かくしEVAルーム一周年記念小説
『黄昏の刻』 −−終末と創世の狭間に−−(作:惣流アスカ)
海に見えないこともない。
しかし、潮の匂いは感じなかった。
微かな風が水面を揺らす。
空にはいつもの夏らしい真っ白で大きな雲はない。
しかし、日差しは妙にぼんやりとしており、見上げても眩しいとは感じなかった。
太陽の光が反射して、水の奥底にある物を見せようとはしない。
覗き込もうと思うならすべてを観ることが出来たはずだ。
しかし、渚の二人はそうしようとはしなかった・・・・
「アスカ・・・」
膝を抱えて座る少年は、自分と同じ姿勢で傍らに座る少女に声をかけた。
「なに、シンジ・・・・?」
返した声は微かだ。
それはその少女らしくもないことであったが、今の二人にとって大きな声を出
す必要はなかった。みんなに見てもらいたくて、自分だけが一番になりたくて
いつも誰よりも大きな声で喋っていた彼女は、今や別人のようであった・・・
「静かだね・・・・」
いつも控えめな少年。
それは今になっても変わらなかった。
しかし、少女に語りかける彼の姿は、完全に衆目から解放されたようであった。
「うん・・・・」
少女の視線は再び豊富な水を湛えた湖の水面に移った。
彼はそんな彼女の視線の行く先を見て、ひとことつぶやく。
「揺れる水の音しか・・・・聞こえないね。」
「うん、蝉の声も・・・・もう聞こえないわ。」
あれほどうるさかった蝉の鳴き声も、今や懐かしく恋しいものにすら感じる。
「ほんとだ・・・そう言えば聞こえない・・・・」
「鳥の鳴き声も、魚の跳ねる音も、生きとし生けるものはすべて・・・・」
「樹は・・・・どうなんだろう?」
「わからないわ。でも・・・・きっと駄目だと思う。ほら、全然生気を感じな
い・・・・」
少女の言葉に導かれて、少年は辺りを見渡した。
山々に囲まれたこの街も、今やその意味を失っている。
そして青々と茂り続けているかのように見える山の木々にも、不思議と暗い死
んだようなイメージがつきまとった。
「みんな・・・・死んじゃったのかな・・・?」
「・・・・そうかもしれない。」
彼女の瞳は透き通っていた。
そしてその表情は全ての感情を失ったかのように穏やかだった。
彼の知っている彼女とは違う。
だから彼は、そっと彼女に謝った。
「・・・・ごめん、アスカ・・・・」
「・・・どうして?」
「その・・・僕が・・・・・」
「シンジが望んだの、この世界を・・・・?」
「よくわからない。でも・・・そうみたいだ・・・・・」
彼は彼女の問いかけに、自嘲的に呟く。
いつもだったら彼を叱咤するか笑い飛ばすかする彼女も、今は死んだような視
線を向けるだけであった。
そして彼はそんな彼女を見るのがつらくてそっと視線を外した。
しかし、そこには・・・・
「うっ・・・・」
それは決して夢などではない現実の世界であることを彼に見せつけるものであ
った。そう、それは巨大化して、そして崩れ落ちた綾波レイの姿であったのだ。
彼はそんな現実は見たくなかった。
しかし、どこを向いても現実しか見えなかった。
それは彼の作り出した理想境ではなく、理想を目指した現実の姿であったのだ。
そこにあるのは彼の作り出した数多くの破綻と、そして・・・
たったひとつの真実であった。
「レイ・・・・なのね?」
「・・・・うん。あれが・・・・綾波レイだ。」
「むごいわね・・・・アタシはずっとあいつを嫌ってたけど、今では哀れに思
うわ・・・・」
「・・・・」
今の彼には、彼女の言葉を受け止めるだけの勇気がなかった。
しかし、もうあの白い物体を見ることも出来なかった。
だから彼は・・・湖を眺めていた。
多くの忌まわしいものを奥底に隠しているであろうそれも、水のきらめきがそ
れを隠していてくれた。
「あの娘を・・・求めなかったの?」
「・・・うん・・・・」
「どうして?シンジは好きじゃなかったの、レイのことが?」
「好き・・・・だったよ。」
「ならどうして!?」
彼の言葉に彼女も思わず声を荒げる。
自らが言い出した事柄であるにもかかわらず、穏やかに答える彼の言葉を認め
ることが出来なかったのだ。
「綾波は好きだったよ。大切にしたいと思ってた。でも・・・・」
「でも?」
「アスカしか考えなかったんだ。」
「えっ?」
「アスカと僕、二人だけの世界を望んだ訳じゃない。でも、アスカのことだけ
を考えてた。だから・・・・」
「レイが蘇らないだけでなく、アタシ達二人を除く全ての生命が消えてなくな
ったって言うの?」
