私立第三新東京中学校
第二十七話 友達という言葉
「あんた、いつまでここにいんのよ!!」
ミサトさんの叫びがこだまする。
「いいだろー、俺のうちからじゃ畑まで遠いんだよ。」
「あんたは、まだそんな野良仕事するような年じゃないでしょ!!」
「葛城、野良仕事を馬鹿にしちゃあいけないな。ものを育てるって事は・・・」
「はいはい、その話はもう聞き飽きました。それより、あんたみたいなおっき
いのが、このうちにいつまでもいられると、邪魔臭くてしょうがないのよねー。」
加持さんと再会してからというもの、加持さんは毎日のように僕たちのうちに
入り浸っている。畑が近いからと理由を述べているが、それだけではない事を
僕たちは知っている。ミサトさんも表面上は嫌そうにしているが、本心は絶対
そうではないだろう。その証拠にミサトさんはあれから明るくなった。僕は自
分の事情にかまけていて気づかなかったが、今にして思うと、本当にこの間ま
でのミサトさんはどこか違っていた。そして、やっと本来のミサトさんを、今
ようやく取り戻した気がする。
「それより加持、あんた野良仕事ばっかりしてて、仕事の方はいいの?」
「仕事?ああ、首だよ、首!!俺は裏切り者だからな。」
「それもそうね。じゃあ、今あんた、無職なの?」
「ああ、これでやっと野良仕事に精が出せるよ。」
「収入の方はどうすんのよ!!お金がなきゃ食べてけないでしょ!!」
「それもそうだな。なあ、葛城、俺をここで食わせてくれよ。」
「何馬鹿な事言ってんの!!早く仕事を見つけて来なさい!!」
という訳で、加持さんは新しい仕事を探す事になった。
しかし、一向に新しい仕事が見付かった様子は見せなかった・・・
そして某日、学校のクラスのホームルームにて・・・
「いい、みんな。今日は月に一度の掃除の日よ!!」
ミサトさんがクラスのみんなを前に言う。
「ミサト先生、何ですか、それ!?」
クラスの一人が質問する。
「職員会議で決まった事なのよ。あたしは、面倒だからいいって言ったんだけ
どねー。」
「なんで掃除なんか急にする事になったんですか?」
「社会教育の一環って事を、冬月校長が言ってたわ。全くあの人はいつも真面
目で堅物なんだから・・・」
確かに冬月先生は真面目で堅物だ。しかし、そうでないと中学校の校長なんて
ものは務まらない。ミサトさんみたいな人が校長だったら、いったいどうなる
事やら・・・
「そういうわけで、今日はみんなで掃除よ。誰がどこを掃除するかってのは、
洞木さん、あなたに任せるわ。あたし達のクラスが掃除する場所は、この紙に
書いてあるから。じゃ、あとのことはよろしくね。」
そう言って、ミサトさんはそそくさと教室を出ていってしまった。
暫し、クラスは騒然となったが、洞木さんが教壇のところに出てきて、早速み
んなを仕切りはじめた。
洞木さんはてきぱきと二人組のペアを作って、それを学校内の各所に配置して
いった。僕たちはというと、トウジがケンスケとペア、洞木さんがアスカとペ
ア、そして僕は綾波とペアだ。
「な、なんで、シンジがファーストとなのよ!!」
アスカが洞木さんに詰め寄る。
「悪かった?いいとあたしは思ったんだけど。」
「どうしてそう思ったのよ!?」
「綾波さんはアスカも知ってると思うけど、人付き合いが上手じゃないでしょ。」
「そりゃあ、そうよ。」
「でも、碇君になら、打ち解けて安心して話が出来るようなの。だから、碇君
と綾波さんをペアにしたのよ。」
「でも・・・」
「綾波さんを、碇君以外の人とペアに出来ると思う?」
「・・・」
「アスカは誰と組んでもうまくやって行けるじゃない。でも綾波さんはそうじ
ゃないの。私は友達として、綾波さんの事を考えて、そうしたつもりよ。」
「・・・・」
「アスカが碇君を綾波さんと組ませたくないって事くらい、私にもわかるわ。
でも、アスカも綾波さんの事を考えてあげて。」
「・・・・」
「お願い、アスカ。アスカはいつも碇君と一緒にいるじゃない。アスカが心配
する気持ちも分かるけど、ここは我慢して。」
「・・・わかったわ、ヒカリ。今日のところはあなたに免じて、シンジをファ
ーストに貸してあげる。」
アスカはしぶしぶ了承した。そして洞木さんと一緒に、自分達の担当するとこ
ろへ向かっていった。
僕は呆然と遠くからそれを眺めていた。すると後ろから声がかかる。
「碇君。」
「あ、ああ、綾波。今行くよ。」
そう言って僕と綾波は連れ立って教室を後にした。
「綾波。」
「何、碇君?」
「僕たちが掃除するところって校長室だよね。」
「そうよ。」
「どうして僕たちなのかな?洞木さんが行った方が、そういう重要なところは
いいと思うのに・・・」
「私たちが、冬月先生に面識があるからって、言ってたわ。」
「そ、そうなんだ。」
「・・・・」
それきり、僕たちは黙り込んでしまった。そしてただ黙々と廊下を歩いていく。
廊下を歩く綾波の横顔は、心なしかいつもよりも厳しい。いや、厳しいという
よりも、むしろ怒っているように僕には見えた。あまり感情を表に出さない綾
波が、こんな顔をしているなんてと思うと、少し気になって聞いてみる事にし
た。
「あ、綾波。」
「何、碇君?」
「な、なんかさあ・・・」
「・・・」
「お、怒ってない?」
「・・・そう思うの、碇君は・・・?」
「う、うん。ちょっとね。」
「・・・碇君がそう思うのなら、そうなのかもしれないわね・・・」
「ど、どうしたんだい、いったい?」
「・・わからないの、碇君には・・・?」
「う、うん。ごめん・・・」
「・・・わからないなら・・・それでいいわ・・・・」
「そんな冷たいこと言うなよ。僕たちは友達じゃないか。」
僕のその言葉を聞いた綾波は、急にからだをびくりとさせた。そして今度は僕
もそれに気がついた。
「どうしたの、綾波?」
「何でもないわ・・・」
「本当?僕が言った事に、何か気に触ったなら謝るけど。」
「・・・・じゃあ、言わせてもらうわ。」
「・・・」
「あまり友達友達と言わないでくれない?」
「ど、どうして!?僕と綾波は友達じゃないって言うのかい?」
「そういうわけじゃないの。碇君が私の事を、友達だと思って優しくしてくれ
るのは、とてもうれしい。でも・・・」
「でも?」
「・・・・とにかくそう言わないで、お願い・・・」
「・・・わかったよ。綾波がそうして欲しいというなら、理由は分からないけ
ど、これからはそうするよ。」
「・・・ありがとう・・・・・」
綾波はそう返事すると、心なしか、表情も少し和らいだ。なんで綾波がこんな
事を言ったのか、僕にはまったく理解できないけれど、取り敢えず綾波の気持
ちがおさまってよかったと、僕は思った。
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