私立第三新東京中学校

第三十五話 誓いの儀式

宴は終わりを迎え、あとにはただ静寂のみが残る。

みんなもそれぞれ帰宅していき、後には僕とアスカのみが残された。にぎやか
で人の熱気に溢れていたここも、今では嘘のように静けさを取り戻している。
みんなを見送った後、僕とアスカはそのまま玄関に立ち尽していた。

「みんな帰っちゃったね・・・」
「うん・・・」

僕もアスカも言葉少なだ。楽しかった時間に終わりを迎えるのが、寂しいこと
だというのは、誰もみんなおんなじらしい。

「ミサトさんも遅いね・・・」
「そうね・・・」

僕は元気なさそうなアスカを見て、少し明るく務めて言った。

「さ、最近いつも遅いけど、学校の先生ってそんなに忙しいもんなのかね!?」
「アタシには分からないわ。ミサトのことなんて。」
「そう言えば、ミサトさんの夕食、どうしようか?」
「残り物でいいんじゃない?ミサトはビールがありゃ、それでいいのよ。」
「でも、ミサトさんは禁酒してるよ。」
「そ、そんな事どうだっていいのよ!!そんなにミサトのことが気になるんな
ら、アンタが勝手にすれば!?」

アスカがようやく元気を取り戻したかと思えば、またこれだ。アスカのおこり
っぽいのには、さすがの僕もまいってしまう。

「そんな怒ることじゃないだろ、アスカ!?ミサトさんは僕たちの家族だろ?
心配して当然じゃないか。」
「悪かったわね、アタシが怒りっぽくて!!」
「そんな事何もいってないだろ!?大体アスカは、すぐ都合の悪いことを言わ
れると、そう大きな声を出すんだから。近所迷惑だよ。」
「な、何ですって!?もう一度言ってみなさいよ!!」
「それがうるさいっていうんだ。すぐ興奮するのはアスカの悪い癖だよ。」
「アンタのせいでこうしてるんじゃない!!ちょっと料理が上手だからって大
きな顔するんじゃないわよ!!」
「それとは関係ないだろ!!それになんで僕のせいなんだ。アスカが一人で興
奮しちゃってるだけだろ!?」
「何ですって!?」
「何だと!?」

そういって、僕たちは玄関でお互いに、顔がくっつきそうになるくらいまで近
づくと、にらみ合った。しばらくにらみ合うと、お互いに何かを悟ったのか、
急に微笑んで言った。

「やめましょ、こんなこと。ケンカなんて不毛なだけだわ。」
「そうだね。こんなとこでケンカしててもしょうがないよ。」
「ごめんね、シンジ。こんな事で興奮しちゃって。」
「いいんだ、アスカ。僕の方こそ悪かったよ。ついむきになっちゃって。」
「そんなことないわ。ほんとに、二人でいるのにケンカしててもしょうがない
わね。」
「うん。」
「これから、うちにいる時はケンカするのは無しにしましょ?」
「そうだね。僕もケンカなんて嫌いだよ。」
「じゃ、じゃあ、約束よ。いいわね?」
「う、うん。」

キスしそうなくらいまで近づいているアスカの顔は、次第に真っ赤になって来
ている。それを見た僕の顔も、熱くなっていくのが分かった。

「こ、これは神聖な誓いよ。アンタには分かるわね?」
「う、うん。分かるよ。」
「神聖な誓いには、何が必要だか分かる?」
「な、何だろ、僕には分からないな。」
「キスよ。」
「え!?な、何言ってるんだよ、アスカは!?」

びっくりしてそう叫ぶと、僕はアスカの顔から飛び離れた。

「ドイツではそういう決まりなのよ。知らなかったの!?」
「そ、そんなの聞いたこと無かったよ!!冗談だろ、アスカ!?」
「冗談じゃないわよ。アタシは本気。アンタは日本人だから知らないかもしれ
ないけど、ドイツの家族はみんなこうしてるのよ。だから気にしなくていいわ。」

