私立第三新東京中学校

第三十八話 衝撃のキス

「アスカ、アスカ!!」

僕は眠っているアスカの肩に手を掛けて揺さぶった。別にもっと眠っていても
構わないのだが、ここで寝られると、出来た朝食の皿が並べられないのだ。

「んー、何よ、シンジ・・・もうちょっと寝かせて・・・」
「寝ててもいいけど、ここじゃあ困るんだよ。悪いけど、自分の部屋に戻って
よ。」
「・・じゃあ、つれてって・・・」
「へ!?」
「アタシのベッドまで連れてって・・・」

アスカはまだ寝ぼけているようだ。普段のアスカからは想像もつかないような
態度を僕に示している。いつもだったら、ほっぺたをピシピシたたいて行かせ
るところだが、今日は朝早くからお弁当作りに大変だったことを知っているの
で、僕はアスカの甘えに付き合ってあげることにした。

「じゃ、つれてくよ・・・」

そういって僕はアスカの左腕をとって、自分の首に回すと、肩を貸すつもりで
立ち上がろうとした。
しかし、アスカは立ち上がろうとしない。どうやら再び熟睡しているようだ。
僕はアスカの腕を首からはずすと、元の位置に戻した。そしてもう一度アスカ
を起こそうと揺さぶる。

「アスカ、ちょっとおきてったら。それじゃあ、連れて行くにも連れて行けな
いよ。」
「・・・・」

今度は駄目だった。全くアスカの反応はない。熟睡しているアスカをたたき起
こすのも忍びないので、僕は困った。しかし、こうしていては埒が明かないの
で、僕は自分の力で担いで連れて行くことにした。
僕はアスカの座っている椅子を、アスカを起こさないように静かにずらすと、
アスカの膝の後ろと背中に手を回して、ゆっくりと持ち上げた。

「お、重い・・・」

僕は力の弱い方なので、標準より軽いアスカの体も、持ち上げるにはひと苦労
だった。思わず重いと口にしてしまったが、アスカが聞いていたら、きっと怒
ることだろう。アスカが眠っていて良かったと、ひとまず僕は安心した。

僕はアスカを両腕に抱えて、よたよたと廊下を歩く。歩くというほどの距離で
はないのだが、今の僕にはとてつもなく長く感じる。また、力尽きてこんな固
くて冷たい板張りの上にアスカをおっことしてはならないので、僕の手にはい
っそう力がこもった。

僕がアスカの部屋の前までたどり着くと、とんでもないことに気がついた。両
手がふさがっていては、ドアのノブが回せないのだ。僕は器用に片足を上げて
回そうと試みたが、とてもではないが、そんな事は出来なかった。
僕はしばらくアスカの体重を両腕に感じながら、しばらく考えたが、戻るのが
いいだろうという結論に達し、そのままリビングに戻っていった。リビングに
戻って取り敢えずアスカをソファーの上に横たえると、僕はドアのノブを回し
に行った。別にこのままソファーの上に寝かせておいても良かったのだが、な
ぜかその時の僕には気がつかなかった。

僕はアスカの部屋のドアを開けておくと、再びアスカを持ち上げて、よたよた
と歩いていった。そして、僕はやっとのことでアスカをベッドに運び終えたの
だ。僕はアスカの体に毛布を掛けてやると、疲れきっていたので、アスカの部
屋にある椅子に腰を掛けた。そうして、僕が一息つきながら、何気なく部屋に
あった時計を見てみて驚いた。

「しまった、もうこんな時間だ!!」

僕は思わず叫んでしまった。あの時きちんとアスカを起こしておくべきだった
のだ。時間が無いというのにこんな無駄な運動をしてしまって・・・
僕は憂鬱な気分になると、アスカを起こすために、アスカの目の前に覗き込む
ような形で立った。しかしアスカは、さっきの僕の叫びで目を覚ましてしまっ
たようで、いきなり目覚めたところに、目の前にぼくの顔があったので驚いた。

