――ちりん。 軒下から風鈴の澄んだ音が響いた。 揺らす夜風が縁側に置いた蚊取り線香の煙を運んでくる。 「夏も終わり、か……」 手持ち無沙汰で何となく団扇をくるくると手の中で回転させる。 初秋の夜風は、風呂上がりの縁側を一番の特等席へと変えていた。 ――ちりん。 風鈴についた短冊が揺れる。 秋の虫が、競うように鳴き声を奏で始めた。 闇に隠れる茂みから、視線をそのまま上へ。 見上げると、月は大きく輝いていた。 あの夏の日から、少しも変わらずそこに在り続けて―― 夢、結びてWritten by Eiji Takashima
「月、綺麗ですね……」 ふと、声が聴こえた。 顔を向けると、声の主はそのまま隣に腰を降ろす。 「あ、楓ちゃんもお風呂あがったとこ?」 ほんのりといつもより頬が赤い。 いや、頬だけでなく肌全体が上気しているように見えた。 「はい、耕一さんの次に」 そう言って、表情を綻ばせる。 かつてはもっと頑なだったその眼差しも、今では生まれ変わったように穏やかさを見せるようになった。 「そっか、じゃあ……」 「はい……」 夜涼み。 穏やかな風に吹かれて、そっと月を見上げる。 あの夏は終わった。 そして、夏はまた巡る。 縁側に並んだ俺達は、あの月に言葉には言い尽くせない何かを感じていた。 「月、ほんとに綺麗だな……」 だから見上げる。 もちろん、答えはない。 月がそこにあって、輝き続けてくれるならそれで……。 俺達には、それで十分だった。 俺、柏木耕一は、去年に引き続いて郷里の隆山に来ていた。 季節は夏の盛りから、次第に秋の気配を感じさせ始めて、この少々長めの休暇も終わりを迎えようとしている。 そのせいか、夜になるとみんな別れを惜しんで、俺と話す時間を作ろうとしてくれた。 年齢順なのか、昨日は初音ちゃん。そして今日は、どうやら楓ちゃんのようだった。 「耕一さん、お帰りは……?」 ほんの少しの上目遣いで。 楓ちゃんは俺に訊ねる。 話の尽きない初音ちゃんと打って変わって、楓ちゃんは言葉少ない。 必要のあるなしに関わらず、これは彼女達の魂の色に起因しているのだろう。 「どうだろ? まあ、大学が始まるまでには帰らないとな」 居心地のいい場所。 俺にとっても大切な場所。 そして、俺が必要とされる場所。 そんなこの柏木家に、結局今回もだらだらと居座ることになった。 「大学の課題の方は……」 「まあ、なんとか。こっちに持ってきて正解だったよ」 数多い失敗を重ねながらも、これだけは大成功だった。 出されていた課題を全部持ってここに来たおかげで、この夏中ずっと滞在し続けることが出来たからだ。 「よかったです」 楓ちゃんは薄く微笑んでいる。 でも、そんな素直な感情の中に、寂しさのようなものも滲んで見えた。 「また、冬には来るからさ」 「……はい」 夏が終われば、次は冬。 こんな時、俺はいつも距離を感じさせられる。 楓ちゃんはただ喜んでくれるけど、きっとそれ以上の想いを胸に秘めているはずだ。 「そうだ、クリスマスプレゼント、何が欲しい?」 「耕一さん、気が早すぎます」 くすりと笑う。 俺も合わせて小さく笑った。 「あ、団扇、貸して下さい」 「え?」 唐突に、そう言われる。 俺は疑問の声を上げるも、反射的に持っていた団扇を差し出した。 「扇ぎます」 そう宣言して、ゆったりと団扇が風を送り始めた。 「あ、別にいいって」 「……させて下さい」 あくまでそう主張する楓ちゃん。 その瞳と語調に強さを感じて、俺はそのまま団扇を彼女に委ねた。 そしてゆらゆらと俺を扇ぎながら、楓ちゃんは語り始める。 「耕一さんに、聞いて欲しいことがあるんです……」 「ん、何か悩みでも?」 「はい、それに近いことだと思います」 楓ちゃんは扇ぐ団扇に視線を落としたまま、俺に肯定で返した。 こっちに目を合わせようとはしない。 「どうしたんだい?」 「はい、私、夢を見るんです……」 囁くような言葉。 虫の音にも負けそうな細さ。 でも、確かに俺の耳には届いた。 ……そう、夢だ。 「夢? 夢って、あの……」 「違います。いえ、違う……と、思います……」 楓ちゃんは言葉を濁した。 それは俺に隠すというよりも、本当に自分でもよくわかっていないような感じだった。 「耕一さん」 手が止まる。 顔が上がって、その瞳がこっちに向いた。 「楓ちゃん?」 「夢は……私達の夢は、本当に終わったんでしょうか?」 不安そうな顔。 しかし、夢を語るにはあまりに現実を示した表情だった。 「当たり前だろ、楓ちゃん。俺は君のことを思い出したし、鬼を制御することも出来た。