僕はどうせ嘘だろうと思ったが、家族という言葉が出て、断るわけにはいかな
くなった。断ったら、アスカとは家族ではないということになるからだ。それ
はアスカをひどく傷つけるに違いない。そう思った僕は、それを受けることを
決意した。

「わ、わかったよ、アスカ。僕はその、ち、誓いの儀式とやらを受けることに
する。」
「そ、そう。なら、ここにひざまずいて顔を近づけて・・・」
「う、うん・・・」

そうして僕とアスカは玄関でひざまずいて、二人の顔を再び近づけた。

「い、いいわね。まずアタシがはじめに文句を唱えるから、アンタもそれに続
いて言うのよ。」
「う、うん。わかった。」
「じゃ、いくわよ。・・・・私、惣流・アスカ・ラングレーは、ここにおいて、
碇シンジとケンカしないことを、母なる神に誓います・・・」

アスカは目を閉じると、真剣に誓いの文句を唱えた。それを見届けた僕は、目
を閉じると、アスカに続いて同じようにして言った。

「・・・僕、碇シンジは、ここにおいて、惣流・アスカ・ラングレーとケンカ
しないことを、母なる神に誓います・・・・」

僕は言い終わると、目を開けた。アスカも僕が目を開けると同時に、その瞼を
上げた。

「つ、次はキスよ・・・」
「う、うん・・・」
「じゅ、十秒以上って決まりだから・・・」
「う、嘘!?」
「き、決まりなんだからしょうがないでしょ!!もう、今更後には引けないわ
よ!!」
「わ、わかったよ。すればいいんだろ、すれば。」
「お、お互いにするのよ、愛を込めて・・・」
「う、うん・・・」

そして、もっとすれすれにまで顔を近づけると、アスカはその目を閉じた。ア
スカはお互いにするといっていたが、二人とも目を閉じてしまっては、いつし
ていいか分からない。それに、アスカはそんな僕の考えをよそに、まるで僕か
らのキスを待っているかのようだ。
僕は意を決した。アスカの頬に優しく両手を添え、目を閉じると、アスカの顔
を引き寄せ、その薔薇色の唇にキスをした。その唇のやわらかさに、僕は呆然
として、時間のことなど忘れてしまっていた。

何秒経っただろうか。僕は我に返ると、くちづけを止め、アスカの顔を放すと、
ゆっくりと目を開いた。アスカは真っ赤な顔をして、まだその目を閉じていた。

「も、もういいでしょ、アスカ?」

その僕の声を聞くと、アスカも我に返ったようで、ようやくその目を開いた。
アスカのその蒼い瞳は、心なしか潤んでおり、美しく輝いてみえた。

「そ、そうね。これで誓いの儀式は終了よ。」
「じ、時間は大丈夫だったよね。」

僕は、自分が時間のことなど忘れてキスしていたので、少し恥ずかしくなって
アスカに尋ねてみた。

「じ、時間!?」
「そう。十秒しなくちゃいけないんだろ?」
「そ、そうだったわね。いいんじゃないの?」
「ア、アスカも数えてなかったの?」
「そ、そんな事あるわけないでしょ!?ちゃんと数えてたわよ。」
「そ、そう?ならいいけど・・・」

どう見ても、アスカも数えていなかったようだ。どうしてアスカが数えていな
かったのか、僕には分からないが、アスカがこれでいいといったのだから、僕
はもう気にしないことにした。

「こ、これで、アタシとアンタはここではケンカしないのよ。神様にかけて誓
ったんだから。」
「わ、分かってるよ、それくらい。」
「そ、それならいいのよ。じゃ、じゃあアタシはお風呂の掃除でもしてくるか
ら。」

そう言うと、アスカは僕を玄関に一人残したまま、さっさとお風呂場の方に行
ってしまった。めったに自分から掃除するなんて言わないアスカが、珍しいこ
ともあるもんだと思いながら、僕はアスカが行くのを眺めていた。
そして僕は、アスカがお風呂場に行くのを見届けると、ミサトさんの分の夕食
を作りに、台所へと入っていった・・・・


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