「・・・そうかもしれない。だからごめん・・・・」
彼は謝る。
むやみに謝るのを厭う彼女だとわかっていても、彼は謝ることしか出来なかった。
そしてそんな彼をそっと彼女はたしなめる。
「バカ・・・謝るんじゃないわよ。」
「・・・・」
「ア、アンタが・・・アタシのことだけを思っててくれたって言うのにさ・・・・」
「アスカ・・・・」
「うれしいよ、シンジ。ありがとう・・・・」
「・・・僕、なんて言っていいのか・・・」
「バカ、何も言わなくっていいのよ。もう、アタシ達二人だけなんだから・・・」
「・・・・そうだね、アスカ・・・・」
「そう、アタシももう、普通にしてられる・・・・」
「僕は・・・・変わらないかな?でも、僕の周りは変わったよ。」
「そうね・・・・」
そして二人は黙って湖を見つめる。
その先に二人が見たものは・・・・一体何なのだろうか・・・?
時は流れる。
もう、時間は価値を持たない。
ただ、沈み行く太陽がその存在を二人に教えてくれた。
「寒くない、アスカ?」
「うん、大丈夫・・・・」
彼女の様子を気遣う彼。
いつもは気丈な彼女だが、二人だけの今は少しだけ本当の自分、偽らない気持
ちを見せた。
「でも・・・・少しだけ・・・・・」
そして彼女は少しだけ彼との距離を詰めた。
肩と肩がほんの少しだけふれあう距離。
まるで彼に抱きかかえてくれと言わんばかりの距離であった。
しかし、彼女の想いは虚しく響く。
彼は人と触れ合うのが恐いのか、決して自分から彼女に近付こうとはしなかった。
だが、彼女はそんな彼を責めなかった。
心の傷を癒すのに触れ合いを求める人がいるならば、反対に一人になって自らを
守る人もいたからだ。
彼女は自分を知っていると同時に、彼をも理解していた。
自分とは正反対な彼ではあるが、それだけに彼のひとつひとつが気になった。
そして彼女はいつのまにか、彼だけを見つめるようになっていたのだ。
「・・・・痛く・・・ない?」
彼はそんな彼女と視線を合わさずに訊ねた。
合わせたくても合わせられなかったのかもしれない。
それはつらい現実ではあったのだが、それ以上に彼は彼女を思いやらずにはい
られなかったのだ。彼女もそんな彼の心情を察してか、自分を直視できない彼
を認める。そう、見れない彼の代わりに精一杯彼を見つめて・・・・
「大丈夫。痛いとか、そういうこともないから・・・・」
「そう・・・よかった。心配だったんだ、アスカが。」
「・・・・ありがと。でも・・・・」
「でも?」
「心が痛い。ずきずき痛むの・・・・」
「・・・アスカ・・・・」
「アタシもシンジと二人でいたかった!!二人っきりになりたかった!!でも
でも、こんなのアタシが求めてた世界じゃない!!」
とうとう彼女は屈した。
彼の心が、彼と共にあると言うことが、彼女を弱くさせていた。
しかし、彼にとってはそんな彼女の変化よりも、彼女の言葉自体の方が重かった。
だから彼は沈んだ表情で彼女に謝る。
「ごめん・・・・僕のせいだ。閉ざされた僕の心が・・・・きっとこんな死に
絶えた世界を求めたんだよ。自分とアスカ以外はいらないって・・・・」
「シンジ・・・・」
「自分勝手だよね、僕って。みんなの気持ちも考えないで・・・・」
「・・・・そんなこと・・・ないわよ。」
「どうしてさ?」
「だって、自分の気持ちを考えることを否定して、それが正しい事だと思う?」
「いや・・・確かに理屈はそうかもしれないけど、僕には世界に対して責任が
あるんだよ。」
彼女の言葉を聞いても自分を許すことの出来ない彼に対して、彼女は少しだけ
いつもの明るい様子を見せて言う。
「誰がそんなのを決めた訳!?誰も決めてやしないじゃない。」
「そ、それは・・・・」
「シンジには何の責任もないわ。たとえ世界がこのままであっても・・・・」
「そんなことないよ。そうなったら、僕は死んでも死にきれない。」
彼は彼女の慰めと励ましの言葉さえも受け入れられぬほど自分を責め続けてい
た。今までは彼女のことしか考えていなかったのだが、改めて彼女と二人きり
になってみると、如何に自分達が失ったものが大きかったのかを悟ったのだ。
だが、そうやっていつもいつも自分を責める彼の姿と言うのは、彼女にとって
は見慣れた光景であった。だから彼女は慣れたやり口で彼の心を導く言葉を紡
ぎ出した。
「・・・いや、アンタにはひとつだけ責任があるわ。」
「えっ・・・?」
「アタシよ、ア・タ・シ!!アンタが死んじゃったら、アタシはどうする訳!?
