私立第三新東京中学校
第三十三話 波乱の幕開け
取り敢えず、僕達は一通り買い物を済ますと、スーパーを後にして、僕のうち
へと向かった。アスカと綾波のケンカは何とか僕がおさえたのだが、綾波はと
もかく、アスカはまだ不満たらたらな様子だった。そんなアスカの表情を見た
トウジは、アスカに声を掛けた。もちろんトウジは二人のケンカなど知らない。
「何や、惣流。そんなしけた顔しくさって。」
「アンタには関係の無い事よ。」
アスカは不機嫌そうに返事をする。トウジの事を邪魔な奴だとでも思っている
んだろう。
「関係ないなんて、そないな事あるかいな。わしらはこれから一緒に料理する
っちゅうに。」
「アンタは食べるだけでしょ。文句があるなら来なくていいわよ。」
「ハッ!!人が心配してりゃあ、いい気になりおって、この・・・」
「邪魔よ。アンタはヒカリのところにでもいりゃいいのよ。」
「なんでわしが?この事といいんちょーと関係でもあるんか!?」
「アンタが馬鹿だからよ。早くあっちに行って。」
「な、なんやと!?」
トウジは頭に来てこぶしを振り上げた。しかし、それを見ていた洞木さんが止
めに入る。
「やめて、鈴原!!」
「止めるないいんちょー。わしはこの女を殴らんと気が済まんのや。」
「アスカは女の子よ!!鈴原は女の子は殴らないんじゃなかったの!?」
「そ、それはそうやけど・・・」
「お願い、このアタシに免じてアスカを許してあげて。」
「し、しゃーないのう。今度だけやぞ。」
「ありがとう、鈴原。」
こうしてトウジのこぶしは下ろされた。洞木さんはトウジが片付くと、今度は
アスカの方に向き直って言った。
「アスカもどうしたって言うの!?鈴原が折角心配して言ってくれたのに。」
「何でもないわ。」
「うそ!!アスカはそんな女の子じゃないはずよ。」
「ヒカリには関係の無い事よ。」
「アスカはあたしの事をそんな風に見てたんだ。あたしはアスカのことを、何
でも話せる親友だと思っていたのに・・・」
そう言うと、洞木さんは悲しそうな目をしてうつむいた。そんな洞木さんを見
て、アスカは自分の言ったことが、どんなに愚かだったかを悟った。
「ごめん・・・ヒカリ・・・・。アタシが悪かったわ・・・」
「アスカ・・・わかってくれたのね?」
「うん。ごめんなさい。」
「じゃあ、一体何があったのか、話せるわね?」
「うん・・・」
「スーパーで何かあったの?なんだか騒がしかったけど。」
「うん・・・」
「碇くんのこと?それとも綾波さん?」
「両方・・・」
「そうなの。じゃあ詳しく話してくれる?」
「うん・・・」
そして、アスカは洞木さんに事のあらましを話した。それを聞くと洞木さんは
少し考え込んでから、アスカに向かってこう答えた。
「アスカの怒る気持ちも分かるけど、碇くんの気持ちもあたしには分かるわ。」
「どうして!?あたしにはシンジのしたことが納得できない。」
「碇くんは優し過ぎるから・・・。ほんと、アスカや綾波さんにだけでなく、
私や鈴原、相田くんにまで優しいわ。」
「うん。それは分かってる・・・」
「だから、アスカはそんな碇くんが好きになったんでしょ?」
「うん・・・」
「アスカも知ってる碇くんは、優しいから、綾波さんのことを放っておけなか
ったのよ。」
「・・・・」
「わかる?綾波さんも寂しいのよ。アスカにはあたしが居るけど、綾波さんに
は碇くんしかいないの。それが碇くんには良く分かっているから、碇くんは綾
波さんを一人にはしておかないのよ。」
「・・・そうなの?」
「そうよ。確かにアスカが心配してるように、綾波さんは碇くんのことが好き
よ。碇くんがそれをわかっているかどうか、あたしには分からないけど、別の
ことなら、あたしには分かるわ。」
「なに、それ?」
「碇くんも、アスカのことが好きよ。」
「本当!?」
「いくら優しくても、好きでもない人のことをあんなに心配できると思う?」
「それは・・・そうだけど・・・」
「アスカがずっと入院してた時、碇くんがどんなにアスカのために尽くしてく
れたか、アスカも知ってるでしょ?」
「うん・・・・」
「だったら碇くんのことを信じてあげて。碇くんはアスカの信頼に値する男の
