変わらぬ朝、そして巡る日常。
今日もまた、勢いよく部屋のカーテンは引かれ、それを合図に一日が始まっていこうとする。
幼馴染の女の子が起こしに来たりなんかして、実にお約束なシチュエーション。
そう、思春期を迎えた男子ならば、喜ぶべきお約束のはずだった。

でも、なんかおかしくないか?
おかしい、おかしすぎる、絶対。
そこにあるはずのお約束は、今、確かにここで失われていた。



Lost magic ??

Written by Eiji Takashima

1st magic:"find magic"




時は午前5時17分ジャスト。
もちろん、目覚し時計のベルが鳴り始めるのはまだまだ先の話だ。

「……お、おはよう、より」
「うん」

顔を上げることもなく、ぶっきらぼうな返事を返すのは、幼馴染の頼(より)。
いつからだったろう、頼がこうして僕を起こしに来るようになったのは。

「窓、開けるぞ」
「あ、うん、お願いするよ」

すたすたと窓際に寄り、早朝のまだ夜の名残を感じさせる空気を入れる。
頼曰く、『清浄な気』でなくてはダメなんだそうだ。

「あ、あのさ、より……」
「なんだ?」

少し冷たい朝の湿った空気のおかげでもなく、僕はとっくに目が覚めている。
もう、何度となく繰り返されてきたと言うのに、まだ僕は馴れずにいた。
相対する、頼とは違って。

「やっぱりさ、今日も……するの?」
「当たり前だ。何を今更」

微かに眉間に皺を寄せる頼。
それは不機嫌さの現れだったが、いつもむすっとしているせいで、僅かな変化でしかない。
きっと頼のことをあまり知らない人間からすれば、ただの無感情でしかないのだろう。

「そ、そう、やっぱり」
「くどいぞ、お前も。いい加減、馴れたらどうなんだ?」

そう言いながら、頼は僕の足元に膝立ちになる。
ベッドに腰を下ろした状態の僕からは、まるで見下ろすような体勢だ。

「…………始めるぞ」
「う、うん」

頼は自らの胸元の、黒い紐に手をかける。
すっと引くと、結び目は容易く解けた。
あくまで機械的に、頼は前を開き、黒一色の衣装を後ろに押しやる。

古めかしい、びろうどのマント。
まるで艶かしいそれも、端から覗く頼の手首の白さには敵わない。
そして、それ以上に白い、抜けるように白い、頼の肌。
見慣れたはずなのに、僕はごくりと唾を飲んだ。

「……帽子」
「えっ?」

終わるまで、絶対に口を利かないはずの頼。
だが、今朝は口を開いた。

「ど、どうしたの、より?」
「帽子を取り忘れた。お前が、取ってくれ」
「あ、うん……」

黒づくめのマント。
それと対を成す、黒のとんがり帽子。
愛想がないくせに実は童顔の頼が被ると、それは滑稽にすら見えてしまう。
だが、当人は至って真剣で、からかおうものなら間違いなく、ぐーで殴られることだろう。

「丁寧に扱うんだぞ。皺がついたら、取り難いから」
「うん、わかってる」

軽く頭を差し出されて、僕はそっと手を差し伸べる。
ちょんと載せられた頼のとんがり帽子を持ち上げると、慎重にベッドの上に移した。

「済まない」
「あ、どういたしまして」
「それよりも、時が移る。早く済ませないと、おばさま達も起きてしまうからな」

頼の言葉に、今の状況を思い出す。
壁時計をちらっと見ると、5時半を回っていた。

「では、行くぞ」
「うん」

頼の手が伸びる。
その先は、僕の下半身、トランクスだ。
びろうどの艶やかな黒と、頼の染み一つない真白の肌のコントラストに、僕はさっきからずっと平静を保てずにいる。