それ以上に何があるって言うんだ?」 既に一年を経て。 俺達は平和な時を満喫していた。 それは気の緩みというよりも大きな前進で、不安など少しも感じてはいない。 「……もしかして、また別の鬼が?」 俺達の中でも、こういった感知能力が一番強いのは他ならぬ楓ちゃんだった。 もしや何かを感じ取ったのではないかと、俺は一瞬緊張を強める。 「違います。そういうのじゃないんです」 「えっ、じゃあ一体……」 即答した楓ちゃんに、俺の予想はあっさり打ち消された。 肩透かしを食ったような俺のリアクションに、楓ちゃんは慌てて済まなそうな表情を見せる。 「夢はまだ、終わっていない……そう思うんです」 「終わってないって……」 「ずっと考えてきたんです。どうして私達が、この星にいるのかって」 強い風に、遠くでさわさわと竹が揺れた。 まるで邪魔するように、楓ちゃんの言葉を乱してゆく。 でも、彼女の思考は変わらない。 そして、俺に届いた言葉も。 「それって……」 不満はない。 不安も、きっとないと思う。 ここは俺の故郷だと断言できるし、これからもそうだろう。 でも、月と星が囁く。 呼応するように、心が震える。 俺達はいつか、あの星々の彼方に旅立たねばならない、って。 「わかってます。でも、それともまた、違うんです」 楓ちゃんは俺の思考を察して否定する。 そして、惑う俺を支えるように、微笑みを見せて続けた。 「私達は、どこから生まれたのか、と……」 「えっ?」 「星船からやって来た、異なる星のひとびと。その、末裔、ということになっています。でも……」 そのことは、内からも外からも、聞き知っていた。 だからもう、今では驚かない。 俺が柏木耕一であるのと同じくらいに、自然に感じていた。 「でも、彼らは、人ではありません」 鬼。 じゃあ、鬼ってなんだ? それはあくまで抽象的なもので、非人間が伝説化したものに過ぎないだろう。 「……何が言いたいんだ?」 揺さぶられる。 不安なんて、もう感じなくてもいいはずだったのに。 でも、どうして彼女はこんなことを言うのだろう。 「確かに、人が鬼の子を宿すことは可能かもしれません。でも、彼らにはそんなこと、意味なんてないんです」 「意味ないって……奴等はその……」 「はい、男は皆、女性を犯したでしょう」 淡々と語っている。 あまり、楓ちゃんのような少女の口からは聞きたくない言葉。 でも、現実がそれ以下でない以上、彼女ははっきりと表現する性格だった。 「なら、子供だって産まれるはずだ。違うかい?」 「産まれません」 「どうして? だったら俺達はこうして……」 「エルクゥは、犯した女を殺します。同族はともかく、下等な異星の女など、愛する意味なんてないのでしょうね」 やりきれない笑みを見せる。 口の中に苦いものが広がり、俺は楓ちゃんに触れようとした。 「楓ちゃん……」 「でも、耕一さんは違います。そして、私も……」 触れた手に、そっと重なる指先。 温もりは、確かなものだった。 「愛することが出来ます。違いは、そこにあるんです」 「ああ……」 仕種で愛を語らいながらも、楓ちゃんの表情は屹然としていた。 流されることなく、強く訴え続ける。 「私達は違います。だって私達は……次郎衛門から生まれたものだから……」 そう、俺達は完全な鬼じゃない。 双方の血を継いだ、人鬼だ。 「そうだな」 それが俺達の救い。 人として、大切なものを守り続けられる限り、その血が星を望むことはないだろう。 でも、楓ちゃんは―― そう、星を、月を、瞬く星座を見ていた。 「……耕一さん」 「うん?」 「エディフェルは、もうどこにもいないんですね……」 月を見る横顔。 遠い遠い眼差し。 それは俺達がエディフェルの血を継いでいないことへの哀しみだった。 「私は、エディフェルの記憶を持っているのに、エディフェルではないんです。それが、私を苦しめるんです。だって、だって彼は……」 彼はエディフェルを抱いた。 彼女を魂から愛した。 結果、小さな魂は、今ここに宿っている。 でも、その器は違う。 彼は彼女との子を成さなかったのだ。 「耕一さん、私……」 触れ合う指先は震えていた。 そして、縋るように、俺の指先を探っていた。 「楓ちゃん……」 軋む音が聴こえる。 それは、身体と心がひとつになれずに足掻いている音。 そんな耳には届かぬ軋みを、俺は指先から感じ取っていた。 「かつての夢は、苦しいものでした。でも、同時に甘やかなものでもあったんです。それなのに、今度の夢は苦しくないのに、なんだか不安で、怖くて……」 ぎゅっと握ってあげる。 