憶えていますか


憶えていますか、あの夏の日のことを?
みんなで騒いだあの夜、二人で過ごしたあの夜・・・・

いつのころからか、ずっと君だけを見続けてきました。
そして今もずっと・・・・




私はずっと、信じていた。
冬弥くん、あなたを。
ううん、信じるって言うより、頼っていたって言った方がいいのかもしれない。
私がどこに行っても、冬弥くんだけは私の隣にいてくれるって。
そしてそれは、そんな私の思いは、冬弥くんの優しさに支えられていたと思う。

でも・・・甘えだったね、やっぱり。
人が二つのものを手にしようとする時、やっぱり何かを失わなきゃいけない。
そして私は・・・絶対だと思ってた。
冬弥くんだって、私とおんなじ人間なのにね。

私に夢があるように、冬弥くんにだってあるよね、夢?
でも、冬弥くんは何も言わなかった。
ただ、私の隣で笑ってくれていた。
そして私は思っていたの。
そんな二人が一番いい。
これが二人の距離なんだって・・・・



みんなで出かけた旅行。
私がまだ、デビューする前の夏休み。
綺麗だったあの夏の花火・・・・

みんなとの時間と、そして冬弥くんと二人だけの時間。
どっちも大切だった。
私にとっては、どっちも楽しい思い出。
冬弥くんにとっては・・・どうだったのかな?

二人でそっと交わしたキス。
幾度かのそんな恋人同士の行為は、私にとってはいつも新鮮だった。
いっつもファーストキスみたいに震えちゃって・・・情けないよね、私。

でも、冬弥くんはそんな私がいいって言ってくれた。
そしてただぎゅっと抱きしめてくれた・・・・


あの時・・・私は気付かなかったけど、冬弥くん、私に何か言いたかったのかな?
私に、変わるな、由綺はこのままでいいって・・・・

ねえ、冬弥くん?
変わっちゃったかな、私?
芸能界にデビューして、ブラウン管の中の存在になって・・・・

冬弥くん、私が夢に向かい続けていた時、ずっと励ましてくれてたよね。
そして私はそんな冬弥くんに支えられて、ここまで来れたと思うの。
もちろん、緒方さんや他のみんなの力もあったと思うけど、でも・・・・

ずるいよね、私。
だって、すがってたんだもの、冬弥くんに。
でも、冬弥くん、優しすぎるから・・・・私が鈍感だって知ってるのに・・・・



私、知らなかったんだよ、本当に。
冬弥くんはあの時の話をしてはよく私をからかってたけど、でも、本当なんだから。

ずっとずっと私のそばにいて、いつも私と、みんなと楽しく話をして、冬弥くんもおんなじだと思ってた。
でも・・・・気付かなかったの、私だけだったんだよね。
みんな、冬弥くんの気持ちに気付いてたのに・・・・

でも、私をからかった後、冬弥くんはいつも言ってくれた。
そんな由綺だから、好きなんだよ・・・って。
そしていつも私は大きくうなずくの。
だから私も冬弥くんが大好きなんだって・・・・



憶えてる、冬弥くん?
私は憶えてるよ、みんな。
だって、私には、大切な思い出だったから・・・・

私だって、こんな言い方はしたくないの。
だった、なんて言う過去形にはしたくなかった。
でも、そうしたのは私。
未来を、夢だけを追い続けてきた私の払わなければいけない代償。
そして冬弥くんも・・・・

冬弥くんがADのアルバイトを始めたって聞いた時、私はただ嬉しかった。
冬弥くんも私についてきてくれるんだって。

でも・・・勘違いもいいところだよね。
冬弥くん、全然反対の事を考えてたのに・・・・

今にして思えば、冬弥くんが絶対に仕事の話をしようとしなかったのも納得が行く。
私はまたいつもの勘違いで、オフに仕事の事を忘れさせようって言う冬弥くんの優しさだと思ってた。
でも本当は・・・冬弥くんが好きなのは、アイドルスターの由綺じゃなく、森川由綺だったんだよね。

