憶えているよ
もちろん憶えてるよ、由綺。
当然だろ、だって俺達のアルバムを彩ってくれた思い出なんだから・・・・
でも、いつからだろうな、こういうのって。
俺、こうして由綺に言われてみるまで気付かなかったよ。
由綺がこんな風に感じてるだなんて。
俺にとっての由綺は、俺だけの由綺と同時に、アイドルの由綺だった。
俺は俺でしかないのに、由綺はいつも二つの顔を持ってた。
由綺は俺に見せまいとしていたみたいだけど・・・・俺が気付かない訳ないだろ?
だから俺は、俺達がもし別れるとすれば、由綺の方が俺から去っていくんだと思ってた。
現に弥生さんや英二さんを見れば、わかって当然だよ。
みんな俺とは違って光り輝いてた。
別人だったんだよ。
でも、俺は由綺もその一員だと知りつつ、それを認めたくなかった。
由綺はずっとずっと、俺だけの由綺だって・・・・
エコーズでバイトしてるのも、ADをやってるのだって、由綺から離れたくなかったんだ。
由綺を俺の目の届かないここに置いておいたら、いつか由綺もどこかに行ってしまうって。
そしてそれは俺のエゴ。
情けないけどクリスマスの夜、弥生さんに指摘された通りさ。
でも、言われるまでもない、俺が一番そのことをよく知ってたんだ。
知ってても、解ってても認められなくって・・・・情けないよな、俺って。
だから、俺は自分の存在が由綺には必要不可欠だなんて決め付けて、自分の居場所を作ってた。
誰になんと言われようとも、それを免罪符にして由綺の近くにいようとしてたんだ。
でも、そんな俺の気持ちとは裏腹に、俺達は物理的に会えなくなった。
由綺は音楽祭に向けて自由な時間がなくなって、俺は独りになったんだ。
会えなくなってみて、俺も色々考えてみたよ、由綺。
きっと由綺も色々考えたと思うけどさ・・・・
そして考え始めて俺は気付いたよ。
由綺とのことを、昔のことだと思い始めている自分に・・・・
俺は別に、由綺が嫌いになった訳でも、由綺より好きな女の子が出来た訳じゃないよ。
でも、俺達は現実の今を失っていたんだ。
そしてそれが、俺達にどこか喪失感をもたらしてるんだって、そういう結論に達したんだ。
俺達、二人でいるだけで楽しかったよな?
もちろん二人っきりじゃなくて、彰やはるかたちと一緒の時も楽しかったけど、
みんながいなくったって二人でいれば楽しかったんだ。
だから俺は由綺と一緒にいたんだし、由綺も俺と同じだと思う。
一緒にいると得をするとか、そういうんじゃなくって、ただ傍にいると落ち着けるから、心地いいから、
だから二人でいたんだ。
そして取り止めのない雑談と、一杯のアイスコーヒーと・・・・
ミルクを入れ過ぎる由綺に、よく文句を言ってたっけ、俺。
でも俺は、笑いながらストローをかき回す由綺の姿、好きだったんだ。
そして反対に俺は最後にいつも氷を食べるのを由綺に注意されたりしてさ・・・
由綺って別にお上品っていう感じじゃなくて、むしろ俺よりもジャンクフードとかが好きなのに、
どうしてかこれだけは理解してもらえなかったよな。
でも、何だかそれが楽しかったのも事実。
ちょっとしたことで、色々話が出来て・・・・とにかく肩が凝らなかった。
周りの奴は恋愛の進行について語ったりしてたけど、俺はそんなに気にはならなかった。
もちろん俺だって男だし、由綺とそんな関係になることを考えたこともあるさ。
でも、渇望もしなかったんだよ。
そうなればなるんだろうし、ならなければならないだけだった。
時々キスはしたけど、それも挨拶代わりで、あんまり意識もしなかった。
もしかしたら、由綺に焦らせちゃった原因がそこにあるのかもしれないけど・・・・
男女の関係を強く結びつけるのは、やっぱり肉体関係なのかな?