ただ、その手を強く。 言葉を重ねても、意味なんて何もない。 慰めよりも、他のどんな何よりも、今必要なのは、ささやかな温もりだった。 「夢は終わってなんかいないんです。ううん、もしかしたら、始まりすらエディフェルじゃなかったのかも……」 「えっ?」 「悲恋は繰り返されているんです。エディフェルもきっとそのひとつ。そして、何人も何人も……」 結ばれて、結ばれなくて。 今、やっと結ばれた俺達だけど、同じような悲劇が待っているかもしれない。 楓ちゃんは、ただそれを恐れていた。 「だから……耕一さんの子供は……」 「楓ちゃん?」 「耕一さんの子供は私でなく、初音が産むかもしれません……」 「えっ?」 構図は知っていた。 でも、それを知るのは俺と楓ちゃんのみ。 前世なんて関係ないと、俺は彼女だけを愛した。 ただ、楓ちゃんの指摘はある意味正しい。 千年を経た妙な因果に、俺は戦慄を覚えていた。 「そんな、そんな馬鹿なことが……」 「きっと、関わった者は皆、そう思ったでしょうね」 透明な笑み。 それは諦めの眼差しなのだろうか。 「そんなこと、ない……」 「声が震えてます、耕一さん」 「でもっ、俺達の意思は関係ないって言うのか? そんな、運命には逆らえない、みたいなのは……」 「不健康かもしれませんね。でも、運命によって結ばれた私達が、運命を否定するのはおかしいはずです」 動揺する俺をよそに、楓ちゃんは淡々と語る。 まるで、それが既に決まっていることでもあるかのように。 「そりゃ確かにそうかも知れないけど、でも、それじゃあんまりだろう!」 「あんまり、です。私も、そう思います。だから……」 月は見ていた。 星も、俺達を照らしている。 濡れた瞳は、俺をしっかりと捕らえて離さない。 いつのまにか、楓ちゃんは上目遣いで俺に迫っていた。 「だから、産みたいんです。耕一さんの、そして私の子供を……」 「楓ちゃん……」 「いつ、運命が私を追いかけてくるかわかりません。ですから、それよりも先に……」 エディフェルが何を求めていたのか。 それは次郎衛門にすら、わからなかったろう。 楓ちゃんの不安は、エディフェルの不安とイコールではない。 でも今は、迫る運命を背中に感じていた。 「……いいの? 楓ちゃん、まだ高校生だけど」 「死んでしまえば、もう手遅れです。その前に、私は子供が欲しい」 子供を産みたい心理は、男には絶対に理解できないだろう。 でも、その切なる願いを受け止め、叶えてあげることは出来る。 「わかった。俺でいいのなら……」 「耕一さんじゃないと駄目なんです。耕一さんじゃないと、私が愛した、柏木耕一でないと」 俺は次郎衛門じゃない。 楓ちゃんはエディフェルじゃない。 でも、運命というのは明らかに存在していて、俺達は全て、その大きな輪の中に組み込まれている。 「耕一さん、夢は、存在すると思いますか?」 問い。 俺達にとって、大切なキーワード。 だからこそ、とても重い問いかけだった。 「……楓ちゃんは、どっちがいい?」 「夢は、ある方がいいと思います。人を好きになるって、夢見るようなものだから」 微笑みがそこにある。 経緯はどうあれ、俺は彼女を好きになり、彼女も俺に恋した。 夢から始まり、そして夢に……いや、夢はまだ終わらない。 終わらせちゃならないんだ。 「そっか」 「夢と夢がひとつに結ばれて、そして実になるんです。その実は――」 「……子供?」 「はい、私と、耕一さんの赤ちゃんです。エディフェルは、子供を産めずに逝ったけど……」 結ばれなかった夢は無数。 でも、中には結ばれた夢もあるはず。 求めて、求め合って、そして今、俺達がここにいる。 夢の結実は、全てに息づいているんだ。 「抱いて下さい。そして愛して下さい。私は今、あなたの子供が欲しい……」 楓ちゃんが求める。 そして俺は―― 「わかったよ。俺も、楓ちゃんの子供、見てみたいな」 「違いますよ、耕一さん。私の子供じゃないです。私達の、ですよ」 「ああ、そうだな」 月だけが、俺達を見ていた。 星々の囁き声が微かに聴こえてくる。 初秋の夜空の下、ふたつの夢が出逢った。 そして今、夢は結ばれてゆく……。 「あの、どうぞ、入って下さい」 招かれて、楓ちゃんの部屋に入った。 あまり変わらない景色が落ち着かせると共に、かつての出来事を思い起こさせる。 「お邪魔します……」 そっと滑り込むようにドアを潜る。 夜も更けたせいか、辺りは音もなく静まり返っている。 「鍵、かけますね」 楓ちゃんはそう言うと、カチャリとドアの鍵を締めた。 