私立第三新東京中学校
第三十一話 卵焼きの味
「よう、どこ行ってたんや、シンジ。惣流なら教室におるで。」
僕が一人で教室に帰ってくると、トウジがそう言った。辺りを見ると、トウ
ジの言うとおり、アスカも戻ってきていて、洞木さんと話している。そして
綾波も、自分の席に戻って本を読んでいる。それを見ると、僕も自分の席に
つく事にした。
「シンジ、一体どうしたんだよ。」
席につくと、前の席にいるケンスケが、後ろを向いて僕に話し掛けてきた。
「別に・・・何でもないよ・・・・」
「そうか?シンジがそう言うのなら、無理には聞かないけど・・・」
ケンスケは僕の心の中に無理矢理入り込んでくる事はない。こういう時の僕
には、とても助かる存在だ。
「ところで、シンジ、今日ってもうこれで帰れるのか?」
「うーん。僕にはちょっとわからないなあ。でも弁当は持ってきちゃってる
事だし、帰れるとしても食べてからにするよ。」
「それもそうだな。」
トウジが洞木さんに弁当を作ってもらっているため、僕たちの中でケンスケ
のみが弁当ではない。そう考えてみると、ケンスケもかわいそうな奴だ。
「ケンスケも自分で弁当作ってみれば?」
「いや、俺にはシンジみたいにそんな事は出来ないよ。」
「どうして?作り方なら、僕が教えてあげるよ。」
「シンジには済まないけど、俺は今のままでいいよ。」
「そう・・・」
僕は、ケンスケに無理矢理勧めるわけにもいかないので、そのままケンスケ
との話を終えた。
しばらくして、ミサトさんが教室にやってきた。時間はちょうどお昼時だ。
「みんな、今日は帰っていいわよ。ごくろうさま。」
ミサトさんの声と同時に、クラス中が歓声に包まれる。やはり早く帰れると
いうのは、誰しもうれしいものだ。
「じゃ、そういうことだから。お弁当もってきてる人は、ここで食べるなり
何なりして。」
それだけ言うと、ミサトさんは再び教室を出ていった。ミサトさんがいなく
なると、クラスのみんなはそれぞれ立ち上がり、バラバラと散っていった。
トウジや洞木さん、そしてアスカも僕たちのもとへとやって来た。
「ねえ、これからどうする?」
「メシや、メシ!!」
洞木さんの問いかけに、間髪入れずトウジが答える。トウジには、弁当が学
校での大きな楽しみなのだ。
「そうね。せっかく持って来たんだし、食べていきましょうか。」
そう決定すると、みんなそれぞれ、弁当や椅子を持って来たり、机を並べた
りしはじめた。しかし、弁当を持って来ていないケンスケは、ただ立ち尽し
ている。そんなケンスケを見た僕は、ケンスケに話し掛けた。
「ケンスケ、僕もパンを買いに行くの、付き合うよ。」
「ありがとう、シンジ・・・」
「今日も売ってるよね、パン。」
「ああ。今日帰れるようになったのは急な事だし、売ってると思うな。」
「それもそうだね。」
こうして、僕とケンスケは教室をあとにして、パンを買いに行った。
ケンスケの言ったとおり、パンはいつも通り売っており、生徒達もこぞって
パンを購入していた。ケンスケはいくつかパンを買うと、僕達はまた教室に
戻っていった。
「よう、遅かったな。」
「うん。」
「でも何でシンジも行ったわけ!?アンタは自分のお弁当があるじゃない。」
「ケンスケに付き合ったんだよ。いつもケンスケは一人だから。」
「そう。アンタも気を遣っているのね・・・」
アスカは、いつもの通りの元気さが、少し足りないように思えた。やはり、
先ほどの事がいくらか尾を引いているのか、とも思ったが、僕には何も出来
ないので、あえて何も言わなかった。
僕たちは、それぞれ食べはじめた。僕はまだ、ケンスケの事を気にしていた
ので、自分の弁当を少し食べるよう勧めた。
「ケンスケ、僕の弁当、少し食べてもいいよ。」
「悪いな、シンジ。気を遣わせちゃって・・・」
「いいんだよ。友達だろ、僕たち。」
「じゃあ、少し頂くよ。」
そしてケンスケは僕の弁当のおかずを一つ取る。そんな光景を、他のみんな
はしげしげと眺めていた。
「シンジ。お前っちゅうやつは、ほんと、ええやつやなあ。」
「そ、そんなことないよ。ただ、ケンスケはいつもパンだったから・・・」
「せや。お前は優しい。ちゅう訳でわしにも一口くれ。」
「鈴原!!アンタは自分の分があるでしょ!!」
「それはそうやけどな、いいんちょー。たまにはシンジのも食ってみたくな
るんや。」
「あたしのより、碇くんのお弁当の方がいいって言うの!?」
「そ、そうやない。たまには、や。分かるやろ?このわいの気持ちが。」
「・・・それもそうね。」