「……っ」

腰のゴムに人差し指を1本かけ、そのまま前に引っ張る。
その拍子に、勢いよくぴょこんと僕のものが飛び出した。

「そ、その……ごめん、より」
「気にするな」

男の生理現象に、取り敢えず謝る僕。
でも、頼は気にも留めずに、左手の親指と人差し指で僕を摘み上げる。

「んっ」

たったそれだけのことなのに、僕はぐんと大きさを増す。
頼を求めて、苦しそうに震えた。

「むく……ぞ」

頼も微かに頬を上気させたまま、小さな声でそう言う。
そして僕の返事も待たずにきゅっと力を入れて絞めると、そのままぐいっと根元の方にスライドさせた。

「うああぁぁっっ!」

頼の手で皮が剥かれ、いっそう大きく主張し始める。
外気に触れた僕の先端は痛々しく膨れ上がり、今にも破裂しそうだった。

「出そうになったら、言うんだぞ」

僕の昂ぶりとは反対に、頼は淡々と僕にそう告げた。
そして、震える僕など気にも留めずに、そのままこしゅこしゅと前後に動かし始める。

「っっ……ああっ……」

あまりきつくもない、やんわりとした動き。
左手の指三本で軽く支えただけで、皮をスライドさせるのみだ。

「……どうだ?」
「あ、うん……いい……よっ」

本当は、ぎゅっと握って欲しい。
もっと激しく擦りたてて欲しい。
でも、そんなことは口に出せずに、ただ頼の指先を感じ続ける。

「そうか」

頼は僕の気持ちを知ってか知らずか、ペースを変えることもなく、穏やかな刺激を与え続ける。
物足りなさを感じている僕自身は、ぱんぱんに膨れながら、先端のピンク色の割れ目から透明のぬるぬるを流していた。

「ううっ!」

入り口で留まっていたそれは、僕が震えるのと同時にとろりとこぼれ、頼の手首に落ちる。
ぬるぬるはつうっと伝い、頼の手首を濡らした。
視線が僕自身から、頼の手首へ。そして、その先には頼の身体があった。

「…………」

頼は僕の視線に気付かずに、そのまま指を動かし続ける。
僕はただ、頼の身体に釘付けになって、そのアンバランスで透明な美しさを感じていた。



頼を包んでいる、黒マントととんがり帽子。
でも、それ以外は、大事な部分を隠す小さなぱんつを除くと、何もつけていない。
頼が言うには、邪魔なものは極力省いた方が『儀式』にはいいらしいそうだ。

子供から大人への階段が見え始めた僕達。
頼のぺたんとした身体も、つんと先端のみが尖り始めて、変貌への兆しを見せ始めている。

黒マントととんがり帽子。
そして、毎朝行われる『儀式』。
魔法少女とか魔女っ娘とか、そういうものに憧れるならば、何となく解る気がする。
でも、僕の大切な幼馴染はちょっと、いやかなり違っていた。

頼がなりたいのは魔女。
黒魔法を操る、小昏く物騒な、魔女だったのだ。



「……まだ……なの?」

なかなか出さない僕を気にしたのか、頼が赤い顔をしながら僕に尋ねた。

「う、うん、ごめん……もうちょっと」

この年なのに、僕はもう、頼の指を覚えていた。
何度も何度も頼で出して、出してもらって、あとどのくらいで出るのか、わかるようになっていた。

「……触らないと、駄目か?」
「えっ?」
「だから…………その、お前が」

珍しく、恥ずかしそうにそう言う頼。
ごくたまに、こういう可愛らしい顔を見せてくれる。
それだけで僕のドキドキは増してゆくのに、当人は全く気付いてくれない。

「い、いいの、より?」
「いい……ぞ。別に、私は嫌じゃないから」

そう言うと、僕に差し出すように胸を反らし、膝で半歩こっちにすり寄った。

「そっと……だからな」
「う、うん……」

差し出された頼の胸。
それは胸というには程遠い膨らみ。
乳首が尖り、その周囲が微かに盛り上がっているだけだ。
だから、僕は女性のおっぱいの柔らかさなんて知らない。
頼の、この切ないような、薄桃色の先端だけだ。

「っ!」
「あ、ごめん、痛かった?」
「気にするな。すぐ……」

そこで、頼は言葉を飲みこむ。
誤魔化すように、指の速度を速めた。

「うああっっ」
「すぐ……よくなる、から」

僕の上げた声に紛れるような、頼の囁き声。
くびれの部分まで擦られながら、僕は頼の胸に触れる。
きっと、今僕が与えているのは痛み。
でも、それだけじゃないこともまた真実。
むず痒いような感覚は、頼の吐息を熱くし、手の動きを乱していった。

「より……よりっっ!」
「んっ、そ、そろそろか、拓登?」

僕が昇り詰めるように、頼の声色も高まる。
そして、今日初めて、頼は僕の名前を呼んでくれた。

「で、でるよっ、でそう! うああっ!」
「わ、わかった、じゃあ……」

僕の合図に頼は屈み、顔を近づける。
そして、両手で僕自身を支えると、キスするように先端の割れ目に唇を当てた。

「あっ、あああっ、あっ……」
「んっ、んふっ……」

頼の、小さくて可憐な唇。
そこに僕の張り詰めた先端が微かに埋まり、ほんのり開く。
全てを入れた訳じゃない。
でも、頼の濡れた粘膜を感じて、未だ知らない本物の頼を予感して、僕は最後の堰を切った。

