1 FARAWAY
「何が、僕は人を愛せない、よ!! もうウンザリよ!!
いくらあたしがあんたのこと好きになったって、いくらあんたにキスしたって、
あんたは何も変わらないのね!!
そうやって自分一人、超然として傍観者ヅラして、あたしのこと弄んで・・・
もうイヤ!!
もうこんなの、いやあ!!」
がちゃーん。
ばりーん。
髪をかきむしりながら暴れ狂うアスカを、僕は、ただ茫然と見ているしか無かった。
今までも、何度も僕とアスカは危機的な状況に陥ったことがあった。
こんなに酷い夜は初めての体験だけど、でも、大丈夫、アスカは強いから・・・
明日になれば、きっとまたいつものアスカに戻ってくれるさ。
「あ、アスカ、ごめん。もう遅いし、レイが目を覚ますといけないから・・・」
「・・・いつもそうやって、人と人の和をとりもつフリをして、自分は責任をとらないのね・・・
もういいわ・・・判ったわよ、寝るわよ。寝ればいいんでしょ、おとなしく・・・」
「アスカ」
「・・・さようなら」
アスカが、冷たい目で僕を一瞬睨んで、すぐに視線を逸らした。
そして、それきり口をつぐんでしまった。
・・・
僕は、アスカのこんな氷のような目を、はじめて見た。
まるで人形でも見るかのような、何の感情のこもってない目・・・
僕は・・・アスカに、とうとう愛想をつかされたのだろうか・・・
・・・当然かな・・・
僕は、自分の部屋に戻って、どうしてこんなことになってしまったのか
ベッドの上でぼんやりと考え込んでいた。
最後の使徒、カヲル君を僕が殺したあと、ネルフはいったん解体された。
僕は、入院していたアスカの元に通い詰めて、
なんとかアスカをこのミサトさんのマンションに連れ戻すことに成功したけど・・・
レイがここに来てから、どんどんおかしくなっていったのかな・・・
いや、違う。
アスカの言うとおり、僕が、誰をも愛さないのがいけないんだ。
アスカもレイも、僕がこうしてどっちつかずな態度でいるから、
いつまでも生殺しのような状況で傷つき続けて・・・
「碇君・・・」
あっ、レイの声だ。
こんな時間に何だろう。やっぱり、アスカが騒いだので、目が覚めたんだろうか。
「な、なに?」
僕は、ドアを開けた。
水色のパジャマ姿のレイが、眠い目をこすりながらそこに立っていた。
「あの人と、何していたの・・・? どすんどすんって私の部屋も揺れていたわ」
「何って、ちょっと・・・アスカが怒りだして・・・暴れてたんだ」
「そう。よかった・・・私は、もしかしてって心配で」
「え、なにが?」
「ううん、なんでもないの。ごめんなさい」
?
レイは、なんだか嬉しそうに微笑んでいるけど・・・
僕とアスカが大ケンカしたのがそんなに嬉しいんだろうか。
まあ、そうなんだろうな・・・レイは感情を隠せないから・・・
「碇君、それじゃ私そろそろ寝るから・・・」
「あ、うん」
「だから、キスして」
「・・・いや、でも・・・今はそんな気分じゃ・・・」
「あの人とケンカしてるから?」
「うん・・・」
「・・・そう・・・」
レイには悪いけど、でも、とてもキスなんかする気分じゃない。
元々僕は、キスなんか嫌い・・というか、興味が無いんだ。
唇と唇を重ねて、いったい、何が楽しいんだか、僕にはどうしても理解できない。
ツバがついて汚いだけじゃないか。
臭いし・・・
そりゃ、キスするときのアスカの幸せそうな表情とか見るのは僕も好きだけど、
でも、行為自体に何の意味があるのか、僕には判らない。
いつだって僕は取り残されている・・・
「僕は、やっぱり、人を好きになれないのかな。ダメなのかも・・・
僕はどこかおかしいのかもしれない・・・
あんなにアスカに愛されてるのに、
なんだか、そんなアスカを見れば見るほど心がさめていくんだ。
綾波だってそうだ、
僕は、人に好かれるのは嬉しいくせに、
いつも人に嫌われたくないって怯えてるくせに、
いざ愛されるとなんだかもうどうでもいいや、って気分になって・・・
息苦しくて・・・まるで人事みたいな感覚になってしまうんだ。
なんだか酷く重荷に感じて・・・逃げ出したくなるんだ・・」
「・・・私には、どうして碇君がそう思うのか判らないけど・・・
碇君は、今の状態がイヤなの? 苦しいだけなの?」
「判らない。もう僕には・・・とにかく疲れた・・・
ひとりになって静かに生きたいよ、もう一度・・・
もう人の顔色を伺ってビクビクしながら生きていくのは、イヤなんだ・・・」
「そう。辛いのね、碇君は。人と一緒にいることが、辛いのね・・・判ったわ」
「・・・」
「おやすみなさい、碇君・・・」
2 SO CLOSE
・・・
うーん・・・
今朝は、アスカも、レイも、誰も僕を起こしに来ない・・・
おかげで、ゆっくり眠れた・・・
あ、あれれ。
僕は、がばっと飛び起きて、枕元の目覚まし時計をのぞき込んだ。
大変だ、もう学校に行かなきゃならない時間じゃないか!?
