私立第三新東京中学校

第二十八話 信じること

僕と綾波は校長室の前に着いた。

コンコン!!

僕は軽くノックをする。しかし返事はない。

コンコン!!

もう一度ノックしてみるが、返事の帰ってくる気配はない。

「おかしいなー。冬月先生いないのかなー。」
「入ってみましょ、碇君。」
「そうだね。」

そう言って僕はドアのノブを回すが、ドアには鍵がかかっていた。

「鍵がかかってる。これじゃ掃除が出来ないよ。」
「職員室に行って、葛城先生に鍵をもらってきましょう。」
「そうした方がいいかもね、綾波。」

そうして僕と綾波はすぐ隣の職員室に入っていった。
しかし、ミサトさんの姿はどこにも無かった。職員室には既に掃除を始めてい
る何人かの生徒と、くつろいでいる先生達しかいなかった。僕はその先生達の
中に、日向さんと青葉さんを見つけ、声をかけた。

「日向さん、青葉さん。」

僕が呼びかけると、二人は話を止め、こっちを向いた。

「やあ、シンジ君。」
「どうしたんだい、こんなところで。君たちのクラスは職員室の掃除じゃない
だろ。」
「ええ、ちょっと・・・」
「さては二人でさぼって逢い引きかな?」
「ち、ちがいますよ!!」
「はは、冗談だよ。で、本当のところ、どうしたんだい?」
「実は僕たち、校長室の掃除なんですが、鍵が掛かってて入れないんです。」
「そうか。そう言えば冬月校長は、今日は出張だったな。」
「それで、鍵をお借りしたいんですが・・・」
「残念ながら、俺達は鍵を持ってないよ。特に校長室の鍵は、冬月校長しか持
ってないんだ。」
「そうですか・・・」
「まあ、そう気を落とすなって。多分、赤木先生なら持ってるかもしれないぞ。
あの人はいろいろあるからなあ・・・」
「わかりました。リツコさんのところに行ってきます。」
「あの人は理科準備室にいると思うよ、シンジ君。」
「ありがとうございます。じゃあ!!」

そう言って僕たちは職員室を後にした。
そして、僕は廊下を歩きながら、綾波に声をかける。

「行ったり来たり大変だね、綾波。」
「そうね。」
「本当にリツコさん、理科準備室にいると思う?」
「わからないわ。でも、私はいると思う・・・」
「そ、そう。綾波が言うのならそうかもしれないね。」
「・・・本当にそう思う・・・?」
「う、うん。」
「・・どうしてそう思うの?」
「・・・よくはわからないけど、僕は綾波の感を信じるよ。だって僕は、綾波
の事を信じてるから。」
「・・・ありがとう・・・碇君・・・・」
「そんなお礼を言う事じゃないよ、綾波。僕は前から、綾波の事を信じてたよ。
人を信じるって言う事が、どれだけ大切かっていう事を、僕は知ったから。」
「・・・・」
「みんながみんなを信じる事が出来れば、きっと世界は幸せになれるよ。人と
人とのつながりは、信じる事から生まれる。僕はそう思うんだ。」
「・・・・」
「だから綾波も、みんなの事を信じて欲しい。僕や、他の全ての人たちを。」
「・・・・わかったわ、碇君・・・私も・・碇君を信じる・・・」
「ありがとう、綾波。なかなか人を信じるっていうのは難しい事だと思う。で
も、綾波ならきっと出来ると思うよ。だって、僕は、綾波を信じてるから。」

そう言って、僕は綾波に優しく微笑んだ。綾波も僕の顔を見ると、少し顔を赤
らめて、優しく微笑んだ。僕はこの時、ほんの少しだけ、綾波と通じ合えた気
がした。

「さ、行こう!!早く行かないと、みんな掃除が終わっちゃうよ!!」
「うん!!」

綾波は元気良く返事をした。こんな綾波は、はじめてかもしれない。僕は自分
の言った事が、綾波に通じたと感じて、とてもうれしく感じた。

しばらく歩くと、僕たちは理科準備室の前までたどり着いた。
理科準備室は、リツコさんの城のようなもので、めったに他の人間が入る事は
ない。いつも鍵が掛かっているし、中から不思議な物音がしたといっている生
徒も、少なくない。そういう訳で、まだ学校が始まって、それほど経っていな
いにもかかわらず、既に学校中の生徒達に、理科準備室とその主、リツコさん
は、恐怖と畏敬の対象となっていた。
それは、前からリツコさんの事をよく知っている僕でさえ同じで、リツコさん
の前に来ると、なぜだか緊張してしまうのだった。

コンコン!!

僕がノックをすると、即座に反応が帰ってきた。

「誰?」
「あ、リツコさん、シンジです。ちょっといいですか?」

すると返事もなくガチャリと鍵の開く音がした。

「じゃ、じゃあ、入りますよ・・・」

そう言って僕はゆっくりとドアを開けた。一見、中は薄暗く、一台のパソコン
のディスプレイのみが煌煌と光を放っている。リツコさんはそのパソコンの正
面の椅子に腰掛けており、ミサトさんと伊吹さんの二人が、後ろから立ってそ
れを覗き込んでいる。そして僕と綾波が入ると三人はこっちを向いた。

「どうしたの、シンジ君?」
「そうよ、シンジ君。あなたたちは掃除のはずでしょ?こんなところに何の用?」
「あ、あの・・・僕と綾波は校長室の掃除の担当になったんですが・・・」
「それで?」
「か、鍵が締まってたんで、日向さん達に聞いたら、リツコさんなら持ってる
かもしれないって・・・」
「余計な事を言うわね・・・」
「え?」
「余計な事だといったのよ。あまり人に知られていい事じゃないわ。」
「そ、そうですか・・・」
「鍵なら今出すわ。」