「うああっ、あっ、あっ、っっ……」

頼への欲望が破裂する。
頼は僕を支えたまま、全てを口で受け止めていた。

「んんっ! んくっ、んっ、んんぅ……」

小さく狭い口内で、僕の精が暴れまわる。
頬の粘膜を叩き、喉の奥を突き、そして勢い余って唇の端から決壊し、その髪、鮮烈な先端までをも汚していった。

「あっ、あっ、あうぅ……」

震える度、どっと溢れる。
二度三度と膨らみ、頼の中に注ぎ、情けない脱力した声を上げた。

「……ん……お、終わったよ、より」

全てを出しきって、いつものように頼に告げる僕。
頼は上目遣いになって僕の表情を確認すると、口を離さずに、そっと目を伏せる。

「んっ、ちゅっ、ちゅうぅっ、んんんっ……」

頼は僕の精を口に含んだまま、唇をすぼめて軽く吸う。
同時に茎の部分を軽くしごいて、中に残ったものまで搾り出していった。

「うあぅ!」

また、頼の唇に触れた部分が膨らむ。
だが、一向に気に介した様子も見せずに、全て搾り出すと、ようやく口に溜めた僕の精をこくりこくりと飲みこんでいった。

「よ、より……」

目を伏せながら、喉に絡みつく白いどろどろを飲み干していく頼。
僕が頼にしてもらうのに馴れないように、頼もこれを飲みこむのにだけは、馴れた様子を見せず、明らかに苦しそうだった。

「んっ、んん……」

しかし、何度か喉を鳴らし、頼は飲みにくい精液を奥に流し込んだ。
そしてようやく顔を上げると、気まずそうにしている僕に向かって言う。

「済まない、少しこぼした」
「えっ? ああっ!」

改めて見ると、頼を彩る僕の精。
それだけで、何故かどきりと胸が鳴った。

「ごごごごめん、て、てぃっしゅ!」

慌てて枕元のティッシュを箱ごと掴むと、頼に向かって突き出す。
だが、頼は受け取らずに、自分の指で拭い取り始める。

「せっかく出してもらったのに……すまない」
「べ、別にいいって」
「体力を浪費しているからには、無駄にする訳には行かない」

そう言って、拭った精液を口元に運ぶ。
指先についた白いものを舐め、また苦しそうに飲みこんでいた。

「む、無理しない方がいいよ」
「うるさい」

全てが終わると、頼はまたいつもの頼に戻る。
僕を突き放すように言うと、後ろにはだけたマントを前に返した。

「今日はありがとう、拓登。それと……」
「うん?」
「ま、また明日もよろしく頼む」

ぶっきらぼうに言い捨てると、頼は踵を返して僕の部屋を出ていった。

「あっ、より!」

ばたんと閉じられるドア。
その拍子に、ふわりとレースのカーテンが動いた。

「ったく……」

まだ家族も起き出さない早朝。
僕はぽつんと部屋に独り残される。
後には生ぐさい僕の精の臭いと、それに混じった微かに甘い、頼の匂い。
それが性の匂いであることを感じながら、僕はそのままベッドに仰向けに倒れこむ。

「あっ……」

ふと、手に触れたもの。
顔を向けると、そこには預かった頼のとんがり帽子があった。

「よりの奴、忘れるなんてな」

珍しいこともあるものだ。
でも、それが何だか懐かしくて、僕の胸に温かいものが込み上げてくる。
そして、いとおしそうに帽子の表面を撫でながら、僕は変わってしまったあのはじまりの日を思い返していた。





「頼みごとがある」

頼が僕にそう言ってきたのは、1年半くらい前の朝だった。

「頼みごと?」

頼が僕を起こしに来てくれるなんて初めてだった。
だから、すごくドキドキして、どんな頼みごとなんだろうと僕の期待は今までになかったくらいに膨らんでいた。

「ああ、そうだ。拓登以外には、頼めそうもない」
「ふうん、よりがそう言うなんて、珍しいね」

自分の動揺を誤魔化そうと、ちょっと強がって見せた。
でも、そんなことは、意味のないことだったのかもしれない。

「私が、魔女を目指しているのはお前も知っているな?」
「う、うん」

頼は幼馴染の僕の目から見ても、実に変わった子だった。
魔女になると宣言してから、あまり笑わなくなり、常に黒づくめの衣装で行動するようになった。
夏になって、汗だくになりながらもそのスタイルを貫き続けたのには、呆れを通り越して感心すらさせられた。

