私立第三新東京中学校

第二十話 家族の絆

僕は今、病院から家へと向かう道を歩いている。
その途中で買い物をしてきたので、手にはスーパーのビニール袋を下げている。

「ふぅー・・・」

僕は深い息をついた。
なんだか今日は、アスカのパワーに圧倒されてしまった一日だった。僕が面会
時間も終わり、帰ろうとすると、アスカは、「アタシも帰る!!」と言って聞
かなかったのだ。何とか説得して我慢させたが、それでかなり疲れてしまった。
もちろんビンタも一発もらった。アスカは一度決めたら一歩も引かない性格だ
から、僕もほんとに大変だったのだ。
しかし、明日検査をして許可が下りたら退院するという事で納得させ、ようや
くうちに帰る事が出来た。

「ただいまー・・・」

うちの中は暗い。まだミサトさんは帰ってきていないのだろうか?
しかし、ミサトさんがいないとはいえ、何もしない訳にはいかない。僕は制服
を着替えると、晩御飯の支度をはじめた。

しばらくするとミサトさんが帰ってきた。もうほとんど食事は出来ている。

「ただいまー!!」
「お帰りなさい、ミサトさん。今日は遅かったですね。」
「そうなのよー、職員会議があってね。もうめんどくさいったらありゃしない。」
「そうですか、それはお疲れさまでした。もう少しで食事、出来ますからね。」
「ありがと。じゃあ、よろしく頼むわね。」
「はい。」

そう言うと、僕は再び料理に取り掛かった。残すはもう盛り付けぐらいだ。
そしてミサトさんが着替えおわるころには、もういつでも食べはじめられる状
態になっていた。
出来たばかりの料理は、おいしそうに湯気を立てている。

「いただきまーす!」

僕たち二人は食べはじめた。お腹がよっぽど空いていたのだろうか、ミサトさ
んはすごい勢いで食べていく。僕はそれを眺めながら、自分も箸をすすめた。

「ごちそうさまー!!」

食べおわると僕はすぐに片付けをはじめる。こういうものは、すぐにやってし
まった方がいいのだ。
ミサトさんは僕が洗い物をしているのを座って見ている。僕は洗い物をしなが
らお湯を沸かし、お茶を入れる準備をする。

「いつもながらシンちゃんの手際はいいわねー。」

ミサトさんは感想を述べる。自分にはとても出来ない事だからこそ、それだけ
僕を必要以上に誉めてくれる。僕も誉められればうれしいのだが、そんな事わ
ざわざ言わなくてもいいのに、とも思ってしまう。だから、僕はあえて何も言
わなかった。

洗い物が終わると、僕は座って、ミサトさんと一緒にお茶を飲む。

「ありがとね、シンちゃん。」
「どういたしまして。でも、どうしていつもいつもお礼を言ったりしてくれる
んですか?そんな事わざわざ言わなくても、ミサトさんの気持ちはよく分かっ
ているのに。」
「本当に分かってるの、シンジ君?」
「は、はい。僕はそのつもりですけど。」
「そう?ありがと。でも、わかったつもりでいても、なかなか人の心なんて分
からないものなのよ。」
「・・・・」

それは、僕が昔、加持さんに言われた事に似ていた。

「確かに何も言わなくても分かり合えるような人たちはいるわ。でも、そんな
のはごく稀であって、普通の人はわからないものなのよ。」
「・・・・」
「だから、お礼の言葉なんてものは、いつも言わなければならないの。でもそ
れは、決して人の心が分からないからでも、家族の愛情がないからでもないわ。」
「・・・」
「むしろ、いつもお礼の言葉をかけるのは、お互いの愛情を確かめ合い、そし
てより強めていくものなの。」
「・・・」
「だから私はシンジ君にお礼を言うの。シンジ君に家族として認めてもらいた
いし、より強く心が結ばれたいから。」
「ミサトさん・・・」
「わかってくれたかしら?私はシンジ君をよそよそしく感じてるからお礼を言
ってるんじゃなくて、家族だからこそ、そうしてるのよ。」
「ごめんなさい、ミサトさんの気持ちも知らないで・・・」
「いいのよ、わかってくれれば。それに、これで人の気持ちが分かったつもり
でいても、実際にはそうはいかないって事が分かったでしょ。」
「はい・・・」

僕は、自分が先程言った愚かしい言葉に、後悔していた。そして、ミサトさん
の持つ細かい心遣いに感心した。僕は、ミサトさんにとても失礼な事を言った
のかもしれない。しかし、ミサトさんは僕を怒ることなく、やさしく諭してく
れた。そして、ミサトさんと僕は、家族なのだという事を、改めて強く教えて
くれたのだった。

「ミサトさん・・・」
「何、シンジ君?」
「僕、同じような事を、加持さんに言われた事がありました。人の心なんてそ
う分かるもんじゃないって・・・・」
「・・・・」
「そして、また、同じ事を言われちゃいました。僕って学習能力がないんです
かね?」
「そんな事無いわ・・・・私もいつも加持君に言われてた事だから・・・・」
「・・・そうだったんですか・・・・」
「あの人がいなくなってから、はじめてわかった気がするの。人の心は分から
ない、だから言葉は大事なんだって事を・・・」
「・・・・」
「馬鹿ね、私って。遅くなってから、大事な事に気づくなんて・・・」
「・・・・」
「だから、今度は遅れないうちに言っておくわ。シンジ君、あなたは私の大事
な家族よ。」

そう言うと、ミサトさんは僕の方にやさしく手を置いた。
僕は、ミサトさんの、加持さんを失った痛みを感じる事が出来た。そう考える
と、僕は明るくこう言った。

「アスカもですよね、アスカも僕たちの家族ですよね、ミサトさん。」
「そ、そうね、シンジ君。それにペンペンも・・・」

そう言うと、明らかにミサトさんは、僕を気にするような顔をした。

「そんな顔しないでください、ミサトさん。もうアスカは治ったんです。だか
ら、そろそろここに帰ってくると思って言っただけですから。」
「ほ、本当なの、シンジ君!?」
「本当です。今日、やっといつものアスカに戻ってくれたんです。」
「よかったわね、シンジ君!!もちろんアスカも私たち家族の一員よ!!」
「ミサトさんがそう言ってくれると、僕は思ってました。」
「もちろんじゃないの!!あなたたちのおかげで私も普通の生活が出来たんだ
から。あたたかい家族の生活っていうのが・・・・」
「そうですね。僕も、ここに来てはじめて、家庭の生活っていうものが出来ま
した。ここに来るまで預けられていたところでは、確かに大事にされていまし
た。しかし、そこには僕を叱ってくれる人も、心配してくれる人もいない、愛
の無い、空虚で虚しい生活しかありませんでした。」
「シンジ君・・・」
「僕はこのうちの家族です!!僕はここに来て、ミサトさんやアスカと一緒に
暮らし、人としての喜びを知ったように思います。そしてこれからも、ずっと
みんなで一緒に暮らしていきたいです・・・」
「そうね、私もそう思うわ、シンジ君・・・」

そう言って、僕とミサトさんは、窓の外の方に目を向けた。
その方向には、アスカのいる病院があった。僕は、アスカを思って窓の外を見
つめた。そして、僕にはわからないが、きっとミサトさんもアスカの事を考え
ているのだと、僕は確信していた・・・


続きを読む

戻る