私立第三新東京中学校
第二十二話 夕やけの病室
「ほな、いくで!!」
放課後になって、僕達はアスカが入院している病院へと向かった。
五人の中学生がぞろぞろと歩く。その光景は車一台通らないこの大きな通りに、
異様なまでに目立っていた。
アスファルトが強い太陽の日差しで熱され、体感温度をより高いものにしてい
る。トウジやケンスケは早くも、歩いていくという考えを後悔していた。
「暑いのー。」
「そうだね。」
「そうだね、って暑くないんか、シンジは?」
「僕だって暑いよ。でもしょうがない事だろ?」
「そやな・・・」
トウジは反論する気力も失せたようだ。横を見るとケンスケはもうぐったりし
ている。洞木さんも、黙ってはいるものの、かなりまいっている様子だ。
反対に綾波は、汗一つかかずに涼しげな顔をして歩いている。僕はちょっと気
になったので、綾波に聞いてみることにした。
「綾波は暑くないの?」
「別に・・・」
「本当!?綾波って暑いの強いんだね。」
「そう?」
「そうだよ。ほら、あのトウジの顔を見てみなよ。暑そうでしょ。」
「うるさい、シンジ!!わしのことはほっとけ!!」
「ほら、暑いからイライラしてるんだ。」
そうして僕はトウジに目を向けるのを止めた。
しかし今日は本当に暑い。よくこの道を通る僕でさえ、かなり暑く感じる。ど
こかで何か冷たいものでも飲みたい気分だ。
「何か冷たいものでも飲もうか?」
「お、いい考えやないか、シンジ!!」
「確かにいい考えだけど、どこでそんなものを手に入れるって言うんだ、シン
ジ?」
ケンスケのいうことはもっともだ。先には長い道がずっと続いており、通りに
は自動販売機すらみえない。100メートル程先は、もう熱気が道路から立ち
のぼっていてよく見えないが、確か、その先もずっと何もなかったはずだ。
「何にもないね。」
「だろ?」
「ごめん・・・」
僕も疲れてしまって言葉少なになっていた。
そういう訳で、僕達は休むことなく、黙々と歩き続けた。20分程歩いてやっ
と、病院のある賑やかな辺りにたどり着き、僕達は、缶ジュースで一息つくこ
とが出来た。
そして休んだことによって、ようやく人並みの思考を取り戻した僕達は、大事
なことを思い出した。
「そう言えば、何かアスカに買っていった方がいいかな?」
「そうね。私もすっかり忘れてたわ。」
「花束の一つでも買っときゃええやろ。」
「駄目よ!!もし退院することになったら、邪魔になるじゃない!」
「そうか?でもそんなら何持ってっても同じやないか。」
「それもそうね・・・」
トウジと洞木さんは考え込んでしまった。それをみている僕らも一緒に考えて
いる。
「果物の詰め合わせでも持っていく?」
「あんなもんもらっても食いきれるか!!」
「そう?わりと一般的だと思ったんだけど・・・」
「・・・何も持っていかなくていいよ。僕がお弁当持ってきたから。」
「本当、碇くん!?」
「うん。それがあれば何もいらないんじゃないかな。」
「そうねえ・・・」
「おい、シンジ!お前今までそんなことしてたんか?」
「う、うん・・・」
「・・・お前もようやるな・・・そないなこと・・・」
「いいじゃないか、弁当くらい作ったって。」
「まあ、わしは構わんがな・・・」
そういってトウジは綾波の方に視線をやる。僕も綾波の方を見ると、綾波は少
し離れたところで、僕の方を見ていた。そしてその目は、心なしか僕のことを
にらんでいるかのように見えた。しかし僕には、綾波が僕をにらむ理由が、思
い当たらなかった。
「ど、どうしたの、綾波!?何か気に触ったかな?」
「・・・なんでもないわ。」
そう答えると綾波は僕から視線を外し、別の方を見た。僕は気になったが、気
のせいだろうと思うことにして、話を、まだ考えている洞木さんに向けた。
「どう、洞木さん、決まった?」
「やっぱり、碇くんのお弁当だけじゃちょっとね・・・」
「じゃあ、やっぱり花にしようよ。あんまり大きいのじゃなければ、それほど
邪魔になることもないし。」
「そうね・・・碇くんのいう通りにしましょう。」
こうして、みんなもそれに異存が無く、アスカには花束を買っていってやるこ
とが決まった。僕達は病院の近くにある花屋で小さな花束を買い、アスカのい
る病室へと向かった。
コンコン!!
