(なんなの?)
ショーウィンドウに写る私は、三毛の小猫だった。
(!!!、いったいなんなのよー!!)
そんな叫び声も「ふみゃあ!」としか聞こえなかった。



「猫」



(おっ、落ち着くのよ。私はアスカ。惣流アスカ・ラングレー、14歳、
 EVAのパイロット、セカンドチルドレン、etc・・・・・・)
こんな考えが出ること自体動揺している証拠なのだが。
(とにかく、よく考えるのよ。ええっと、ええっと?
 学校にいる間は何とも無かったのよね。
 うちに帰って、着替えて、シンジを待ってたら・・・
 ええっと、なんで、一人だったのかしら?シンジは?レイは?
 そうよ、シンジと理科室の掃除をしていたら、薬品がかかって、
 先に、帰ってきて着替えたのよ。そのうち眠くなって・・・
 ま、まさか、あの薬品のせいなの?
 理科室?、まさかリツコのやつ、怪しい薬を作ってたとか、
 リツコがいなくなってたせいで、怪しい薬がさらに怪しく変質したとか・・・)
御名答!!。
(とっ、とにかく家に帰るのよ!!、ここ何処!?)
実はいつもの通学路なのだが、猫の視点から見ているアスカには見知らぬ町に見えてしまう。
(なんなのよ、全部ミサトのせいよ。あの女が自分のクラスの掃除当番を
 忘れてるのがいけないのよ。だいたい、何度目だと思ってるの、まったく!!)
自分では気がついていない。薬品を浴びたのはシンジをからかっていた自分のせいなのを。
ポツ、
ポツ、
ポツ、ポツ
ポツ、ポツ、ポツ
(あっ、雨)






30分後
(ここ何処なの・・・、さむいよ・・・、シンジ・・・、恐いよ・・・)
自分の知らない場所、自分の知っている人のいない場所、自分の姿をしていない自分。
アスカの不安は頂点に達しようとしていた。
ヒタ、ヒタ、ヒタ。
(ひっ!?)
ただでさえ、人通りの少ない道だったが、
雨で人通りの皆無となった道を、足音だけが近づいてきた。
(だれ!?)
ヒタ、ヒタ、ヒタ。
(いや!)
ヒタ、ヒタ、ヒタ。
(たすけて!・・・、シンジ・・・)
「さむいの?」
(えっ?)
近づいてきた人間は、アスカ猫に傘を傾け、やさしく聞いた。
(あれ、この声?)
しゃがみこんできた顔を、アスカ猫は、見上げた。
(ファースト!?)
青い髪、白い肌、赤い瞳。
ファーストチルドレン、綾波レイは微笑みながらアスカ猫を見つめていた。
「おなかがへっているの?、いっしょに来る?」
猫を驚かさないように、やさしく、手を差し出す。
(し、仕方ないわね。とりあえず家に帰るのが先決よ。)
強がっている猫とは、そうそう見れるものではない。
綾波はやさしく抱きしめるように、アスカ猫を制服の懐にいれた。
(レイ、あったかい・・・)
綾波の胸に抱きしめられると、不思議と不安が薄らいできた。
(シンジもレイといるとこんな気持ちになるのかなぁ?)





