私立第三新東京中学校

第十九話 ビンタの意味

「ねえ、今日もおべんと持ってきたんでしょ、シンジ!!」

アスカは明るくそう言った。今までが嘘のようにアスカは元の元気さを取り戻
していた。それは、今まで本当に心配していた僕が、馬鹿らしく思えるほどだ。
精神的な傷というのは、ある事をきっかけにして、急に治るというのは、話に
聞いた事があったが、それにしてもこの目で直に見ても、本当に信じがたい事
だ。
しかし、アスカが立ち直ったというのは本当に喜ばしい事なので、そんな細か
い事は、僕にとってはどうでもよかった。

「うん、持ってきたけど、もう食べる?」
「食べる!!久しぶりに思いっきりしゃべったら、お腹空いちゃった。」
「そう?じゃあ、今出すよ。」

僕は鞄からアスカの真っ赤な弁当箱を出すと、アスカに手渡した。

「はい、アスカ。」
「はい、ってそれだけ?」
「それだけ、ってあと何かあったっけ?」
「ほら、いつもみたいに蓋を開けて、箸を持たせてさぁ。」
「そ、そんなのもういいじゃないか。自分で出来るだろ!」
「いいじゃない、まだ病人なんだから。それくらいしてくれたって。」
「は、恥ずかしいだろ、そんな事!!」
「じゃ、これで許してあげる。」

そう言ってアスカは自分で弁当箱の蓋を開けると、箸を僕の方に差し出した。
その顔は、許してあげるといってはいるものの、何かを秘めた小悪魔的な表情
にみえる。

「はい、これ持って。」

僕は言われるまま箸を取る。が、それが何を意味するのかは分からない。

「持ったけど、何?」

「あーん。」

アスカは大きな口を開ける。

「何、アスカ、口なんか開けて?」
「ア、アンタ馬鹿!?アンタがあたしに食べさせるのよ!!」
「な、なんで僕がそんな事しなくちゃなんないんだよ。」
「いいから、ほら、あーん!!」
「しょ、しょうがないな、アスカは。強引なんだから・・・」

そう言って僕は卵焼きを取り、アスカの口に入れてやる。

「んー、おいし!!やっぱ、シンジのおべんとはさいこーね!!」

そう言いながらアスカは口をもぐもぐやる。

「そう、じゃ、次はから揚げ行くね。」

何だかんだ言いながらも、僕はその気になっている。箸でから揚げをつまみあ
げると、アスカの口の方に持っていった。

「はい、アスカ、あーんして。」
「あーん。」

アスカもそれに答えて、大きな口を僕の方に差し出す。なんだか子どもみたい
だ。
から揚げは結構大きめだったので、アスカはほっぺたを膨らましている。ハム
スターのように顔をはぐはぐさせて、から揚げを飲み込もうとしている姿は、
なんとなくかわいい。

そんな微笑ましいやり取りはしばらく続き、お弁当もとうとう全部なくなった。
僕は食後のお茶を入れると、一息ついた。

「ふー、おなかいっぱい。」

アスカは熱い緑茶をすすりながら、幸せそうにつぶやいた。

「おいしそうに食べてくれてよかったよ。」
「だって本当においしかったんだもん!」
「でも、今まであれだったからさ・・・」
「ごめんね、シンジ。心配かけちゃって。」
「いいんだよ。アスカが元に戻ってくれたんだから。」
「元に戻っただけじゃないのよ。アタシは進歩したんだから!!」
「そうだね。そう言われてみると、今までのアスカとは何か違う気がするよ。」
「違うってどんな風に変わったと思う、シンジ?」
「・・・・つまらないこだわりを無くしたって言うか、どこか吹っ切れたよう
に、僕には見えるよ。」
「・・・それだけ?」
「・・・う、うん。他に何かあるの、アスカ?」
「・・・わからないならいいわ。」
「そ、そう?」
「そうよ!!アンタってばほんとに鈍感で、無神経なんだから!!」

ベチッ!!

いきなりアスカの平手が飛んだ。結構、手加減無しの一発だ。

「いてっ!!いきなり何すんだよ、アスカ!!」

そういう僕のほっぺたは真っ赤になっている。

「わかった?このビンタの意味が?」
「そんなのわかんないよ、全然!!」
「そう、じゃ、これならわかるでしょ!!」

そう言うとアスカは僕の唇に飛びつき、キスをしてきた。
時は止り、あたりにはただ、時計が時を刻む音のみが響いていた。
今日、二度目のキスは熱烈なものだった。
僕にはなんとなく、その意味が分かったような気がした。

アスカは僕の唇を放すと、やさしく言った。

「わかった?」
「う、うん・・・なんとなく・・・」
「なんとなくぅ!?・・・でも、ま、いいわ。鈍感シンジには、そのくらいで
精いっぱいかもね!!」
「・・・・」

僕はさっきのキスに圧倒されてしまっていて、何も言い返す事は出来なかった。
顔を真っ赤にしている僕とは対称的に、アスカの表情は喜びと幸せに満ち溢れ
ている。
それはまるで、何かを手に入れたかのような、輝きに染まっていた・・・


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