「魔女になるには、もっともっと魔力が必要らしい」
「うん……」
「だから、それには、その……」

僕は、頼が魔法を使ったところを、今まで1度も見たことがない。
だから、頼の頑張りをずっと見ていても、心のどこかでは信じていなかった。
ただ、重そうなぶ厚い本を担いで、暇さえあればそれを読み耽っていた姿を知るのみだった。

「拓登には、私の魔力を増やす、その手伝いをして欲しいのだ!」

思い切ってそう言った頼。
その時の僕には、その手伝いが何を意味するものなのかも知らず、大きく頷いて応えた。

「うん、いいよ、よりの頼みなら、何でもきいてあげる」
「いいのか、本当に?」
「いいよ、何でも言って」
「そうか、では……」

こっそり好きだった幼馴染の頼。
好きだなんて言おうものなら、ぐーでパンチされそうな気がして、ずっと言えなかった。
だから、頼に好かれたかったし、そのためなら何でもしたかった。

「拓登、お前のせーえきを飲ませてくれ」

一瞬、頼が何を言っているのかわからなかった。
そのくらい、あの頃の僕は子供だったし、頼もまた、何も知らない子供だった。

「せーえき?」
「ああ、本で読んだが、赤ちゃんの素をそう言うらしいんだ」
「ふうん」

赤ちゃんの素。
その説明に、僕の胸は鳴る。
よくはわからなかったけど、なんとなく、いけないことのような気がしていた。

「父さまにお願いする訳にもいかないし、あとは、拓登しか……」

その時の頼は、本当に切羽詰った顔をしていた。
そんな頼をがっかりさせる訳にはいかない。
僕には、ただその思いしかなかった。

「いいよ、より。よくわかんないけど、ぼくにできることなら」
「あ、ありがとう、拓登!」

うれしそうな、本当にうれしそうな、頼の笑顔。
もう、見せてくれることはなくなったけど、今でもはっきりと覚えている。
それくらい、いい笑顔だった。

「うんうん、よりが喜んでくれて、ぼくもうれしいよ」
「じゃ、じゃあさっそく!」

頼がどうして魔女を志したのか、僕は知らない。
聞いたこともあったけど、決して教えてくれなかった。
でも、その願望だけは痛いくらいに強くて、僕はそれだけで十分な気がしていた。

「でも、せーえきってどうやって出すの? ぼく、知らないよ」
「そ、それはだな、その、拓登のおちんちんを……」
「ええっ?」
「……駄目か?」

途端に表情を曇らせる頼。
おちんちんを頼に見せたりするのは恥ずかしかったけど、でも、こんな頼の顔は見たくなかった。

「……いいよ、より」
「本当か!?」
「うん、痛くないなら」
「じゃ、じゃあ……」

おちんちんをどうするのか、その説明を頼は忘れていた。
ズボンのチャックからつまみ出され、頼にぎゅっと握られても、僕はまだ何をするのかわかっていなかった。

「こ、これをこすると、せーえきが出るらしい」
「そ、そうなんだ……」
「拓登は、せーえき、出したことがあるか?」
「な、ないよ、そんなの。そもそも、せーえきなんて、知らなかったし」
「そうか、じゃあ、これが拓登の、はじめてのせーえきになるんだな……」

はじめてのせーえき。
よくわからなかったけれど、ファーストキスみたいなものなのかと、僕は漠然と考えていた。
そして、はじめてを頼に捧げるなら、これ以上に素晴らしいことはない。
僕は頼が口にしたこのフレーズに、感動に近い喜びを感じていた。

「じゃあ、こするぞ……」
「うん……」

頼が無造作にぐにぐにとおちんちんをいじる。
その時は、お互いに、どこをどうすればいいなんて、何も知らなかった。

「いたっ!」
「あ、ごめん、痛かった?」
「へ、平気だよ、続けて」
「うん」

頼の手は無遠慮で、敏感な何も知らない僕の無垢だったおちんちんに痛みを与えた。
でも、頼の一生懸命さは伝わって、それがただ心地よかった。

「な、なんだ、これ? 拓登?」
「よ、より? わ、わかんないよ、ぼくも」

何も知らなくても、刺激を与えられれば大きくなる。
頼を好きな僕の気持ちが、それを加速させてしまったのかもしれない。
ただ、僕も頼も、それが何なのか知らなくて、戸惑うのみだった。

