私立第三新東京中学校

第二十六話 再会と告白

「ねえ、シンジ!!」

アスカが傍らを歩く僕に呼びかける。そんな平凡な夕暮れだった。

「何、アスカ?」

僕はアスカの方を向く。アスカの髪は夕日に照らされて燃えたつような赤だ。
そしてその手にはスーパーの袋を下げている。それは僕の手も同じ。
そう、僕たちは今、買い物の帰りだ。いつもは僕一人で行っているのだが、今
日は珍しくアスカもついてくるといったのだ。

「夕日がきれいね。」

アスカは夕日が好きだ。それはアスカのシンボルカラーともいえる、赤だから
なのかもしれない。思い返してみれば、アスカとの思い出もたくさんあるが、
夕暮れ時の、眩しい赤の世界での思い出が、ほとんどだったように思える。
僕はそんな事を感じながら、アスカに答えた。

「そうだね。」
「ちょっと遠回りしてかえらない?」
「いいけど、どうして?」
「・・・あのきれいな夕日を、もう少し見ていたいからよ。」
「アスカがそう言うならそうしようか。でも荷物、重くない?重かったら僕が
持つけど。」
「大丈夫。二人で持てば、荷物も軽いわ。それより、今日のコースはシンジが
決めて。そして、アタシにシンジの夕日を見せてよ!!」
「うん、わかった。」

そう答えると、僕は向きを変え、アスカを導いた。
しばらく二人で歩くと、僕たちは目的の場所に到達した。そう、闘いで出来た、
湖のほとりだ。
湖の湖面は、夕日が一面に当たり、真っ赤に染められていた。

「これが、シンジがアタシに見せたかった、シンジの夕日?」
「うん。アスカが気に入ってくれたらうれしいんだけど、どうかな?」
「最高よ、シンジ!!」
「ほんと?ありがと、アスカ。」
「・・・アンタって、ありがとう、って言うのが上手ね。」
「そうかな?僕はそんなに意識した事はないけど。」
「意識して言ってたら、相当食わせもんよ、アンタ。」

湖畔の風は強い。爽やかな涼しさが、辺りを駆け抜ける。

「そう?」
「・・・そうよ、そんな顔して言われちゃったら、みんなアンタを好きになっ
ちゃうじゃない・・・・」
「え、なに?よく聞こえなかったよ。」
「いいのよ、聞こえなくて。それより、ちょっと歩きましょうよ。」

そういうと、アスカは湖畔の道を歩いていった。道、といってもそれは残骸に
すぎないが、偶然にも、それは湖沿いに伸びている。僕はアスカの後を追って
道を歩いた。

僕はアスカの後ろを歩く。アスカは僕の方を見る事も無く、ゆっくりと歩いて
いる。僕は周りの景色を見ながら、ふと思い出した。

そう言えば、加持さんの畑がこの辺にあったっけな・・・

僕はしばらく加持さんの畑の手入れをしていたのだが、それほど経つ事も無く
穫り入れが終わり、その後はそのままにしておいた。そして、その後しばらく
してから、加持さんの死んだ事を、ミサトさんに知らされたのだ。
アスカにはまだその事を言っていない。言うべきだったのだろうが、ここのと
ころいろいろあって言う機会も無かった。

今言うべきなんだろうか・・・

僕はそう思った。アスカはもう立ち直ったし、今度も耐える事が出来ると僕は
信じている。そう、いつまでも逃げていてはいけないのだ・・・

決意した僕が、アスカに真実を話そうとしたその時、アスカが僕にたずねてき
た。

「シンジ、あれ見える?」

そう言って遠くの畑を指差す。それは加持さんのあの畑だった。そして、そこ
には男の人が一人、立っているのが見える。

「あれ、加持さんじゃないかしら?」
「そ、そんなはずはないよ。」
「どうして?」
「そ、それは・・・」
「ま、いいわ。行ってみれば済む事だもんね。」

そう言うと、僕が止める暇も無くアスカは駆け出していった。

「加持さ〜ん!!」

アスカが呼びかけると、その男は振り向いて答えた。

「おー、アスカちゃんかー!!」

その声はまさしく!!

