朝が来た。
私は今日も一人で目覚めた。
嫌な一日の始まり。
シンジと顔を合わせるのが、辛い。
もう、どうすればいいのか分からない。
「行ってきます。」
私は誰もいない家でつぶやいた。

見えない翼、



扉を叩く青い風

「よろこべ男子。今日は転校生を紹介する!」
ミサト先生が、明るい声で言う。
「おおー!」
それに答える男子。…バッカじゃないの?
…そして、出てきた子は、見るからに暗そうな、青い髪、赤い瞳の女だった。
「…綾波レイ。」
それっきり、そいつは黙ってしまった。
「…」
教室を、沈黙が支配する。
そんな沈黙に、真っ先に耐えられなくなったのは、ミサト先生だった。
「あ…あの…綾波さん?もうちょっち、話すことない?」
「…」
やはり、沈黙。
今回も、沈黙に負けたのは、ミサト先生だった。
「まあ、いいわ。綾波さんの席はここ、窓際の一番前ね。」
その女「綾波レイ」は、何もいわず席についた。
私は、その女の顔を、どこかで見たような気がしていた。
…どこだろう?
私の頭は、そのことでいっぱいだった。

学校も終り、夕暮れ時。もう、下校時刻だ。
私は今日も、シンジの背中を見ながら歩いていた。
中庭まで出た所で、シンジはふと、顔を上げた。
…シンジは教室を見上げている。
その先には…夕暮れの教室。そして、窓際の席に座り本を読んでるあの女の姿があった。
ユイおばさま…いえ、あれは、「綾波レイ」。
やっと分かった。あの女はおばさまに、似てたんだ。
シンジはしばらくその女を見つめていた。
私は、そんなシンジを見つめていた。

それから数日。シンジは、その女の方をいつも気にしているようだった。
あの女はいつも一人でいる。そして遠くからそれをシンジが見つめ、さらにそれを私がみつめた。
ユイおばさまが死んでから、誰にも心を開かなかったシンジが、あの女を見ている。
シンジ…あなたが見ているのは、レイ?それともユイさん?

ある日の昼休み、私は思い切って話しかけることにした。

その女は木陰で一人、本を読んでいた。
私は彼女に気付いて欲しくて、わざと私の影が本に落ちるような方から近付いた。
私の影が、彼女の本に落ちる。
しかし、彼女は私の方には向かず、影を避けるように本を動かした。
また、私が動く。
彼女が避ける。
これではいつまでたっても終らない。
「こんにちは、転校生。」
そいつはしばらくして答えた。
「…何?」
無表情…これじゃあ、今のシンジと同じじゃない。
ううん。こんな事で弱気になっちゃダメ。
「仲良くしましょ。」
その女は、少し経ってこう言った。
「何故?」
私は、何と答えればいいのか困った。
「その方が、何かと都合がいいからよ。」
再び、沈黙。
「必要があれば、そうするわ。」
感情のこもってない声。…どうやったらそんな声、出せるの?
私は結局、逃げ出した。

それから、また、数日が過ぎた。
私達の関係は、前と同じだった。
私がシンジを見つめ、シンジが「あの女」を見つめる。

そんなことが、1ヶ月も過ぎた頃だった。
私はいつも通り、シンジの後ろを歩いていた。
あれ、この道…違う。
シンジは、家に帰る道から外れ、さらに歩いていった。
どこ?…どこにむかってるの?
私はその時、やっと気付いた。
シンジの前に、あの女がいる。
「綾波レイ」
シンジはあの女の後をつけていたんだ…。
私は、もう、何も考えられなくなっていた。
シンジがあの女を追いかける。
私がシンジを追いかける。
そして、行きつく先は…

不意に、シンジが立ち止まる。
えっ、何?何なの?これ。

それは、私にとって。そしてシンジにとっても信じられない光景だった。

おじさまが…ゲンドウおじさまが、道の向こうからやってきて、
「綾波レイ」に話しかけた。

何…いったい何が起こっているの?

「綾波レイ」が笑顔で答える。

あの子が笑うの、始めて見た…

ゲンドウおじさまも、笑顔をかえす。

うそ…。

そしてそのまま二人、家へと入っていった。

「うわあああああああああああっ。」
そうだ、シンジもこれを見ていたんだ。
シンジの叫び声で我にかえった時、
既にシンジは走り出していた。
「待って、シンジ!」
私は追いかけたが、シンジに追いつくことはできなかった。

はあ、はあ、はあ、
私は、家にたどりついた。
私は、涙がこみ上げてきた。
何?何故?なぜ悲しいの私?
なぜ?
シンジがあの女しか見ないから?
シンジがあの女の後をつけたから?
おじさまが…あの女と笑っていたから?
おじさまが…あの女と、新しい家庭を持ったから?
その時、突然、私は理解した。
今まで、私は「シンジ」が淋しがってると思っていた。
今まで、私は「シンジ」が悲しがってると思っていた。
でも、違った。
「本当にユイおばさまを失って、悲しかったのは、私だったんだ。」
おばさま。おばさま。
私のパパが再婚してドイツに帰った時、私の面倒を見てくれると言ったやさしいおばさま。
そう、おばさまは、私にとって、「おかあさん」以上の「おかあさん」だったんだ。

ポタ。

何?これは。涙?
ああ、そうか。
「涙が出なかったのは、私も同じだったんだ。」

グスッ、グスッ。
「おかあさん。」
私は口に出して言った。すると、もう、涙が止まらなかった。
私は泣いて、泣いて、泣き疲れて、眠りについた。


you have "angels' wing," mother. so,me too.
episode 4."knock'n on the Heaven's door"
次回予告
果たしてシンジは「アスをシンジる」のか?それとも「破綻」するのか?アスカはユイの呪縛からシンジを救い出せるのか?
次回「残酷な天使のテーゼ」