「とりあえず、体を拭いてからね」
綾波はアスカ猫を抱いたまま、自分の部屋に向かった。
(おちつくわね・・・)
大き目のタオルでやさしく体を包まれる。
それだけで、さっきまでの不安は、ほとんどなくなったようだ。
「落ち着いた?えっと・・・」
(???)
「名前、なんて呼べば良いのかしら?」
(アスカよ、アスカ!!)
と主張しても、当然「にゃあ」としか聞こえない。
出来るだけ自分を伝えようと身振り手振りも付ける。
「ふふ、あなた、まるでアスカみたいね」
(そうよ、アスカ、アスカなの!)
「アスカがいいの?」
綾波に分かるように、大きく首を縦に振る。
「ごめんなさい、その名前だけは駄目よ」
(なっ・・・、なんでよ、あたしはアスカよ、なんで自分の名前がいけないのよ。
 だいたい、なんであんたに自分の名前を変えられなきゃいけないのよ!!)
「ふぅぅぅぅ、ふぎゃー、ぎゃぁ、ふぎゃあ」
そんな、アスカ猫を悲しそうに見ながら、やさしく話し始める。
「ごめんなさい、でも、駄目なの、その名前は・・・」
(なによ!)
「とても大切な名前だから。」
(・・・!?)
「その名前の人はね、とても強い人なの。
 私が人間じゃないって、知っても、家族だって言ってくれるの。
 碇君は知っていても、私にやさしくしてくれる、世界一大切な人。
 でも、その人は、私に脅えながらも、やさしくしてくれる・・・.世界一強い人。
 だから、その名前は彼女だけのものなの。ごめんね」
アスカは何も言えなかった。
(レイがこんなふうに、あたしを見てたなんて)
込上げてくるものが、嬉しさなのか、悲しさなのか、アスカには分からなかった。
「それじゃ、惣流・・・アスカ・・・ラングレー・・・そうね。
 その人の名前から、『ラン』て言うのはどうかしら?」
(・・・・・・ぶう、仕方ないわね、いいわよ『ラン』で)
しぶしぶ、うなずくアスカ猫に微笑みながら、
「じゃあ御風呂に入りましょう、ラン」





「あっ、綾波おかえり。あれ、その猫どうしたの?」
手に毛布を抱えつつ、黒髪の少年が近づいてきた。
「碇君。」
(シンジ!!)
懐から飛び出さんばかりの勢いでシンジのもとに行きたがるアスカ猫。
「うわっ、なに、この猫!?」
「雨にぬれて、寒そうだったから・・・。」
(そうよ、寒かった、恐かった、寂しかった、シンジ!!)
「じゃあ、御風呂空いてるよ。よく暖まるんだよ、牛乳でも用意しておくから」
(シンジ、やさしい。)
アスカ猫に優しく語り掛けるシンジ。
「碇君こそ、その毛布、どうしたの」
「アスカがリビングで眠っちゃってるんだ。」
(!!!あたしがいる!!?)
急にもがき始めたアスカ猫を見てシンジが語り掛けた。
「アスカに会いたいの?、じゃあまず御風呂に入ること、ねっ!」
(ううぅ、わかったわよ・・・)
「ははっ、まるでアスカみたいな猫だね」
「ランて、呼んであげて」
「うん、じゃあラン。また後でね。綾波たのんだよ。」
「心配ないわ。」





(ううぅ、猫の目線でのお湯って結構恐いわね)
「大丈夫、私が支えるから。」
(しかたないわね、この御肌に磨きを・・・って猫の体じゃね)
「ほんとに、アスカにそっくりね、ラン。」
(・・・)
微笑みながら、語り掛ける綾波に、しばし見惚れるアスカ猫。
(そっか、レイの奴、シンジと同じ笑顔するんだ・・・)
自分には持っていない物を、彼女は持っている。
そう思うと、急に寂しさが増してくるようだった。
「そんな顔、しないで。」
(レイ?)
「そんな顔すると、碇君が心配するから。」
(辛そうな顔、レイもこんな顔するんだ)
レイを見つめながら、アスカ猫は新しい発見に驚いた。
「・・・」
(・・・)