「あの、姉さん達が気付くと困るから」 恥ずかしそうに言う。 縁側での態度が嘘のように、少女の仕種を見せていた。 「いつもみたいに、みんなのいない時にしようか?」 気遣って問う。 でも、楓ちゃんは首を横に振った。 「先送りにすることは、いつだって出来ます。でも、後悔するのは決まって、そういう時なんです」 「確かにね」 「気にしないで下さい。声、出さないように頑張ります」 毅然とした態度。 冗談でなく本当に頑張ろうとする様子が、俺には見て取れた。 「期待してるよ。でも、無理かもな。だって楓ちゃん、凄く感じやすいから」 「……も、もう、耕一さんったら」 照れてぽかっと俺の胸を叩く。 でも、俺はそんな拳を捕まえて、そして包み込んだ。 「あっ……」 「聞かれたっていいだろ? そのための、鍵なんだしさ」 「私は、別に……」 「子供を作るのは、決して恥ずべき行為じゃないよ。俺も楓ちゃんも、そしてみんなも、そうやって生まれてきたんだから」 きっと、千鶴さん達も祝福してくれるだろう。 もしかしたら、産まれてきた子供には、俺達よりも猫可愛がりするかもしれない。 何となく、そんなビジョンが見えた。 「はい、だから見られなければ」 「確かに、俺も子作りしているところを誰かに見られるのは勘弁して欲しいな」 「はいっ」 気持ちが通じ合った。 俺の頬も、楓ちゃんと同じくらい上気していることだろう。 「耕一さん、真っ赤ですよ」 「楓ちゃんも」 小さく笑う。 お互いに、不思議と新鮮だった。 「耕一さん、気付いてますか?」 「えっ、何に?」 「ここでするの、実は二回目なんです」 「じゃあ……」 「はい、あの日以来、初めてです」 「そっか……」 新鮮な感情。 胸がドキドキして、まるで好きな娘を初めて抱く瞬間のような。 その原因は、楓ちゃんが指摘した通りだろう。 「だから、あの日と同じ、そんな気持ちで耕一さんに愛されることが出来ると思うんです」 「俺も、楓ちゃんと同じかな。あの日、自分の気持ちに気付いて、楓ちゃんを愛したいと思って……」 気持ちは同じだった。 さっきの月下の告白が、ほとんど似た状況を作り上げていた。 「……好きです、耕一さん」 そっと瞳が閉じられる。 小さく背伸びして、俺のキスを求めた。 「好きだ、楓ちゃん……」 棒のように身体を真っ直ぐに硬直させて俺の口づけを待つ楓ちゃん。 俺は両腕で包み込むと、そのまま唇を重ねた。 「ん……」 ただ、じっとしている。 唇も、ぎゅっと重ねるだけ。 でも最初のキスなんて、大抵はそんなものだろう。 そういう意味では、俺達は正しく手順を踏襲していた。 「んふ……」 しばらくして、唇を離す。 楓ちゃんの唇は微かに塗れて月明かりに光っていた。 「キス、これで何回目かな?」 何となく訊いてみる。 すると楓ちゃんは自分の机に向かうと、引出しを開けて手帳を取り出した。 「あの、ちゃんとしたのだと、恐らく六十八回目です」 「って、数えてたの?」 「はい。あ、でも、ちゃんと数えられたのだけです。耕一さんが入ってて、凄く動いてる時に何度もしてくれるキスは、数えられなくって。だからそういうのは、一回でカウントしてます」 恥ずかしそうに、そして申し訳なさそうに楓ちゃんは語る。 俺はその事実を耳にして、唖然としていた。 「……どうしました?」 「いや、ビックリしてるとこ」 「キスは、大切ですから。それに、うれしいし……」 はにかんで言っている。 そんな自然にするキスを、大切に思ってくれることが嬉しい。 「有り難う、楓ちゃん。俺もうれしいよ」 「そう言ってくれて、私もうれしいです」 楓ちゃんの想いの強さは知っていた。 でも、それはただのつもりだったのかもしれない。 少なくとも、俺よりもずっと大切に思ってくれて、それに気付かなかった自分が恥ずかしい。 と同時に、そんな楓ちゃんに応えたい、同じくらい愛したいという気持ちが、俺の中で沸き上がっていった。 「あと、その……」 俺が感極まっていると、楓ちゃんがもじもじしながら言いづらそうにしていた。 「どうしたの?」 「あ、はい、あと、耕一さん、赤ちゃんできること、いつも気にしてくれてたから……」 「うん?」 「あの、できちゃう日、調べてたんです。大丈夫な日は、そのまま入れてもらってもいいように」 確かに、こっそり楓ちゃんとえっちしていた時は、そんな類のやり取りがあった。 でも、やっぱり妊娠の危険性があるからと、俺は必ず避妊をしっかりしていた。 「そうだったんだ……」 「はい、だから」 そう言って、楓ちゃんは手帳を広げて俺に見せる。 「今日は、ちょっとだけ危険な日です。