(アスカちゃん。)
「何?おばさま。」
(一つだけ、覚えておいて。)
「はい。」
(みんな、痛がりなの。傷つくのが、恐いの。)
「うん。私も、痛いの嫌い。」
(いい子ね。アスカちゃん。だからね。素直になって。自分が素直にならないと、相手も素直になってくれないわよ。)
「(すなお)って、何?」
(思ったことを、正直に伝えることよ。)
「それはおじさまと、おばさまの事?」
(シンジとアスカちゃんの事でもあるわ。)
「うん。私、素直になる。…こら!ばかしんじ!」
「何?あすか。」
「ずっと、一緒にいようね。」
「うん。」

私は目が覚めた。…どうしてこんなに大切なこと、今まで忘れていたのだろう?


見えない翼
第五話、




使のテーゼ

(残酷な、死のテーゼ)

おばさま、おばさま。
私にとって、「おかあさん」以上の「おかあさん」。
私に「全て」を与えてくれたひと。
おばさま、おばさま。
今、私から「全て」を奪おうとしているひと。
でも、、おばさまは、死んだんだ。もう、いないんだ。
「おばさま、私は…。」
「おばさまから、シンジを振り向かせてみせます。」
見守っていて下さい。おばさま。
私は久しぶりに気合いを入れた。
「行くわよ、アスカ。」

私は、シンジの家のドアを引いた。
鍵がかかってない!
「いける!!」
私はシンジの家に入った。
しかし、そんな私の気合いは、一瞬で吹きとんでしまった。

中は薄暗く、ゴミがちらかっている。
おそらく、ユイさんが死んでから、すぐにおじさまは出ていったのだろう。
ずっと一人だったんだ…シンジ。
すさんでるな。
この部屋も、そして、多分、シンジも。
私に、できるだろうか?
シンジを振り向かせることが、本当にできるのだろうか。
…大丈夫。きっと大丈夫。
大切なこと、思い出したから。
素直になること。
おばさまが…ユイさんが、教えてくれたこと。
…私は…シンジが…好き。
シンジの部屋のフスマの前で、私はもう一度、気合いを入れた。
「もう、あとはないわよ。アスカ。」

シンジは、頭から布団をかぶって寝ていた。
「目を覚ましなさい!バカシンジ!」
布団を剥ぎとる私。
シンジの目は、既に開いていた。
…でも、生気の無い目。
何も写してない目。
私は、大きな声を出していた。
「いいかげんに目を覚ましなさい!!バカシンジッ!!」
シンジの表情が、少し動いた。
「ユイおばさまは、おかあさんは死んだのよ!もう、いないのっ!!…だから…だから…」
だから…何?
シンジの顔がこちらを向く。
何?…私は何を言えばいいの?
「だから…だから…だから見て、

私を見て!


アスカ…なぜ、泣いてるの?

「あんたバカ?悲しいからに、決まってるじゃない!」

なぜ?

「バカ!おばさまが死んで、悲しいのがアンタだけだと思ってたの? おばさまは…ユイおばさまは…私にとっても「おかあさん」だったのよ!」

「…おかあさん…おかあさん…私を一人にしないで。一人は嫌ッ、ひとりはイヤッッ!」

私はタタミにうつぶせになって泣き出した。私の涙がタタミを濡らす。
ポタ。
私の背中に涙が落ちた。
え…?背中…?
私が顔を上げると、瞳に涙をいっぱいためて、顔をくしゃくしゃにしたシンジがいた。
「グスッ…。ごめんよ…。母さんが死んで…悲しかったのは…アスカもだったんだ…。」
シンジはぎゅっと、私を抱きしめた。
「ごめんよ…ごめんよ…今まで、分かってあげられなくて…、アスカ。」
「シンジ…。」
私はそっと、シンジの頬をぬぐった。
「出てるよ。涙。」
シンジは、驚いたような、泣きたいような、笑ってるような、おかしな顔をした。
「あ…ホントだ…。…ハハ…グスッ、…ハハハ…
…なんだ、僕はまだ…グスッ、…泣けるんだ…グスッ…」
私は、少し微笑んでいた。
「それに…笑えるわ。」
シンジは、また、驚いたような、泣きたいような、くしゃくしゃの顔を、さらにくしゃくしゃにした。
「ああ…そうだ。…そうだったんだ…」
シンジは私をまっすぐに見つめた。
「…アスカ…。」
シンジが私を見てる。まっすぐに見てる。私の名を…呼んでいる。
「何?…シンジ。」
シンジは微笑んだ。
「ありがとう。」


we have "angels' wing."
episode 5."Love me,I love you."
次回予告
アスカとシンジの「見えない壁」は取り除かれた。しかし、「最強の敵」創造主たる父が残っている。果たして、少年は父と戦えるのか?父の悪夢から、抜け出せるのか?
次回:第六話(Aパート)「世界のかたすみで、アイをつぶやいたもの」