子だと、あたしは思うわ。」
「・・・わかった。アタシもシンジを信頼する・・・。」
「そうよ。アスカが綾波さんに嫉妬する気持ちも分かるけど、いつも碇くんの
目はアスカの方を見ているのよ。だから、アスカもあんまり綾波さんにひどく
当たるのはやめてね。」
「うん・・・。そのことはシンジにも言われた・・・」
「でしょう?碇くんはアスカも綾波さんも、みんなが仲良くしていることを望
んでいるのよ。」
「そうね・・・あいつなら、そう考えてるかもね・・・」
「そうよ。だったらアスカも、碇くんに嫌われないためにも、綾波さんと仲良
くしなくちゃ。」
「できるかな・・・アタシに・・・・」
「出来るわよ、アスカなら!!今日がいい機会じゃない。早速試してみたら?」
「わかった。ヒカリの言う通り、やってみることにするわ。」
この二人の会話は僕には聞こえなかった。何か大事そうに話をしているので、
気にはなったが、盗み聞きするのもよくないと思われたので、僕は無理に聞こ
うとはしなかった。
そんなこんなで、しばらく歩いていくうちに、僕たち六人は目的地である僕の
うちに到着した。
「ただいまー。」
僕が先に入るが、ミサトさんはまだ学校から帰って来てはいない。ミサトさん
は最近忙しいらしく、学校が終わってもすぐには帰ってこない。あのグータラ
なミサトさんの事だから、終わればさっさと帰ってくるだろうと思っていたが、
やっぱり仕事となると、ミサトさんもちゃんとしているようだ。意外といえば
意外だが、思い返してみれば、ネルフにいた時も仕事の時はちゃんとしてたか
ら、あながちそうともいえないのかもしれない。
そんな事を僕が考えていると、後ろにいるアスカが声を掛けた。
「何こんなとこでぐずぐずしてんのよ。早く入ったら?」
「わ、わかってるよ。」
そう僕はアスカに急かされて、家の中に入った。
「おじゃましまーす・・・」
他のみんなも、僕たちに続いて家の中へと入る。そして、そのままキッチンへ
と向かっていく。
僕たちの住むマンションは、それほど狭いと言う訳でもないのだが、キッチン
は洞木さんのうちのものより狭い。僕一人で使う分には十分の広さだが、みん
なで使うとなると、やはり狭いという感じは拭えない。
「やっぱりここじゃなくて、洞木さんのうちでやれば良かったかな?」
「そんな事無いわよ。交代でやれば、十分だと思うわ。それに今日はこの前と
違ってお昼食べて来ちゃったから、作るのはやっぱり夜用でしょ?だから交代
でやってちょうどいいと思うの。」
「それもそうだね。そんな事全く考えてなかったよ。さすが洞木さんだ。」
「で、一体どういう組にする?」
「あ、ああ。僕はアスカと綾波の三人でやるって決めてるんだ。だから洞木さ
んは、トウジとケンスケと組んで三人でやってよ。」
「わかったわ。」
その時、横で僕と洞木さんのやりとりを聞いていたケンスケは、いつのまにか
自分が中に入ってしまっていることに気付いて、慌てて言った。
「ちょ、ちょっと待ってよ。俺はいいよ。邪魔になるだけだし。」
「ケンスケはいいって。じゃあトウジと洞木さんの二人でやってよ。」
「お、おい、シンジ!!わしもケンスケと同じや。料理なんてでけへんで。」
「な、何言ってるのよ、鈴原!!まさかあたしに一人で寂しく作れって言うつ
もり!?」
「そうだよ、トウジ。冷たいぞ、お前。」
「おい、何でケンスケの時はよくて、わしの時はあかんのや?」
トウジには、なんでこうなっているのか納得のいかない様子だ。しかし脇で見
ている僕たちには、トウジが洞木さんと組むことなど、当たり前のことなのだ。
洞木さんの気持ちをよく知っているアスカは、そんなトウジの鈍感さにイライ
ラして、怒った口調で言った。
「アンタはヒカリと組むのよ。いつもヒカリにお弁当作ってもらってるんだか
ら、手伝うくらい喜んでしなさいよ。」
「そ、それもそうやな・・・」
「そうよ。それにアンタがいくら組まないっていっても、どうせ作ってるうち
に我慢出来なくなって、すぐつまみ食いをしに、ヒカリのところに行くんだろ
うし。」
「う、うう・・・」
