私立第三新東京中学校

第九話 お料理講習会

リツコさんと別れた僕は、教室に戻ってきた。
リツコさんとの会話のあと、僕の顔は、これからの事で幾分厳しくなっていた。

僕がやらなくちゃ・・・

そういう決意に燃えて教室に入ると、人の姿はまばらだった。
教室の黒板には「ホームルームはなし。自由に帰っていいです。」と大きく書
いてあった。担任のミサトさんがいないんだから当然だろう。

「遅かったやないか、シンジ。」

トウジたちは僕がリツコさんと話をしてるので、気をきかせて先に教室に戻っ
ていたのだ。

「う、うん。ちょっとね。」
「まあ、ええわ。ほな、いくで!」

綾波も椅子に座って本を読んでいる。もう帰っていてもいいはずなのに、残っ
ているという事は、取り敢えず僕たちと一緒に行く事に同意したのだろう。
僕はそんな綾波を見てうれしかった。

「じゃあいこう!」

そう言って僕たちは学校を出た。
僕たち五人は横一列並びになり、話しながら歩いた。並びは左から、綾波、僕、
洞木さん、トウジ、ケンスケの順だ。僕と洞木さんが今日作る料理についてし
ゃべり、トウジとケンスケがそれに対して口を挟むという構図になっている。
綾波はというと、自分から話をする事はせず、黙々と前を見て歩いている。し
かし、洞木さんがときどき話しかけると、こちらを向いていつものような受け
答えをした。

僕たちは材料を仕入れるために、スーパーに向かった。取り敢えず洞木さんの、
「学校に持ってこれるお弁当がいいわよ。」という意見をとり入れ、弁当を作
る事になった。トウジもその意見には賛成のようで、

「いいんちょーの作る弁当は最高やからなー!!」

と、とんでもないことをいう。もちろんそれを聞き逃さなかったケンスケが、

「いつ委員長の弁当を食ったんだよ?」

と、つっこみをいれる。トウジは狼狽し、洞木さんの顔も真っ赤だ。

「入院してたときに持ってきてもらったんや!!」
「へーえ、そうかい、そうかい。そりゃお熱い事で。」
「なんやと、ケンスケ!!」
「そうよ!あたしと鈴原とは何も・・・」
「何も?」
「何も・・・ないんだから・・・・」

洞木さんの言葉に、みんなはしんと静まりかえった。ケンスケも、ここでちゃ
かすほど人の気持ちの分からぬ人間ではない。僕らは黙ったまま、スーパーへ
と向かっていった。

スーパーの中に入り、たくさんの品物を目にすると、洞木さんももう黙っては
いれずにいつもの快活さを取り戻した。それで呪縛がとかれたように、僕たち
も堰を切ったようにしゃべりはじめる。

「これなんかどうや、いいんちょー?」
「だめよ、こんなの。お弁当に入れるんだから。」

「これならどうや?うまいでー!!」
「だめよ、高すぎるわ。」

トウジと洞木さんは、なんだか新婚さんみたいだ。僕とケンスケはそれを少し
離れて、温かい目で見守る。綾波も僕たちの少し後ろに立って、その様子を見
つめている。
綾波は何を考えているんだろう・・・?

「シンジ、僕たちもなんか買おうぜ。」
「あ、ああ。」

ケンスケのその言葉で、僕は綾波について考えるのを止め、買い物に集中する
事にした。僕とケンスケ、そして綾波は、いい雰囲気の二人と別れて、買い物
をはじめた。

そう言えば弁当を作るのも久しぶりだな・・・

そう考えながら、僕は品物をかごの中に入れていく。ケンスケと綾波はそうい
う事が分からないので、黙ってそれを見ている。

僕が弁当作ってこなかったとき、アスカが思いっきり怒ったっけ・・・

取り敢えず僕は買い物を終えた。払いを済ませて、トウジと洞木さんが来るの
を待つ。数分してやっと二人が現れた。

「どこ行ってたんや?わしらふたりをおいて・・・」

そう言いながらも、トウジはまんざらでもない様子だ。洞木さんの方はという
と、顔を朱に染めて、何も言えない状態だ。

僕たち五人は、スーパーをあとにした。そこで僕はふと大事な事を思い出した。

「みんなちょっと先行ってて。」
「どうしたんや、シンジ?」
「うちに行って弁当箱とって来る。あった方がいいでしょ。」
「そうね。」
「早く来いよ、シンジ。」
「うん!」

僕は荷物をケンスケに渡し、駆け足でうちに向かった。
うちに着きドアを開ける。ミサトさんを探してみたが、もううちにはいなかっ
た。

あのあとリツコさんが来たのかな?

