私立第三新東京中学校

第二十四話 失言

「アスカ、アスカ!!」
「ん〜?なによー、シンジー。」
「アスカ、起きてよ。今日から学校だよ。」
「わかったわー。あともうちょっとしたら・・・」
「だめだよ!もうすぐみんなが迎えに来る時間だよ!!」

そういうと僕は、夏がけの端からにょっきり出ているアスカの腕をつかむと引
っ張りあげる。こういう時は実力行使に限るのだ。

「はい、起きて起きて!!」
「んー、まだ眠い・・・」
「そりゃそうだよ。病院じゃ一日中寝ててよかったんだから。でも今日からは
違うよ。僕が毎日ビシバシ起こすからね!!」

そう言って、ベッドの上で上体を起こし、ぼーっとしているアスカの顔を両手
で優しく包むと、軽くピシャリとやる。

「イタッ、何すんのよシンジ!!」
「これで目が覚めただろ。さ、早く起きて朝食を食べよう。」
「確かに目が覚めたけど、もうちょっとまともな起こし方はないの!?こんな
のを毎日やられてたんじゃ、このアタシのかわいい顔が変形しちゃうわ!!」
「じゃあ、一体どうしたら起きるっていうんだい?」

僕は意地悪な顔をして、これ以外に方法はないという事をアスカに示した。
それに対してアスカは神妙な顔をして答える。

「例えば・・・」
「例えば?」
「・・お、おはようのキスとか。」
「な、な、何言ってるんだよ!!こんな朝っぱらから!!」

僕は顔を真っ赤にして叫んだ。冗談にもほどがある!!

「じょ、冗談よ。馬鹿ねえ、そんな事も分かんないの、アンタは。」

アスカは慌てて否定した。思わず言ってしまった事の恥ずかしさに、顔を真っ
赤にしている。そしてそれをごまかすかのように言う。

「そ、それより早く出ていってよ!!アタシが着替えるんだから。」
「わかったよ。」

僕はそう答えて部屋を出て行こうとするが、ドアのところで最後に釘をさした。

「また寝るなよ。」
「寝ないわよ!!」

僕は出ていった。

しばらくして、朝食ののったテーブルに三人が揃い、食べはじめた。朝食は簡
単なものだが、なるべく温かいものをと考えて、僕はいつも作っている。冷た
い食事がいかに味気ないものか、僕は良く知っているのだ。

静かな食事を終えると、僕は洗い物をし、みんなが迎えに来るのを待つ。程無
くチャイムのなる時間だ。

ピンポーン!!

「はーい!!」

既に用意の整っている僕とアスカは、そろって玄関へと向かう。

「おはようさん。」

トウジが顔を出した。その後ろには、ケンスケと綾波、そして洞木さんが控え
ている。

「あれ、洞木さんも?」
「そうや、シンジ。惣流と一緒に学校に行くゆうてな。」

そう答えるとトウジは洞木さんを前に押し出す。

「おはよう、アスカ。」
「おはよう、ヒカリ。わざわざ悪いわね。」
「いいのよ、別に。それにみんなで来た方が楽しいでしょ?」

そういって洞木さんはちらりとトウジの方を見やる。その洞木さんの視線の意
味を理解したアスカは、うなずきながら答える。

「わかったわ、ヒカリ。」
「何二人してしゃべくっとんのや。さっさと行くで!!」

あまりに鈍感なトウジの言葉にむっとしてアスカは言った。

「うるさいわね、アンタに言われる筋合いはないでしょ!!」
「わざわざ迎えに来とんのやぞ。そういうならおいてくで!!」

トウジとアスカの間は早くも険悪なムードが漂っている。僕はその二人の間に
入って言った。

「二人ともいい加減にしろよ。遅刻するぞ!!」

こうしてようやく僕達は学校へと向かいはじめた。アスカはまだ早く歩けない
ので、洞木さんが横について、アスカを助けている。そしてトウジとケンスケ、
僕の三人は並んで歩いており、綾波はその後ろを一人で歩いている。
綾波が今日は一言も口をきいていないのに気付いた僕は、二人から遅れ、綾波
の横に立った。