あ、危険じゃなくて、ラッキーデーでしょうか」 「ラッキーデーって……」 少しおどけた様子の楓ちゃんに呆れる。 でも、こういうのも何だかうれしい。 俺が楓ちゃんのことを大切にしていたのと同じくらいに、楓ちゃんも気にしていてくれた事実に、俺は頬を緩ませていた。 「ごめんなさい、でも……」 「いや、気にしなくても」 「はい、だから耕一さん、今日は頑張って下さいね」 笑顔で応援される。 何だかどうも、既に結婚した夫婦のような会話だった。 「わかったわかった。じゃあ、今晩は何回チャレンジする?」 「出来るだけ」 「え、出来るだけ?」 「はい、出来るだけです。だから頑張って、いっぱい私の中で出して下さいね、耕一さん」 楓ちゃんはにっこりと笑っている。 その笑顔自体は嬉しいものの、高校生の言う台詞じゃない。 俺は戸惑いながらも、楓ちゃんに手をかけた。 「じゃあ、始めるよ……」 「はい……」 楓ちゃんは簡単な浴衣姿だった。 とは言っても、今日が特別なのでもなく、これが最近のお気に入りだったりする。 俺は帯に手をかけると、すっと引いた。 結び目は簡単に解けて、すとんと下に落ちる。 「あ、拾います」 そう言うと、楓ちゃんは屈んで落ちた帯を拾った。 そしてベッドの片隅に置くと、また同じようにその全身を俺に委ねた。 「お願いします、耕一さん」 「ああ」 襟元に手をかける。 そのまま下に降ろすと、あっけなく浴衣の前が開いた。 「ごめんなさい、下着、つけてます」 「あ、いや別に」 少し気になるらしい。 でも、浴衣の下が全裸であることを求めたりはしない。 俺は軽く苦笑しながら、楓ちゃんに触れた。 「んっ……」 白いプラジャーとショーツ。 シンプルな下着が楓ちゃんらしい。 俺は胸に手を当てると、軽く揺するように動かす。 「……ごめんなさい、小さくて」 小さなふくらみ。 一年経った今でも、あまり変わりはない。 「いや、ちょうどいいよ」 「でも、耕一さんは触ってても気持ちよくないから」 楓ちゃんの薄い胸。 最近は初音ちゃんの追い上げが気になるらしい。 特に、自分は男を知っていて、俺に何度も抱かれているのに、一向に変化の兆しが見えないのが不満なのだろう。 「そんなことないよ」 「でも、自分でもわかるんです。小さくて、固くて……」 楓ちゃんが済まなそうにする。 俺はそんな彼女の胸に触れるのをやめ、フロントのホックを弾いた。 「えっ?」 ぱちんと音がして、呆気なくホックは外れた。 楓ちゃんの小さな胸が、俺の前にさらけ出される。 反射的に手で隠そうとした楓ちゃんだが、俺はその手を取って妨げた。 「あ、あの、耕一さん……」 「触ってて気持ちいいのも事実だよ。でも、それだけじゃないだろう?」 そう言って、そのまま顔を近付ける。 「えっ?」 「俺が気持ちよくなるだけでいいの? 愛し合うってのは、そういうことじゃないはずだけどな」 そっと唇を寄せる。 俺は軽くついばむと、先端を舌先で弾く。 「あっっ!」 不意打ちを食らって、楓ちゃんが声をあげた。 でも、俺は気にせず責め続ける。 「あっ、ああっ……」 「んっ、楓ちゃんにも気持ちよくなって欲しいからな。それに、この胸は、俺達の子供に、おっぱいをあげるための場所だろ?」 「あっ、は、はいっっ」 「ちゅっ、ちゅぱっ、ちゅじゅっ……」 わざと音を立てて執拗に吸い上げる。 みるみるうちに口内の蕾は大きく主張し始めた。 「あっ、こ、耕一さんっ……音、そんな立てないでっ」 楓ちゃんが喘ぎを堪えながら、俺に訴えかける。 でも、俺は完全に無視することにした。 「んうっ、と、隣の初音にっ……んんっ、き、聞こえちゃうからっ……」 初音ちゃんは自分の部屋で寝ているところだ。 大きな声を出せば、目覚めてしまうかもしれない。 「んぷっ、さっきの台詞と違うよ、楓ちゃん。聞かれるのはいいんじゃないの?」 「あっ、で、でもぉっ、やっぱり、初音には……」 楓ちゃんは必死でいやいやをする。 その様子を見て、俺は自分のやり過ぎに気付いて、慌てて口と舌での愛撫をやめた。 「ごめん、ちょっとやりすぎた」 「あ、いえ……」 楓ちゃんは否定していたものの、俺が引くと済まなそうにする。 「でも、やりすぎだったけど、わかってもらえたかな?」 「はい、だから、ごめんなさい」 ぺこりと頭を下げる。 俺は下に落ちた浴衣を拾うと、楓ちゃんに差し出しながら言った。 「別に、わかってもらえればいいから」 「有り難う御座います、耕一さん……」 「でも、やっぱり初音ちゃんには?」 話を振る。 俺にとっては、こっちの方が重要だった。 