私立第三新東京中学校

第十話 涙

僕はみんなと別れると、アスカのいる病院へと向かった。
手にした二つの弁当箱。
僕の足どりは自然と速くなっていった。

腕時計を見ると、時間はもう二時半をまわっている。病院に着くのは三時過ぎ
になるだろう。

これじゃあお昼にはもう遅いな・・・

そう思った僕は歩みを少し緩め、アスカに思いをはせた。

アスカ・・・
そう言えば、病室が変わってからアスカを訪ねるのは、これで二回目だな。
あの時も、アスカはちゃんと僕と話をしてくれなかったっけ。
その前も、その前も、そしてその前も・・・

僕にはアスカの痛みが分かった。
アスカの、誰にも必要とされないと感じる、その痛みが・・・
昔の僕はそうだった。僕は一人ぼっちで、誰も相手にしてくれないと感じてた。
でも今は違う。
みんなと、アスカと出会ってから、僕は変わった。

僕はアスカの痛みを知っている。
以前、ずっと感じていていた痛みだから。
だからこそ、そんな僕だからこそ、アスカを救ってやれるのではないだろうか?
アスカを救うのは僕しかいない。
そう、同じ痛みを知る、僕しか・・・

そう考えているうち、いつのまにか病院に着いていた。
今度はロビーをさっさと通り抜け、アスカの病室に真っ直ぐ向かう。

コンコン!

僕はドアをノックする。いつものように慎重に。

コンコン!

もう一度ノックする。アスカの明るい声が聞こえてくるのではないかという、
虚しい希望を込めて・・・

コンコン!

しかし、やはり返事は返ってこない。結局、僕は自分から声をかける事にした。

「アスカ、いるんでしょ?」
「・・・」
「入るよ・・・」

そう言って僕はドアを開いた。
アスカはまた、ベッドの上に体育座りをしている。そのベッドのシーツの上に
は、昼間の強い日差しが照り付けている。

「眩しくないかい?カーテンを閉めるよ。」

そう言って僕は部屋のカーテンを閉めた。カーテンのレースの影が、アスカの
白い肌に映る。

アスカは正面を見つめている。その、赤いきれいな軽く開いた唇からは、何の
言葉も発せられない。

きれいな唇だな・・・

たいして深い意味はなく、僕はぼんやりとアスカの唇を眺めた。
誰も入り込めない、二人だけの時間。
僕はただじっとアスカを見つめ続けた。
新しい学校の事とか、今日の洞木さんの家での事。
話す事は数え切れないほどあったが、今の僕は、何にも話し掛ける気分にはな
らなかった。そんな事はどうでもいい事のように思えた。

時間は過ぎた。
病室には西日がさしはじめた。オレンジ色の光が幻想的な雰囲気を醸し出す。
時計を見ると、もう時間は五時をまわっていた。
面会の時間は午後六時までだ。僕は大事な事を思い出すと、静寂した時間に終
止符を打った。

「見てよ、アスカ。」

そう言って僕は二つの弁当箱を取り出す。

「アスカのために、お弁当を作ってきたんだ。」
「・・・お弁当・・・・?」

今日、初めてアスカは言葉を口にした。

「そうだよ。ほら、二人分。アスカは、いつも僕の作ったお弁当をおいしいっ
て食べてくれたじゃないか・・・」
「・・・」
「ほら、一緒に食べようよ!」

そう言うと、僕はアスカに、彼女の真っ赤な弁当箱を手渡し、蓋を開けてあげ
た。

「アスカの好きな卵焼きも入ってるよ。それからから揚げも・・・」

アスカは手渡された真っ赤な箸を手に取ると、ゆっくりと食べはじめた。
しばらくそれを、僕は見守るように見つめていたが、心配ないと感じ、自分の
弁当箱を開けると、一緒に食べはじめた。

僕は自分の分を食べ終え、まだ、ゆっくりと食べ続けるアスカの姿を見つめて
いた。

よかった、食べてくれた・・・

僕はやさしく微笑む。

しばらくして、アスカも食べおわった。僕は二人の弁当箱を片づける。ふと、
アスカの方を見ると、唇の端に、ご飯粒がひとつついているのに気がついた。

「アスカ、ご飯粒がついてるよ。」

そう言うと、僕は自然にアスカに顔を近づけ、唇でやさしくご飯粒をとった。

「えっ?!」

アスカが小さく声を上げる。僕はその声で、自分のした事の大胆さに気が付き、
顔を真っ赤にした。恥ずかしくなった僕は、急いでまわりを取り片付けた。
そして立ち上がって言う。

「僕は、アスカのそばにずっといるから。」

僕はそれだけ言うと、逃げるようにアスカの病室を出た。
部屋に残されたアスカは、ただ黙ってじっとドアの方を見つめていた。

「・・・」

アスカの頬には一筋の涙が、夕日に照らされて輝いていた・・・


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