私立第三新東京中学校

第二十一話 とりかえっこ

ピンポーン！！

玄関のチャイムが鳴った。トウジ達が迎えに来てくれたんだろう。僕は急いで玄関
の方に向かった。

「はーい！！」

そう言って僕は鍵をあけ、ドアを開いた。

「おはようさん。」
「おはよう、シンジ。」
「二人ともおはよう。」
「ほれ、綾波も出んかい。」

トウジは後ろにいる綾波を前に出した。

「・・おはよう、碇くん・・・」
「あ、綾波！！トウジ達と一緒に来たの？」
「うん・・・」
「せや、わしらが迎えに行ったんやで！！なあ、ケンスケ？」
「ああ、トウジの言う通りだよ、シンジ。」
「そうだったんだ・・・」

僕は、トウジ達が綾波と一緒に来てくれたのを知って、喜びを感じた。綾波が僕ら
の仲間だということを、改めて実感できたからだ。

こうして僕たち四人は学校へ向かった。楽しくしゃべりながら歩いたが、主にトウ
ジが一人でしゃべり、ケンスケがそれに答え、僕と綾波はそれを聞いているという
形だった。綾波は余りしゃべりはしないものの、明らかに楽しそうで、僕もそれを
微笑ましく思っていた。
そんな風にして僕が綾波を見守っていると、綾波も僕の視線に気づいて、軽く微笑
み返してくれる。
トウジとケンスケは、そんな綾波のしぐさに気づいているようにみえたが、今日は
何も言わず、ちゃかしたりはしなかった。僕は単純にほっとしたが、いくらか洞木
さんに釘でも刺されているのだろうかと思った。

「しかし、綾波、前にシンジと行った時もそうやったけど、お前のうちもえらい殺
風景やな。」
「そう・・・？」
「そう？ってお前、自分でもそう思わんのか？」
「・・ずっとああだったから・・・わからないわ。」
「いいんちょーとわしらが行って今日にでも直したるわ。」

トウジは、洞木さんの意見も聞かずに勝手にそんなことを決めてしまった。しかし、
優しい洞木さんはきっと来てくれることを僕は確信していた。また、トウジが綾波
に対して見せてくれる心遣いも、僕にとっては嬉しかった。

「シンジ、今日は来れるんやろな？」
「ごめん、今日も駄目なんだ・・・」
「またかいな。ほんま、惣流の見舞いも大切やと思うけど、綾波のことも考えてや
りーや！！」
「うん、でも今日は特別なんだ。だからみんなには悪いけど今日は行けないよ。」
「なんや、特別って？」
「今日、退院するかもしれないんだ、アスカ・・・」
「ほんまか！！それならわしらも一緒に行こうや。ええやろ？」

そう言ってトウジは振り向いて二人の意見を聞く。

「僕は構わないよ。」

ケンスケは答え、綾波は黙ってうなずく。

「よし、決まりや。シンジもそれでええな。」
「いいよ。アスカもみんなが一緒の方が喜ぶと思うし。」
「ほなら、今日は惣流の見舞いや。綾波の部屋を改造するのはまた明日な。」

こうして今日の放課後の予定も決まり、僕達は歩みを速めた。


「いいんちょー！！」

トウジは教室に入るなり、洞木さんに呼びかけた。洞木さんは、驚いてちょっと顔
を赤くしながら、返事をした。

「な、何よ、鈴原！！こんな朝早くから。」
「今日わしらで、惣流のお見舞いに行くことにしたんやけど、いいんちょーも来い
や。」
「アスカのことは碇くんに任せておきなさいよ。あたし達が行っても却って邪魔に
なるでしょ。」
「そんな心配は要らんて！！惣流はもう治ったそうや。な、シンジ！！」
「本当！？碇くん？」
「うん。昨日僕が行った時に、治ってくれたんだ、アスカは。」
「そうなの、良かったわね、碇くん。」
「うん。」
「で、どうなんや、行くのか行かんのか？」
「も、もちろん行くわよ！！あたしだってアスカのことを心配してたんだから！！」
「さよか。ほなら、今日の放課後、みんなで行くで。ええな？」
「わかったわ。」

そんなわけで洞木さんも一緒にお見舞いに行くことが決まった。洞木さんは僕と同
じくらいアスカを心配していたので、本当に嬉しそうにみえた。ここ数日は、アス
カのお見舞いに行っていなかったらしいが、それはアスカの治療を僕に委ねるとい
う意味でそうしていたのであって、本当はとてもお見舞いに行きたかったそうだ。
そんな僕なんかに任せられても・・・という思いはあったが、結局それでアスカが
治ったんだから、よしとしよう。それよりも洞木さんがそんな風に考えていたとは
知らなかった。僕は、繊細な気配りをする人だと、改めて感じさせられた。

午前中の授業も終わり、昼休みの時間になった。
みんなで集って食べることにしたが、トウジはまたしても早弁をしていたし、僕も
いつもいつも飲み物を買ってきてもらっていては悪いので、今日は綾波と洞木さん
を教室に残し、三人で売店に行った。

