私立第三新東京中学校
第三十話 二つの想い
「そういうことね・・・」
僕はアスカに大まかな理由を語った。父さんの事には一言も触れなかったが、
大体の事は、ようやくアスカにも理解してもらえた。
「わかった、アスカ?」
「わかったわよ。それにしても、こんなシンジにちょっと引っ張られたくらい
ですぐ赤くなるなんて、情けないわね、アンタ。」
「・・・・」
「そんな事言うなよ、アスカ。綾波はアスカと違って繊細なんだよ。」
「何ですって!?アタシは繊細じゃないって言うの、シンジ!?」
「そ、それは・・・」
「どうなの!?」
「あ、綾波ほどは繊細じゃないと思うけどな・・・」
「あらそう。アンタの気持ちがよーく分かったわ!!」
アスカは完全にふくれている。こうなってはもう完全にご機嫌斜めだ。僕の言
い方も悪かったかもしれないが、もうとり返しはつかない。
「ア、アスカ・・・」
「何よ、この馬鹿!!」
「ご、ごめん・・・」
「謝るくらいなら、はじめっからそんな事言うんじゃないわよ!!」
「それはそうだけど・・・」
そんな時、アスカに責められて、完全にまいっている僕を見て、綾波が口を挟
んだ。
「・・碇くんを責めないで。碇くんは優しいから、私をかばってくれたの。だ
から、悪いのは私・・・」
「そうよ、悪いのは全部アンタ。アンタのせいなのよ!!」
「アスカ、言い過ぎだよ!!綾波は何も悪くないだろ!!」
「そうね。アンタの言うとおり、この女は何も悪くないわ。でもそこがアタシ
の気に食わないのよ!!」
そう叫ぶと、アスカは教室を飛び出していってしまった。
「何なんだろう、一体・・・」
僕はアスカの突然の行動に驚き、呆然としていた。そして、そんな僕を見て、
洞木さんが僕に声をかけた。
「碇くん、アスカの気持ち、わかる?」
「え?」
「アスカはね、碇くんが綾波さんばっかりかばうのが、気に入らなかったのよ。」
「アスカが・・・?」
「そうよ。アスカは碇くんの事を信頼しきっていたの。でも、碇くんは綾波さ
んの事ばかり気にかけるから、自分の事はもういいのか、と思っちゃったのか
もしれないわね。」
「そうだったのか・・・」
「さ、わかったらアスカのところに行ってあげて。アスカは碇くんの事を待っ
てると思うわ。」
「・・・うん。」
そういうと僕は教室を飛び出し、アスカを探しに行った。そして、僕のいなく
なった教室では、洞木さんが綾波に謝っていた。
「ごめんなさい、綾波さん・・・」
「・・・どうして謝るの?」
「私のした事、余計な事だったでしょ?」
「・・・・」
「私は綾波さんの気持ちも分かるけど、アスカをあのままにしておけなかった
の。」
「・・・・」
「碇くんは何も分かってないみたいだけど、アスカも綾波さんと同じなのよ。」
「・・・同じって?」
「碇くんの事が、好きって事よ。」
洞木さんの言葉を聞いた時、綾波は驚いた顔をした。それは困惑の表情だった。
洞木さんはそんな綾波の顔を見ると、怪訝そうにして、綾波に確認した。
「・・・綾波さん・・・碇くんの事が好きなんじゃなかったの・・・?」
「・・わからない・・好きって・・・どういうものなの?私は知らない・・・」
「本当!?じゃあ、綾波さんは碇くんの事をどう思うの?」
「・・・・大切な・・・人・・・・」
「でしょう?そして、いつも側にいたい。一緒に話をしたいって思うんでしょ?」
「・・・そう・・・かもしれない・・・・」
「それをね、人は恋って言うのよ!!」
「・・・・・恋・・・・・?」
「そうよ!!綾波さん、これが初恋なのね!!」
「・・・初恋・・・私が・・?」
「おめでとう、綾波さん。これであなたも恋する女の子の仲間入りね!!」
「そう・・・それなら、あの人はどうなの?私と同じって事は・・・」
「アスカも、碇くんの事が好きよ。あなたと同じで。」
「・・・・そうなの・・・・・」
「そうよ。だから、アスカと綾波さんはライバルね。私はアスカとも、綾波さ
んとも友達だから、どっちに味方をするってわけには行かないけど、二人とも
ケンカしないで仲良くしてね。」
「・・・・」
そんな話が教室でされていた時、僕は学校の中を走り回っていた。
「アスカ・・・どこに行ったんだろう・・・?」
そんな時、僕は掃除から帰ってきたトウジとケンスケにばったりと出会った。
「よう、シンジ、そんなに慌ててどうしたんや?」
「綾波と一緒じゃなかったのかい、シンジ?」
「ア、アスカ見なかった!?」
「惣流!?そういや、なんかえらい勢いで走ってたなあ。なあ、ケンスケ?」
「ああ、俺も見たよ。」
「で、どこに行った!?」