「はい、やっぱり不安で……」 「俺が初音ちゃんを抱くことはないよ。妹みたいなもんだしな」 楓ちゃんの不安を払おうとする。 だが、彼女は首を横に振って否定した。 「彼女でも、妹でも、姉でも母親でも、好きは好きです。その感情は、大切なものだと思います」 「でも、初音ちゃんは……」 「わかってます。私も、初音のことは大好き。耕一さんも、同じだと思います。だから、その気持ちを否定するつもりはありません」 楓ちゃんはきっぱりと断言する。 だからこそ、彼女は苦悩するのだろう。 「でも、愛し合っていなくても、子供は作れるんです」 「えっ?」 「私が耕一さんとの子を望み、その想い果たせぬままに逝ったとしたら……」 そこで言葉を区切る。 一拍置いてから、楓ちゃんはこっちを真っ直ぐな瞳で見つめると、淀みなく続けた。 「きっと初音は、私の代わりに産んでくれると思います。初音は、そういう子だから……」 「それって……」 「耕一さんには解らない考えかもしれません。でも、きちんと考えた上で、初音はそうするでしょう」 楓ちゃんの指摘する通り、俺にはその考えが理解できなかった。 頭に初音ちゃんの笑顔を浮かべ、すぐに振り払う。 「初音ちゃんがそんな……」 「初音の笑顔は強さですよ、耕一さん」 「えっ」 「初音は強いから笑えるんです。私も、姉さん達も、そんな初音の強さにはいつも助けられているから」 笑顔が強さ。 そんな風に考えてみたこともなかった。 でも、何となく言いたいことはわかる。 「何か事が起きた時、きっと初音は耕一さんが驚くような決断をするでしょうね」 「それが……俺の子供を産む、ってことなのか?」 「それもその中のひとつです。でも、私達の誰も、そんな風には考えないとは思いませんか?」 「確かにそうだけど」 「そこが、初音の凄いところです。私には、とても真似できません」 「そっか……」 聞かされてみると、確かに凄いと思う。 でも、それとこれとは別問題で、俺達の本意じゃない。 俺は別に初音ちゃんとの子を作りたいとは思っていないし、楓ちゃんも同じだ。 「……じゃあ、今日はやめる? いつもみたいに、初音ちゃん達のいない時でも……」 「駄目です」 「じゃあ、どうすれば?」 「私が我慢しますから」 「でもっ」 「ですから、あんまりいじめないで下さい。そんなに激しくしなくても、私……」 そう言って、急に真っ赤になってうつむく楓ちゃん。 どうしたのかと思い、わざと屈んで下から見上げてみた。 「楓ちゃん?」 「あ、あの、私、きっともう……」 「うん?」 「その、準備、出来てるから、いつでも……」 もじもじとそう言う。 その意を察して、俺は視線を下に降ろす。 「あっ」 楓ちゃんは慌てて手で隠す。 でも、俺の目にはしっかり見えていた。 薄暗がりの中でも判る、色の違いを。 染みひとつなかった楓ちゃんの白いショーツは、その部分だけ湿って色を変えていた。 「あ、あの、耕一さん、あんまり見ないで」 見られないように、一生懸命隠そうとする。 でも、俺は吸い寄せられるように、手を伸ばした。 「……見たい、楓ちゃん」 「で、でも、恥ずかしくて……」 「子供を作るには、見せてくれないと」 「……耕一さん、意地悪です」 楓ちゃんが拗ねて見せる。 でも、それも魅力のひとつ。 俺は更に誘われて、大事なところを押さえる楓ちゃんの手に上から触れた。 「あっ、駄目っ……」 ぐっと指を押し込む。 すると楓ちゃんの指があそこを強く押すことになった。 「んっ!」 瞬間、じゅんと音が聴こえたような気がした。 楓ちゃんはただ、歯を食いしばって我慢している。 「んんぅっ……」 俺は揺さぶりながら、楓ちゃんの指の隙間に侵攻しようとする。 楓ちゃんは必死の抵抗を見せたが、すぐに俺の指に屈した。 「ああっっ!」 指が達する。 俺達二人の手で強く押し込んでいたせいで、既にショーツは湿っているというよりも、濡れていた。 「……楓ちゃん、濡れてるよ」 そう言いながら、楓ちゃんの秘裂を濡れた薄布越しに探る。 楓ちゃんはぴちゅぴちゅと音を立てながら、そんな俺に応えていた。 「んっ、んんんっ!」 楓ちゃんの指も、自分の分泌液で濡れている。 俺の指が動くたび、そのぬるぬるを感じさせられる結果となった。 「あっ、いやっ、耕一さんっっ」 下着の横から指を入れることは簡単だった。 でも、今は敢えて濡れたショーツの方を味わうことにした。 「あぁっ、耕一さん、お願い、お願いっ……」 さっきと似たような展開。 同じことを繰り返すほど、俺は愚かじゃない。 