夢。


夢を見ている。


暗く、冷たい暗闇の底。

どろっとした『何か』が俺にまとわりつく。
光はずっと上の方。
遥か彼方。

手を伸ばしても届かない。

足掻く。足掻く。足掻く。
足掻く。足掻く。足掻く。
足掻く。足掻く。足掻く。

でも、少しも上に行けない。

足掻く。足掻く。足掻く。
足掻く。足掻く。足掻く。
足掻く。足掻く。足掻く。

何かが俺の足にからまっている。

まるで、俺を外に出さないように。

足掻く。足掻く。足掻く。
足掻く。足掻く。足掻く。
足掻く。足掻く。足掻く。
あがく。あがく。あがく。
あがく。あがく。あがく。
あがく。あがく。あがく。
あがく。あがく。あがく。
あがく。あがく。あがく。
あがく。あがく。あがく。

光は、いつも俺の手の届かない所にあった。



それでも、俺は手を伸ばす・・・





はるかそら


 作:山田@失楽園





俺は、手を伸ばす・・・



むにゅ。

あれ?なんだか、柔らかいものに手が触れた。

なんだろう?これは。

むにゅ、むにゅ。

両手でつかんで揉んでみる。


「こ・・・こういち・・・・」


ん?なんっっか嫌な予感が・・・・


「こ・・・こ・・・・このえっち、チカン!バカ!ヘンタイ!信じらんなああああああい!!!」


ドカッ!
ベコッ!
ガツッ!


いいパンチだ、梓、成長したな・・・

俺は、寝ぼけながら、再び、暗い闇の底へと沈んでいった・・・






















「で?アンタは寝ぼけてたって言うわけ?」

梓が俺のことを睨んでいる。
俺は、なんとか弁護しようと思ったのだが・・・
梓ににらまれると・・・うっ。怖い・・・
ここは、大人しく謝っとこう・・・

「ハイ。」

うう。我ながら、情けない・・。

「それにしても、アンタねぇ。起しに来た人間の乳を揉む?普通。」

「だからそれは・・・寝ぼけてたん・・・」


ギロリ。


(マジで怒ってるよ・・・)


「寝ぼけてました。ごめんなさい。梓さま。」


ふん。
と、鼻で息をしながら梓はそっぽを向いた。

「なかなか起きて来ないんで、起しに来たら・・・
 なんだか酷く、うなされてて・・・
 心配して覗き込んだら。

 ・・・いきなり乳を揉みやがって。
 この、ドスケベ。」


「だあから、それは。」


ギロ。


「いえ、なんでもありません。女王さま。」


フン。

「耕一。朝ご飯抜きね。」



「えーっ。」


俺の抗議の声も虚しく、
梓は既に廊下を歩いている。

ドスドスと、足音を響かせて。





「ふう。」

俺はため息をついた。

俺は柏木耕一。
どこにでもいる大学生。
だと思う。たぶん。



でも、最近、変な夢を見るようになっている。

半年前も、同じようなことがあった。

何故かは解らないが、
「柳川」という男の意識を
俺は夢という形で見ていた。

ソイツは身体の奥底から出てくるような「何か」を必死に押さえていた。

そして、「何か」に負け。

怪物と化して人々を襲った。





「あれから、もう、半年か。」

一人になった部屋で呟いてみる。


この隆山の家は俺の従姉妹、四姉妹の家なのだが、
なんだか東京にある俺の下宿よりも『自分の家』という感じがする。

そう、ここに来ると『帰ってきた』という気持ちになるのだ。

「・・・どうしてだろう・・・な。」

畳の敷いてある和室。
戸をあければ縁側があり、その外は庭がある。
季節は、春。
今は春休み。

桜の花が舞っている。






こんな時、俺は何か忘れているような気分になる。

何か、大切なことを。




(こういちさん)



誰かが俺を呼んでいるような。




「耕一さん。」




そう、確かに俺を呼んで・・・あれ?



「耕一さん、起きてますか?」


戸の陰に隠れるように、楓ちゃんが立っていた。


おそるおそる。といった感じで。

でも、俺には・・・

青空を舞い散る桜が、夜空を舞う火の粉に見えて・・・

影に隠れた楓が、誰かと重なる。






(周囲を照らす紅蓮の焔)

(沢山の人間の死体と、それ以上の鬼の死体)

(それらが撒き散らす生命の炎)

(そして桜の木の元には)

(世界で、一番綺麗な)

(愛する『エディフェル』の)

(亡骸)