「碇君は、どう思っているのかな?」
(?)
沈黙を押し破るように、綾波が口を開いた。
「アスカに優しいの、いえ、みんなに優しいの。でも・・・。」
アスカ猫にはその先の言葉がよく分かった。
「・・・」
(・・・)
わかっているけど答えられない。わかっているから答えられない。
再び、沈黙を破ったのは綾波だった。
「私は居てはいけないの?」
(えっ?)
「碇君に、アスカにとって私は邪魔な存在?、迷惑なの?」
(・・・)
「相田君が、私のこと好きだって。」
(・・・)
「私が、相田君のことを、好きになれば、碇君も苦しまなくてすむの?、
 アスカも幸せになれるの?、私は、私は・・・。」
「ふぎゃー!!」(なにいってんのよ!!)
「きゃっ!?」
綾波の手の甲にじわりと血がにじんできた。
アスカ猫の爪は、思ったより深く綾波の肌を引き裂いていた。
(あーんた、何いってるかわかってんの!!、
 そんな人形みたいな自分がいやだって言ってたのはあんたじゃない!、
 だいたい、そんなあんたを見てシンジが、自分は幸せだ、なんて言うと思ってんの!、
 いいかげんにしなさい!、いつまで悲劇のヒロインぶってれば気が済むの!!)
いくら、アスカ猫が激勾しても、猫の鳴き声しかしなかった。
だが、叫ばずにはいられなかった。
そんな猫に綾波は血の流れる手の甲を押さえもせずに、語り掛けた。
「ふふっ、本当にアスカと話してるみたい。アスカもきっと怒ってくれる。
 なに言ってるのよ。そんなことを言って碇君が喜ぶと思ってるの!って。」
涙を流しながら、シンジにしか見せないような微笑みを浮かべた。
(あっ、傷から血が・・・)
「ごめんなさい、あなたがアスカみたいだから、甘えてみただけ。
 あっ、血なんかなめたら駄目よ。」
(すこし甘えるぐらい・・・、いいわよ。私、私だって同じなんだから・・・)
「さあ、早く暖まって、ご飯にしましょう。」
「にゃあ。」





「碇君、この子に食べ物何かないかしら?」
キッチンで食事を作るシンジに声をかけた。
「綾波、ちょっとまってて、今・・・、綾波!!、どうしたのその手!?」
レイの手の甲には、出血は止まったものの、深い傷が残っていた。
「大丈夫、すぐに消えるわ。」
「だめだよ、すぐ手当しなきゃ。救急箱は・・・、僕の部屋にきて!」
レイを引張って自分の部屋に連れて行くシンジ。
救急箱は彼の机の下にあった。
「消毒して・・・、包帯は大袈裟かな、大き目のばんそうこをはってっとこれでいいかな?」
「あっ・・・、ありがと。」
「どういたしまして。」
レイの顔は真っ赤に染まっていた。
(むぅ、自分でやったとはいえ、なんか腹たつわね!)
「あんた達、なにやってんのよ!!」
「「(えっ)」」
シンジの部屋の入り口で仁王立ちになっているのはアスカだった。
(うそっ、ホントにあたしが居る、喋ってる、じゃあ、あたしは?)
自分の前に立つ自分に、アスカ猫は軽い混乱を覚えた。
「なによ、いやらしいわね!、手握りながら、みつめあっちゃって!」
「誤解だよ、綾波が怪我したから、薬を塗ってただけだよ。」
「どうだか!、あんたはともかく、レイを見てみなさいよ。」
レイの顔は火照ったままだった。
「まったく・・・?、なによその猫?」
「えっ、ああ、ランて言うんだ。」
「ふーん、野良猫引っ張り込んで、レイを自分の部屋に引っ張り込んで、いい御身分ね。」
(なっ、なに言ってんのよ!、
 シンジがそんなことしないって、あんたが一番わかってるくせに!!)
「そんな・・・」
「ふん」
アスカはシンジの部屋を出ていった。
(あたし、あんなにイヤな女だったの!?)
アスカの行動に、アスカ猫は唖然ととしていた。
そんなアスカ猫の態度をアスカへの不信ととったか、シンジが口を開いた。
「アスカは口でああ言っても、本当は優しい子なんだよ。」
「ええ。」
(シンジ、レイ・・・)
「ラン、だってきっと仲良くなれるよ。優しいからね、アスカは。
 ちょっと、意地っ張りだけど。」
「そうね。」
(なによ!、悪かったわね。)
微笑む二人を見上げながら抗議の声を出せないアスカ猫だった。
「さあ、冷たい牛乳でも飲もうよ。行こう、綾波、ラン」
「ええ。」
「にゃーん」