「トウジ、また早弁？」
「そうや。すぐ腹が減ってしまうんや。だからどうしても我慢出来ななってな。」
「それにしても、洞木さんもよくトウジなんかのために、わざわざ毎日弁当なんか
作ってくれるよなー。」
「ほんと。シンジだけじゃなく、みんな思ってることだよ。」
「いいんちょーはやさしいんや。わしがいつもパンを食っとるのを見てられんかっ
たんやろ。」
「本当にそうかな？」
「あ、当たり前や。それ以外に何があるっちゅうんじゃ。」
「ふーん、そう。」

僕はいくらか思うところがあったが、あえて黙っていた。ケンスケも僕と同じ様で、
にやにやしながらトウジの方をみていた。

僕達が帰ってきた時、綾波と洞木さんはまだ食べはじめていなかった。何やら二人
で話をしていたみたいだが、僕達に気づくと話を止め、こっちを向いた。

「おかえり、みんな。」
「何や、まだ食べはじめてなかったんか？」
「そうよ、みんなが帰ってくるのを待ってたの。ね、綾波さん！」

洞木さんにそう言われると、綾波は少し恥ずかしそうな顔をして、軽くうなずいた。

「さよか、そいつは待たせて済まんかったな。ほなら、食べはじめよか。」

トウジの一言で、僕達五人はそろって弁当を食べはじめた。綾波はまだ、自分の作
った弁当をみんなに見られるのが恥ずかしいらしく、やや弁当箱を隠す感じで食べ
ている。しかし、他の三人は綾波の弁当に興味があるらしく、さかんにその弁当を
食べてみたがる。そう迫られると、綾波は少し自分の弁当箱を差し出す。洞木さん
は自分の弁当のおかずを代りにあげるからいいのだが、トウジなどは自分のパンが
あるくせに綾波の弁当にまで手を出しているのだ。しかも、綾波のだけでなく、ト
ウジは洞木さんの弁当にまで、その手を伸ばしているという始末だ。僕はちょっと
気になったので、一言トウジに言った。

「トウジ、ちょっと食べ過ぎじゃない？」
「ええやないか、シンジ。」
「別にいいけど、あんまり洞木さんや綾波の分を食べたら、かわいそうじゃないか。」
「構わんよな？いいんちょー、綾波！！」
「あ、あたしは別にいいけど。」
「・・わたしも・・・・」
「ほら、二人ともこう言っとるやないか。」
「で、でも・・・」
「そんな事言うんやったら、シンジが自分の分をやったらどないや？」
「・・・食べる？二人とも・・・・」
「あたしはいいわよ、碇くん。」
「綾波は？」

そう僕に聞かれると、綾波は少し考えるような顔をした。そんなに考えることだろ
うかと思ったが、僕は綾波をせかさずに、その答えを待った。

「碇くん・・・」
「何、綾波・・・？」
「碇くんのお弁当・・・私にも少しくれる？」
「え！？」

正直、僕は驚いた。綾波からこういう答えが返ってくるとは思ってもみなかったの
だ。僕は、綾波は遠慮深く慎ましい女の子だと思っていたのだ。それは、綾波の、
誰ともあまり話をしないというところから来ていたのだが、それは僕にとって、綾
波の性格ともなっていたのだ。

「だめ・・・？」
「そ、そんなことないよ！！僕のでよければいくらでも食べてよ！！」

僕は必要以上に大きな声を出して、綾波の方に自分の弁当を差し出した。

「ありがとう・・・」

そう言うと綾波は僕の弁当箱を手に取った。そして代りに自分の弁当箱を僕の方に
差し出して言った。

「碇くんのお弁当・・もらう代りに・・・・私の作ったのを食べて・・・」
「う、うん。ありがとう、綾波。」

そう言って、僕は綾波の作った弁当、そして綾波は僕の作った弁当を、それぞれ食
べはじめた。
そんな僕達二人の行動を、トウジ達三人は、唖然とした顔で見ている。僕は弁当を
取り替えるつもりで綾波にそう言ったわけではなかったが、別にむげに断って綾波
を傷つけることもないと思って、黙って綾波の弁当を受けたのだ。しかし、どうや
らみんなにとっては、そうはとられなかったらしく、まるで見てはいけないものを
見てしまったという表情だ。それはよく分かったが、僕にはどうすることも出来な
かった。

「おいしいよ、綾波。」
「ありがとう、碇くん・・・・碇くんの作ったお弁当も・・おいしい・・・」
「そう？よかった。」

他の三人はまだ固まっている。

「食べないの、みんな？」
「・・・そ、そやな。」

僕の一言で、ようやくみんな食べはじめた。みんな僕には何も言わなかったが、何
を考えているかは、何となく僕にも分かった。
しばらくして、全員食べ終わった。結局僕は、綾波の弁当を全部食べてしまった。
綾波も同じだ。
僕らは空の弁当箱を交換すると、普通に話しはじめた。

「みんな、アスカのいる病院まで歩いていく？結構距離あるけどさ。」
「そ、そうね。いいんじゃない、歩いていけば。」
「トウジやケンスケはそれでいい？」
「あ、ああ。」
「いいよ。」
「そう、じゃあ綾波は？」

僕は綾波の方を向いて聞いた。綾波は少し呆然としていたが、すぐに答えた。

「いいわ・・・碇くんの言う通りで・・・・」
「じゃあ、それで決まりだね！！」

僕はその時何も感じなかったが、他の三人は綾波のその言葉に何かを感じた。そし
て洞木さんは、アスカが退院した後、一体どうなるのだろうかと、心配するのであ
った。