私立第三新東京中学校

第十七話 出ていく訳

綾波と、僕、トウジ、ケンスケの三人はそれぞれ握手を交わした。
そのことには大きな意味がある。はじめて綾波に友達というものが出来たのだ。
綾波は、僕の知っている限り、今までずっと一人だった。僕たちと時々付き合
う事はあったが、それでもやっぱり綾波は孤独だった。
しかし、これからは違う。
多少ぎこちないものではあったが、僕たちは握手をした。こういうものという
のは神聖なものになる事が多い。トウジもケンスケも、いいかげんな気持ちで
したのではないはずだ。
綾波は、僕たちの「仲間」になったのだ。

そんなこんなで先生もやってきて、今日の授業が始まった。一時間目が終わっ
て休み時間になると、トウジがやってきて話をした。

「ちゅうわけで、わしらはこれから仲間や。わかったな、綾波。」
「え・・・?」
「え、じゃない。はい、や。しっかりしてもらわな困るで、ほんまに。」
「急にそんな事言っても無理だよ、トウジ。綾波はそんなのになれてないんだ
から・・・」
「そんなことはわかっとる。だからわしが教えたってんのや、友達付きあいっ
てもんを・・・」
「そりゃそうかもしれないけど、もっとやさしく言ってあげなきゃかわいそう
じゃないか。」
「せやからシンジは甘いんや。殊に綾波の事になるとすぐそれや。かなわんわ、
わしも。」
「しょうがないよ、トウジ。シンジは綾波の事が好きなんだから・・・」
「え!?」
「な、何言ってるんだよ、ケンスケは。ふ、ふざけるのもいいかげんにしてよ。
ほ、ほら、先生が来た。席につかなきゃ・・・」
「うまく逃げたな、シンジは・・・」

綾波に友達付きあいを教えるという話から、とんでもない方に話が発展してし
まった。うまく先生が来てくれて助かったけれど、これではトウジもケンスケ
も、そして綾波までもが、僕が綾波の事が好きだって思いこんでしまう。

弱ったな・・・・

そんな事を考えていて、授業はまったく耳に入らなかった。そして二時間目が
終わると、またまたトウジがやってきた。

「さて、さっきの続きをはじめるとするか、のう、シンジ。」
「い、いいって、さっきの話は。あ、綾波も迷惑だと思うよ。」
「そんな事ないとわしは思うが、まあいい。見逃してやろう、シンジ。」

助かった。
てっきり、またそのことについて、追求されるかとばかり思っていた。
トウジが何を考えているのかは分からないが、取り敢えずよしとしておこう。

トウジは、一人で一生懸命、友達付きあいについて、綾波にレクチャーしてい
る。綾波は、強引なまでのトウジの説明を、困ったような顔をしながら聞いて
いる。時折、綾波は僕に助けを求めるように、視線をこちらに向けるが、僕は
それに対して、心配ないよ、と黙ってやさしく微笑みかける。すると綾波もほ
っとしたような顔をして、こちらへ視線を返した。

そのような事が、次の三時間目の休み時間も続き、そしてお昼休みになった。
お昼休みになると、洞木さんが僕たちのもとにやってきた。

「す、鈴原、お弁当。」
「おう、いつもいつも済まんな、いいんちょー。」
「い、いいのよ、気にしなくて。それより、珍しく今日は、早く弁当よこせっ
て言って来なかったわね。」
「そう言えばそやな。忙しすぎて忘れてたわ。」
「いっつも暇人の鈴原が、忙しいなんて珍しいわね。」
「ちょっと教えたったんや。わしらの新しい仲間、綾波に。」
「綾波さんが!?本当なの、碇君?」
「う、うん。トウジの言う通りだよ、洞木さん。」
「そうなの。よかったわね、綾波さん。」
「ええ・・・」

人に話し掛けられる事の少ない綾波は、ぎこちないながらも、少し微笑んで洞
木さんに答えた。

「これからみんなで一緒にお弁当食べるの?」
「そうや。わしらは仲間やからな。」
「じゃ、あたしも一緒に食べようかな。いいでしょ?綾波さんも、女の子一人
じゃかわいそうだし。」
「そういうことなら、しゃあ無いな。ええやろ?」

そう言って、トウジは僕たち二人の方を向く。

「僕はいいよ。みんなで食べる方が楽しいし。」
「僕も構わないよ。それよりパン買いに行かないのか、トウジ?」
「今日はいいわ。独りで行ってこい、ケンスケ。」
「・・・・」
「僕が付き合おうか、ケンスケ?」
「いいよ、シンジ。一人で買ってくるから・・・」