そう言うとリツコさんは引き出しを開け、鍵束を取り出すと、そこからひとつ
の鍵をはずして、僕に手渡した。

「はい。」
「あ、ありがとうございます。」
「使いおわったら無くさないように早く持ってくるのよ。」
「わかりました。ところでみなさんここで何をしてるんですか?」
「秘密よ。」
「いい事してるのよねー、リツコ。」
「ミサト!!あなたは黙ってて!!」
「はいはい・・・」
「先輩、シンジ君になら教えてあげてもいいんじゃないですか?」
「ダメよ、マヤ。これはシンジ君であろうと誰だろうと、生徒達には教えては
ならないのよ。」
「そういう訳でごめんねー、シンちゃん。」
「じゃ、じゃあ、僕たちはこれで・・・」

そう言うと僕は綾波を連れて、この薄ぐらい理科準備室を後にした。
少し廊下を歩いて、その衝撃から治まると、僕は綾波に尋ねた。

「あ、あれ、何だと思う?」
「さあ、私にはわからないわ。」
「そうだけど、何か気にならない?」
「別に・・・私には理解できない事だし、それより私にはもっと気になる事が
あるの・・・」
「何、それ?綾波の気になる事って?」
「・・・・後で言うわ。でも今はだめ。」
「そ、そう。」
「それより早くいきましょ。遅くなるとみんなと一緒に帰れなくなるわ。」
「そうだね。じゃあ、急ごう。」

そうして僕たちは再び校長室の前に立った。かなり行ったり来たりしていたせ
いで、ずっと教室から持っていた掃除道具を握る手は、やや汗ばんでいた。
僕はリツコさんから受け取った鍵を使い、校長室のドアを開ける。

「失礼しまーす・・・」

誰もいない事はわかっていたが、僕は静かに挨拶をしてゆっくりと中に入った。

「じゃ、始めようか、綾波!!」

そう言うと、僕は二本持っていたほうきの一本を、綾波に手渡す。
校長室の中はそれらしく、豪華で重厚な作りだ。高価そうな品物も数多く並ん
でいる。そういった物を壊したりすると厄介だし、無駄な時間もだいぶ使って
しまったので、僕は簡単な掃き掃除をするだけにとどめることにした。

掃除を始めて気づいたことは、この校長室は大雑把な目で見れば、かなりきれ
いだったが、細かいところではさほどでもないということだ。やはり、いつも
僕たちの学校を掃除してくれている、掃除のおばさん達も、こういう壊れ物の
あるところでは、あまり豪快な掃除は出来ないということなんだろうか?
そういう訳で、広いところの掃除は綾波に任せて、僕は細かい隅などを掃除す
ることにした。

時間が経ち、掃除もほぼ終わりに近づいた。最後の締めとして、集めたごみを
ちりとりに入れる。

「綾波、僕がごみを掃き入れるから、ちりとりを持ってて。」
「うん。」

僕は綾波にちりとりを持たせると、ほうきを操る。ごみはちりとりに収まり、
綾波はそのごみを、隅にあったごみ箱の中に入れた。
そして、掃除は終わった。だいぶ手早くやったので、いくらか時間が余った。
そこで、僕たちは少し、この校長室で休憩することにした。

「疲れたね。」
「うん・・・」
「でも、思ったより早く終わったね。」
「そうね・・・」
「・・・・」

僕は早くも話につまり、黙り込んでしまった。こういう時、自分からあまり話
題を提供してくれない綾波に対して、僕はちょっとした歯がゆさを覚える。仕
方ないので、僕は校長室の中身を見渡してみた。すると、奥の方に、どこに通
じているかわからない扉があった。掃除していた時も、目にはとまっていたの
だが、その時は掃除に集中していたので、あまり気にならなかった。しかし、
掃除が終わってみると、なんだか無性に気になってみえる存在だった。

「綾波。」
「何、碇君?」
「あの扉・・・」

そう言って、僕はその扉を指差す。

「あの扉・・・何だろうね。」
「・・・止めておいた方がいいわ。」
「え、どうしてさ?」
「・・碇君が・・・つらいことになるから・・・」
「なんで?綾波はここに来たことがあるの?」
「・・・時々・・ここに来るわ・・・」
「本当!?そんなの全然知らなかったよ。」
「別に碇君に隠してた訳じゃないの。ただ・・・」

綾波が続きを言おうとしたその時、その問題の扉が開き、一人の男が姿を現し
た。

「加持さん!!どうしてここに!?」

その男とは加持さんだった。でもなぜこんなところにいるんだろうか?

「やあ、シンジ君。こんなところで会うなんて奇遇だね。」
「ど、どうして・・・」
「そんな驚いた顔するなよ。俺は君の親父さんに会いに来たのさ。」
「え!?」
「知らなかったのかい?この扉の向こうは理事長室。そして、中にいるのが、
私立第三新東京中学校の理事長、碇ゲンドウさ。」

僕は加持さんの言葉を聞いて、驚愕のあまり、身じろぎ一つ出来なかった。

父さんが・・・あの父さんがここにいる・・・・

喜びと悲しみ、そして驚きと憎しみ、さまざまな感情がない交ぜになり、僕の
心臓は早鐘のように鳴り響くのだった・・・


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