私立第三新東京中学校

第七話 朝のひととき

ピピピピッ、ピピピピッ!!

何やら音がする。うるさい。

ピピピピッ、ピピピピッ!!

電子音が妙に頭に響く。

ピピピピッ、ピピピピッ、ピピピピピピー!!

音は次第に大きくなり、僕の頭を痛くする。

うるさいなー、何だよこの音はー。

仕方なく僕は重い瞼をあげた。ここは玄関に続く廊下だ。冷たく固い板張りの
上で、僕はどうやら眠っていたようだ。

なんでこんなとこで寝てたんだろう?

考えてみても思い浮かばない。確か昨日はミサトさんにお酒を飲まされて・・・

ピピピピピピピピーー!!

頭にがんがん響く。とにかく僕は音の発生する方に向かった。

音は目覚し時計の音だった。道理でうるさいわけだ。
僕は目覚し時計を止め、服を着替えようと思い、ふと自分の姿を見た。

制服姿にエプロン・・・

服を着替える必要はないわけだ。僕はエプロンを外すと、キッチンに向かう。
そこで目覚しに冷たいオレンジジュースを一杯飲む。
ようやくひと心地ついたが、頭痛の激しいのは治らない。
まったく食欲のない僕は、朝食を抜く事に決め、取り敢えず椅子に腰を下ろし
た。

壁にかかった時計を見る。時計の針は6時17分を指している。

ミサトさんを起こすにはまだ早いかな・・・

そう思った僕はあたりを見回す。ビールの空缶や、一升瓶が転がり、昨日のす
さまじさを物語っている。僕はそれらを拾い集め、ざっとあたりを片づけた。

そろそろミサトさんを起こすかな。

「ミサトさーん!朝ですよー!!」

「ううん・・・シンちゃん、もうちょっと・・・・」
「だめです。ほら起きてください!学校に遅刻しますよ。」
「あとちょっと・・・あと五分だけ・・・・」
「だ・め・で・す!!」

僕はミサトさんをたたき起こした。

「あたまいたい・・・・」
「僕もです。ミサトさんが無理矢理飲ませるから!」
「お願いだからそんな大きな声出さないで・・・」
「好きで出してるんじゃないんです!!」

少し大きな声を出したら、気分がすっきりした。
まだ若干頭痛がするものの、それほどではなくなってきている。それに比べて
ミサトさんの頭痛はかなりひどそうだ。これじゃあ授業に差し支えがあるだろ
う。

ピンポーン!!

「あ、誰か来たみたいだ。いいですか、ちゃんと起きてくださいよ!」
「はいはい・・・」

ガチャ!!

「ようシンジ!迎えにきたで!!」
「おはようシンジ。」

トウジとケンスケだ。二人とも僕を迎えに来てくれたらしい。以前はミサトさ
ん見たさによく来てくれたが、ここのところ学校が休みでご無沙汰だった。

「二人ともおはよう。もう少ししたら支度出来るからちょっと待ってて。」
「おう、座って待たしてもらうで。」

僕は急いで鞄をつかみ、勉強道具を詰め込んだ。

「おまたせ。じゃ、行こうか。」

僕たち三人は、学校へと向かった。いろいろおしゃべりをし、あっという間に
学校に着いた。
校門のところで何気なくケンスケが言う。

「ミサト先生は車で来るのか、シンジ?」
「え?」

しまった、ミサトさんの事を忘れてた!!
あのまま寝てなきゃいいけど・・・
僕は心配になって家に電話してみたが、だれも出ない。

きっとミサトさんはもう出たに違いない。

僕は都合よくそう解釈して、学校に入った。
教室には既に多くの生徒が来ている。隣の席の綾波は、いつものように本を読
んでいる。僕は席につくと、早速綾波に声をかけた。

「お、おはよう、綾波。」
「・・・・おはよう・・・」

綾波が返事をしてくれた!!これは大いなる成果だ。
綾波は本を閉じて僕の方を見ている。
昨日綾波の家に押しかけたのがよかったのかもしれない。

「昨日はごめんね・・・」
「何が?」
「ほら、昨日綾波の家に、僕が無理矢理押しかけちゃったじゃないか。」
「・・・」
「迷惑じゃなきゃよかったんだけど・・・」
「・・・・・迷惑じゃ・・・ない・・・」
「え、本当?!よかった!!」

