綾波・・・・」

僕は涙を流したまま、綾波の言葉を聞いていた。綾波の言葉は、今まで僕の、
いや、誰も知らなかった綾波を見せていた。僕と同じく、綾波も愛を求め続け
ていたのだ。偽りのでなく、本当の愛を・・・

「・・・もし碇君が・・・碇君が私に本当の愛をくれるのなら・・・」
「・・・・」
「・・・碇君にも・・・私のただ一つの愛をあげる・・・・」

そう言うと、綾波は泣き続けていた僕を、優しく抱きしめた。僕は綾波の懐に
包まれながら、涙を流し続けた。しかし、その涙は、それまでの悲しみの涙と
はどこか違う、優しさの交じった涙だった。僕は綾波の、人のからだの暖かさ
を感じながら、穏やかな気持ちに包まれていった・・・・


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