俺はつい最近まで、そんなこと考えたこともなかったよ。
でも、由綺と離れ離れになってみて初めて気付いたんだ。
俺は由綺を抱きたい、ずっとこの胸の中に仕舞い込んでおきたいって。
何だかんだいいながらも、やっぱり幸せだったんだと思うよ、俺達。
由綺がデビューしてからも、逢える機会は今に比べればたくさんあった。
由綺の仕事が増える度に、俺達は二人して愚痴をこぼしていたけど、それは二人でいる時だった。
愚痴をこぼせるだけ、幸せだったんだよな、やっぱり。
由綺に逢いたいよ、俺。
由綺と逢えなくても平気だって思ってたけど、やっぱり無理みたいだ。
今までは会えない時間があっても、会える時間があるってわかってたから、そんなに気にもならなかったんだと思う。
由綺が言ったように、俺も由綺がいて当然だって思ってたんだと思う、いつのまにか・・・・
でも、こうして会えなくなってみると、色々と考えちゃうんだよな。
あの時ああしておけばよかった、こうしておけばよかったって。
何だか情けないよ、俺。
まだ若いのに、年寄りの繰り言みたいなことばかり考えて・・・・
いつのまにか、過去を見つめてたんだ、俺。
由綺と二人っきりでいられた時間を夢見て・・・・
現在も、そして未来も見なかった。
ただ、確実にあった幸せに浸ってたんだよ。
自分では何も作り上げようとしない、消極的な考えさ。
俺だってわかってたんだ。
でも、由綺のことを考えると、昔の楽しかったことばかりが脳裏に蘇るんだ。
そして、それが心地よかったんだよ。
辛い現実を見ずに済んだから・・・・
俺は憶えているよ。
由綺と一緒だったひとつひとつを。
学校の芝生に並んで座って由綺が作ってくれた弁当を食べたっけ。
誰かが見てないかってこそこそしながらさ・・・・
俺はそんなに気にもしなかったけど、由綺は変に意識しちゃって、全然食べられなかったよな。
それで一緒に放課後エコーズに行って、弁当のお礼にスパゲッティをおごってやって。
ついつい焦って食べちゃう由綺をからかうのが楽しかったよ。
今でも俺、由綺に逢ったらからかうと思う。
でも、由綺は怒らないよな。
俺達って、いつもこんな感じだったから。
変わらないものなんてないかもしれないけど、変えたくないって思うものもあると思う。
そしてそれって俺にとっては大切なもので・・・・由綺はどうなのかな?
過去に拘るのは悪いってわかりつつも、どうしても考えずにはいられない。
一人でぽつんと部屋にいて、テレビが垂れ流す音と映像だけが俺以外に存在している。
そんな時、やっぱり人は弱くなっちゃうんだと俺は思うよ。
だから、未来を見つめることが出来なくなるんだ。
音楽祭が終われば、また今までの俺達に戻れるだろうって、ずっと思い続けてきた。
でも、俺達の関係は変わらなくても、変わらずにはいられないと思う。
二人にとっては不本意な空白の時間が、俺のことも由綺のことも変えた。
それがいい方向に行けば、って俺は思ってるけど・・・実際はどうなんだろうな?
二人の想いを再確認して・・・・また二人で夢の続きを見られるかな?
由綺は夢を共有出来なかったって言ったけど、俺はそれでいいと思う。
って言うより、夢って共有するものなのかな?
厳しい話、人はやっぱり一人なんだし・・・自分と他人の区別だけは永遠になくならないと思う。
だから、由綺の夢は由綺の夢で、俺の夢は俺の夢なんだよ。
そして俺は、それが別々だってこと、悲しく思ったりしないよ。
それが、人なんだから。
でも、それじゃあやっぱり寂しいよな。
人は永遠に孤独だなんて。
だから、人は寄り添って、あたためあうんだよ。
俺は由綺のこと、一緒にいて大分知ってると思うし、そんな由綺の夢は俺の目にも綺麗に見えた。
そして夢に向かってはばたき続ける由綺を見て、それを叶えてやりたいって思った。
少なくとも俺は由綺の後押しをしてたと思うし、それが幾許かの成果をあげたことは何となく感じてる。
由綺の夢を叶えることによって、俺達の一緒にいられる時間が減るかもしれないって言う気持ちは常にあったよ。
でも、それでも俺は由綺の夢を大切にしてあげたかったんだ。
だって俺は由綺が好きなんだから・・・・
だから俺、由綺にはそれを負担に感じないで欲しいな。
俺は別に自分に無理してるつもりもないし、好き好んでしているんだから。
それよりも俺、今はまだ見つけてないけど・・・俺が自分の自分だけの夢を見つけた時は、由綺にも応援して欲しい。
自分の夢をしっかりと持ってる由綺から見れば、今の俺なんて情けないだけかもしれないけど、俺も由綺みたいに輝いてみたいんだ。
それがアイドルになるとか、そんな大きなことじゃないかもしれないけど、でも、それでも夢は夢だろう?
まだよくわからないけど、人それぞれの夢って、その人の一番大切なものだから。
俺もいつか、そんな何かを見つけられると思う。
そしてそれに向かって飛び立っていくと思う。
でも、やっぱり不安も尽きないと思う。
由綺はそのこと、知ってるだろ?
