私立第三新東京中学校

第十五話 月

あたりはすでに真っ暗だ。
しかし、月明かりが幻想的に闇夜を照らしている。

今日は満月か・・・

目の前に青白く光る大きな月を見て、僕はそうつぶやいた。

夜風がからだに心地よくあたる。物事がすべてうまくいったと、強く感じてい
た僕には、一人寂しくうちへと帰る夜の小道も、何ら気に触る事はなかった。

綾波はほとんど元に戻ったかのように見えるし、食事までごちそうになった。
一方、アスカは、ようやく感情を取り戻したような気配を見せた。

今まで悩みに悩んでいた事が、偶然にも今日、二つとも解決したのだ。
僕の心が晴れわたらないはずはなかった。

しばらく歩くと、ようやくうちの前までたどり着いた。辺りは本当に静かなも
のだ。

ミサトさん、心配してるだろうな・・・

もうすぐ九時になる。中学生がうちに帰るには遅すぎる時間だ。
僕は静かにドアを開けた。

「ただいまー。遅くなってごめんなさい。」

するとミサトさんがリビングの方から出てきた。

「おかえり、シンちゃん、遅かったじゃない。遅くなるときは、ちゃんと電話
しなきゃダメよ。」
「ごめんなさい、つい忘れちゃいました。今度から気をつけます。」
「ま、いいわ。お腹空いたからご飯にしてちょうだい。」
「分かりました。今すぐ作りますから、座って待っててください。」

僕はさっと着替えると、料理を始めた。
スーパーの袋には、高級国産牛肉が入っている。僕はそれに味をつけると、お
いしそうに焼いた。

「できましたよ。どうぞ、食べてください。」

そう言って僕は、肉の入った大皿をテーブルの上に置く。

「わお!!すごいお肉じゃない。どうしたの、今日は?」
「ちょっと、お祝いです。」
「お祝い!?何かあったの?」
「アスカが・・・僕に初めて話し掛けてくれたんです・・・・。」
「本当?それじゃあ本当にお祝いね。」
「はい。だから今日はちょっと奮発してみたんです。」
「わかったわ、シンジ君。じゃ、早速たべましょ。」

こうして、僕とミサトさんは、ちょっと遅めの夕食を食べはじめた。
ミサトさんは、僕の事を待っていてかなりお腹が空いていたらしく、とてもお
いしそうに肉を口に運んでいた。しかし、僕は既に綾波の家でごちそうになっ
ていたので、付き合いでいくらか肉に口をつけると、すぐに箸を置いてしまっ
た。

「食べないの、シンちゃん?こんなにおいしいのに。」
「お腹いっぱいなんです。ミサトさん、よかったら好きなだけ食べて下さい。」
「そう?だったらそうさせてもらうけど、どうしてお腹いっぱいなの?」
「・・・・・あ、綾波に・・・・ごちそうになってきたんです・・・。」
「レイに!?レイと外で食事してきたの?」
「そ、そうじゃないんです。綾波が・・・僕に、食事を作ってくれるって言う
から・・・・」
「レイが!?シンジ君に!?」
「え、ええ・・・」
「な、なんだかすごい話ね。あのレイがそんな事するなんて・・・」
「僕もそう思います。でも、これで綾波も、ほとんど元に戻ったんじゃないか
と・・・」
「シンジ君のいう通りかもしれないわね。よかったじゃない、レイが元に戻っ
て。」

そう言うとミサトさんは再び食べはじめた。僕はそれを黙ってみていたが、頭
の中では、今日の出来事を反芻していた。

アスカの言葉、そしてその頬を流れ落ちる涙。
幸せそうなその寝顔も、僕の印象に深く刻み込まれた。
ようやくアスカも立ち直ってくれそうだ。しばらくすれば、もう退院する事が
出来るようになってくれるかもしれない。

あまりに楽観的にみえる僕のその考えは、なぜだかそのとおりになるという予
感がしていた。

そして綾波だ。
最近の綾波の変化はものすごいものがある。昔の綾波ですら、しなかったよう
な事までしてしまう。これは本当に驚かされる事だ。もしかしたら、明日にな
ったらまた変わっているかもしれない。しかし、それはいい変化だと僕は思う。
昔の綾波は人付き合いをしなかった。だから、話すときはまだぎこちないよう
な気がするものの、今ではやさしく話してくれる。

時は過ぎた。
僕は洗い物をし、お風呂に入る。今日はいい事ばかりだったので、お風呂にも
安心して入っていられた。お風呂からあがると、もう時間が遅いので、自分の
部屋に戻って寝る事にした。

部屋の中に入ると、中は月明かりに照らされていて、明るかった。
僕は窓を大きく開けると、部屋の中に夜風を取り込んだ。そして、窓から身を
乗り出すと、大きな月を眺めた。
空は晴れ渡り、星が瞬いている。
青白い月の光は、僕の心を洗い流していく。
悲しい事も、楽しい事も・・・・

「月って、こんなにきれいだったんだ・・・・」

僕はそうつぶやくと、ただ、月を眺め続けた。
そして、満月の夜は、更けていった・・・・・


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