楓ちゃんを責めながら、耳元でそっと訊ねた。 「楓ちゃん、取ってもいい?」 「はあっ、はっ……え?」 「下着」 「え、あ、あの……」 「楓ちゃんの言う通り、準備は出来てるみたいだから」 確認行為、と言えば嘘になるが、それは建前だ。 でも、建前は常に必要なもので、楓ちゃんも俺の言葉を理解したのか、小さくこくりとうなずいて答えた。 「……わかりました。あの、取って下さい」 「うん、じゃあその手を……」 楓ちゃんの手首を取る。 一瞬力が入ったが、すぐに俺の導きに任せてくれた。 「あ……」 隠していた手が外れる。 二人の絡み合っていた手のせいで、既に凄いことになっていた。 「楓ちゃん、ほら、凄いよ」 俺の指もぬるぬるだったが、楓ちゃんのはそれ以上に凄い。 手を離すと、つぅーっと白く濁った糸を引く。 楓ちゃんはそのことに気付くと、慌てて顔を背けた。 「あ、あの、恥ずかしいです」 「じゃあ、そうやって横向いてていいから」 「ごめんなさい、私……」 俺は楓ちゃんの正面に向き直ると、そっとショーツに両手をかける。 楓ちゃんは恥ずかしさのあまり見ないようにしているだけに、俺は反対にじっくりと見ることが出来た。 確かに、いつもする時とは比較にならない濡れ方だ。 入れる前に一度いかせておいた時と同じくらいだろうか。 とにかく、見ただけでもわっと熱気を感じさせる楓ちゃんの状態だった。 「じゃあ、取るよ」 「は、はい」 俺は内心のドキドキを隠しながら、楓ちゃんの下着を下ろしていった。 半分くらい下げたところで、楓ちゃんは黙ってお尻を上げてくれる。 抵抗がなくなって、そのままずるりと太もものところまで下がった。 「うわ……」 「そんな声、出さないで」 「あ、ごめん」 でも、声を出さずにはいられない状態だった。 半分脱がされたショーツの内部は、楓ちゃんが漏らしたどろどろとした粘液の塊がこびりついて、布地自体の重さを増している。 元々楓ちゃんは濡れやすい方だけど、ここまで濃いのはそうそうない。 俺は歓声を上げないようにしながら、早速自分自身を取り出した。 「楓ちゃん、もう、入れてもいい?」 「は、はい。私はいつでも……」 「有り難う」 そう軽くお礼を言って、どろどろの秘裂に俺を触れさせる。 「んっ……」 ぬちゃりと音がした。 だが、俺は更にすくい取るように、楓ちゃんの小さな割れ目をなぞった。 「あっ、んあっ、こ、耕一さん、もう入れても……」 「でも、少し俺も濡らさないと」 愛液を絡めるだけで、楓ちゃんは身悶えする。 ガチガチになった先端でクリトリスを押すと、ぐうっと身体を突っ張らせた。 「あ、あの、耕一さん、早くっっ」 楓ちゃんの様子からして、すぐに達してしまいそうだった。 本人もそれを察しているのか、俺の挿入を求めた。 「行くよっ」 「あっ、あああぁぁっっ!」 ずるりと一気に奥まで滑り込ませる。 身体が小さいせいで、楓ちゃんの中は狭い。 だが、それ以上に豊富な潤滑液が、俺達の結合を促進させた。 「あっ、んあっ、ああっ」 腰と腰をくっつけると、入った隙間からじゅっと愛液が溢れる。 だが、その感触を味わうこともなく、ぐいっと引き戻した。 「あんっ、あっ、こ、耕一さんっっ」 俺のくびれが楓ちゃんの中を痛烈に抉る。 胎内をかき回されて、楓ちゃんは声を抑えられなくなっていた。 「楓ちゃんっ、楓ちゃんっ!」 子供を成すための行為。 そのはずなのに、いつのまにか愛を求め合う行為へと変わっていた。 俺は楓ちゃんをきつく抱きしめながら、激しく腰を動かす。 楓ちゃんも俺に突かれながら、本能で腰をくねらせ、俺にリズムを合わせていた。 「ああっ、耕一さんっ、好きっ、大好きっっ!」 がくがくと震える。 大きく叫びながら俺への想いを昇華させてゆく。 俺もそんな楓ちゃんと共に、すぐに頂点へと昇り詰めていった。 「楓ちゃんっ、もうっ、ああっ!」 「耕一さん、わ、私ぃっ、あんっ、ああぁっ! あっ、もうっ、もういくっ、いくうぅっっ!」 ぎゅーっと身体が強張る。 全身を突っ張らせたかと思うと、それ以上に俺への締め付けが強くなった。 同時に、俺も膨れ上がった自分自身を更に大きくして、破裂するように楓ちゃんの中へと放つ。 「あっ、ああっ、あああぁぁっっーーっ!」 絶頂を迎える楓ちゃん。 俺も射精しながら、更に腰を動かして精を子宮へと送り込んだ。 「……みんな、気付いたと思います」 終わっての第一声はそれだった。 楓ちゃんの表情は、珍しくかなり不本意そうだ。 「そ、そう……かな?」 「はい」 全く躊躇することなく、肯定が返ってきた。 