「きゃっ!!」

僕もアスカの叫びに驚いて、思わず身を遠ざけた。そしてすぐに落ち着くとア
スカに向かって言った。

「お、おはよう、アスカ・・・」
「お、おはようじゃないわよ!!何でアンタがここにいんのよ!!」
「い、いつも僕がアスカを起こしてるじゃないか。」
「そ、そんな事分かってるけど、ならなんですぐ起こさないで、アタシの目の
前に立ってんのよ!!」
「それはその・・・」
「ひょっとしてアンタ・・・」
「な、何?」
「アタシのかわいい顔に目を奪われて、思わずキスしたくなっちゃったんじゃ
ないでしょうね!?」
「そ、そんなことないよ!!それはアスカの誤解だよ!!」
「本当かしら?じゃあ今のことをどう説明するつもり!?」
「そ、それは・・・」
「それは!?」
「・・アスカがリビングのテーブルで寝てて、僕がここまで担いで連れて来た
んだ・・・」
「何ですって!?じゃ、じゃあ、アンタはこのアタシのからだに触ったって言
うの!?」
「そ、それはそうだけど、でも、アスカがそうしろって言ったんだよ。」
「アタシはそんな事言ってなんかいないわ!!」
「だから、きっとアスカは寝ぼけてたんだよ。僕はそう思うけど。」
「そ、そうなの?」
「うん。」
「ア、アタシをここまで運ぶのって、結構大変だったでしょ?」
「うん。でも頑張ったよ。」
「どうして、そんなに頑張ったの?放っておけば良かったのに。」
「そんなこと出来ないよ。アスカが頑張ったのに、僕が頑張らないなんてさ。」
「な、何の事言ってるの、アンタは?」
「弁当だよ。アスカも頑張ったんだろ?だから僕も、そんなアスカのために何
かしてあげたかったんだ。」

その僕の言葉を聞くと、アスカははっとしたような顔をして、僕の方を見た。

「シンジ・・・アンタ・・・・」
「はじめてで、大変だっただろ?」
「うん・・・・」
「アスカもそのうちもっと楽に作れるようになるよ。」
「うん・・・」
「今日はおいしく頂かせてもらうよ、アスカ。」

僕はそう言うと、アスカに向かって優しく微笑んだ。アスカの努力が無駄でな
いことを証明して見せるかのように。

「うん・・・」

そんなアスカは、僕の話など聞いていないかのようだった。しかし、それより
僕は、時間があまり無いことに気付いて、表情を普通に戻すとそれまでの雰囲
気を打ち消すかのように、アスカに向かって言った。

「さ、もう時間が無いんだ!!起きて学校に行く準備をしようよ!!」

アスカはそれを聞くと、我に返って言った。

「わ、分かったわよ。邪魔だからあっち行っててくれる!?」

僕はアスカの言葉に黙って立ち上がると、ドアのところまで行って振り返ると、
アスカに言葉を掛けた。

「じゃ、急ぐんだよ!!朝食の準備をして待ってるから。」

そして僕は朝食の支度をしに、台所へと戻っていった。残されたアスカは、し
ばらく僕の出ていったドアを眺めていたが、ため息をつくと、制服に着替えは
じめた。


「で、ミサトはまだ帰ってこないの?」

アスカは箸で僕のことを指しながら尋ねる。そして今は朝食の最中である。

「うん。部屋に行ってみてもいないし、そうみたいだね。」
「何てことなの!?よりによって朝帰りなんて・・・」
「まだ帰って来てないから、朝帰りともいえないんじゃない?」
「おんなじ事でしょ!!アンタは余計な突っ込み入れないの!!」
「ご、ごめん・・・」
「さ、時間が無いわ。さっさと食べて、学校にいきましょ。」
「そうだね。」

そうして、僕たちは黙々とご飯を食べ続けた。

ピンポーン!!

そんな時、玄関のチャイムが鳴った。いつもよりちょっと早いが、トウジ達が
迎えに来たのだろう。

「ほら、もうみんな来ちゃったよ。どうしよう?」
「いいから上がらせて、待たしておけば?まだいつもよりちょっと早いんだし。」
「そうだね。」
「ほら、早く行きなさい!!ヒカリ達が待ってるでしょ!!」
「わ、わかったよ。」

僕はアスカにせかされるようにして、玄関へと向かった。ドアを開けると、い
つものメンバーが僕を待ち受けていた。

「遅いやないか。もっと早く出たらどうや!?」
「ご、ごめん、トウジ。」

すると、アスカがいないのを不審に思った洞木さんが、トウジの横から出て来
て、僕に尋ねた。

「アスカは?」
「あ、ごめん、洞木さん。また朝食が済んでないんだ。悪いけど上がってちょ
っと待っててくれる?」
「なんや、まだ飯食いおわっとらんかったのか!?」
「うん。ちょっと寝坊しちゃって。」
「碇くんが寝坊するなんて珍しいわね。今日はどうしたの!?」
「別になんでもないよ。じゃあ、そういう事だから。」