「そうや。じゃあさっそく・・・」
そういってトウジは僕の弁当に箸をのばす。しかし、それを洞木さんは遮っ
た。
「ちょっと待って!!」
「何や、今度は?」
「碇くんのお弁当ばかり食べてしまうのは悪いわ。だから、今日はみんなの
お弁当をみんなで分けてたべましょ。」
「なるほど、それはグッドアイデアね、ヒカリ!!」
さっきまで黙っていたアスカも、この洞木さんの意見には賛成した。そうい
う訳で、みんなは自分の弁当を中央にやって、それぞれ分け合う事にした。
「ほな、早速・・・」
トウジはお許しが出るやいなや、僕の弁当からから揚げを取り、口の中に放
り込んだ。それを見て、残された僕たちも、それぞれ箸を取り、人の作った
弁当を物色しはじめた。
綾波は箸を取り、僕の卵焼きに手を伸ばす。そしてアスカも、入っているも
のは同じなのに、なぜか僕の弁当の卵焼きに狙いをつけた。当然の如く二人
の箸が重なり合う。
「!!!」
「!!!」
アスカも綾波も、お互いの目的が同じである事に気付き、驚いてお互いの顔
を見た。僕はそれを見て、二人がやりあうのではないかと、一瞬危惧したが、
それはすぐに杞憂に終わった。
「アンタに譲ってあげるわ。」
そう言うとアスカは箸を納めた。僕はそれを見てとても驚いた。他にみんな
も驚いている様子だ。アスカは何かを人に譲るような娘ではなかったからだ。
そして更に、あの綾波に譲るとは・・・もしかしたらさっきの事を気にして
言ってるんだろうか?
綾波も少し驚いたが、いつもの顔に戻ると、アスカに向かって言った。
「・・・どうして?」
「どうしてって、アタシには同じのがあるからよ。ただ、それだけ。」
アスカはそう言ったが、僕も、そして綾波もそれだけとは捉えなかった。
「ありがとう・・・・」
「いいのよ。アンタはシンジの作ったものなんてめったに食べれないんだか
ら、今のうちに食べておきなさいよ。」
「わかったわ・・・」
綾波はそう答えると、僕の弁当箱の中にある卵焼きをとり、口に入れた。そ
してゆっくりと味わうようにしてかみしめると、卵焼きは喉の奥に消えてい
った。
「どう、シンジの作った卵焼きの味は!?」
「・・・・おいしい・・・・・」
「そりゃそうでしょうよ。シンジの卵焼きは最高なんだから!!」
「・・・本当ね・・・。で、譲ってくれたお礼といってはなんだけど、私の
も食べてみて・・・」
「そ、そうね。いいわよ。食べてあげる。」
「ぼ、僕もいいかな・・・?」
「アンタは駄目!!アタシが食べるんだから。代りにヒカリのでももらいな
さい。」
「ちぇっ・・・」
「じゃ、もらうわよ。」
そう言って、アスカは綾波の弁当箱の中にある卵焼きを取ると、口の中に入
れた。
「ん・・・案外いけるじゃない。おいしいわよ・・・」
そう綾波に向かって感想を述べながら、アスカは口をもぐもぐやる。
「そう・・ありがと・・・」
「でも、どこかで食べた事のある味ね・・・」
「それ・・・碇くんに教わったの・・・・」
「な、なんですって!?」
アスカは綾波の言葉に驚いて、大きな声を上げた。そして、アスカだけでな
く、僕も驚いた。あの洞木さんのうちでは綾波に教えた覚えは全く無かった
のだが・・・。僕の知らないうちに、綾波は僕がつくるのを見ていたのかも
しれない。
「一体どういう事よ!?」
「ア、アスカ・・・あのね・・・・」
洞木さんは慌てて弁解に走る。どうやらあの日の出来事は、まだアスカに話
してはいなかったようだ。
「綾波さんがお弁当作れないって言うから、あたしのうちにみんなで集って、
綾波さんに教えてあげたのよ。」
「それで、シンジがこの女に教えてあげてたって言うの!?」
「そ、そうじゃないわよ。綾波さんに教えたのはあたし。碇くんじゃないの
よ。」
「じゃあ、何でシンジの味の卵焼きが作れるって言うわけ!?」
「そ、それは、綾波さんが、碇くんが脇でアスカのお弁当つくるのを見てい
たからよね。そうでしょ、綾波さん?」
「そうよ・・・」
「ほ、ほら、そういう訳なのよ、アスカ。碇くんの卵焼きって、あたしのよ
りもおいしいから、綾波さんも覚えたかったのよ、きっと。」
すると、アスカは今までの激昂した顔を一変させて、悲しげな目をしてつぶ
やいた。
「・・・あたしには・・一度も教えてくれた事なんてなかったのに・・・・」
それを聞いた僕たちは、黙ってアスカの顔を見つめているのだった・・・・
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