多分由綺は今の俺以上に、不安を感じているんだろうから。
俺はいつも、由綺のことを見ていたよ。
由綺には見えなかっただろうけど、いつもずっと応援してた。
でも、それでも由綺は俺の気持ちを信じきれなかったみたいで・・・・
ちょっぴり悲しかったけど、それでも由綺が今置かれている状況を思うと、俺も納得したよ。
由綺は俺以上に、孤独を感じてるんだもんな・・・・
だから、俺はこれからも由綺のこと、支えてあげるつもりだよ。
それが「好き」ってことなんだろうから。
好きだから、そんな大好きな由綺の夢がとっても綺麗だから、もっともっと綺麗にしてあげたいんだ。
そして俺のことだけど・・・由綺は俺と同じように考えてくれるかな?
俺の夢だから、応援してくれるかな?
やっぱり夢って孤独な戦いでもあるから、誰かに支えてもらいたい。
俺は、二人の関係をそんな風に位置付けたいって思ってるんだ。
まあ、お互い色々辛いこともあると思うよ。
でも、それが過去のものになったら、案外笑って語り合えるんじゃないかな?
現に俺達が夢見てる思い出も、その当時は深刻に考えていたこともあったんだろうし・・・
やっぱり所詮、過去は美化されるものなのかな?
だから逃げ場所にはもってこいで、ついついそこに逃げがちになる。
でも、それは今だけだと思う。
由綺が傍にいれば、俺は過去なんて見ないよ。
きっと、現実にそこにいる由綺しか見えていないだろうから。
そしてまた二人で夢を語り合おうよ。
由綺は由綺の夢を、そして俺は俺のまだ見ぬ夢を。
疲れている時も、元気いっぱいな時も、二人でいればそれなりに楽しいと思う。
お互いからかいあって、下らない話をして・・・・時にはキスもね。
俺、由綺が不安になったら、いつでも飛んで駆けつけるよ。
由綺も俺が風邪ひいて倒れた時、ちゃんと看病しに来てくれたもんな。
あんなに忙しかったって言うのに。
だから泣きたくなったら、遠慮せずにいつでも連絡して。
俺の胸を貸してあげるから。
やっぱり今の俺に出来るのはこれくらいだし、俺にしか出来ないことだし・・・・
そして俺も、どうしようもなくなったら、やっぱり由綺のところに行くよ。
由綺には仕事もあるし、あんまり無理はさせたくないけど、でも俺も人間だからね。
由綺には悪いかもしれないけど、俺は遠慮したりしないから。
今の俺にとっては、そういう存在は由綺ただ一人なんだし・・・・
音楽祭が終わったら、その夜は二人で語り明かそう。
今まで積もりに積もったことを、みんなぶちまけてやろう。
俺達の彩りに満ちたアルバムをひっくり返して、そしてまた大切に仕舞って置こう。
また今度、こういう時が来た時の為に。
そして最後に大笑いをした後で、二人で抱きしめあおう。
変わってしまった俺達の想いを再確認する為に。
俺達には変わってしまったものもたくさんあると思う。
少なくとも由綺は音楽祭に出場したスターなんだ。
やっぱり変わらざるを得ないのは事実だと思う。
そして俺も、由綺と離れ離れになって、改めて自分のこと、由綺のことを考えてみて、
どのくらいかはわからないけど変わったのは事実。
でも、変わってしまったからこそ、変わらないものが見えてくる。
俺はやっぱり、ずっとずっと由綺のことが好きなんだって。
由綺のことはどうかわからない。
でも、俺はこれだけは変わらずにいると思う。
だから・・・だから俺は由綺を抱きたい。
完全に俺の由綺にしてしまいたい。
・・・駄目かな、こういうのって?
とにかく音楽祭、頑張って。
そして俺、「よく頑張ったよ」って由綺のこと、褒めてあげるから。
実際、由綺は頑張ってきたもんな。
だからたまにはご褒美もないと・・・・
それから、心配させちゃってごめん。
俺のせいじゃないかもしれないけど、俺の責任もあるだろうし。
だから俺、今までそんなに言わなかったけど、これからは恥ずかしがらないことにするよ。
いつでもどこでも、素直に自分の気持ちを、由綺のことが好きだって口に出して言えるように・・・・
俺、音楽祭の会場に由綺を迎えに行くから。
そして終わったら、誰がなんと言おうと由綺を連れ去るよ。
何だか恥ずかしいけど、でも、俺達にはお互いが必要だから。
だから待ってて。
そして二人の時間を取り戻そう。
また現在を、そして未来を夢見られるように・・・・
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