どうすることも出来ずに、一人ぼっちでさみしいじゃない。」
「そ、それは・・・・」
「少なくともアンタがアタシの存在を望んだんだから、その責任はしっかりと
取ってもらうわよ。いいわね!?」
「そりゃあ、アスカの言う通りだし、アスカを残して死のうなんて思う訳ない
けど・・・」
「なら、もううじうじしないの。アンタはアンタに課せられたたったひとつの
責任を果たせばそれでいいんだから。」
彼女はそう言うと、おもむろに立ち上がって彼を見下ろした。
彼は驚きつつも彼女を下から見上げる。
彼女は彼の間の抜けた顔を見て、軽くクスっと笑みをこぼすと、彼の腕を取っ
て引っ張り起こした。
「ほら、立って立って!!こんなとこにいても仕方ないじゃない!!どこかい
いとこに行こ!!」
「で、でも・・・・」
「一体今更何の不満があるって言うのよ?アタシ達はまだ、未来を築いて行か
なくちゃなんないんだから!!」
「・・・・でも、どこに行っても同じだよ。僕とアスカ、二人だけしかいない・・・」
「そりゃあ、そうかもしれないけど・・・・アタシ、ここにいたくないのよ。
ほら・・・・」
彼女は少しだけ辛そうにそう言って、そっとかの白い物体に視線を向ける。彼
はすぐさまそれを理解して彼女に応えた。
「確かにそうだね。ここは・・・つらすぎるよ。」
「うん・・・・」
「でも、これはなくならないし、忘れることも出来ない。それに、忘れちゃ駄
目だと思う。」
「どうして?どうしてそう思うの?アタシは今すぐにでも忘れたい・・・」
彼女はまるで彼には彼女を苛む忌まわしい記憶を拭い去る力があるかのように
彼に求めた。彼は自分に出来る事などほとんど何もないと思っていたので、救
いを求める彼女に対しても、うつむいて自分の情けなさを披露することしか出
来なかった。
しかし、それは彼の間違いだった。
彼女の憶えている限り、彼はたくさんのことを彼女にしてくれた。
彼がすることはごく自然に行ってきたことであったが、そう言う自然な行いこ
そが、彼女に人の本当の善意の存在を教え、彼を彼女の中での特別なものへと
変えて行った。
そして今回も、彼は言わずにはいられなかった。
余計な事だと思いつつも、彼は彼女に自分の思いを打ち明けた。
「僕は忘れないよ、綾波の存在を・・・・」
「シンジ・・・・」
「綾波が何を望んだのか、僕には最後までわからなかった。でも、綾波がああ
なりたくなかったのは事実だと思う。人のままで、人間として世界を生きたか
ったんだと思う。そして多分、綾波がこうなったのは僕の為に・・・・」
「・・・・」
「こんな僕の自分勝手な死に絶えた世界を築くために、綾波は自分を捨てたん
だ。だから僕は、綾波を忘れない。忘れちゃ駄目なんだ・・・・」
「・・・・」
「確かにアスカの言う通り、こんな姿になってしまった綾波を見るのはつらい
よ。でも、だからと言って目を逸らしたら、綾波が可哀想だと思わないかい?」
「うん・・・・そうね。」
「だから僕はここを離れても、時々ここに来て綾波の姿を見に来るよ。そして
僕の姿を見せに・・・・」
彼はそう言うと、軽く目を細めた。
それはかつて一緒に過ごした、短いけれど楽しかった日々を思い出しているの
だろうか?