「お、おっきくなって……せーえきがでる前触れなのか?」
「わ、わかんないっ、でも、でもぼく、きもちいいよ……」
「そっか、それなら……」

頼は僕をこする。
精液を早く出したいのか、それとも僕を気持ちよくさせたいのか。
どちらにせよ、僕は判断がつかないくらいに気持ちよくなって、何も考えられなくなっていた。

「あっ、より、よりぃ、おかしいよ、おかしい……」
「へ、平気か、拓登?」
「へいきだけどっ、あっ、ああっ!」

それから後のことは、よく覚えていない。
ただ、頭の中が真っ白になって、気がつくと、きょとんとした顔の頼がいた。

「た、拓登……?」
「あ、う、うん……」
「これが……せーえきなのか?」

見ると、頼の頭に、白くてべたべたしたものがかかっていた。
それは僕の大好きな頼の髪の毛だけじゃなく、整った顔、そして黒マントにまで飛び散っていた。

「わ、わかんないけど、たぶん」
「そ、そうか。ありがとう、拓登」
「でも、ごめんね、飛び散っちゃって」
「構わない。そのうち馴れるさ」
「えっ?」

そのうち。
その言葉の意味を掴めぬままに、全身にかかった白いべとべとを指で集めていく頼をぼんやり眺めていた。

「変な匂いだな、これ……」
「そ、そうなの?」
「それと、味もへんだ。薬と思って飲むしかないのかな……」

そう言って、頼はべとべとになった手を舐めている。
苦々しい顔は、やはりおいしくないということなのだろうか。

「ううっ……」
「そ、そんなにまずいの?」
「ああ」
「よりがそこまで言うならぼくも……」

ちょっとした好奇心だった。
頼の髪についた白い塊を取って舐めてみようとしただけ。
それだけだったのに――

「やめろ!」

頼が叫んだ。
僕の手が、びくりと止まる。

「よ、より?」
「こ、これは……私のせーえきだから。私の魔力に必要だから……」
「あ、うん……」

頼は僕の指が目指した精液を奪う。
そして、こっちを見たまま、口に運ぶ。

「ごめん、そうだよね……」
「……わかってくれれば、いい」

苦しそうに、汚れた指を舐める頼。
辛そうで、済まなそうで、でも、どこかそれだけではないような感じもしていた。

「…………ごめん、拓登」

粗方舐め尽くした後、ぼそりと頼が言った。

「ううん、気にしないで」

笑って慰めてあげた。
複雑な気持ちだったけど、確かにこれは僕と頼のはじめて。
だから、幸せなままで終わりたかった。

「がんばって、魔女になるから」
「うん、待ってる」

頼は僕のために魔女になる訳ではないと思う。
でも、頼が頑張って、それを僕が手伝って。
だから待つという言葉は、正しいはずだ。

「だから……これから毎朝、いい?」

頼が改めて請う。
はじめてを終えて、このはじめてをこれからずっと繰り返そう、と。

「いいよ、ぼくのせーえき、よりが飲んで。これからも、ずっと、ずっと」
「うん……そうさせてもらう」

これは、頼が魔女になるための、僕達二人の神聖な儀式。
それだけのことで、それ以上でもなんでもなくて。
でも、ドキドキが毎日続いていく。
僕は、それでよかった。
少なくとも、あの頃はそう思っていた。





そして今。
僕達は何も変わらぬまま、こうしてここにいる。
頼は毎朝欠かさず僕の精液を飲みに来ているが、それが魔力の増強に繋がっているのか、正直よくわからない。
そんな、結果の見えない行為が不毛に思えて、それでも快楽に流されてしまって、僕は迷っていた。

「より……」

頼の魔法が見てみたかった。
そして、笑顔が見てみたかった。
忘れてしまったんじゃないかとすら思える、あの頃の頼の笑顔。
でも、今の頼は、喜びも、悲しみも、感じさせてくれない。

「っ……」

帽子を手にとって見る。
いつもかぶっている、頼愛用のとんがり帽子。
今やこれなしでは頼を語れないほど、一体になっている。
それなのに、僕はこの帽子ほど、頼と共に歩んでいるんだろうか?
帽子以下だなんて信じたくないけど、信じていないけど、今は無性にその証が欲しかった。

