酒を飲んで、女を抱いて・・・
それで一体、何になれるというのだろう?
『もしも、えいえんが。』
作:山田@失楽園
ある日、ふと空を見上げてみた。
夕日が世界をあかく染め上げていた。
僕は歩いていたのだけれど、
その時、ふと、僕は帰り道を歩いているような気分になった。
帰り道。
ここでは無い、どこかへの帰り道。
『えいえんは、あるよ。』
誰かの声が聞こえた気がした。
僕は、折原浩平。
今年で26才になる。
大学を出て会社に入り。
すぐに結婚して・・・今年で3年目になる。
相手は高校の先輩。
川名みさき・・・今では折原みさきだ。
『えいえんは、あるよ。ここに、あるよ。』
こんな夕日の日には、忘れていた何かを思い出しそうになる。
僕は、そんな『何か』から逃れたくて。
今日も酒を飲んでいる。
まるで胸に穴が開いているようで。
まるで胸に風が吹いているようで。
忘れるために、友人を求め
忘れるために、酒を飲んだ。
酒を飲んで、女を抱いて。それで一体、何になれるというのだろう。
「ただいま。」
「おかえりなさい。あなた。」
パタパタと足音をきかせて。妻が迎えてくれた。
「お酒・・・飲んできたんだね。」
「ああ。」
「毎日だと、身体に悪いとおもうよ。」
「ああ。」
「ご飯、できてるよ。」
「ああ。」
僕は妻の横を通り過ぎた。
妻は、目が見えない。
しかし、この家の中なら、不自由はしていない。
彼女が何不自由無く動けるのは、この家と・・・
正面にある学校だけだ。
最近は、街に買い物に出かけたり食事を作ってくれるようになった。
街の人達は、妻にやさしい。
なのにどうして、僕だけが浮いているような気がするのだろう?
「あのね。」
「ああ。」
「あんまり、お酒飲み過ぎると、身体に良くないよ。」
「うるさいなぁ。」
「ごめんね。」
イライラする。
そんな自分が嫌で。
そんな自分を見たくなくて。
僕は、今日も、妻を抱いた。
酒を飲んで、女を抱いて。
それで一体、何になれるというのだ?
「いってらっしゃい。」
「ああ。」
もしかして、まだ僕は。
ここでは無いどこかを求めているのだろうか。
『世界の果て』を。
その向こうの『えいえん』を。
僕は、古い友人達と。
やっぱり今日も、飲んでいる。
でも、彼らと別れた帰り道。
どうして胸に風が吹くのだろうか。
『えいえんはあるよ。』
『ここに、あるよ。』
「ただいま。」
遅くなって帰宅する。
いつものように。
しかし、今日は、妻が迎えに出て来ない。
胸に漠然とした不安を抱えながら。
僕は家に上がった。
リビング・・・キッチン・・・寝室・・・風呂場まで。
探したけれど、どこにも居ない。
「みさき。」
答えてくれる人はいない。
僕は、
外へ探しに出た。
もしかしたら、どこかで事故に遭ったのかもしれない。
もしかしたら、なにか事件とかに巻き込まれたのかもしれない。
もしかしたら。
妻は、目が見えないのに。
どんどん悪い方に考えが流れてしまう。
商店街・・・二人で出かけた店・・・居ない。
公園・・・僕が一度消えた公園・・・居ない。
川沿いの道・・・僕が手を引いて案内した道・・・居ない。
桜並木・・・
くたくたになるまで走りまわって。
そして、僕は、家路についた。
家の前まで帰った時。
少しだけ、強い風が吹いた気がした。
だから・・・僕は空を見上げたのかもしれない。
大きな月が空に浮かんで。
校舎が黒い影をつくっている。
そして・・・
校舎の上に、人影があった。
僕は、走り出していた。
階段を二段・・・三段飛ばしで駆け上がる。
昔のようには身体が動かない。
息が切れる。
それでも僕は、走り続けた。
そうしなけりゃ、いけないような気がした。
「立入禁止」
そんな看板を無視して、屋上のドアを開ける。
すると。
ぶわっと。
外の冷たい空気が吹き込んだ。
風・・・と言うよりは、
空気の塊を叩きつけられたような感じだ。
そして・・・
その女(ひと)は、そこに佇んでいた。