そう言ってケンスケは一人、寂しげに教室を後にした。
僕たちは、机を合わせて、弁当を広げはじめる。

「あら、綾波さんもお弁当?」
「・・ええ・・・」
「少しとりかえっこしましょうか?」
「え、ええ・・・」

洞木さんは、綾波と二人で何やら楽しくやっている。僕は微笑ましくそれを見
ていたのだが、トウジは口を出した。

「いいんちょー!わしらの綾波に、てー出すな。」
「何よ、鈴原!!いいじゃないの、仲良くしたって。」
「綾波はわしらと一緒に飯を食っとんのや。いいんちょーはおまけや、おまけ!
おまけの分際で主役を取るんやない。」
「な、なんですって!!もう一度言ってみなさいよ、鈴原!!」
「あ、あの・・・」
「ああ、何度でも言ったるわ!!」
「あの・・・」
「二人ともいいかげんにしろよ!!で、何だい、綾波?」
「私のせいで・・・けんかなんてしないで・・・」
「綾波の言う通りだよ!楽しいお弁当の時間を無駄にして・・・」

「・・ごめんなさい、綾波さん。」
「すまん、綾波。友情なんてでかいことゆうたわしが、けんかなぞしてもうて。」
「いいの、わかってもらえれば・・・。さ、食べましょ。」

綾波の言葉にしたがって、僕らはお弁当を食べはじめた。しばらくするとケン
スケもやってきて、五人での楽しい食事となった。

食事も終わり、一息つけると、僕たちは楽しく話しはじめた。

「綾波さんも、よくあんな短期間で上手にお弁当作れるようになったわね。」
「ほんまにそうや。なかなかのもんやったで。」

洞木さんだけでなく、トウジも、綾波のお弁当を少しもらっていた。僕は、昨
日綾波のうちで食べたので、その腕前の方は大体把握しているが、本当になか
なかのものだと思う。陰で猛特訓でもしたんだろうか?

「そんなにおいしかったなら、僕ももらっておけばよかったかな?」
「そうや、ケンスケ、食わんで損したのう。」
「いいじゃない、明日またもらえば。ねえ、綾波さん。」
「ええ・・・」
「そう言えば、碇君ももらわなかったわね。」
「う、うん。」
「いいんや、いいんちょー。こいつはここで食わんでも、別のところで食わせ
てもろうてるからの。」
「二人っきりで手料理、ああ、なんて熱々な二人・・・」
「な、な、何言ってるんだよ、二人とも!!」
「本当なの、碇君?」
「ほ、洞木さんまでそんな事を!!」
「本当だよな、綾波?」
「・・・本当よ・・・・」
「あ、綾波!!」

そんな事で、やかましい冷やかしあいは、次の授業の先生が来るまで続けられ
た。僕は恥ずかしくてたまらなかったが、綾波は、何でこんなにみんなが騒い
でいるのか、よくわからないといったような顔をしていた。

五、六時間目もあっという間に終わり、そろそろ帰る時間となった。
僕の席のあたりは、僕、綾波、ケンスケの三人が固まっているため、自然とト
ウジと洞木さんが集まってくる。

「みんなで一緒に帰ろうかのー!!」

トウジはいつも元気だ。しかし僕にはこれから行くところがある。

「ごめん、ちょっと行くとこがあるんだ。また今度ね。」
「ここんとこ付き合い悪いのう、シンジ。いったい、いつもいつもどこに行っ
とんのや?」
「ごめん、ちょっと、ね。」
「ちょっとじゃわからん。もっと具体的に言えや。」
「鈴原!!」
「な、なんや、いいんちょー!!」
「碇君を行かせてあげなさい!!」

洞木さんがトウジを引き止めている間に、僕はそっと教室を後にした。

「こ、こら待たんか、シンジー!!」
「いいから、おとなしくしてなさい!!」
「せやかて、いいんちょー、これじゃ納得いかんがな。」
「私は、碇君がどこに行こうとしてるか知ってるのよ。」
「ほんまか!?シンジはいつもどこに行っとんのや!!」
「・・・・アスカのところよ・・・・・・」

それを聞くとトウジも黙ってしまった。その言葉は僕の気持ちを察するに十分
なものだった。
綾波を除く三人は、苦い表情を浮かべている。
そして綾波は、静かにただ、僕の出ていった廊下を見つめ続けるのだった・・・・


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