第一話、「楽園喪失」
(一瞬の沈黙)
「エッチ、チカン、ヘンタイ、信じらんない!」
パン!!
「しょうがないだろ、朝なんだから!」
パン!
「じゃあ、おばさま行って来ます。」
「いってきます。」
こうして、ありふれた私の日常が始まった。この頃の私は、昨日と同じ今日、今日と同じ明日が来ると無邪気に信じていた。「彼氏」にしてはちょっと頼りないけどシンジもいるし、ユイおばさまはやさしくて、私に本当の家族のように接してくれている。だから今の生活に不満もないし、私にとってはそれで十分だと思っていた。このままずっとゆっくりと、時が流れてゆけばいいなと、思っていた。
キキー
学校に到着するなり、いきなり青いスポーツカーがやって来た。担任のミサト先生の自慢の車だ。乗ってるのは…当然ミサト先生。
「シンジ君。」
ミサト先生の顔が青い。とても真剣な顔をしてる。このいつもおちゃらけてる先生が、こんな顔をしてるのは、始めて見た。
「何ですか?先生。」
シンジが聞いてる。私も何だろう?と興味本位で聞いていた。
「今、病院から連絡があって、シンジ君のお父さんとお母さんの乗ってた車が事故を起こしたって。」
さっとシンジの顔が青くなる。
「そ…それで、母さんは、父さんは、…どうなったんですか?」
ミサト先生は、言いにくそうにしながら、シンジに答えた。
「今、治療中だって。中央病院で。」
「私もついて行っていいですか?」
思わず、私は先生に言ってた。おばさまは、ユイおばさまは、私にとっても「お母さん」みたいなものだ。
「乗って。」
ミサト先生はそう言って、私達を自分のスポーツカーに載せ、病院まで連れて行ってくれた。
病院に着いて既に、手術は終った。
手術をしたお医者さんが出てくる。
「旦那さんの方は、あれで生きてるのが不思議なくらいでしたが、もう命に別状はありません。しかし…。」
お医者さんは、言いよどんだ。
「どうなったんですか?母さんは…」
シンジは消え入りそうな声で聞いた。
「我々も最善の努力はしましたが、ここに運ばれて来た時には、もう既に手遅れでした。」
「そんな。おばさまが。」
私はショックで、そこまでしか言えなかった。
シンジは言葉を失ってる。
私達二人は、そのまま、ミサト先生とお医者さんが話しているのを、ただ呆然と、眺めていた。
こうして、私のささやかな日常は終りを告げた。
それから、みんなが立ち直るまでに、長い長い時間を必要としたのだけど、
その話は、また今度。