私立第三新東京中学校

第六話 酒とミサトとシンジ君

「ただいまー」

僕は元気よく玄関のドアを開いた。綾波とのひとときが、ずっとふさいでいた
僕の心をやわらげてくれたのかもしれない。

「おかえり、シンちゃーん。」

ミサトさんは出迎えてくれこそしないが、明るく答えてくれる。
僕が変わっていった大きな要因はミサトさんにあるだろう。
何事にも無気力だった昔の僕。
そんな僕を温かく迎えてくれたのはミサトさんが最初だった。
そう、ちょうど今のように・・・

「どーしたのー、遅かったじゃない。」

ミサトさんの声はキッチンの方から聞こえる。またいつものようにビールでも
飲んでいるのだろう。

「すいません。ちょっと寄り道しちゃって。」
「寄り道って、どこ行ってたのよー、シンちゃん。」

いつもはそんな事あまり気にしないミサトさんが妙に絡んでくる。
顔も赤い。テーブルの上を見ると十本以上の空缶が見えた。
いくら酒の強いミサトさんでも酔いのまわる量だ。

まずい・・・

食事が遅いため、つまみも無しに酒ばかり飲んでいたんだろう。
肝心の夕食の材料はあらかた綾波の家で使ってしまった。酔っぱらってるミサ
トさんに、今日はあまりものだなんてとてもいえやしない。

「しょ、食事は今すぐ作りますからねー。」

作り笑いを浮かべて、僕はうまくごまかして台所に入った。

「早くしてよー、待ってたんだから。」

うまくごまかせたようだ。酔っぱらいも空腹には勝てない。
だが、料理をしようにも肝心の材料がない。あるのは綾波の家で使わなかった
鳥肉と、買い置きのしてある玉ねぎくらいである。僕は取り敢えずそれらを炒
める事にした。

「シンちゃんの料理っておいしいのよねー。」

普段だったらうれしい台詞も、いまは針でプスプス突き刺されているようだ。
僕は聞こえない振りをして料理を続けた。

「できましたよー。」
「あらおいしそう。」
「熱いうちに食べてくださいね。」
「いっただっきまーす。」

こういう時のミサトさんは無邪気なものだ。
しかし食い物がなくなれば鬼と化すに違いない・・・

僕は、そうなる前にミサトさんを酔いつぶしてしまおうと考えた。

「ささ、ミサトさん、ビールをどうぞ。」

僕は飲みかけのでなく、新しい方の缶ビールを開けて、ミサトさんのグラスに
なみなみと注いだ。

「あら、シンちゃんがお酌してくれるなんて珍しいわねー。」
「ミ、ミサトさんが先生になったお祝いです。今日はじゃんじゃん飲んでくだ
さい。」
「そーお?じゃあ言葉に甘えて・・・」

そう言うとミサトさんはぐびぐびとビールを飲み干す。

「ぷはーっ!!やっぱり仕事の後のビールは最高ね!!」
「そうでしょう、そうでしょう。」

僕は完全に太鼓持ちと化して、ミサトさんに酒を勧めまくっていた。
僕のたくらみとも知らずミサトさんは勧められるままにビールをのみ続ける。
しかし、酒には底無しのミサトさん。僕の思うようにはなかなか酔いつぶれて
くれない。

おっかしいなー、なんで酔いつぶれないんだよー・・・

焦った僕はビールだけでなく、日本酒や、焼酎、ウイスキーといった家にある
ありとあらゆる酒を持ち出してきた。

「さあ、どんどんいってください!!今日は死ぬまで飲みましょー!!」
「おー、そうかそうか。」

ミサトさんはすでに安全なボーダーラインを超え、おっさんと化していた。
もう食事なんてどうでもよくなっているのを、お子様の僕はまったく気づかな
い。

よし、あともう少しだ・・・

僕はミサトさんの横に座って、さらに酒を勧める。しかし、ミサトさんの側に
近づいた事が、最悪の結果を招く事になるのを僕が知るのは、とき既に遅い、
明日の朝になってからである。

「ささ、ミサトさん、どうぞ。」
「ははは、気前のいい奴だ。お前も飲めー!!」
「え?」
「ほら、ついでやるからな・・・」

そう言ってミサトさんはコップになみなみとウイスキーを注ぐ。

「ほら、飲め!!」

そのコップをミサトさんは僕の目の前にドスンと置く。すれすれに注がれたウ
イスキーは、コップの縁から大量にこぼれおちる。

「はやくのまねーから、こぼれちまうじゃねーか。」
「で、でも、僕は・・・」
「あたしの酒が飲めねーってのか?!」
「の、のみますのみます!!」

僕は恐ろしさのあまり目の前にあったコップをつかみ、急いで飲み干した。
喉が焼ける。コップ一杯のウイスキーを一気のみすればどんなことになるか知
らない僕は、びっくりして目を白黒させた。

「おー、いいのみっぷりじゃねーかー!!」

ミサトさんの目は完全に座っている。顔もほんのり桜色なんてもんじゃなく、
赤黒くなっている。

恐い・・・

純粋に僕はミサトさんに恐怖を感じた。しかしもう既に遅い。

「さ、もう一杯いこーかー!!」

さっきのウイスキーで、もう僕はくらくらしている。しかし差し出されたコッ
プを拒む事はできない。僕は強要されるまま、酒をのみ続けた。

まるで会社の課長と新入社員の図。お酒なんて飲んだ事のない僕は、完全に酔
っ払っていて、座っているのがやっとだった。

どのくらい時間が経っただろうか?家にある酒はあらかた飲み尽くされた。

「シンジィー。」
「ふぁい・・・」
「きょうどこにいってたんだぁー?」
「ふぇ?」
「どこにいってたかきいてんだよー!」

僕はその時聞かれた質問の重大さに、まったく気づく余裕がなかった。僕はミ
サトさんに問われるままに答えた。

「あやなみぃー。」
「は?あやなみってレイの事かぁ?」

あたりまえだ。しかし酔っぱらいに当たり前なんてない。

「はーい。あやなみのうちにいってましたぁー。」
「そーか、とうとうやったか、おまえも!」
「ふぁあ?」
「レイにキスのひとつでもしてやったんだろぉ?」
「ふぇ?」
「きにすんなって!このいろおとこぉ!!」

バキ!!

ミサトさんの振り上げた手が僕の後頭部にヒットした。
僕のふらふらになっていた頭は、そのままテーブルに激突し、その反動で椅子
ごと後ろにひっくり返った。

僕の視界はブラックアウトし、そのまま意識を失っていった・・・・


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