しまった、今朝は僕が朝食を作る日だったのに。まずい。お弁当だって作らないと・・・
どうしたんだ、僕としたことが、こんな迂闊な・・・・
トイレをすませたあと、僕は大あわてで食堂に直行した。
「ごめん、寝坊しちゃって・・・あ、朝御飯は・・・」
しかし、椅子に座っているのは、ミサトさん一人だけだった。
朝っぱらからインスタントラーメンを食べているミサトさん。
「ミサトさん、すみません、朝寝坊してしまって」
「ん、何が?」
僕はとりあえずミサトさんに謝ったが、
ミサトさんは僕のほうを振り向かずに平然とラーメンをすすりつづけている。
もしかして、本気で怒らせちゃったのだろうか。
「何って、今日は僕が朝食当番だったのに・・・」
「え? 何言ってるの碇君、
うちはみんな勝手に朝も昼も夜も一人で食事するってことにしたじゃない。
シンジ君がそう言い出したんでしょ?」
「え・・・ミサトさん・・・?」
「学校行かないと遅刻するわよ。あたしは今日は非番だから。一人で行きなさい」
「あの、アスカと、綾波は・・・」
「とっくに登校したわよ」
「・・・」
当番制度は無くなったのかな・・・
いつ、僕が無くそうなんて言ったのだろう。
おかしいな。
それに、アスカもレイも、僕を放って勝手に学校に行ってしまうなんて・・・
アスカの奴、まだゆうべのこと怒ってるんだろうか。
でも・・・アスカはともかく、レイが僕を無視して先に登校するなんて、
そんなことが有り得るだろうか?
僕は、首を傾げながらいつもの教室にやってきた。
いつもの席に、アスカが頬杖をつきながら座っていた。
よかった、ちゃんと学校に来ている。
「おはよう・・・あ、アスカ、おはよう。その、お弁当作ってこれなかったんだ、ごめん」
「・・・弁当?」
「今日は僕が作る日だったんだけど、寝過ごして・・・」
いつもの習慣で、僕は何気なくアスカの隣に座って、顔を近づけた。
アスカは、こっちがちゃんと目を見て話さないと不機嫌になるから、つい接近してしまう。
「臭い」
「え?」
「あんまり近寄らないで、息がかかるから」
「あ、アスカ?」
頬杖をついたまま、ぷい、とアスカが顔をそむけた。
いったいどうしたんだ。
やっぱり、夕べのこと、まだ怒ってるんだろうか。
「ごめん、弁当のことは謝るから・・・それとも昨日の夜のことで怒ってるの?」
「誰が、あんたの作った弁当なんか・・・考えただけでぞっとするわ」
「アスカ・・・」
僕は、何が起きているのか、しばらく理解できずに
茫然とアスカのうなじのあたりを見つめていた。
アスカは僕がここに座っているかぎり、こっちを向かないつもりらしい。
ど、どうすればいいんだろう。
いつもなら、アスカは、いくら怒っても
最後は僕に罰だとか何とか言ってキスを迫ってきて、それでおしまいなのに・・・
目も合わせようとしないなんて・・・
「アスカ、こっちを見てよ。いつまで拗ねてるんだよ」
「ハン? あんた、何か勘違いしてるんじゃない?」
「アスカ」
不安にかられた僕は、強引にアスカの両肩をつかんで、こっちに引き寄せようとした。
「やめてよ、触らないで! 何のつもりよ!! 怒るわよ!!」