「おはよう、綾波。」
「おはよう、碇くん・・・」
「・・・今日は元気ないんだね。」
「そう?」
「うん。僕にはそう見える。」
「碇くんがそういうのなら・・・そうなのかもしれない・・・」
「何か心配事でもあるの?」
「・・・」
「良かったら相談に乗るけど。」
「ありがとう、碇くん。でもいいの。」
「よくないよ。僕たち友達だろ?」
「・・・いいの。どうしようもないことだから・・・」

それきり綾波は黙ってしまった。僕はそんな綾波に声をかける事も出来ずに、
ただ、綾波の横顔を見つめていた。

「シンジ!!」
「何だよ、アスカ!?」
「ちょっと来なさい!!」
「じゃ、綾波。アスカが呼んでるから。」

そういうと僕は綾波を置いて、少し後ろの方にいるアスカ達のところへ行った。
そして綾波は、アスカの元へと駆け寄っていく僕の後ろ姿を、ただじっと見つ
めていた。

「何、アスカ?」
「アンタは、ちゃんと歩けないかわいそうなアタシを置いて、さっさと行って
しまうって言うわけ!?」
「そ、そんなことないよ。」
「そんなことよ!!違うって言うの!?」
「そ、そりゃあ、そうだったけど・・・」
「いい?アンタはここにいればいいの。わかった!?」
「わ、わかったよ。ここにいればいいんだろ?」
「そうよ。あんな女のとこになんか居る必要ないわ。」
「あんな女って綾波の事?それは言い過ぎだよ、アスカ。綾波がかわいそうじ
ゃないか、一人で置いておくなんて。綾波!!」

僕は綾波を呼ぶと、綾波はトコトコと駆け寄ってきた。

「何、碇くん?」
「一緒に行こうよ、綾波。一人じゃ寂しいだろ?」
「でも・・・」
「何気にしてるんだよ。僕たち友達だろ?」

そういわれた綾波は一瞬顔をこわばらせたが、僕には全く気が付かなかった。

「ありがとう・・・碇くん・・・」

そう静かに答えると、綾波は僕の横について、一緒に歩きはじめた。

学校について僕が席につくと、いきなりトウジが言ってきた。

「ハーレムやのう、シンジ。」
「は?何言ってんだよ、トウジ。」
「今朝の事や。女を三人も侍らしよってからに。この女ったらしめ。」
「な、何言ってんだよ!!」
「隠さんでもええ。いいんちょーはともかく、あの二人は美人やないか。」
「ト、トウジ、後ろ・・・」
「何や、シンジ?」

そういってトウジは後ろを振り向く。するとそこには怒った洞木さんが立って
いた。

「すーずーはーらー・・・」
「ご、誤解や、いいんちょー。わしはただ・・・」
「ともかくってどういうことよー。ともかくって・・・」
「そ、それはな、そうや、言葉のあやっちゅうやつや。な?」
「あたしは美人じゃないって言うわけ?」

洞木さんは全くトウジの言い訳など聞いてはいない。ただその怒りを発散させ
るのみだ。そしてトウジは、洞木さんの形相を見て完全にうろたえてしまって
いる。

「そ、そんなことないで。」
「じゃあ、どうだって言うのよ!?」
「き、きれいや。きれいやで、いいんちょーも。」
「も、とはどういう事よ。いい加減な事言うとお弁当作ってあげないわよ。」

これはトウジには効いた。洞木さんの弁当がなくなれば、トウジの学校生活も
半分はむなしいものとなるだろう。

「ほ、ほんまにきれいやで。」
「ほんとうに?じゃあ、あたしの事、好き!?」
「す、好きや!わしはいいんちょーのことが大好きや!!」

トウジのこのおおきな声を聞いて、洞木さんは一気に怒りで忘れていたわれを
取り戻した。そして自分がトウジに言ってしまった事の愚かさを理解した。ト
ウジに無理矢理に好きと言わせてしまったのだ。それもほんとかどうかも分か
らなく。

「そ、そう。ならいいわ。」

そうひとこと言うと、洞木さんは走って教室を出ていった。

「許してもらえたんやろか・・・」

トウジは洞木さんの気持ちに気付くことなく、そうつぶやいた。
そして、洞木さんはその日、教室に戻ってくる事はなかった・・・


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