ともかくいないものはしょうがない。僕はキッチンに行き、弁当箱を取り出す。
僕のと、そして、アスカの真っ赤な弁当箱と・・・・

洞木さんのうちにつくと、すでにいい匂いがしていた。台所にはたくさんの弁
当のおかずが並んでいる。トウジが作っている洞木さんの側から、つまみ食い
をする。ケンスケは安全なテーブルに並んでいるものをやっている。

ペシ!!

「やめなさい、鈴原!!」

おかずを狙うトウジの手を、洞木さんがたたく。

「我慢できへんのや、いいんちょー!!」
「もうすぐ出来るから待ってなさい!!」
「待てといわれても、この手が勝手に動くんや!」
「もうじゃまだから、あっちいってて!」

ほのぼのとした家庭を思わせる。僕は思わず微笑んだ。
綾波はトウジの反対側に立って、洞木さんの作るのをじっと見ている。洞木さ
んは、そんな綾波にやさしくレクチャーしている。

綾波は洞木さんに任せておけば大丈夫かな・・・

そう思った僕は自分の分を作りはじめた。
割と手慣れているせいか、弁当はどんどん出来あがる。洞木さんに少し遅れて、
僕の弁当は出来あがった。洞木さんはトウジと綾波の二人がいたせいで、結構
時間がかかったようだ。

「さ、たべましょ!」

時間は1時を少しまわっている。お腹もすき頃だ。

「いただきまーす!!」

綾波を除く僕たち四人はいただきますの挨拶をし、食べはじめた。
トウジはあれだけつまみ食いをしたのに、すごい勢いでがっついている。弁当
箱は洞木さんのうちにある大きい奴だ。入院してるときはこれに持ってきても
らったんだろう。
洞木さんは自分の可愛い小さな弁当箱だ。トウジがうまそうに食べているのを
見ながら、嬉しそうに食べている。
ケンスケは皿だ。弁当箱がないらしい。トウジと差がついているが、そこは大
人のケンスケ、黙って黙々と食べている。
そして綾波はというと、洞木さんそっくりの可愛い弁当箱に箸を伸ばしている。
妹さんの弁当箱かなんかだろうが、かわいくていい。

そんな風にしてみんなを眺めていると、ケンスケが話し掛けてきた。

「食べないのか、シンジ?」
「うん、味見してたらお腹一杯になっちゃった。」
「そうか。」

みんなは僕の方をちらりとみたが、あまり気にせず食べ続けた。

しばらくして、みんな食べおわった。お皿にあまっていたおかずも、トウジの
旺盛な食欲の前に消えていった。

「いやー、食った食った。」
トウジは至極、満足そうだ。ケンスケも、もう食えないといった顔をしている。
綾波も自分の弁当箱はきれいに食べたようだ。嫌いな肉も入っていなかったら
しい。

「さて、片づけるけど、みんなはそこで休んでて。」
「済まないな、いいんちょー!」
「僕も手伝うよ。」

こうして、僕と洞木さんは後片付けを始めた。二人でやったため、すぐに片付
けは終わった。食べおわった事だし、する事もないので、今日は解散する事に
なった。

「じゃあなー、いいんちょー!!」
「ごちそうさま。」

トウジとケンスケは先に出た。僕も出ようとすると、洞木さんが声をかけた。

「碇君、それ・・・」

僕の持っている弁当箱に目をつけたようだ。

「うん・・・」
「喜ぶと思うわ。」
「うん。」

洞木さんはそれ以上何も言わなかった。僕が何をしようとしているのか、察し
てくれたようだ。

僕たち四人は外に出た。洞木さんも見送りに来ている。

「こんなとこまで来んでもええのに、なあケンスケ。」
「そうだな・・・」

ケンスケの返事は歯切れが悪い。唐変木のトウジに何も言えないようだ。

「ちょっと僕、行くとこあるから先帰るね。」
「そうか、じゃあな、シンジ!」
「じゃあ!!」

そう言って僕はみんなを後に、走っていった。
その僕の後ろ姿を、綾波はじっと見つめる。

「・・・」
「どうしたの綾波さん?」
「・・・なんでもない。じゃ、さよなら。」

そう言うと綾波は去っていった。

「・・・」

去ってゆく綾波を見つめる洞木さんの目には、
何か、感じるところがあった・・・・


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