「アスカ。シンジだけど、いいかい?」
「シンジ?いいわよ、入っても。」
「じゃ、入るよ・・・」
そう言うと僕達は一斉に入っていった。部屋の中はもうこざっぱりと片づけら
れていて、退院する許可が下りたことを物語っている。
「ヒカリ!!」
「アスカ、元気になったのね!!」
洞木さんとアスカは感動の対面を果たしている。二人とも、今にも涙が出んば
かりの感激ぶりだ。それは横で見ていた僕達に、二人の絆の深さを改めて思い
知らせた。
しばらくしてそれも落ち着くと、僕はアスカに買ってきた花束を渡した。
「アスカ、これは僕達みんなから、退院のお祝い。」
「ありがとう。でもどうしてアタシが退院するってわかったのよ。そりゃあ、
退院したいとはいってたけど・・・」
「きれいに片付いてるからだよ、アスカ。ほんとに退院できるんだろ?」
「あたりまえじゃない!!このアタシが、いつまでもこんなところにいられる
と思う!?」
「そ、そうだね・・・」
僕は、早くもアスカの元気のよさにおされてしまっていた。
「それにしてもまあ、惣流も退院できるようなって良かったな。」
「そうだな。やっぱりクラスの一員が一人だけいないのは寂しいもんな。」
「そう、アンタ達もありがと。感謝するわ。」
「何や、それだけかいな。せっかく見舞いに来てやったんやから、もうちょっ
とうれしそうな顔くらいせいや。」
「アンタ達にはそれくらいで十分よ。前からお見舞いに来てくれてたシンジや
ヒカリと一緒にされちゃ困るわ。」
「・・・・」
トウジもさすがに、アスカにはかなわなかった。しかしアスカの言い分にも一
理ある。
洞木さんはやや険悪になったムードを察して、みんなを座らせて別の話をはじ
めた。その後は楽しい談笑の時間となったが、綾波は一人黙っていて、なぜか
楽しそうには見えなかった。
「どうしたの、綾波?あんまり楽しそうじゃないけど。」
「別に・・・そんなことないわ・・・」
「そう?ならいいけど。」
そのとき僕と綾波の話を聞いたアスカは、綾波に言った。
「あらファースト!!アンタも来てくれてたのね。黙ってるもんだからわから
なかったわ。」
「別にあなたに会いたくてきたんじゃないわ・・・碇くんに誘われたから私は
来たのよ・・・」
「な、な、な・・・」
アスカは怒りのあまり声も出ない。二人は一触即発の雰囲気だ。僕はこの危機
的状況を打開するために、二人をなだめにかかった。
「二人ともいい加減にしろよ。こんなところでけんかしたってしょうがないじ
ゃないか・・・」
「ごめんなさい、碇くん・・・」
「なによ、アタシには謝らないで、シンジには謝るっていうの!?」
「アスカ!!」
「・・・・なんで・・・・・」
そういったきり、アスカはうなだれてしまった。綾波は平然とした顔をしてそ
れを見ている。僕はアスカがかわいそうな気がしたが、今のはアスカが原因だ
と思ったので、何も言えずにいた。
そして、この最悪の状態を何とかしてくれたのは、やはり洞木さんだった。
「アスカ、今のはあなたが悪いわ。綾波さんに謝りなさい。」
「ヒカリ・・・」
「そして綾波さん。あなたもちょっと言い過ぎよ、アスカに謝りなさい。」
「・・・・」
「二人とも悪いわ。お互いに謝って仲良くするのね。」
そう強く洞木さんに言われてアスカも自分が言いすぎたことに気がついた。
「わ、わるかったわね、ファースト・・・」
「ほら、綾波さんも。」
「ごめんなさい・・・」
「いい?これでお互いに仲良くするのよ。」
こうしてお互いに遺恨は残したものの、この場は取り敢えず収まった。
しばらく学校の話などをしていると、時間も経ち、そろそろ帰ろうということ
になった。
「あ!!」
「どうしたの、アスカ?」
「アタシ、服がない。」
確かに今着てる服は、病院から支給されたパジャマで、ここにはアスカの私服
は一着もない。
「じゃあ、タクシーで家まで帰る?」
「そんなこと出来るわけないじゃない!!アタシの部屋に行って服持ってきな
さいよ、シンジ!!」
「いいじゃないか、タクシーで帰れば。そんなめんどくさいこと僕に押し付け
るなよ。」
「あたしが持ってこようか、アスカ?」
