私立第三新東京中学校

第三十七話 割れたお皿

しばらく僕はリビングでテレビを見ていた。一人でテレビを見ながら、僕は久
しぶりに一人でいる自分に気がついた。ここのところずっと、僕は誰かと一緒
にいた。そのせいか、以前はずっと一人でいたというのに、今、一人でいるの
が寂しい。

僕は弱くなったんだろうか・・・・?

そんな事も頭に浮かんだが、すぐにそれは違うと分かった。僕が一人でいて、
寂しく感じるようになったのは、決して僕が弱くなったからではない。僕が誰
かと一緒にいる幸せを知ったからなのだ。それは成長であり、僕にとってはい
い事だ。以前の僕は、いわば不具者だったのだ・・・

こうした暗い考えを弄びながらテレビを見ても、面白くないものだ。僕はテレ
ビの電源を切ると、お風呂に入る事にした。

アスカがしたお風呂の掃除は、かなり行き届いている。普段した事の無い人間
は、手の抜き所というものを知らないものだ。しかし、変に手慣れていて、掃
除にうまく手抜きをするよりも、僕はこんなアスカの方が好きだ。そもそも、
中学生で所帯じみているというのも考え物だ。そういうのは、平和な時代には
そぐわない。やはり今の時代は、動乱の時代なのだろうか・・・?

お風呂に入っていても暗い考えは止まらない。僕は体が温まると、早々にお風
呂場を後にした。
僕は風呂からあがり、着替えを済ませると、アスカに風呂が空いた事を伝える
為に、アスカの部屋へと向かった。アスカは僕と話をしている間、いつのまに
か姿を消していた。それはただ、部屋に戻っていただけだったのだが、僕と一
緒にリビングでくつろぐ事はせずに、自分の部屋でしばらく休むとの事だった。
僕はいくら一人でいるのが寂しいからといって、アスカの部屋に入り込んで、
一緒にいるというような事はしなかった。そこで、僕は一人でテレビを見る事
にしたのだ。
しかし、今はアスカの部屋に入る口実がある。僕はアスカの部屋のドアの前に
立つと、軽くノックをした。

コンコン。

「アスカ、お風呂が空いたけど、入るかい?」

しかし返事はない。

「アスカ、聞いてるの?」

僕は先程よりも少し大きな声を出して、アスカに呼びかける。しかし、それで
も、アスカの部屋からは、何の音沙汰も無い。

「アスカ、入るよ・・・」

僕は意を決すると、ゆっくりとドアのノブを回し、アスカの部屋へとはいって
いった。
部屋の中は電気もついておらず、ただ、薄い月明かりにのみ照らされていた。
さっきまで明るいところにいた僕はその暗闇に目が慣れておらず、部屋の中の
様子が見えてくるまで、少しの時間がかかった。
目が見えてくるようになると、アスカがどこに居るのかがわかった。アスカは、
ベッドの中で安らかな寝息を立てていたのだ。僕はそのアスカの穏やかな寝顔
を覗き込んで安心すると、毛布を取り、アスカの上にかけてやった。そうして
ドアのところに戻って、再び振り返ってアスカの眠りを確かめると、僕も自分
の部屋に戻っていった。

そして、僕もアスカと同じく、夢の世界へと消えていった・・・


ガッシャーン!!

僕の眠りは、何かの割れる音に妨げられた。僕はびっくりして飛び起きると、
音のした方へと駆けつけようとした。ふと時計を見ると、まだ時間は朝の四時
を少しまわったところだ。僕は不審に思い、音のしたと思われる場所、つまり、
キッチンに向かった。

キッチンには割れたお皿と、それを拾い集めているアスカの姿があった。

「アスカ!!」

僕が後ろから叫ぶと、アスカはこっちを振り向いた。振り向いたアスカの目に
は一筋の涙が光ってみえた。そしてアスカはそれを僕に悟られたと気付くと、
まるで見られるのを恐れるかのように再び僕に背を向け、お皿の破片を一つ一
つ拾いはじめた。

