私立第三新東京中学校
第八話 決意
僕たちがそんな話をしてる間に、時間は過ぎ、授業の始まる時間になった。
昨日はホームルームだけで終わったので、実質的には今日が授業開始の日だ。
しかし、今日は午前中の三時間の授業で終わりだということもあり、みんなの
顔も明るい。
一時間目は英語の時間。僕たちに英語を教えてくれるのは伊吹さんだ。伊吹さ
んは理科教師の免許も持っているのだが、理科の方は先輩のリツコさんに譲り、
自分は英語の教師になった。「先輩にはかないませんから。」それが伊吹さん
の言葉だ。
伊吹さんは美人だし、声もきれいで発音も流暢とあって、かなり生徒たちの受
けはよかった。授業が終わっても数人の女子生徒が質問に来ていた。あこがれ
のお姉さんという感じなのだろう。生徒に囲まれていた事もあって、今日は僕
は伊吹さんとは話をしなかった。
二時間目は数学。数学の先生は変わらずで、あのセカンドインパクトの話をす
る先生だ。しかし今日はセカンドインパクトの話はせずに、この間の避難生活
についてはなしていた。取り敢えず新しい話なので、はじめはみんな聞いてい
たが、そこは年寄りの話、すぐに面白くなくなって誰も聞かなくなった。
三時間目、今日の最後の時間はリツコさんの理科だ。いきなりみんな実験室に
連れて行かれ、何だか分からない実験をさせられた。成績のいい洞木さんでも、
ほとんどリツコさんの話が分からなかったらしい。どう考えてもリツコさんの
教えてる事は中学生レベルではないと思う。ひょっとしたら博士課程レベルの
事を話してるんじゃないだろうか?しかし、そんな指摘を許さないほど、リツ
コさんのしゃべっている姿は鬼気迫るものがあり、みんなはリツコさんの事を
恐い先生だと認識したようだ。
授業が終わると、教室に戻ろうと廊下を歩いていた僕に、リツコさんが話し掛
けてきた。
「シンジ君、ちょっといい?」
「何ですか、リツコさん。」
「ミサトがまだ来てないのよ。電話しても誰も出ないし・・・」
「え?」
ミサトさんはまだ寝ているんだろうか?僕は、朝、ちゃんとミサトさんを起こ
してこなかったのを、猛烈に後悔した。
そんな事を考え続ける僕をよそに、リツコさんは話し続ける。
「今日から正式な授業が始まるって言うのに、いきなり学校を休むなんてどう
いうつもりなのかしら、あの娘は。」
「そ、そうですねぇ・・・」
「まったくいつまで経ってもあの性格が治らないんだから・・・・そんなこと
だから嫁の貰い手が来ないのよ。」
自分の事は棚に上げて、リツコさんはミサトさんの悪口を並べ立てる。僕は適
当に相づちを打ちながら、リツコさんから逃れるタイミングを計っていた。
リツコさんって苦手なんだよな・・・
「ところでシンジ君、今日はミサトをちゃんと起こしたの?」
「!!!」
一番聞かれたくない質問をとうとうされてしまった。しかし僕はミサトさんの
同居人なんだから、至極当然されるべき質問だ。僕は後ろめたい気持ちを隠そ
うとしながら答えた。
「も、もちろん起こしましたよ。」
「そう・・・シンジ君がそう言うなら本当なのね。」
僕は決して嘘をついてるわけではないが、かなりつらい気持ちにさせられる。
リツコさんのその冷徹な視線にさらされるだけで、苦しくなるというのに・・・
「起こしたけど、また寝ちゃったのかもしれませんよ。」
これは本当の事だ。
「いくらミサトでもそんな事ってあるかしら・・・」
「昨日はかなり沢山お酒を飲みましたから。」
「そうなの?」
「はい。僕も無理矢理飲まされてしまいましたから・・・」
「ミサトが?シンジ君に?」
「は、はい。」
「ミサトは飲んでも絶対にそんな事しない娘なのにね・・・」
「そうなんですか?」
「そうよ。でなければよっぽど沢山飲んだのか・・・」
「(ギク!!)」
「いったいどれだけ飲んだの、シンジ君?」
「え、えーと、ビールが二十本ほど。あとその外数本・・」
「その、その外って何なの?」
「に、日本酒とか、ウイスキーとか、焼酎とかです。」
「数本って、そんなのを瓶ごと何本も空けたって言うの?!」
「そ、そうです。」
「おかしいわね。」
「え?」
「ミサトはあれでも自分の酒量はわきまえているつもりよ。」
「・・・」
「誰かが意図的に飲ませたとしか思えないわ。」
そう言ってリツコさんはジロッと僕の方を見つめる。
僕はヘビににらまれたカエルのような心境になっていた。
明らかにリツコさんはこの僕を疑っている!!
僕は観念して、すべて本当の事をリツコさんに打ち明けた。
「・・・・なるほどそういう事ね・・・」
「ご、ごめんなさい。」
「いいわ。シンジ君に飲まされるミサトもミサトだし、あなたもその報いを十
分に受けたようだから。」
「そう言ってもらえると助かります。」
「でもね・・・」
「何ですか、リツコさん?」
「本当にレイの家に行ったの、シンジ君?」
「は、はい。」
「あなたもあれを見たはずよね・・・」
「はい。でも、僕にとって綾波は綾波ですから・・・」
「そう・・・・・・強いのね、シンジ君・・・」
「そんな事ありません。僕も昨日までは綾波を避けていました。」
「・・・」
「でも、ミサトさんにそう言ったら、ひっぱたかれたんです。綾波は僕のため
に涙を流したんだって・・・」
「そう・・・・」
「僕も、綾波の存在が禁じられたものである事は、なんとなく分かります。で
も、あの時から綾波は一人の綾波レイになったんです。だから、僕は、綾波を
普通の子に戻してやりたいと思います。」
「・・・・・わかったわ、シンジ君、あなたの決意が。」
「これが、綾波の秘密を知る僕の、しなければならないことなんです。」
「・・・・・・・・私もそんな風に強く、生きれたらいいんだけど・・・・」
最後のリツコさんの呟きは、僕には聞こえなかった。寂しげなリツコさんとは
対象的に、僕の心は、より堅固になった決意に燃えていった・・・
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