「ほら、シンジも来なさいよ!!加持さんがお待ちよ!!」

僕は半信半疑で、アスカの方へと駆け寄った。そしてそこにいたのはやはり、
加持さんだった。

「か、加持さん・・・」
「やあ、シンジ君、久しぶり。」
「ど、どうしてここに・・・」
「おいおい、まるで死人に会ったみたいな顔してるな。どうしたんだい、いっ
たい?」
「だ、だって・・・加持さんは死んだはずじゃ・・・」
「誰がそんな事言ったんだ?」
「ミ、ミサトさんが・・・そう・・・」
「葛城か!?道理で誰も俺の見舞いに来てくれないはずだよ。死んだことにさ
れてるんじゃな・・・」
「じゃあ、本当に加持さんなんですね?」
「あったりまえじゃないの!!アンタ何さっきからおかしな事ばっかり言って
んの?」
「なら、今までどうしてたんですか?僕たちには顔も見せずに・・・」
「だから、入院してたんだよ。ちょっと拘禁されそうになってな。逃げようと
思ったらいきなりズドンさ。」

そう言って加持さんは、指でピストルを撃つ真似をする。

「その時、運悪く傷口に悪い風がはいってな、それで今まで入院してたんだ。
やっと今日退院さ。わかったかい、シンジ君?」
「は、はい・・・」

僕はいきなり真実を突きつけられて、はっきり言って戸惑っていた。

「それにしてもシンジ君。ちゃんと俺の畑を手入れしてくれなくちゃ困るじゃ
ないか。君になら安心して任せられると思って、君にだけ教えておいたのに・・・」
「す、すいません。」
「まあ、いいよ。シンジ君も俺が死んだと思ってたんだから。でもこれから手
入れが大変だな・・・」

そう言うと加持さんは荒れ果てた畑を見渡した。畑は既に草がぼうぼうに生え
ており、草取りが大変そうにみえた。

「で、加持さん、今日はどうするの?」

アスカが加持さんに聞いた。もちろんうちに来る事を期待してだ。

「そうだなあ・・・やっぱり葛城のところに行かないとまずいよなあ・・・」
「もちろんですよ!!ミサトさんをあんなに悲しませたんだから!!」
「そうだよなあ・・・」
「そうです!!さ、行きましょう!!」

こうして僕たちは、加持さんを連れて、我が家へと向かった。三人で湖畔の道
を歩きながら、加持さんはそっと僕にたずねた。

「やっぱり、葛城、泣いてたか・・・?」
「僕の前では、決して涙は見せませんでしたが、きっと毎晩泣いてたんだと思
います・・・」
「そうか・・・」

そうつぶやくと、それきり加持さんは何も言わなかった・・・

しばらく歩くと、僕たちは家に着いた。辺りは既に、夜の帳が下りはじめてい
る。

「ただいまー!!」
「おかえりー、遅かったのねー!!」

ミサトさんの返事が奥の部屋から聞こえる。

「ミサトさーん、ちょっと来てくださーい!!」
「もう、いったい何なのよ、全く・・・」

そうぼやきながらミサトさんは玄関の方へとやってくる。それを見て加持さん
はミサトさんに声をかける。

「葛城、久しぶり・・・」
「あ、あんた、加持!!」

それきりミサトさんは驚いて声も出ない。少し間を置いて加持さんが声を発す
る。

「心配させてすまなかった・・・」
「あ、あんた、死んだんじゃなかったの!?」
「ああ、運悪く生き延びて、またここに来てしまったよ。」
「じゃ、じゃあ・・・」
「俺は生きて帰ってきた。そして俺は、約束どおり、あの時言えなかった事を
言うよ。」
「加持・・・」
「愛してるよ、葛城・・・そしてありがとう。こんな俺の為に涙を流してくれ
て・・・」

加持さんのその時の顔は本当に優しく、思いにあふれていた。そして僕は、こ
れこそが本当の男の顔だと思った。

「バカ!!」

ミサトさんの平手が加持さんの頬に飛ぶ。しかし加持さんはそれをよけること
なく、黙って受けた。そしてその長い両手で、ミサトさんを抱きしめた。

「すまなかった・・・」
「アンタは馬鹿よ!!いつもアタシに心配かけて・・・・」

後の言葉は鳴咽となって消えた。加持さんは深い懐にミサトさんを抱き、その
ままじっと抱きしめていた。
加持さんの目には、一粒の涙が光って見えた。
それはたった一粒ではあったが、僕の目には、かけがえの無い、一粒の宝石の
ように美しく輝いてみえたのだった・・・・


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