「どうしたんだい、こんなに朝早く!?」

そう言いながら、僕は後ろからアスカの肩に手を掛ける。アスカを安心させて
やるために。

「できないの・・・・」

アスカは僕の方を見ずに、割れたお皿を拾い集めながら、こたえるようにつぶ
やく。僕はアスカの正面に立つように座ると、拾い集めるのを手伝いながら、
優しくアスカに尋ねた。

「出来ないって・・・何が・・・・?」

僕は何が出来ないのか分かってはいたが、あえてアスカにしゃべらせるために
そう聞いた。
その僕の問いに、アスカは声を詰まらせながら、静かに答えた。

「アタシには出来ないの・・・シンジや・・ファーストのようには・・・」

僕はそんなアスカを慰めるように、柔らかにアスカに言った。

「仕方ないさ。初めてのことだもの。アスカもやってるうちにすぐに上手にな
るよ。」
「・・・でも、アタシは今作りたいの。そのために昨日は早く寝て、早起きの
準備をしたんだから。」
「今日はもう無理だよ。それにその手じゃ・・・」

アスカの指には数ヶ所ばんそうこうがはられていた。テーブルの上を見ると、
救急箱も用意してある。それは僕がここに来るまでのアスカの努力を物語って
いた。僕には、そんなアスカの気持ちが良く分かったが、どう見てもアスカの
綺麗な手をそれ以上傷付けるのはかわいそうだった。
アスカは僕の目がその手に止まると、とたんに傷ついた手を後ろに隠した。そ
して気丈にも笑いながら、僕に向かって言う。

「大丈夫よ、このくらい。何てことないんだから。」

しかしその言葉は、僕にとって強がりにしか聞こえなかった。

「僕が手伝おうか?アスカ一人じゃ大変だろ?」
「いいの。アンタの手なんか借りなくたって、一人で出来るから。」
「本当?やっぱり心配だから手伝うよ。」
「いいって言ってんのよ!!まだ早いんだから、アンタはまだ寝てなさいよ!!」

アスカの決意はかたかった。僕はアスカのその蒼い瞳にその意志の強さを見た。
アスカを一人で料理させておくのは非常に心配だったが、僕はアスカのその意
志を尊重することにし、微笑みながらアスカに向かって言った。

「わかったよ、アスカ。くれぐれも気を付けてやるんだよ。」

そう言うと残りの破片を全て拾い集めて、燃えないごみの袋に入れると、その
まま自分の部屋に戻っていった。

僕は部屋に戻るとベッドに横たわった。しかし、アスカのことが心配で、再び
眠りにつくことは出来なかった。それからは、再び大きな音がするようなこと
はなかったが、僕の心配は薄れることはなかった。かといってアスカの様子を
覗きに行く訳にも行かず、僕はベッドの上で横たわりながら、長い不安な時を
過ごしていった。

僕がいつも起きる時間も近づき、僕の目は時計の針から離れなかった。辺りの
音も、時計が時を刻む音しか聞こえてこない。僕はもう少しで六時になるとい
うところで、待ちきれなくなり、目覚し時計のスイッチを切ると、アスカの様
子を見に、台所へと向かった。

僕が台所に続くリビングに入ると、そこにアスカはいた。
アスカはテーブルの椅子に座って、そのまま体を伏せてすやすやと眠り込んで
いた。そして、アスカの顔の側には、アスカと、そして僕の弁当箱が、仲良く
二つ並べられていた。
僕はアスカの満足げなかわいい寝顔を覗き込むと、ソファーの上にかけてあっ
たタオルケットをとりあげて、そっとアスカにかけてやりながら、アスカを起
こさないように耳元でそっと囁いた。

「・・ご苦労様・・・アスカ・・・・」

そして、僕はエプロンを取ると、散らかった台所を片づけ、朝食の支度に取り
掛かった。そんな僕の後ろでは、アスカが何も知らずに、静かな深い眠りにつ
いているのだった・・・・


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