彼女は失われた少女を想う彼の姿を見て、自分が彼を完全に独占したのではな
いことを知り、少しだけせつなく感じた。
だが、彼女は彼を責めたりはしない。
彼のやさしい気持ち、人を想う心を汚したくなかったのだ。
たとえ自分がつらい気持ちになったとしても、彼女は今のままの彼であること
を望んだ。
「シンジ・・・・」
「・・・ああ、アスカ・・・・」
「夜が・・・来るわ。どうする?」
「うん・・・・確かにアスカの言う通り、ここにいるのはつらいね。どこかの
家に入ろう。」
「アタシ達の家じゃなくって?」
「・・・・うん。誰もいないんだし、気にすることはないよ、アスカ。」
「気になんてしてないけど・・・・どうしてなの?」
「・・・・・あそこには、思い出があり過ぎるから・・・・・」
彼の辛そうな表情を見て、彼が失ったものはあの少女だけではなかったことを
思い出した。そして自分が彼のことだけしか考えていなかったことに思い至り、
軽く苦笑した。
「いいわよ、シンジ。全然知らない人のうちに忍び込むのも面白いかもね。」
「うん・・・・でも、アスカは自分の枕じゃなくて大丈夫?気持ち悪いとか、
そう言うのはない?」
「うーん、気になると言えば気になるかも・・・・?」
「じゃあ、取りに帰る?着替えとかもいるし・・・・」
「なんだかそれじゃあ意味がないじゃない。そこまでするならそのまま今まで
通りのところで寝るわよ。」
「そ、それもそうだね。じゃあ・・・」
彼が彼女の意向を満足させるために何か提案しようとすると、それを制して彼
女はこう言った。
「枕はもうあるからいいわよ。」
「えっ?どういうこと?」
「これ。」
彼女はそう言って、彼の腕を取る。
彼はそうされてはじめて彼女の言いたいことを理解した。
「これって・・・・腕枕?」
「そ。恥ずかしいから口に出さないでよね。」
「ご、ごめん・・・・」
「物は色々残ってても、結局人はアタシ達二人だけなのよ。だからアタシ達は
ひとつでいるの。寂しさを紛らわせるために・・・・」
「僕は・・・・寂しくなんかないよ。」
「今はね。でも、月日が経つにしたがって、寂しさは増すわよ。なんたって話
し相手はアタシだけなんだから・・・・」
「アスカがいれば、寂しくなんかないよ。」
「そう、だから一緒にいたい。片時も離れたくない・・・・」
「うん・・・・そうだね。」
「だから、腕枕・・・・ね?お願い。」
「わかったよ。ちょっと細すぎるけど、頑張ってみる。」
彼はそう言って、彼女の期待に応えようと自分の情けないひ弱な二の腕を見つ
めるのだった。
そして彼女は自分から視線を外した彼にさりげなく告げる。
「そう、頑張ってよ、色々と・・・・ね。」
「色々?」
「そ、色々。お互いを頼るしかないんだからね。」
「それもそうだね。寂しい話だけど・・・・」
「・・・・・・・・・寂しくない様にすればいいじゃない。」
「えっ?」
「ほら・・・・二人じゃなくって・・・・三人とか。」
「三人?あとの一人は!?」
彼は彼女の頬が真っ赤になっている理由にも気付くことなく、全く訳がわから
ないと言った感じで聞き返した。
すると彼女は更に顔を真っ赤に染めて小さく言った。
「ばか・・・自分で考えなさい。」
「そ、そんなこと言われたって・・・・誰だろ?蘇る人でもいるの?」
「いないわよ。だから・・・・・つくるのよ。」
「えっ?つくるって・・・・」
彼はようやく彼女の意図していることを悟った。
そして、彼女の頬が赤い理由も・・・・
「そういうことよ、ばか。」
「って、言うことは・・・・」
「恥ずかしいじゃない。それ以上言わないで。」
「ご、ごめん・・・・」
「でも、アタシは女でシンジは男。だから可能なのよ。新たな生命を生み出す
ことが・・・・」
「・・・そう考えると、凄いことだね。」
「うん。誰もいなくなっても、アタシとシンジがいる限り、人類は滅びないわ。」
「・・・・」
「アタシとじゃ・・・・いや?」