僕は満面の笑みを浮かべた。
迷惑どころか綾波は喜んでくれたらしい。まだ、笑ってくれはしないけど、こ
のまま行けば元の綾波の戻るのも、そう遅い事ではないかもしれない。
そう思うと僕は微笑まずにはいられなかった。

「なにニコニコしとんのや、シンジ。」

横から声が聞こえて僕はびっくりした。見ると、トウジとケンスケがにやにや
している。僕は二人が居るのをすっかり忘れていたのだ。

「あの後綾波の家に行ったのか、シンジ?」
「う、うん。そうだけど・・・」
「ぼけーっとしといて、案外やるときはやるのう、シンジも。」
「な、何言ってんだよ、トウジ!僕は何にもしてないよ!!」
「ほんまかぁ、シンジィ?」
「ほ、ほんとだって。」
「じゃあ何しに行ったんだよ。」
「そや!ケンスケの言うとおりや。答えてみい、シンジ。」

困った!!いつもながらケンスケの突っ込みは鋭い。
僕は、無理と分かっていながら、助けを求めるようにちらりと綾波の方を見や
った。案の定、綾波はもう読書に戻っている。

「答えられんのか?おまえは答えられんほどやましい事を・・・」
「ち、違うよ!!僕はただ・・・」
「ただ、何や?」
「ただ、食事を作って上げただけだよ・・・」

僕は恥ずかしげに、小さな声でそう答えた。とても男の子のする事じゃないか
らだ。

「はあ?飯やて?!」
「うん・・・」
「綾波の家に行って、ただ、飯を作ってやったって言うのか?」
「うん。一緒に食べたけど・・・」
「・・・・」
「何だよ、二人とも黙って?」
「シンジ、お前・・・変わった奴だな。」
「ど、どうしてさ?」

自分でも、昨日した事は変な事だと分かってはいたが、僕は聞かずにはいられ
なかった。

「そりゃあ、お前・・・人の家に行って・・飯を作ってやるなんて・・・」
「何だい?」
「女のするような事じゃないか!!」
「!!!」

確かにそうだ。男のする事じゃない。
よく考えてみると確かに僕は男っぽくない。線は細いし色も白い。おまけに力
は弱いし、炊事洗濯が得意ときてる。そう言えば、小さいころはよく女の子と
間違われる事があった。最近こそそんな事はなくなったけど、やっぱり僕は女
っぽいところがあるのかなぁ・・・

そんな事を考えていると、いつのまにか周りに人が集まってきていた。僕たち
三人は朝から、少し大きな声で、変な話をしていたらしい。この人数に今の話
を聞かれたのかと思うと、僕は少し顔が青くなった。

「碇君って、料理が得意なの?」

そう聞いてきたのは洞木さんだ。彼女は料理が得意で、そのことは割と有名な
事だ。

「そんな事はないけど・・・」
「でも、綾波さんに食事を作って上げたんでしょ?」
「そうだけど・・・」
「女の子に料理を作って上げるなんてすごいじゃない。なかなかのものよ。」
「でも綾波は料理なんてしないし・・・だから僕が・・・・」
「そうなの、綾波さん?」

洞木さんは急に綾波に振った。綾波は蚊帳の外にいただけに、こういう事をさ
れると僕もびっくりする。綾波もめったに人に話し掛けられないだけに、少し
驚いたようだ。

「え?」
「綾波さんって料理しないの?」
「・・・しないわ・・・・」
「だめよ!そんなんじゃ。」
「いいの、私はそれで。」
「女の子が料理も出来ないようじゃ、男の子に嫌われるわよ。」
「・・・」
「あたしが教えてあげる。いいでしょ?」
「でも・・・」
「放課後、私のうちで。いいわね?」
「・・・」
「す、鈴原たちも来なさいよ。作った料理を処理してもらうから。」
「え、ええんか、委員長?」
「い、いいわよ。来てちょうだい。」
「・・・」

綾波の承諾も得ないまま、放課後に洞木さんの家で、お料理講習会をする事が
決まった。
トウジは、普段ろくなものを食べてないせいか、ものすごい期待を膨らませて
いる。ケンスケも、おいしいものを食べられるとあって、まんざらではない様
だ。僕の方はというと、料理は嫌いじゃないし、みんなとコミュニケーション
すれば綾波にもいい結果が生まれると思って、おおむね満足していた。

そう思いつつ綾波の方を見ると、綾波は何かを考えるように、じっと机の上を
見つめていた・・・


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