「・・・あ、アスカ・・・・?」
ざわざわ。
教室中に、不穏な空気が流れる。
ま、まずい、ここでこれ以上アスカを怒らせたら・・・
僕は、アスカの身体から、手を離した。
「その、アスカ、本当に謝るから、もう許してよ。ごめん・・・」
「すっかり恋人気分ね。うぬぼれるのもいい加減にしてほしいわね。
もうあんたとは終わったのよ。ううん、そもそも始まってさえいなかったのよ。
あたしはどうかしてたんだわ」
「え・・・」
「ちょっとキスしたくらいで、あたしを自分のものにしたと
思ってるんだったら、大間違いだわ。あたしはそんな軽い女じゃないのよ。
もうあたしに話しかけないで」
「アスカ・・・」
「あたしは、あんたの人形じゃないのよ。もう壊れた絆は、元には戻らないのよ・・・
何度も何度も壊されたり修理されたり、もうウンザリよ・・・
あんたと同じ部屋の空気を吸ってるなんて、考えただけでゾッとするわ」
アスカは頑として僕のほうを振り向いてはくれなかった。
僕は、それ以上どうしていいのか判らず、ひとまずアスカから離れて自分の席についた。
隣の席には、レイがちょこんと腰掛けて、「くるぐる使い」を読みふけっている。
レイとは夕べケンカしたわけじゃないし、まさかレイは怒っていない筈だ。
「お、おはよう、綾波」
「・・・」
「綾波?」
「・・・何?」
あ・・・
レイはちゃんと僕のほうを向いてくれたが、この無機的な目は・・・
最初に僕と会ったころの、レイの目だ・・・
まだレイが父さん以外の人間に心を開いていなかった頃の・・・
「何か用?」
「あ、えっと、お弁当作れなかったので、その」
「・・・要らない。ご飯、キライだから」
「・・・綾波? ど、どうしたの、ヘンだよ綾波まで急に僕に冷たくなって・・・・
ねえ、もしかしてアスカと示し合わせて、僕を懲らしめようとして
そんな態度とってるんじゃないの?」
「どうして私がそういうことするの?」
「だって、綾波が急に僕をそんなさめた目で見るようになるなんて、理由が無いじゃないか。
僕が何をしたんだよ、いったい」
「私は、碇君に興味無いもの。EVAに乗ることも無いし、もう碇君とは何の関係も無いわ。
私には、EVAだけが絆だったから・・・」
「な、なんだって・・・? あ、綾波、謝るからもうそんなお芝居やめてよ。
夕べ寝る時にキスを断ったことをネにもってるんだろ?」
「知らないわ。それは、三人目のレイのことじゃないの? 私は、多分四人目だから」
「・・・あ・・・ど、どうして・・・」
そんな。
レイが・・・そんな・・・
「一定期間しか私は生きられないから。今朝から身体を交換したの。
きっと三人目の私は、あなたに何か特別な感情を持っていたんでしょうけど、私は違うわ。
記憶は受け継いだけど、それだけ」
「・・・」
「私はあなたに何の興味も無いもの。
あなたが私にしてきたことを、私は好意的に感じられないわ。
むしろ、嫌悪してるもの・・・私はあなたの人形じゃないのよ。
あなたの思い通りにはならないわ」
そんな。
それじゃ、ゆうべレイは、僕にお別れを言いに来たのか・・・?