トウジはアスカにつまみ食いのことを指摘されると、何も言えなくなってしま
った。そしてアスカはそんなトウジをよそに、話を進めていく。
「で、どっちが先にやるの?アタシはどっちでもいいんだけど・・・」
「じゃ、じゃあ、アタシと鈴原が先に作るわ。どうせ今日の主役はアスカなん
だし、後を気にせずにゆっくりと作れた方がいいでしょ?」
「それもそうね。シンジ達もそれでいい?」
「僕はいいよ。」
「・・碇くんがいいなら、私もいいわ・・・」
「じゃあ、早速お先に作らせてもらうわ。鈴原、始めるわよ!!」
「わかってるがな・・・」
こうして、洞木さんは張り切って台所につき、トウジもしぶしぶとそれに従っ
た。残された僕たち四人は、おとなしく座って、二人のつくるのを眺める。
洞木さんの料理の腕前は、既に僕たちのよく知るところだが、洞木さんが暇そ
うにしているトウジにいろいろ用事を頼むので、そこのところは見ていてなか
なか楽しい。
「鈴原!!ちょっと生姜すってくれる!?」
「生姜!?何でわしが・・・」
「いいから!!どうせ暇なんでしょ!?」
「それはそうやけど・・・」
「じゃ、生姜はそこにあるから。頼んだわね。」
「わかったわい。生姜、生姜と・・・ないで、生姜なんて。」
「あるじゃない、そこに!!」
「お、おお、これやな。ちょっとした見落としや。勘弁してくれい。」
「いいけど、早くしてよね。待ってるんだから。」
「わかっとるわ。で・・・どうするんや?」
「おろし金でするに決まってるじゃない!!」
「そないな事はわかっとる。そのおろし金が無いんじゃ。」
「ないの!?えーと・・・碇くん、おろし金ってどこ?」
「え、ああ、おろし金ならそこの引き出しに・・・」
「だって、鈴原。分かったら早くやってよね。」
「わかったわかった。これでええんやろ?」
「そうよ、ちゃんとやってね。」
そんな二人のやりとりを見て、座って見ていた僕たちは、思わず感想を述べた。
「のどかだな。」
「そうだね。」
「ヒカリったら鈴原を尻に敷いてるじゃない。あの娘もなかなかやるわね。」
「そんな事言ってるアスカだって、そうなるんじゃないの!?」
「ア、アタシはそんな事無いわよ!!アタシが結婚するとしたら、旦那様には
やさしーくしてあげるのよ。」
「そうかあ?綾波ならそうかもしれないけど、アスカはいつも張り倒してるん
じゃないのか?」
「ど、どうしてそこでファーストの名前が出てくんのよ!!それにアタシは絶
対そんな事はしないわよ!!」
「綾波は優しいもんなー。アスカと違って。」
「ありがとう・・・碇くん・・・・。私のことをそんなに・・・」
「このアタシだって優しいじゃないの!!」
「でも、綾波は料理が出来るよ。」
「ア、アタシだってこれからするわよ!!こんな女に負けてなんかいられない
わ。」
「そうだよ。アスカもこれからは料理の一つ位しないと。」
「分かってるわよ、アンタに言われなくても!!」
「そうそう、僕が教えてあげるから、これから頑張ろう。」
「ちゃんと教えんのよ、少なくともファーストより上手に出来るように。」
「分かってるって。」
「碇くん・・・私にも教えて・・・・」
「え!?あ、うん。もちろん綾波にも教えてあげるよ。」
「よかった・・・ありがとう、碇くん・・・」
「何でそうなるのよ!?アンタがこいつにも教えたら、アタシの方が上手にな
ることなんて出来ないじゃない!!」
「そ、それもそうだね。」
「いいじゃない・・・別に・・・・」
「よくないわよ!!」
「まあまあ二人とも、落ち着いて。二人に教えるから、後はそれぞれで努力す
ればいいじゃない。」
そんなわけで、アスカと綾波は対抗意識をむき出しにしている。料理が上手に
なりたいという心構えはいいのだが、僕としては二人とも仲良くやって欲しい。
しかし、お互いを見る目、特にアスカはただならぬ物がある。これから三人で
作る時には、一体どうなるんだろう。そんな事を考えているうちに、洞木さん
も料理を終えたようで、僕たち三人の番となった。
波乱の幕開けだ・・・・
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