「階段を上に登ってくのは見たけど、あとはなあ・・・」
「ありがと、ケンスケ、じゃあね!!」
そういうと僕はすごい勢いで階段を上っていった。上の階をいろいろ回り、
最後に、僕は残された屋上へ向かった。
屋上に続くドアを開けると、そこにはアスカが立っていた。
「アスカ!!」
僕が呼びかけると、アスカは静かにこっちを振り向いた。
「シンジ・・・」
屋上は風が強く、アスカの栗色の髪は風になびいていた。そのせいで、アス
カの顔は隠れ、詳しい表情は分からなかったが、先ほどまでの激しい雰囲気
はどこにも無く、風吹く中、アスカは寂しげにたたずんでいた。
「アスカ、心配したよ。さあ、教室に戻ろう。」
「・・・・」
アスカは僕の言葉を聞くと、僕に背を向け、外の景色を眺めた。
「アスカ、ごめん、怒っているなら謝るよ。だから・・・」
「・・・シンジ!?」
「何、アスカ・・・?」
「別に、シンジに怒っているわけじゃないの・・・」
「じゃあ、どうして・・・」
「私は自分に対して怒ってるの。あいつに対して優しくなれない私に・・・」
「・・・あいつって?」
「ファーストよ、決まってるじゃない。」
「綾波に?」
「そうよ。私はアンタがあいつに優しくするのが悔しくて、あいつに対して
冷たく当たっていたの・・・」
「・・・・」
「私はそんな自分が嫌だった。どうしてアタシはこんなに嫌な女になっちゃ
ったんだろう、って・・・」
「・・・・」
「シンジは・・・シンジはこういう女は嫌いよね・・・?」
アスカは僕の方に背を向けたまま、恐る恐ると尋ねた。
「・・・僕はそういう人は嫌いだけど・・・アスカの事は好きだよ。」
「・・・どういう事・・?」
僕の答えに、アスカは振り向いて僕の顔を見る。
「アスカだって、自分で綾波につらく当たっている自分が嫌なんだろ?それ
が分かってるなら、アスカは優しい女の子だよ。」
「シンジ・・・」
「アスカも、綾波の事を考えてあげなよ。綾波だっていろいろ大変なんだよ。
アスカにも分かるだろ?」
「わかってる。アタシだってあいつがかわいそうだって事くらい分かるの!!
でも、分かってても、どうしてもあいつには優しく出来ないの・・・」
「どうしてさ、アスカ?分かってるなら、簡単な事じゃないか。」
「シンジにはわからないの!?アタシはあいつに嫉妬してるのよ!!そして、
私はそんな自分の気持ちを押さえ切れないのが恥ずかしいの!!」
「アスカ・・・」
「私は、あいつがシンジに優しくされるのを見るのが嫌なの。そしてあいつ
がそんなシンジを嬉しそうに見る目が嫌なの・・・」
「どうして・・・そんな・・・・」
「まだわからないの!?アタシも、そしてあいつも、アンタの事が好きなの
よ!!」
「え!?」
「だからアンタは鈍感だっていうのよ!!アタシは・・・アタシはずっと・
・・シンジの事が好きだったのに・・・・」
「アスカ・・・」
いつのまにか、アスカの目には大粒の涙があふれていた。アスカが僕の事を
好きかもしれないというのは、前に洞木さんから聞かされてはいたが、今の
今迄、そんな実感はなかった。しかし、アスカの、その思いつめて苦しんだ
顔を見ると、僕はその気持ちが本当のものである事を悟った。
しかし、僕はそんなアスカを前に、何と言って良いのかわからなかった。僕
がもっと加持さんのように大人だったら、上手にいえるのかもしれなかった
が、今の僕には、どんな言葉も、アスカを傷つけるのではないかと思われて
いた。
アスカは、そんな思考にとらわれている僕を見ると、涙を拭いて気丈に言っ
た。
「忘れてちょうだい。」
「え!?」
「今のはほんの冗談よ。アタシがアンタを好きになるなんてありえないわ。」
「でも・・・」
「いいわね!!今の事はすべて忘れるのよ!!」
「アスカ・・・」
「アタシも、ファーストに優しくするよう、努力するわ。でも、いい!?」
「何?」
「アタシはあいつが嫌いよ!!それをよく覚えておいて。いいわね!?」
「わ、わかったよ、アスカ・・・」
「じゃあ教室にもどりましょ。クラスの馬鹿達がどんな誤解をするかわから
ないわ。」
「う、うん・・・」
そう言うと、アスカは僕を置いてとっとと先に出ていってしまった。アスカ
がどうしてこんな態度を取るのか、僕には分からないが、多分強がっていた
だけだとおもう。そして、アスカの真の気持ちが、一体どこにあるのかとい
う事も、僕にはなんとなく分かったような気がした・・・
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