学校も終り、夕暮れ時。もう、下校時刻だ。
私は今日も、シンジの背中を見ながら歩いていた。
中庭まで出た所で、シンジはふと、顔を上げた。
…シンジは教室を見上げている。
その先には…夕暮れの教室。そして、窓際の席に座り本を読んでるあの女の姿があった。
ユイおばさま…いえ、あれは、「綾波レイ」。
やっと分かった。あの女はおばさまに、似てたんだ。
シンジはしばらくその女を見つめていた。
私は、そんなシンジを見つめていた。
それから数日。シンジは、その女の方をいつも気にしているようだった。
あの女はいつも一人でいる。そして遠くからそれをシンジが見つめ、さらにそれを私がみつめた。
ユイおばさまが死んでから、誰にも心を開かなかったシンジが、あの女を見ている。
シンジ…あなたが見ているのは、レイ?それともユイさん?
ある日の昼休み、私は思い切って話しかけることにした。
その女は木陰で一人、本を読んでいた。
私は彼女に気付いて欲しくて、わざと私の影が本に落ちるような方から近付いた。
私の影が、彼女の本に落ちる。
しかし、彼女は私の方には向かず、影を避けるように本を動かした。
また、私が動く。
彼女が避ける。
これではいつまでたっても終らない。
「こんにちは、転校生。」
そいつはしばらくして答えた。
「…何?」
無表情…これじゃあ、今のシンジと同じじゃない。
ううん。こんな事で弱気になっちゃダメ。
「仲良くしましょ。」
その女は、少し経ってこう言った。
「何故?」
私は、何と答えればいいのか困った。
「その方が、何かと都合がいいからよ。」
再び、沈黙。
「必要があれば、そうするわ。」
感情のこもってない声。…どうやったらそんな声、出せるの?
私は結局、逃げ出した。
それから、また、数日が過ぎた。
私達の関係は、前と同じだった。
私がシンジを見つめ、シンジが「あの女」を見つめる。
そんなことが、1ヶ月も過ぎた頃だった。
私はいつも通り、シンジの後ろを歩いていた。
あれ、この道…違う。
シンジは、家に帰る道から外れ、さらに歩いていった。
どこ?…どこにむかってるの?
私はその時、やっと気付いた。
シンジの前に、あの女がいる。
「綾波レイ」
シンジはあの女の後をつけていたんだ…。
私は、もう、何も考えられなくなっていた。
シンジがあの女を追いかける。
私がシンジを追いかける。
そして、行きつく先は…
不意に、シンジが立ち止まる。
えっ、何?何なの?これ。
それは、私にとって。そしてシンジにとっても信じられない光景だった。
おじさまが…ゲンドウおじさまが、道の向こうからやってきて、
「綾波レイ」に話しかけた。
何…いったい何が起こっているの?
「綾波レイ」が笑顔で答える。
あの子が笑うの、始めて見た…
ゲンドウおじさまも、笑顔をかえす。
うそ…。
そしてそのまま二人、家へと入っていった。
「うわあああああああああああっ。」
そうだ、シンジもこれを見ていたんだ。
シンジの叫び声で我にかえった時、
既にシンジは走り出していた。
「待って、シンジ!」
私は追いかけたが、シンジに追いつくことはできなかった。
はあ、はあ、はあ、
私は、家にたどりついた。
私は、涙がこみ上げてきた。
何?何故?なぜ悲しいの私?
なぜ?
シンジがあの女しか見ないから?
シンジがあの女の後をつけたから?
おじさまが…あの女と笑っていたから?
おじさまが…あの女と、新しい家庭を持ったから?
その時、突然、私は理解した。
今まで、私は「シンジ」が淋しがってると思っていた。
今まで、私は「シンジ」が悲しがってると思っていた。
でも、違った。
「本当にユイおばさまを失って、悲しかったのは、私だったんだ。」
おばさま。おばさま。
私のパパが再婚してドイツに帰った時、私の面倒を見てくれると言ったやさしいおばさま。
そう、おばさまは、私にとって、「おかあさん」以上の「おかあさん」だったんだ。
ポタ。
何?これは。涙?
ああ、そうか。
「涙が出なかったのは、私も同じだったんだ。」
グスッ、グスッ。
「おかあさん。」
私は口に出して言った。すると、もう、涙が止まらなかった。
私は泣いて、泣いて、泣き疲れて、眠りについた。