冬弥くんはいつも私に、頑張れ、って言ってくれてた。
だから私も頑張って来れたんだけど・・・・
冬弥くんは私の夢の先が好きなんじゃなくって、頑張る私が好きだった。
夢に向かって頑張る私が・・・・


何だか矛盾してるよね、私達。
日常を他のみんなと同じように過ごす事よりも、夢見続ける事を選んだ私達だけど、
そしてそれが一番輝ける事だったんだけど、そのせいで二人の距離は遠くなった。

どうしたらいいのかな、私?
冬弥くんはどう思う?
やっぱり・・・嬉しくないよね、私が芸能界から引退するなんて言っても。
そんな台詞、ただ冬弥くんを傷つけるだけだから私は言わないけど・・・・

私、冬弥くんを縛ってる。
でも、情けないよね。
だって、だから冬弥くんは他の女の子と、なんて言えないから・・・・



私と冬弥くん、昔みたいに笑えるのかな?
ただ、夢が夢だったあの頃みたいに・・・・

キスの感触も、今と昔じゃ違う。
二人の想いと想いが、お互いを傷つけあっているようで・・・・


冬弥くんがまだ、私の事を好きでいてくれてること、私は感じてるよ。
そして、私も誰よりも冬弥くんが好き。
だから、変わらないんだよね、二人の想いは。
変わったのは・・・・ごめんね、冬弥くん・・・・

愛さえあれば環境なんて・・・なんて言う人もいるかもしれないけど、でも、難しい事だよね。
私達、そのことはよく知ってると思う。
でも・・・難しいけど、絶対不可能じゃないと思った。
だから、私も頑張ろうと思った。
辛いけど、大変だけど、冬弥くんと頑張ろうって・・・・

押し付けなのかな、これって?
私にとっては夢だけど、冬弥くんにとっては別に夢じゃないから・・・・
冬弥くんの夢と森川由綺を天秤にかけて・・・・当然だよね、冬弥くんが自分を選んだって。



だから私、教えてほしいな。
冬弥くんの夢。
私はいつも、冬弥くんに語ってたよね、私の夢。
そして冬弥くんはそんな私の熱っぽい言葉を、優しく聞いていてくれた。

あの時冬弥くん、それが現実になるって思った?
私には思えなかった。
まあ、だからこそ楽しかったのかもしれないね。
夢は夢のままでいた方がいいなんて・・・でも、夢は綺麗だもんね、いつでも。

夢が夢じゃなく現実のものとなったら、また新しい夢が生まれる。
はじめの夢はとにかくデビューする事。
そして次の夢は・・・理奈ちゃんを越える事かな、やっぱり?

とにかく私はいつも現実じゃなく夢を見続けていたのかもしれない。
そしてそんな私の不安定な現実を支えてくれる存在として、冬弥くんがいて・・・・

冬弥くんがそばにいてくれれば、私はそれでよかったのかもしれない。
冬弥くんが何を見ていようと・・・・


冬弥くん、あなたは今、何を見ていますか?
まだ、私の事を見ていてくれるんですか?
冬弥くんの微笑みは、今は誰に向けられているんですか?

私にはわかりません。
だって・・・私は冬弥くんを見ようとしなかったんだから・・・・


私はずっと思ってた。
私を見ていてくれる冬弥くんが、冬弥くんの全てなんだって。
でも、違うのは当然だよね。
ずっとずっと、一緒にいられる訳じゃないんだから。
私には冬弥くんと一緒じゃない時間があるように、冬弥くんにも私と一緒じゃない時間がある。

でも、それは少しだと思ってた。
それが大きくなって、もう取り返しがつかなくなろうとしている今まで・・・・

冬弥くんはどう思う?
取り返せると思うかな?
私は・・・・わからないよ、私・・・・
冬弥くんの気持ちがわからないのと一緒で、どうなるのかも私にはわからない。
ごめんね・・・また冬弥くん任せで。