彼女はまるで初心な彼をからかうかのように、思いっきり流し目をくれてそう
訊ねた。すると彼は真っ赤な顔をしながら首が引き千切れんばかりに大きく横
に振る。
彼女はそんな彼の様子を見て、心の底から笑った。
それは、この死に絶えた世界にも、唯一の希望が備わっていると言うことを証
明しているかのようだった。
そして彼も彼女につられて笑う。
笑うことによって全てが消え去り、あとには幸せな世界だけが残るような、そ
う思わせる二人の笑いはしばらく続いた。
地面の上で笑い転げる二人。
そして笑い疲れると、二人とも仰向けになって空を見上げた。
「シンジ・・・・」
「なに、アスカ?」
「知ってる?」
「何を?」
「子供のつくりかた。」
「な、何言ってんだよ、急に!?」
「急にじゃないわよ。今までその話をしてたんじゃない。」
「そ、そりゃあそうだけど・・・・」
「だから・・・どうなの、ほんとのところ?」
「・・・・ぼ、僕だって一応男の端くれなんだよ。知らない訳ないじゃないか。」
「ほんとに?」
「ほんとだよっ!!」
「じゃあ、シンジに任せるね。アタシの赤ちゃんをつくって。」
「と、唐突だなぁ・・・」
「いいでしょ、どうせ誰もいないんだし・・・・」
「まあ・・・・」
「あ、でも、最初だけはアタシに決めさせて。」
「どういうこと?」
「はじめは・・・・二人のはじまりは、キスからはじめたいな、って思って・・・」
「キス?」
「うん、キス。ファーストキスじゃないけど、二人のセカンドキス。いいでしょ?」
「二度目の人生の始まり・・・だね?」
「まあ・・・そうね。アタシとシンジと、それからたくさんの子供たちの・・・」
「いいね、そういうのって・・・・」
「じゃあ、行くわよ・・・・」
二人は地面に横たわったまま身体を寄せ合った。
そして唇と唇を近づける・・・・
彼女は思った。
このままでもいい、と。
彼との子供たちで自分の周りが埋め尽くされるなら、寂しくないと思った。
子供なんて絶対に産まないと思ったこともあったが、そう思った彼女はもはや
昔の存在だった。
彼女は彼にも黙っていたが、彼以外の人間を欲してはいなかった。
彼は自分の閉ざされた心がこの誰もいない死に絶えた世界を生み出したと言っ
たが、彼の言葉を聞いて彼女は戦慄を感じたのだ。
何故なら彼女も似たような思いを抱いていたのだから・・・・
だが、今は違う。
彼女は彼だけではなく、他の人間を欲していた。
そう、それは彼女と彼の間に生まれた子供たちと言う形ではあったが・・・・
そして彼も思う。
こんな世界も悪くない、と。
彼女がいるのはうれしい。
でも、それだけでは寂しすぎた。
自分にも、それから彼女自身にも・・・・
だから彼女だけを欲していた彼は、はじめて彼女以外の他者を欲した。
そしてそれが自分と彼女との間に出来た子供と言うのであれば、彼はもう何も
言う必要はなかった。
あとはただ、彼女とはじまりのキスを交わすことだけであった・・・・
震える唇。
二人の想いと想いが交錯する。
そしてそれらがひとつになった時・・・・世界は光に包まれた。
世界は光に包まれて、光が世界になる。
もはや二人が、そして消え去った人々がどうなったか誰も知らない。
アスカとシンジ、二人だけを残して終末を迎えた世界。
残された二人も、この二度目のキス、はじまりのキスで導かれた。
そして世界は再構築される。
果たして全てが元の形で再生されるか、それは誰にもわからない。
しかし、二人のキスははじまりのキス。
再生が新生になろうとも、
アスカがアスカでなくなっても、
シンジがシンジでなくなっても、
きっと必ず憶えていることだろう。
二人の間に、世界を越えた愛が存在していたことを・・・・・
<完>
惣流アスカさんへの感想は高嶋がお預かり致します:hidden@mti.biglobe.ne.jp
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