私、雨の日って嫌いじゃありません。
昔。そう、一年前だったらこんな事は思いもしなかったけど、今は昔と違いますから。
一人って寂しかったんです。
誰も傷つけたくなくて、それでもやっぱり嫌われるのは辛くて、どうして良いかわからなくなって、ずっと自分を騙して生きてました。
そんな私を包んでくれた浩之さん。
私にとってかけがえのない大切な男(ひと)。
今までずっと一人だった私に優しく手を差し伸べてくれた人が、こんなにもすぐ傍にいてくれるんです。
それだけで私はとてもとても幸せなんです。
一日一日、それこそ毎日が素敵なんですよ。
ただ……
幸せ過ぎて、ちょっと怖かったりもします。
だから、昔は憂鬱になっていた雨の日だって嫌いじゃなくなっちゃいました。
「もう少しこっちに寄らないと雨に濡れちゃうよ」
浩之さんが心配そうに声をかけてくれたので、ちょっとドキドキしちゃう時もありますけど。
「えっ、あ、あの…」
「いまさら遠慮なんていらないだろ。ほら」
そう言って浩之さんは私の肩を抱き寄せるようにしてくれるんです。
浩之さんの体温が直に伝わってきて、それがとってもいとおしくて、顔が真っ赤に染まっているのを少し恥ずかしく思いながら、それでも浩之さんの腕に頬を寄せてしまいます。
でもやっぱり心配です。
だって私が雨に濡れないように浩之さんが気を遣ってくれるほど、浩之さんの反対側の肩はもう肌が透けるほどに濡れてしまっているんです。
「ダメです。浩之さんが風邪を引いてしまいます。そうしたら私、やっぱり悲しいです」
でも浩之さんはにっこりと笑ってこう言うんです。
「そしたら琴音ちゃんに看病してもらうさ。可愛い恋人が傍にいてくれれば、風邪なんてあっという間に治っちゃうよ。…もちろん琴音ちゃんが良ければだけどね」
「もっ、もちろんですっっ。私に任せてくださいっっ」
浩之さんの言葉に私は思わずそれぞれの手を胸元でぎゅっと握りながら声を荒げてしまいました。
見ると浩之さんは顔を俯かせてクスクス笑っていました。
きっとその時の私の顔は、ゆでだこみたいに真っ赤になっていたと思います。
とっても恥ずかしくって浩之さんと顔が合わせられなくて俯いていると、私の肩を抱いていた浩之さんの手に少し力が入っているようです。
「ありがとう。琴音ちゃんがそう言ってくれるだけで嬉しいよ。……オレって本当に幸せ者だよな。こんなに恵まれた男ってきっとオレぐらいのものだよ」
照れたように浩之さんが私を見てくれます。
でも違うんです。
違うんですよ、浩之さん。
浩之さんは私に逢えなくても、きっと他に素敵な女(ひと)を見つけることが出来たと思います。
でも、私はきっと浩之さんじゃなきゃ、浩之さんの温かい手が無かったら、ただ身を屈め、心の奥の奥で自分を蔑みながら何も出来ずにいたんですよ。
だから私は…
「そんな事無いですっ。私こそ浩之さんと出会えて救われたんです。浩之さんに逢えなかったら、きっと今だってこんな気持ちになれなかったです。浩之さんがここにいて、私を見てくれて、背中を押してくれたから、やっと足を踏み出せた……気弱でどうしようもなかったな私が、です。……私にとって浩之さんと巡り逢えた事が『奇跡』なんですよ」
と、力説していた私の身体が突然バランスを崩しました。
一瞬何が起こったか解らなくて、眼を何度も瞬かせます。
気がついたら浩之さんが、私の身体をその温かい胸に抱きしめていたんです。
「浩之さん?」
「…奇跡なんかじゃないよ」
珍しく(こんな言い方は変かもしれませんけど)浩之さんは真顔で私を見つめていました。
「そう。奇跡なんかじゃないさ。オレと琴音ちゃんの繋がりは『奇跡』なんて安っぽいものじゃないよ。もっと、もっと、大切なものだよ。だってこんなに琴音ちゃんの事が好きなんだから」
浩之さんの表情がとても眩しくて、眼を細めているとゆっくりと浩之さんが近づいてきます…
そうして浩之さんは私の頬をひと撫でして、軽く口付けてくれました。
私はただ、ぼぉーっとされるがままになって、それでも離れていく浩之さんの唇の感触を何時までも感じていたくなってしまいました。
「…浩之さん……私も……愛してます……」
私はゆっくりと瞳を閉じます。
涙模様の空の下で、花開いたひとつの傘のもと、浩之さんはゆっくりと私の唇を塞いでくれました……
私、雨の日って嫌いじゃありません。
だってこんなに私の事を想ってくれる人がすぐ傍にいてくれるんですからっ。