「耕一さん、痛いです。」

気が付くと、俺は楓ちゃんを力いっぱい抱きしめていた。


「あ・・・ああ。ごめん。」



俺が楓ちゃんを放したとき。


俺は強烈な殺気を感じた。



「こ・う・い・ち。」



おそるおそる振りかえると・・・やっぱり梓だった。



「ま・・・まってくれ、これには、これには深い事情が・・・」



「問答無用!私の次は楓かあ!」


ビンタ、ビンタ、ビンタ、ビンタ、
ビンタ、ビンタ、ビンタ、ビンタ、
ビンタ、ビンタ、ビンタ、ビンタ、
ビンタ、ビンタ、ビンタ、ビンタ、
ビンタ、ビンタ、ビンタ、ビンタ、
ビンタ、ビンタ、ビンタ、ビンタ、
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ビンタ、ビンタ、ビンタ、ビンタ、
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ビンタ、ビンタ、ビンタ、ビンタ、
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ビンタ、ビンタ、ビンタ、ビンタ、
ビンタ、ビンタ、ビンタ、ビンタ、
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ビンタ、ビンタ、ビンタ、ビンタ、
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ビンタ、ビンタ、ビンタ、ビンタ、
ビンタ、ビンタ、ビンタ、ビンタ、
ビンタ、ビンタ、ビンタ、ビンタ、
ビンタ、ビンタ、ビンタ、ビンタ、
ビンタ、ビンタ、ビンタ、ビンタ、
ビンタ、ビンタ、ビンタ、ビンタ、

一息ついて。

ビンタ、ビンタ、ビンタ、ビンタ、
ビンタ、ビンタ、ビンタ、ビンタ、
ビンタ、ビンタ、ビンタ、ビンタ、
ビンタ、ビンタ、ビンタ、ビンタ、
ビンタ、ビンタ、ビンタ、ビンタ、
ビンタ、ビンタ、ビンタ、ビンタ、
アッパーカット。



















































夢だ。

















夢を見ている。





























月明かりの下。

数え切れない怪物を葬った男がいる。
いや、既に男は・・・怪物だった。
愛しいひとを無くし・・・
同時に心を失った怪物。
『鬼』
何処までも続く死体の山。
人の死体、鬼の死体。
瓦礫。残骸。廃墟。
引き裂かれた体から出た血の海と、
死体に突き刺さった刀と槍の山。
もし地獄があるのだとすれば、
それは正に地獄だった。
『鬼』は。
いや、俺は。
其処に一人、立っていた。

「グオオオオオオオオオオオオオオ
 オオオオオオオオオオオオオオオ
 オオオオオオオオオオオオオオオ
 オオオオオオオオオオオオオオオ
 オオオオオオオオオオオオオオオ
 オオオオオオオオオオオオオオオ!」

俺は雄叫びをあげた。

大地が震える。
大気が悲鳴を上げる。
血の海がざわめいて、
生命の炎が揺れる。
地獄に、鬼の雄叫びが響き渡る。




「グオオオオオオオオオオオオオオ
 オオオオオオオオオオオオオオオ
 オオオオオオオオオオオオオオオ
 オオオオオオオオオオオオオオオ
 オオオオオオオオオオオオオオオ
 オオオオオオオオオオオオオオオ!」


俺は、駆け出した。





既に俺は、当初の目的を失っていた。

『殺す』

それしか、俺の中には無かった。
最初は『鬼』。
しかし、鬼を皆殺しにしても、俺は止まらなかった。







いや。
殺戮に酔っていた。




(酔いは・・・いつか醒めるものです)

ダマレ。
生命の炎は美しい。
殺してやる。
皆殺しだ。







次に犠牲となったのは、鬼退治に出た討伐軍。
つまり、さっきまでの俺の部下。

生命の火は小さかったが、無いよりはマシだった。




(あなたが望んだのは、愛ではなかったのですか?)


ベキ。

煩い『声』を聞きたくなくて、近くにいた人間を殺す。
生命の炎を見ている一瞬だけ、俺は救われる。



 愛?なんだ、それは。
 そんなもの、単純な力の前には、何の価値も無い。


(でも・・)


ダマレ

俺は、殺戮を続けた。
だが、駄目だ。足りない。
何かが足りない。
こんなものでは満足できない。


その次は、村。

(誰かを想う心は・・・)

 愛が世界を救うとでもいうのか?くだらない。
 愛では誰も救えないのだ。
 だから、全てに死の抱擁を。
 死をもって、全ての生命は平等になれる。
 愛で世界を救えるのなら、俺からこの村を救ってみせろよ。

俺が村人に見つかって数分。

あっという間に、生命の炎は燃え尽きた。

だが駄目だ。
駄目だ。駄目だ。駄目だ。駄目だ。駄目だ。駄目だ。駄目だ。
目だ。駄目だ。駄目だ。駄目だ。駄目だ。駄目だ。駄目だ。駄
だ。駄目だ。駄目だ。駄目だ。駄目だ。駄目だ。駄目だ。駄目
。駄目だ。駄目だ。駄目だ。駄目だ。駄目だ。駄目だ。駄目だ



(姉を・・・エディフェルを救えなかったとはい  

俺はエディフェルを守れなかったんだ!
愛では、誰も救えないんだ!!!