そこまできっぱり言われると、こちらもフォローのしようがない。 「でも、もうみんな寝てるはずだし……」 「寝てても、です」 「そ、そうなんだ」 「はい」 楓ちゃんは怒っているようにすら見える。 俺はちょっとびくつきながら、様子を窺ってみた。 「あ、あの……楓ちゃん?」 「なんですか?」 「その、怒ってる……かな?」 「ちょっと」 これは掛け値なしに、「ちょっと」怒っているのだろう。 少なくとも、全く怒っていないということはない。 「耕一さん、いつもよりも激しすぎます。ひどいです」 「……ごめん」 「声、我慢できませんでした」 楓ちゃんも、少しだけ自己嫌悪。 俺から視線を逸らしてむっとした顔を見せている。 「ごめん。でも……」 「あっ、駄目っ」 ちゃんと謝ろうとしたところを、楓ちゃんに止められた。 「まだ、離れちゃ駄目です」 そう言って、ぎゅっと俺に抱きつく。 ぷにっと小さな胸が押し付けられて、少しだけ感じてしまった。 「あ、耕一さん……」 「ん?」 「あの、おっきく……」 「うん、胸が当たって、ちょっと……」 実は、楓ちゃんの指示で抜かせてもらっていない。 今抜くと、せっかく出した精液がこぼれて、妊娠する確率が減るんだそうだ。 「また、出したいですか?」 「このまま?」 「はい、絶対、抜いちゃ駄目です」 一度スイッチが入ってしまうと、もう止まらない。 俺はまた固さを増し、楓ちゃんは受け止め包んでくれる。 「楓ちゃんは、平気なの?」 「平気です。でも……そのうち、平気じゃなくなります」 何故か恥ずかしそうに言う。 俺が首を傾げていると、楓ちゃんはその疑問に答えてくれた。 「あの、耕一さんに動いてもらわないと、切なくなって……」 「……そっか、ごめん」 「あ、いえ……」 「じゃあ、また……」 「はい、お願いします」 そしてまた、僕達は激しく揺れ始めた。 さっきまで初音ちゃん達に知られることを気にしていたのに、すっかり忘れてしまっている。 お互いの名を呼び、抱き締め合って。 何度となく精を放ち、そしてベッドに崩れ落ちた。 「耕一さん……」 疲れ果てて、二人でベッドの中で一枚のタオルケットをかぶって。 初秋の夜更けに、楓ちゃんが俺の耳元で囁く。 「なに、楓ちゃん?」 瞼を開くと、すぐ傍に楓ちゃんの顔があった。 「赤ちゃん、出来るといいですね」 穏やかにそう言う。 疲れのせいだけではない不思議なやわらかさが、そこにはあった。 「そうだな」 「姉さん達に、報告してもいいですか?」 それが当然のことのように問う。 あくまで自然な台詞だった。 「誰が?」 「私が、です」 「どうして?」 「必要があるから」 きっぱりと言う。 俺は少しだけ、はぐらかすふりをして応えた。 「確かに、必要はあるかな」 「だったら……」 「でもね、楓ちゃん」 俺は遮って言う。 「報告するのは、楓ちゃんじゃないだろ?」 「え?」 「あと、俺だけでもない。二人でみんなに報告するんだ」 「……はいっ」 するりと入り込んでくる。 心に染み入るように、お互いの気持ちが通じ合った。 「それから耕一さん」 「うん?」 改まって、楓ちゃんは俺の方を見る。 そして一言、こう言った。 「……好きです」 それだけ。 でも、シンプルな方がいい。 実に彼女らしくて、そして彼女を好きな俺にも、実に相応しい。 「どうしたの、急に?」 「急に、じゃありません。いつでもそう、思ってます」 「そっか」 「今は、口にしてみたかったんです」 「なるほど」 楓ちゃんに嘘はない。 いつも、真実だけ。 たとえそれが、悲しく辛いものであろうとも。 「夢、見続けてもいいですか?」 夢。 俺達の夢。 悲しみと喜びの綯い交ぜになった、そんな不思議な不思議な夢。 俺達はそれから逃れられなくて、そして何故か求めてしまう。 「いいよ。それから、俺も……」 すうっと手を伸ばす。 髪に触れ、そしてそのまま頬をなぞった。 「君を好きな夢、見続けていいかな?」 楓ちゃんは俺に触れられたまま、同じように指先を伸ばした。 俺の髪に触れ、頬に触れ、唇をなぞる。 「何回目か、憶えてますか?」 「次で、六十九回目、だったっけ……?」 「……正解です、耕一さん。だから……」 ついと顔が近づく。 間近にあった顔が接近するってことは―― 「これが、六十九回目、です、耕一さん」 「じゃあ、今度は俺からお返しに……」 七十回繰り返されたキスは、俺と楓ちゃん二人のもの。 そしてこれからも、夢を見る度に重ねられてゆくだろう。 終わらない夢。 終わりたくない夢。 夢の結び目は、無数に広がってゆく。 その先にはきっと―― |