「いいの、ヒカリは。場所だってよく分かんないだろうし、そこまでさせちゃ
悪いわ。だからシンジにやらせればいいの。」
「そう・・・?」
「そうよ。シンジ、さっさと行ってきて!!」
そんなわけで、アスカのわがままに押し切られる形となって、僕は家までアス
カの服をとってくることになった。みんなも時間がちょうどいいということで、
僕と一緒に帰ることになった。
「シンジ、いろんなとこをいじくるんじゃなわよ!!」
「そんな無理な事言うなよ・・・」
そういって僕達はアスカの病室を後にした。病室から出ると早速トウジとケン
スケが声をかけてくる。
「お前も大変やのう、シンジ。」
「ほんと、同情するよ。」
しかし、アスカのことをこの二人よりも知る洞木さんは、それに対して反論し
た。
「アスカはね、碇くんのことを信頼してるから、ああいう風にいえるのよ。」
「そうか?いいんちょー。惣流はいつもあんなもんやったで。」
「それは鈴原が鈍感だからわからないのよ!!女の子の気持ちなんて・・・ち
っともわかってないんだから・・・」
「・・・」
洞木さんの台詞で、みんなは黙ってしまった。
僕は病院を出ると、急ぐため、タクシーに乗っていくことにした。みんなに一
緒に乗っていくか聞いたが、いえがバラバラなので、歩いて帰るといったので、
僕は一人でタクシーに乗り込んだ。
程無く家につくと、僕はタクシーを待たせて、アスカの服を取りに行った。
アスカの部屋に入るのは久しぶりで、懐かしい感じがしたが、そんなものに
ひたっている時間はないので、急いで適当に取りまとめ、バッグに詰めると、
待っていたタクシーに乗り込んだ。
「アスカ、お待たせ!!」
僕は病室に飛び込むとアスカに向かって叫んだ。
「あ、ああ。早かったのね、シンジ・・・」
アスカはベッドの上に腰掛けて、ぼんやり外の景色を眺めていた。
その様子はさっきまでのアスカとは、別人のように見えた。
「どうしたの、外なんかぼーっと見ちゃって。」
「何でもないわ。」
「そう?じゃ、これ、着替え。」
そういって僕はアスカに持ってきたバッグを手渡した。
「僕は外で待ってるから着替え終わったら声かけてね。」
そして僕は部屋の外に出るとアスカを待った。しばらくするとアスカの声が聞
こえた。
「シンジ、入ってもいいわよ。」
僕はその声にしたがって、部屋の中に入った。するとアスカは僕に向かってポ
ーズを取る。すでに日は傾いており、窓から差す夕日がアスカを強く照らして
いた。
「どう、シンジ?似合う?」
「うん、とってもよく似合うよ。」
別にその服装は僕の見たことの無い物ではなかったが、なんとなくその雰囲気
に誘われて、僕はそう答えた。
「ありがと、シンジ。」
「うん。」
アスカの言葉に対し、僕はなぜか、うんとしか答えられなかった。
立ち尽した二人を夕日が赤く染める。
しばしの時が流れ、僕はその不思議な空間を壊すために、鞄の中から今日の分
の弁当を取り出した。
「今日も作ってきたの・・・?」
「うん。」
「・・・シンジも一緒に食べる・・・?」
「うん。」
「昨日はシンジがアタシに食べさせてくれたから・・・今度はアタシがシンジ
に食べさせてあげるね・・・」
「うん・・・」
さっきから僕はうんとしか答えられない。アスカは弁当箱を手に取ると、箸で
卵焼きをつまんだ。そしてそれを僕の口の方に持ってくる。
「はい、あーんして。」
アスカの声はとても優しい。今までアスカがこんな声を出せるなんて知らなか
った。僕は恥ずかしさも忘れて口を開いた。
「おいしい?」
「うん。」
そしてアスカは自分の口にも同じく卵焼きを入れる。そんな静かな時間が続き、
僕達はささやかな食事を終えた。
僕は弁当箱を仕舞うと、立ち上がって自分の鞄とアスカの荷物を取った。
そしてベッドに座っているアスカに片手を差し出し、言う。
「帰ろうか、アスカ。僕たちのうちへ。」
「うん。」
アスカはそう答えると、差し出された手を取り、立ち上がった。そして僕たち
は、手をつないだまま、夕日に赤く染まった病室を後にした・・・・
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