そんな・・・そんなバカな、こんなの間違ってるよ。
「ウソだ、ウソだ、ウソだ!! 綾波が死んだなんてウソだ!!」
「死んではいないわ。こうして、一度リセットされただけよ」
「でも元の綾波と同じなんだろう、魂は、そうだろ? だったら、僕のこと・・・
好きでいてくれる筈じゃないか!!」
「興味無いの。私には碇司令しか見えないもの」
「ウソだ!!」
僕は、救いを求めるように、レイに抱きついて、唇を重ねた。
氷みたいに冷たい唇だった・・・
「・・・綾波・・・」
「もうすんだ? それで満足したの・・・?」
抑揚のない声で、突き放すようにレイが呟いた。
「もっとほしいの? なら、すれば? いくらでも」
「・・・ち、違う・・・僕は、ただ・・・こ、こんなキスがしたかったわけじゃ・・・
こんなの、違うよ、僕はこんなことしたかったわけじゃ・・・
愛が無いよ、こんなの・・・そんな目で僕を見ないでよ・・・」
「愛が無い? それはあなたも同じでしょう」
「・・・違う・・・僕は・・・」
「あなたは私とキスするとき、いつだって氷みたいに心を冷たく閉ざしていたんでしょう。
だから私もこれからはそうすることにしたのよ。
あなたが教えてくれたのよ、碇君。
キスなんて、ただ唇と唇を重ねるだけのこと・・・動物的な欲望のはけ口にすぎないのよ」
「・・・ち・・・違う!!!」
「違わないわ」
「やめてくれ!!」
はあ、はあ、はあ・・・
僕はいたたまれなくなって、教室から逃げ出していた。
ミサトさんのマンションに逃げ込んだ。
ミサトさんはいない。
その夜、レイもアスカも、ミサトさんも、誰も帰ってこなかった。
もう一二時か・・・
僕は、ベッドから起きあがると、誰もいない食堂を見回した。
静かで、きちんと片づいている。
そりゃそうだ、僕しかいないんだから。部屋が散らかる筈がない・・・
みんな、どこにいっちゃったんだろう・・・
ミサトさんはきっと加持さんのところに泊まるんだろう。
レイは・・・
考えたくないけど、多分・・・父さんのところだ・・・
・・・
アスカ・・・・アスカは?
僕は受話器を取って、委員長の家に電話をかけた。
「あ、あの、碇です。ごめん、こんな夜中に・・・その、アスカそっちにいるんだよね?」
「碇君? え・・・? アスカ? 来てないわよ」
「そんな。じゃあどこに行っちゃったんだ」
「さあ・・・碇君、アスカと何があったのか知らないけど、誰にだって忍耐の限度があるのよ。
無償に愛し続けてくれる人なんて、どこにもいないのよ。
もうアスカのあなたへの想いは、燃え尽きて消えて無くなってしまったと思う・・・
あなたが水を浴びせて消したのよ、碇君」
「・・・僕が・・・」
「アスカはあなたのお母さんじゃないのよ・・・他人なのよ・・・
あなたはそのことを判ってなかったんじゃないの?」
「そんなことは・・・僕はそんな、アスカに愛されるのが当たり前だなんて思ったこと
一度も無いよ・・・全然逆だよ!!
僕は・・・僕には、愛される資格なんか、最初から無いんだ・・・
僕は自分が嫌いだ・・・だから・・・僕を好きだなんて言う人は、
きっと、何か誤解しているんだ、そうに違いない・・・そう思って・・・」
「そう思って、アスカを・・・拒み続けたの・・・? そんな自分勝手な理由で?」
「仕方ないじゃないか、僕は僕が嫌いなんだ!! 愛される資格なんか無いんだ!!
だから今は僕のこと好きだと言ってくれる人がいたとしても、どうせいつか嫌われるんだ!!