長い黒髪を、夜風に吹かせて。
月明かりに、やさしく照らされて。
無意識だった。
気がつくと。
僕はみさき先輩に・・・みさきに・・・抱きついていた。
「来て・・・くれたんだね。」
「ああ。」
「来てくれないかと思ってた。」
「ごめん。」
「やっぱり・・・私、重荷になってるのかな?」
「違う・・・」
「ねえ、いい風だね。」
「ああ。」
「何点かな?」
「65点」
「辛口だね。」
「だって・・・風は、いつも僕の胸に吹いているから。」
「そう。」
「風は、僕を世界の果てへと・・・ここでは無いどこかへ誘うから。」
「でも。」
「?」
「でも、風が吹いていたから。私達は出会ったんだよ。きっと。」
僕は、強くみさきを抱きしめた。
「少し、痛いよ。」
僕は、抱きしめていた。
「泣いてるの?」
僕は、抱きしめていた。
冷たく澄んだ空が。
星々をまたたかせていた。
「ねえ。どうして家に帰って来なくなったの?」
「解らない。」
「そっか。解らないんだ。」
「うん・・・でも。」
「でも?」
「イライラしていた。
小さい頃。
もしかしたら、僕は何かになれるんじゃないかと思っていた。
もしかしたら、僕はどこかへ行けるんじゃないかと思ってた。
でも、僕は僕のままだし、僕はここにいる。」
みさきは、そっと僕の手に触れた。
「友達と酒を飲んだ。
そんなことは忘れようとした。
でも、やっぱり思い出すんだ。」
みさきは、やさしく僕の手に触れている。
「酒を飲んで女を抱いて。それで一体、何になれるんだろう?って。」
みさきは、
僕の手を取って、自分の下腹部に当てた。
「『父親』だよ。」
「えっ?」
「誰でもみんな。いっぱい悩んで。そうやってお父さんとお母さんになるんだよ。」
僕の手の下で。鼓動が聞こえたような気がする。
「風とかやさしさとか。
目に見えないけど、
大切なものは、
いっぱいあるんだよ。」
父親に捨てられ。
母親に見捨てられ。
妹は救えなくて。
全てに忘れられて、一度は「えいえん」を選んでしまった僕が。
本当に、父親になんか、なっていいのだろうか?
僕も、僕の父親のようになってしまうんじゃないだろうか?
「大丈夫だよ。」
みさきは、僕の手をつつんだ。。
「私は目が見えないけれど。人を見る目はあると思うんだ。」
ああ、そうか。
僕は、いままで。
幸せだとか、えいえんだとか。
そういうものは。
ここでは無いどこか。
懐かしい風吹く空の上。
夕日の焔が照らす街。
月の裏側。
世界の果て。
えいえんの世界。
そんな所にあるのだと・・・
僕には関係の無いところにあるのだと・・・
そう思っていた。
ちがう。
そうじゃないんだ。
幸せは、ここにある。
もしも・・・この世界に、えいえんのものがあるのだとしたら。
「え?」
僕は口に出していたようだった。
「もしも、この世界に、何かえいえんのものがあるのだとしたら。
それは、こういうことの繰り返しなのかもしれない。」
多分。
僕を捨てた父親も。
僕達を見捨てた母親も。
さっきまでの僕と、似たような気持ちを持っていたのかもしれない。
「だから・・・この子の名前は。みさおにしよう。」
えいえんは、ここにあるから。
きっと。
だから、君にも。
God's in his heaven,all's right with the world.
追伸:
「みさき」が「みさお」を産んだのは。それから約9ヶ月後のことだった。
みさきは少し、長めに入院したようだが。
今のところ元気である。
僕はと言えば・・・友人達と、
それまでとあまり変わらない日々を過ごしている。
ただ、酒の量は減ったみたいだ。
誰かが、僕をどこかに誘う声が聞こえたら。
僕は、その誰かにこう言っている。
えいえんは、ここにもあるよ。と。
素晴らしい作品を下さった作者の山田@失楽園さんに感想を是非。
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