そう言うと、僕はみんなを置いて、さっさとアスカの元に戻っていった。

「勝手に上がれっちゅう事かいな?」
「そうみたいね・・・」
「ほな、そうするか。」

こうして、みんなもうちに上がり込んだ。


「なんか人に見られていると、食べにくいね。」

僕はアスカに話し掛ける。するとアスカは、脇で僕たちが食べるのを見ている
トウジ達をじろりと一瞥すると、僕に向かって言った。

「アンタがちんたらしてるから、こうなるのよ。」
「ぼ、僕のせいだって言うのか、アスカは?」
「当たり前じゃない!!アンタはアタシを早く起こすのが仕事なんだから。」
「そんな無茶な事言うなよ。それより、アスカが早く起きてくれないのが悪い
んじゃないか。」
「何言ってんの。アタシは起こされればすぐに起きるわよ。」
「嘘つけ、いっつもなかなか起きてこないくせに。」
「それはアンタの起こし方が悪いのよ。」
「じゃあ、どうしたら起きるっていうんだよ!?」
「それは、おはようのキス・・・」
「ア、アスカ、みんなの前で何言ってんだよ!!」

僕がアスカのとんでもない言葉を遮った。しかし、そんな僕の努力は空しく、
ここにいた全員がしっかりと今のことを聞いてしまっていた。

「シンジー。何なんや、おはようのキスって?」
「そうそう、俺も聞いたぞ。」

トウジとケンスケが僕に詰め寄る。僕は思いっきりうろたえると、明らかにそ
うであることを訴えているかのように、普段よりも大きな声で二人に答えた。

「ア、アスカの冗談に決まってるだろ!?な、アスカ!!」
「信じられへんなー。その口調はいつもやってますっていうもんやったで。」
「本当なの、アスカ?」

トウジやケンスケだけでなく洞木さんまで気になったようで、アスカに真偽の
ほどを問いただした。それに対して、アスカも僕と同じようにうろたえて顔を
真っ赤に染めると、慌てて洞木さんに答えた。

「う、嘘に決まってるでしょ、ヒカリ!!何でアタシがシンジとそんなことし
なくちゃなんないって言うのよ!!」

アスカの言葉を聞いても、洞木さんは信じることなく、のんきなことを言って
いる。

「碇くんとアスカなら、そんなのもお似合いかなーって。」
「ヒ、ヒカリ!!」
「ほ、洞木さん!!」

僕とアスカは、同時に洞木さんに向かって叫んだ。

「何てこと言ってんの!!このアタシがこんな奴とキスなんてするわけないで
しょ!!」
「そうだよ!!どうして僕がアスカなんかとキスするっていうんだよ!!」

僕たち二人の叫びを聞くと、洞木さんは真剣な顔をすると、静かに二人に向か
って問い掛けた。

「本当にそう思ってるの、あなたたち・・・?」
「う・・・」
「それは・・・」

洞木さんのその問いに対して、僕とアスカは言葉を詰まらせた。

「したことあるんでしょ、キス。」
「そ、それは・・・」

僕が言葉に詰まっているのを見ると、アスカはそれまでの様子を急に改め、き
っぱりとした顔をして言った。

「したわよ、キス。」

そんなアスカの大胆発言に、僕だけでなく、ここにいた全ての人間がアスカに
視線を集中させた。

「ア、アスカ、何てことを・・・」
「シンジは黙ってて!!」

そう僕に向かって言うと、アスカはそれまで影を潜めていた綾波に向かうかの
ようにして、大きな声で言った。

「アタシとシンジはキスしたのよ。しかも一回だけじゃなく、もう何回もして
るんだから!!」

アスカはそう叫ぶと、横にいた僕の顔を引っつかんで、みんなにその事実を見
せつけるかのように、いきなり僕の唇にキスをして来た。そして僕の顔から唇
を離すと、大きな声で宣言した。

「アタシとシンジはこういう関係なのよ!!これで分かったわね!!」

僕は呆然としてアスカを見つめていた。洞木さんやトウジ達も、何も言えずに
黙ってしまっている。そして、綾波は、瞬き一つすることなく、じっとただ、
アスカの方を見つめていた。
そんな固まってしまっている僕たちを一瞥すると、アスカは脇においてあった
自分の鞄を取って、みんなに向かって言った。

「早く行かないと遅れるわよ。じゃあ、アタシは先に行ってるから。」

そう言うとアスカは一人で部屋を後にした。残された僕たちは、呆然としてそ
の後ろ姿を見送る。しばらくして我に返った僕が、ふと脇を見ると、綾波が僕
のことを見つめていた。僕がそれに気付いても、綾波は視線をそらすことはな
かった。ただ、黙ってじっと見つめるのみであった・・・・


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