どうせ嫌われるんなら、最初から関わらないほうがマシじゃないか!!」
「そう・・・そうよね。自分を愛せない人が、他人に愛される筈なんか無いわね。
碇君・・・よくわかったわ。さようなら」
ガチャン。
「・・・なんだよ・・・僕の何を知ってるっていうんだよ・・・」
3 STAY
一ヶ月後。
「行ってきます・・」
「行ってきます」
「・・・行ってきます」
今朝も、僕とアスカとレイの三人は、無言で学校へ向かってばらばらに歩いていく。
レイは、もう僕に心を開いてはくれない。
父さんにしか笑顔を見せないレイ。
何度か僕はレイにキスしたけど、レイは、一度だって目を閉じることさえしてくれなかった。
ただ、人形のようにじっとして終わるのを待っているだけ・・・
だからもう僕は諦めた。これ以上レイにキスしても、自分が情けなくなるだけだから・・・
そして、アスカは・・・・
「よう惣流、遅かったやんけ」
「あー、トウジい。バッチリ、徳盛りのお弁当作ってきてあげたわよ!!
ふふ、いきましょ!!」
「よっしゃよっしゃ、ホクホクや〜」
いつもこの電信柱の立っている角で、トウジと待ち合わせて二人腕を組んで学校にいくんだ。
委員長も、親友の裏切りにあって一時は複雑そうに落ち込んでいたけど、
今はなんとなくケンスケと一緒にいるみたいだ。
まあ、ケンスケはああ見えて優しい奴だから・・・
それにしてもどうしてトウジなんだ。
「おはよう、トウジ・・・」
「お、おう、碇。す、すまんのう、こないなことになってしもて・・・」
バツが悪そうに頭をかくトウジ。
「いいから早く行きましょうよ、トウジ。んー、ちゅっ」
「あ、ああ・・・」
毎朝、アスカはトウジにキスをする。それも、やたら濃いキスを・・・
「アスカ・・・」
きっとアスカは僕にあてつけてみせてるんだ。
そうに違いない。
そうだ、いくら僕だって、毎日こんな光景を見せられ続けたら・・・やっぱり耐えられない。
どうして僕は、アスカとキスしても何も感じない、なんて言って悩んでいたんだろう。
僕はどうかしていたんだ。
畜生、どうして僕じゃなくて、トウジなんかとキスしてるんだ!!
アスカ・・・・アスカ・・・・アスカ・・・・
「ねえトウジい」
「あ、ああ」
「アスカ!!」
もうダメだ、もう我慢できない。
僕は叫んでいた。
「いい加減にしろよ、いつまでそんなこと続けるつもりなんだ!!
僕にあてつけてるんだろう!! もうそれくらいにしたらどうなんだよ!!
委員長だってトウジだってアスカのせいで・・・!!
はっきり言ったらどうなんだよ、僕にいいたいことがあるんなら!!
そんなやり方ズルいよ、汚いよ!!」
「・・・何言ってるの、アンタ、自意識過剰なんじゃない?
過去に何度かキスしてあげたくらいのことで、すっかり自分の女あつかいなのね・・・
最低な男だわ」
アスカがやっと僕の顔を見てくれた。
・・・醒めきった目、白い目・・・ウンザリしたような目で・・・
「あ・・・アスカ・・・」
「いいかげん、忘れてほしいわね、あんなこと。ただのママゴトだったのよ。
ま、あんたが意気地なしでキスで終わってくれて助かったけど、あたしとしても。
トウジとはもう最後までいったわ。くすくす・・・・」
「そ、惣流、もうそれくらいにしとけ。ほ、ほな先にいくわ、シンジ」
「まったく、ウジウジとしつこいのよ。ストーカーじゃないの? いい加減にしてほしいわよ」
「・・・アス・・・カ・・・」
雨。
アスカとトウジが消えた後に、土砂降りの雨が降ってきた。
僕は、言葉も無くそこに立ちつくしているしか無かった。
「こんな・・・こんなのウソだ・・・僕は・・・」
「碇君、泣いてるの・・・?」
レイが僕の隣に立っている。でも視線は合わせてくれない。
「・・・僕は・・・僕は、一人ぼっちだ・・・こんな・・・どうしてこんなことに・・・」
「・・・これが、あなたの望んだ世界そのものよ・・・
あなたはこれで一人に戻ることができたのよ・・・
あなたは自由よ・・・」
「・・・自由・・・これが・・・!?