でも、私はどんな答えを聞かされたとしても、絶対に冬弥くんを怒ったりしないよ。
だって、私が冬弥くんがわからなくなるまで裏切り続けても、冬弥くんはこうして私に微笑んでくれたんだから。

だから、おあいこ。
いいんだよ、冬弥くん。私の事なんか気にしなくっても。
たとえ冬弥くんが他の誰かの事を好きになったとしても・・・・

悲しいけれど、しょうがないよね。
人の気持ちなんて、やっぱりわからないものだから。



でもね、冬弥くん。
その代わりって言うのもなんだけど、いくつかお願いがあるんだ。

ひとつは、冬弥くんが他の女の子を好きになったとしても、私から避けないでくれる事。
冬弥くんがその女の子の事を思えば、私を避けて当然なのかもしれないけど・・・・
でもね、冬弥くん、私だって辛いんだよ。
こんなに好きな冬弥くんに、いつも一緒だった優しい冬弥くんに避けられるなんて・・・・
だからごめんね、私のわがまま、聞いてくれるかな?
昔と同じく微笑んでくれなんて、そんなこと言わないから・・・・

ふたつめは、私が冬弥くんを好きでい続けるのを許してくれる事。
冬弥くんは鬱陶しく思うかもしれないけれど、でも、こればっかりはしょうがないよね、人の気持ちなんだもん。
だから冬弥くんも笑って許してね。
やっぱり由綺は由綺なんだって・・・・

そして最後、ごめんね、わがままばっかり言って。
最後の冬弥くんへのお願いは、森川由綺を好きで居続けてくれる事。
もちろん、今の私じゃないよ。
冬弥くんが好きだった、冬弥くんの由綺を、私が失った由綺を、変わらずに愛してほしいの。
そして・・・冬弥くんが私を好きになった事、後悔しないでね。
私は冬弥くんと出会えた事、ずっとうれしく思ってるから・・・・



憶えてる、冬弥くん?
私達のはじまり。
やっぱり・・・・いつまでも忘れられないものって、あるよね?
たとえ二人が離れ離れになったとしても、私は忘れないと思う。

夢が現実になるのと同じように、現実も思い出へと変わる。
思い出はいつまでも綺麗で、そして永遠であり続けるの。
私はそれを胸の大切な場所にそっとしまって・・・そして時々見てみる。
私が失った私と、そしてそれを彩る色んな出来事を・・・・

ほんと、ちょっとした出来事だよね。
挙げてみればそんな大した事件もなかったけれど、でも、そういうものの方が何故か強く残ってるの。

二人で公園を散歩した事。
人目を気にしながら二人で一つのクリームソーダを飲んだ事。
学園祭の準備で学校に泊まり込んで、そのまま椅子を並べて眠った事。
テストが終わって、みんなでカラオケに行った事。

本当に取るに足りない事。
でも、だから現実。
私達にあった、本当の現実。
私の大切な・・・思い出・・・・



冬弥くんは夢と現実が一つになる事、あると思いますか?
とても難しい事だけど、でも・・・・冬弥くんが頑張ってくれるなら、私も頑張れると思います。
そしてこんな私でも、まだ冬弥くんが見続けていてくれるなら・・・・

今まで私達、現実を共有してきました。
でも、夢は共有出来ませんでした。
そして、私はそれを冬弥くんに押し付けるのも嫌だし、不可能な事だと思います。
私の夢と冬弥くんの夢をイコールにする事と、夢と現実を一つにする事、どう違うのか私にもよくわかりません。
もう、お互いに好きだからそれでいいとか、そうでは済まされないと思います。

でも、私は冬弥くんが好き。
冬弥くんと一緒にいたい。
弥生さんに叱られるかもしれないけれど、それが真実です。

今日は森川由綺として綴ってみました。
これが今の、森川由綺の気持ちです。

ごめんなさい、冬弥くん。
冬弥くんは優しすぎるから、私のこんな言葉を聞けば、心動かしてしまうかも知れません。
でも、でも私は・・・・そんな冬弥くんが好きだから・・・・
だから、ごめんなさい・・・・


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