キッチンへ着くわずかな間にアスカ猫は、強烈な睡魔に捕われていた。
(あっ、あれ、眠い、瞼が重い、ちょっとぐらい・・・いいよね・・・レイ、
 あった・・・か・・・い・・・。)
アスカ猫は、レイの懐で、眠りに落ちていった。













猫が目覚めたときに、アスカの感情は猫の中には残っていなかった。
そして、二度と猫の中にアスカの心が宿ることはなかった。

同じころ、キッチンで・・・

「まったく、あの二人は!ひとが目を離すと、すぐ自分達の世界に入り込んで・・・、
 そうよ、牛乳でも飲もう!!、でも一人で飲むには多いわよね!、そうよ、多いわよ。
 そうだ、確かレイが猫を連れてたわね。まっ、一人じゃ飲みきれないから仕方ないわよね。
 そうよ、仕方ないのよ!!」
誰に聞かせるでもなく、呟きながら、食器棚から皿を取り出し始める。
「自分の世界に入ると、他人のことはぜーんぜん目に入らないんだから、
 だいたい・・・、あれっ、なに?」
アスカの目には涙が浮かんでいた。
「えっ、どうしたってゆうの?」
同じ時刻、猫が眠りついたことをアスカは知らない。

「あれっ、アスカ。どうしたの?、その牛乳」
シンジと綾波がキッチンに入ってきたとき、アスカがお皿に牛乳を入れてるところだった。
「あっ、あたしが飲んでてチョットだけ余ったのよ。誰か飲む?」
「お皿で?」
「シンジはあたしのペットみたいなものだから、皿でいいのよ。」
「はいはい。」
すでに猫は皿の牛乳を飲み始めている。
「何よ、この猫、かってに牛乳飲んでるじゃない。」
「まあまあ、さあ、晩御飯作るよ。」
「ええ。」「がんばってねー。」
「アスカも作るんだよ。じゃないと上達しないよ。」
「はいはい。」


また、日常が始まる。




後書き

 300話突破、おめでとうございます。
 毎話、非常に楽しく拝見させていただいてます。
 インターネットはじめて、やっと1年。
 一番最初に来たHPがここ・・・と言うか、隠れられる前のかくしEVAでした(うーん、感慨)
 実は280話の辺りから書き始めましたので、今のレイ、アスカと違いますがそれは御容赦下さい。

 それでは、これからも楽しいお話お願いしますね。
 本当に、おめでとうございました。
                                        八意思兼神(オモイカネ)


後書きの後書き

 こんにちは、たかしまです。
 まずはオモイカネさん、記念投稿どうも有り難う御座いました。
 やっぱりかくしについて来て下さっている方だけあって、作品も実にかくしの雰囲気漂う素晴らしい出来でした。
 本当ならこんなアングラサイトでなく、も少し見えるところに置きましょうか?とも言ったのですが、
 それでも非公開のここに置かせていただくとは・・・有り難い限りです。
 かくしの再開を随分お待たせしてしまったこともあり、300話到達までずっと足踏みをしておりました。
 しかし、再開してからは心機一転頑張るつもりです。
 サークル活動など、色々ありますが、出来る範囲でこれからも頑張りたいと思います。
 
 では、今回はこれにて。
 これからも末永いご愛顧を、宜しくお願い致します。

 PS:ちなみにトップページが素っ気無いのは仕様です。手抜きとか言う訳ではありませんので・・・(^^;


何かを感じて下さった方は是非オモイカネさんに感想のメールを:omoikane@pb3.so-net.ne.jp

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