こんなのが、自由・・・?」
「もう誰もあなたを必要としないもの。
あなたは自由に生きられるのよ。
誰の視線にも怯える必要は無い。
誰に気を使って疲れる必要も無いわ・・・」
「・・・い、イヤだ、こんなのイヤだ・・・
僕は、もっと、アスカやレイやみんなに、優しくしてほしいんだ・・・
愛されたいんだ・・・」
「あなたは自分も愛さないし、人も愛さないわ。
なのにどうしてそんなことを望めるの?」
「・・・助けて・・・・助けて、アスカ・・・」
「・・・やっぱり、一人は、怖い・・・?」
「怖いよ、こんなのイヤだ!! 失ってやっと気づくなんて・・・
アスカ・・・アスカ・・・」
「そう・・・碇君・・・
そうなのね・・・
やっと判ったのね」
・・・
「シンジ、いつまで寝てるのよ!! あんた、今日は朝食当番でしょ!!
弁当だって作らなきゃならないのよ!! ほら、起きなさい!!」
う・・・
ん・・・
ぽこぽこ。誰かが僕の頭を殴ってる・・・
「う・・・アスカ・・・?」
「全く、夕べあたしをあんなに怒らせておいて、よくまあこれだけ熟睡できるわね!!
あんた一体、どういう神経してるのよ!?
一人で泣いていたあたしが、バカみたいじゃない!!」
「夕べ・・・あ、ああ・・・」
夕べ・・・だって?
それじゃあ、今までのことは、ゆ、夢だったのか!?
それじゃ、アスカはまだ僕のことを・・・・?!
「はい、立って立って。これはやっぱり、おしおきが必要よね、懲罰が・・・
レイもいないし・・・」
アスカの目が、まるでレイの瞳のように真っ赤になっていた。
一晩中泣いていたのかな・・・
アスカ・・・
「ねえ、シンジ、聴いてるの? まだ寝ぼけてるわけ?」
アスカの唇・・・
僕の目の前にある、手の届くところに・・・
こんなに近くにある・・・
「ちょっと、どうしたのシン・・・・むぐ」
「・・・」
アスカ・・・
僕は何を悩んでいただろう、こんな幸せなことは無いじゃないか・・・
僕は僕が嫌いだ。だけど・・・
僕はアスカが好きなんだ。
「ちょ、ちょっと、シンジ、寝ぼけてるの? い、いつまで・・・」
「あ・・・ご、ごめん、その・・・」
「シンジ・・・・? 涙・・・」
がちゃ。
「おはよう、碇君・・・あら? また、あなた、抜け駆けしたのね・・・ふわ・・・」
エプロン姿のレイが、眠そうに目をこすりながら部屋に入ってきた。
「あ、れ、レイ。あ、あたしは、ちょっと忙しいから、あんたにバトンタッチするわ。
そ、それじゃ・・・」
どたどた。
アスカは、僕の腕からするりと逃げ出すと、廊下へ走り去ってしまった。
「・・・アスカ・・・お、怒ったのかな・・・いきなりあんなことしたから・・・」
レイに僕を押しつけて消えてしまうなんて、いったいどうしたんだろう、アスカは。
レイに遠慮なんてする筈無いんだけど・・・怒ったのか・・・
僕が、あんな強引なことしたから・・・
僕は・・・あのままじゃ、アスカを押し倒していたかも・・・
もうアスカしか見えてなかった・・・
僕の中に、あんな部分があったなんて・・・
「碇君、行きましょう。朝御飯の仕度、手伝ってあげる」
「あ、う、うん・・・」
「・・・どうしたの?」
「いや、その・・・なんでも・・・なんでもないんだ」
「もう、怖くない?」
「え」
「行きましょう」
レイが、にこりと微笑んでくれた。
あったかい、お母さんみたいな笑顔だ・・・僕の好きなレイの笑顔だ。
「う、うん」
僕たち三人がこれからどうなるのか、まだ僕には判らない。
ただ、もう僕は、自分が不幸だなんて思わないだろう・・・
僕自身がどう感じていようと、きっと僕ほど幸せな奴はいないんだろうと思えるようになった。
まだ僕は本当に人を好きになることは出来ないのかもしれないけど、でも、いつかきっと・・・
おわり