ライバルとも言える、とんがり帽子。
僕はそれを手にすると、窓際へ向かう。

「……えっ?」

僕の部屋の、二階の窓。
窓の向こう、庭を越えてブロック塀の彼方に、頼の姿が見えた。

「より?」

門柱に寄りかかって、何かを待っているような、そんな頼の様子。
僕はすぐに、その意図を察した。

「より!」

大きな声でその名を呼んだ。
電線にとまっていたスズメが驚いて飛び立つ。
そして、頼がそれを追うように、顔を上げてこっちを見た。

「帽子、忘れた」

ただ、そう言った。
喜ぶでも、済まなそうにする訳でもなく。
その事実を述べただけだ。

「……そう、今、渡しに行くよ」

寂しかった。
そして、残念だった。
何も変わらないはずなのに、僕は頼に何かを期待していたのかもしれない。
そして、そんな自分が悲しくて、情けなくて、つい沈んだ声になってしまった。

「そこでいい、拓登」
「え?」
「帽子を、投げて」

長い黒マントの合わせ目から、にゅっと頼の手が出された。
僅かにはだけられた部分から、頼のおへそと、それから白いぱんつが見える。
僕は頼がマントの中は他に何も着ていないのを思い出して、慌てて止めさせようと声をかけた。

「より! 見えちゃうから手をしまって!」
「見えても、いい」
「そういう問題じゃなくて!」
「拓登には、いつも見せているだろう?」
「そうじゃないんだ、そうじゃなくて……」

頼には、もっと大切にして欲しかった。
頼はかわいくて、きれいで、おんなのこで、だから、もっともっと自分を大事にして欲しかった。
こんな風に、毎朝僕の精液なんかを、飲みに来て欲しくなかったんだ。

「拓登は……信じてくれないのか?」

今までずっと溜めこんでいた、僕の想い。
つい洩らしてしまいそうになったそれに対し、頼はただ、訊ねた。

「そ、それは……」
「私を信じてくれるなら……帽子を投げて」

何を信じたらいいのか。
信じることと、帽子を投げることに、どんな繋がりがあるのか。
何の説明もない頼に、僕はどう応えていいのかわからなかった。

でも、わからなくても、今なにをしなきゃいけないかくらいはわかっていた。

帽子を持った手を振りかぶる。
そして、思い切り、頼に向かって投げつけた。

「ありがとう、拓登……」

瞬間、僕は目を疑った。
頼が、あの頼が笑っていた。
それはほんの微かなものだけど、僕が過去のものにしようとしていた、あの、頼の笑顔だった。

「より……?」

そして、とんがり帽子が飛ぶ。
でも、まっすぐ投げるには不向きなそれは、あらぬ方向へと飛んでいこうとする。

「あっ!」

頼が大事にしていた帽子。
僕を脅かすライバルのはずだけど、今はそれを頼に届けられなくなることの方が嫌だった。

「ご、ごめん、より!」

慌てて頼に謝る僕。
せっかくみつけた笑顔を前にして、こんな失態は見せたくない。
でも、そんな時、すうっと頼の手があがる。

「へいきだよ、拓登」

頼の白い肌がちらりと見える。
ほんのり赤い胸の先も見えたが、そんなものは気にならない。
それよりも、頼のちょっと変わった手の動きが、僕の目を奪った。

「えっ!?」

風が吹く。
それ自体はおかしなことじゃないのに、あまりに突然な風が、頼と、僕と、そして帽子を襲った。
あらぬところに不時着しようとしたとんがり帽子は、ふわりと舞い上がって――

「ほら」

帽子は、ちょこんといつもの定位置に収まった。
あるべき位置、即ち、頼の頭の上に。

「じゃあ、また学校で」

気付くと、いつもの素っ気無い表情でそう言って、頼は僕の前から姿を消した。
何事もなかったかのように、僕の前にいつもの朝が戻ってくる。
でも、僕はこの思わぬ出来事に、ただ呆然としていた。

「より……」

偶然とは呼びたくない。
でも、信じていいのか、よくわからなくて。
だから、僕はその名を呼んだ。

「魔法のことはよくわからないけどさ……」

魔法はわからない。
僕は魔女でもなければ、魔法使い見習いでもない。
だから、まだ、正直魔法は信じられない。半信半疑だ。
でも――

「僕は信じるよ、よりのこと……」

だから、信じようと思った。
今日、はじめてみつけた、この素敵な魔法を。


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