私立第三新東京中学校

第二十五話 二つのお弁当

「アンタ、ヒカリのうちに行きなさいよ。」

アスカがトウジに向かって言っている。かなり怒っている様子だ。

「なんでわしが行かんとあかんのや。そんなに心配なら惣流が行ったらええや
ないか。」
「アンタ馬鹿!?アンタのせいでヒカリが出ていっちゃったのよ!!アンタが
行くのが当然じゃない。」

事の次第は僕からアスカに話してある。それをきいてアスカは心配したが、取
り敢えず放課後までは我慢した。いや、僕が我慢させたのだ。もしかしたら帰
ってくるかもしれない、と。しかし、そんなことにはならなかった。薄々分か
っていた事ではあったが、アスカを教室にとどめて置くことは出来た。我なが
ら嫌なやり方だった。

「なんでわしのせいなんや。わしはなんもしとらんで。」
「つくづく馬鹿ね、アンタって奴は!!いいから行くのよ!!」
「わしは一人で女の家になんぞ行かん。」
「そんな事言ってる場合じゃないでしょ!!あの責任感の強いヒカリが、学校
を飛び出したのよ!!あの娘の気持ちわかってるの!?」
「わかるかい、そんなもの。とにかくわしは行かんで!!」
「この馬鹿!!いいわ、シンジ、無理矢理連れて行くわよ!!」

そう言うとアスカはトウジを半ば引きずって洞木さんの家へと連れていった。
僕もアスカに言われるままにトウジを引っぱっていった。ケンスケと綾波も手
こそ出さなかったが、黙って僕たちの後についていった。

ピンポーン!!

返事はない。アスカはもう一度チャイムを押す。

ピンポーン!!

「ほら、家にはおらんのや。帰るで。」
「居るわよ、馬鹿!!」
「なんでわかんのや、わかるわけないやろ。」

アスカはそれには答えずにドアに向かって叫んだ。

「ヒカリ!!いるんでしょ!!あたしよ、アスカよ!!」

すると、ドアの向こうから声が聞こえた。

「アスカ・・・ごめんなさい。今日は帰って・・・」
「中に入れなさいよ。話ならシンジから聞いたわ。あなたの気持ちも分かるけ
ど、こんな風にしててもしょうがないじゃないの。それにヒカリの荷物も持っ
てきたのよ。」

アスカの言葉に引かれるようにゆっくりとドアが開いた。
ドアの隙間からのぞく洞木さんの顔は、いつもとは別人のようで、疲れきった
様子で真っ赤に目を腫らしていた。きっとあれからずっと泣いていたのだろう。
洞木さんもこっちの顔ぶれを見て、かなり動揺したようだ。きっとアスカだけ
だと思っていたのだろう。

「鈴原!!」

そう叫ぶと、洞木さんはばたんとドアを閉めてしまった。

「ヒカリ!!」

アスカの叫びにも反応はない。いくらドアをたたいてみても、開けてくれそう
な気配すら見せなかった。

「アンタも何とか言いなさいよ。」

アスカはトウジに向かって言う。トウジもあの洞木さんの姿を見て、何がしか
を感じたようだ。

「いいんちょー・・・」
「・・・・」
「わしには何て言うたら分からんのやけども・・・すまんかった。」
「・・・・」
「鈍いわしには女の考える事なぞ、よう分からん。せやから、いいんちょーが
何で泣いてんのかもわからん。」
「・・・・」
「せやけど、こんなわしにもわかる事くらいある。」
「・・・・」
「いいんちょーの作った弁当、うまかったで。」
「・・・・」
「わしには料理の事なんかよう分からんけど、わしは弁当にいいんちょーの気
持ちを感じた。」
「鈴原・・・」
「せやから、明日も学校に来て、わしに弁当を食わして欲しい。」
「・・・・」
「それだけや。じゃあな!!」

そういってトウジは走っていった。
トウジが見えなくなってしばらくすると、ドアが開いて、ゆっくりと洞木さん
が出てきた。洞木さんの目には大粒の涙が光っていた・・・
それを見た僕たちは持ってきた荷物を渡すと、黙って洞木さんの家を離れた。

次の日、トウジが僕たちを迎えに来た時も、その中に洞木さんの姿はなかった。

「ヒカリは?」
「お姉さんが出てきて、今日はいいんちょー、早く学校に行ったんだって。」
「そう・・・」

その言葉を聞いても、僕たちは全く安心できなかった。みんな洞木さんを心配
しながら、寂しく学校へと向かった。
教室へ入ると、洞木さんが自分の机に座っているのが見えた。

「ヒカリ!!」

僕達は一斉に駆け寄る。
すると洞木さんは立ち上がって言った。

「はい、お弁当。」

トウジに手渡されたお弁当は二つだった。

「いつも鈴原ったら先に食べちゃうでしょ?だから、これから二つ作ってくる
事にしたの。そうすれば、お昼にパンを食べなくてもいいでしょ。」

洞木さんはそう、楽しそうに微笑んで言った。

「す、すまんな、いいんちょー・・・」
「だけど鈴原!!もう一つもお昼前に食べちゃ駄目だからね!!」
「わ、わかっとるわい、そのくらい。いくらわしでもそこまでするかいな。」
「本当?鈴原は大食いだから、その位すると思うけど。」

そういって洞木さんは軽やかに笑った。それにつられるように、トウジも、そ
して僕たちも笑った。
そして、教室中に僕たちの笑い声がこだまし、辺りは幸せな空気に包まれてい
ったのだった・・・・


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