私立第三新東京中学校

第十三話 抱擁

僕は走った。
手には鞄と、そして真っ赤な弁当箱を持って・・・

別に走る必要も無かった。アスカを見舞う時間もまだたっぷりある。
しかし、僕の足は自然と速くなっていった。

時間は三時を少しまわったところだ。まだ日は高い。熱い日中の日差しが、容
赦無く僕を照り付ける。半分もいかないうちに、僕はばててしまった。

ハアハア・・・

息が切れる。普段から運動をしていない僕は、体力が多い方とはとても言えな
い。僕を走らせていた高ぶった心も、体がついていかなくなると同時に落着き、
僕に平静を取り戻させた。

しばらくして呼吸も落着くと、僕は再び進みはじめた。
今度はゆっくりと歩く。しかし、その足取りはしっかりとしている。

もう少しで四時になろうかという頃、僕はようやく病院に辿り着いた。
僕は少しも迷うことなく、アスカの病室へと向かっていった。
アスカの病気は精神的なもので、肉体的にはどこも悪くないのだが、特別に個
室が用意されている。そこにはあまりだれも入る事はなく、ひっそりと静まり
返っていた。

僕はいつものようにノックをし、アスカの病室に入っていった。
僕が入ってきたとき、アスカは窓の外の景色をぼんやりと眺めていたが、僕に
気づくと、顔をこちらへと向けた。

「また来たよ、アスカ・・・」
「・・・シンジ・・・」

今日のアスカはなんだか少し違う。
僕は一目見たとき、そう感じた。
昨日の事がいい方向に傾いたのだろうか・・・
そう思うと、僕はアスカの側においてある椅子に腰掛けた。

「今日から午後まで授業なんだ。」
「・・・」

僕は日常の事をアスカに話して聞かせる。
アスカは、僕の話に興味をそそられたような感じは少しも見せないが、心なし
か、アスカの澄んだ青い瞳に生気があるのを感じた。

「・・・アスカの目って、きれいなんだね。」

僕は突然そんな言葉を口にした。
いつもなら、そんなストレートに人を誉めるなんて、恥ずかしくてできないが、
今のアスカになら、僕は何でも言える気がした。
そして、僕はそのまま中断していた話を再開した。

太陽も沈みはじめた。眩しい夕日が部屋に差し込み、あたりを赤く染める。
頃合いかと思った僕は、アスカの真っ赤な弁当箱を取り出した。

「今日も作ってきたんだ、お弁当・・・」
「・・・・」
「アスカも病院の食事には飽き飽きしてるだろう?だって、どこも悪くないん
だから。」
「・・・」

そう言って僕は、昨日と同じようにアスカに弁当箱を手渡し、蓋を開けて、箸
を持たせてやった。

「一生懸命作ったんだ、僕。」
「・・・」
「だからアスカが喜んで食べてくれると、うれしいんだけど・・・」
「・・・」

アスカは黙って食べはじめる。その様子を、僕はアスカの横に座ってやさしく
見守る。
ゆっくりとではあるが、着実に弁当箱の中身は減り、とうとう全部食べおわっ
た。僕は空になった弁当箱を取り、仕舞おうとする。その時、なぜだかふと、
昨日の光景が、僕の心によみがえってきた。

昨日のあの時と、ほとんど同じシチュエーション。
僕はアスカを見るが、とたんに恥ずかしくなって、わずかに目をそらし、謝っ
た。

「昨日はごめんよ、アスカ・・・」
「・・・」
「あんな事しちゃって・・・」
「・・・・・・・どうして・・・・・」
「え・・・?」
「・・・どうして・・謝ったりするの・・・・あたし・・うれしかったのに・・・」
「アスカ、今なんて・・・」
「・・・アンタなんて馬鹿よ・・・いつも・・・いつも、やさしすぎるんだか
ら・・・・」
「アスカ!!」

僕は思わずアスカを抱きしめていた・・・・
僕の目には大粒の涙があふれ、とめどなく頬を流れ落ちる。
アスカのからだは温かく、いいにおいがした。
僕の腕はアスカをきつく抱きしめる・・・
アスカがまた、自分の中に逃げてしまわぬように・・・
すると、僕の首筋に温かいものを感じた。
アスカも涙を流していた・・・

僕とアスカはあたたかい夕日の中、お互いに抱きしめあった・・・
気がつくと、いつのまにか、アスカは眠りに落ちていた。
僕はアスカの体を離すと、そっとベッドの上に横たわらせた。
眠っているアスカの顔はやさしく、穏やかな喜びに満ちていた・・・
僕は再び椅子に腰を下ろすと、静かにアスカの眠りを見守った。

今日は面会時間の終わりまでここにいよう・・・
そう・・アスカの眠りが、悪い夢に邪魔されないように・・・・


続きを読む

戻る