くそう。駄目だ。

こんなものでは満足できない。

渇いて、いる。
渇いている。
渇いている。渇いている。渇いている。渇いている。
渇いている。渇いている。渇いている。渇いている
俺の中の何かが渇いている。

渇望している。


だから生命の炎を求める。
次から次へと。
またひとつ、村が消えた。


餓えている、餓えている、餓えている。
何かが足りない。

だから、殺してやる。

殺してやる。殺してやる。殺してやる。殺して
やる。殺してやる。殺してやる。殺してやる。殺
してやる。殺してやる。殺してやる。殺してやる


またひとつ、村が消えた。



「グオオオオオオオオオオオオオオ

 オオオオオオオオオオオオオオオ

 オオオオオオオオオオオオオオオ

 オオオオオオオオオオオオオオオ

 オオオオオオオオオオオオオオオ

 オオオオオオオオオオオオオオオ!」





「悲しい、声。」


俺が振り向くと、そこに女がいた。
リネット。
コイツも鬼だ。
コイツ等と同じ鬼だ。
殺してやる。

殺してやる。殺してやる。殺してやる。殺して
やる。殺してやる。殺してやる。殺してやる。殺
してやる。殺してやる。殺してやる。殺してやる

生命の炎を見る一瞬だけ、俺の心は充たされるのだから。


だから、お前も殺してやる。


「それでは、何故あなたは殺し続けるのですか?」


一瞬しか満たされないからだ。


「悲しい、ひと。」


何を、いう。命乞いか?


「何故あなたは殺し続けるのですか?」


一瞬しか


「本当は、あなたも、もう解っているのでしょう?」


なにをわかっ


「こんなことを続けても、あなたの心の痕は、癒えはしないのです。」

殺してやる。

殺してやる。殺してやる。殺してやる。殺して
やる。殺してやる。殺してやる。殺してやる。殺
してやる。殺してやる。殺してやる。殺してやる
コロしてヤる。コロしてヤる。コロしてヤる。コ
ロしてヤる。コロしてヤる。コロしてヤる。コロ
してヤる。コロしてヤる。コロしてヤる。コロし
てヤる。コロしてヤる。コロしてヤる。コロして
犯る。コロして犯る。コロして犯るコロして犯る。


コロして、ヤる。




俺は、リネットの首に手をかけた。


・・・ゆるして・・・

はは、は。
あれだけ言ってたくせに、
今更命乞いか?

・・・もう・・・ゆるして・・・

許せるか!今更、お前等を!世界を!全てを!

・・・もう、ゆるしてあげてください・・・

ゆるしてあげろ?。誰を?俺は許さない。何もかも、全てを。
皆殺しにしてやる。みんな、炎になってしまえ。


・・・あなた自身を・・・






え?





・・・姉を、守れなかったあなたを・・・
・・・無力だった、あなたを・・・



あなたは・・・だから、強くなりたかったのでしょう?








・・・俺は・・・俺はっ・・・








・・・愛で世界は救えないかもしれない・・・













・・・私には、貴方から、何も守れないかもしれない・・・












・・・でも・・・












・・・あなた一人なら、救えるかもしれない・・・


























目が覚めた。

「知らない天井だ・・・」

などど、お約束のボケをかました後、
起き上がる。




「あ、お兄ちゃん、目が覚めた?」


初音ちゃんだ。


「ああ。」



「ねえ、お兄ちゃん。怖い夢、見てたの?」



「えっ?」




「なんか、うなされてたから。心配だったの。」




くす。


思わす笑みがもれてしまう。

この子が愛しい。

俺はそう思った。

「初音ちゃん。」


俺はそう言って、初音ちゃんの腕をとり、引き寄せた。


ぎゅっと、抱きしめて、頭を撫でる。


「初音ちゃん・・・」
「お兄ちゃん・・・」







しかし・・・その瞬間、後ろに殺気が・・・



「こ・う・い・ち。」



おそるおそる振りかえると・・・やっぱり梓だった。



「ま・・・まってくれ、これには、これには深い事情が・・・」



「今度は初音かあ!お前って奴は、ほんっっっとに見境いないな!」



ドカ。
ゲシッ。

バキッ!














一通り、梓が暴れた後。
俺は、月を見上げていた。

桜が舞っている。

ここにいると、本当に『帰ってきた』ような気がする。

俺は何か、大切なことを思い出しそうになるのだ。

リネットか。

ずっと昔、俺を救ってくれたひと。

あのやさしさは、どこか、初音ちゃんを連想させる。




足音がする。
この足音は・・・

「お兄ちゃん。梓お姉ちゃんが、夕食できたって。」

初音ちゃんはそれだけ言うと、
パタパタと、足音を響かせて
食堂に行ってしまった。

俺は、起き上がると大きく伸びをして、
それから食堂に向かった。






はるかそらに。
ただ月だけが、変わらなかった。


素晴らしい作品を下さった作者の山田@失楽園さんに感想を是非。

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