昔の人は、夏になると、暑さを紛らわすためにいろいろなことをしたらしい。風鈴というものも、
そのうちの一つだそうで、試しに指でつついてみると、澄んでいて、きれいな音がした。窓の傍に吊るして
おくと風が通るときに鈴の音を聞かせるようになっている、とお店の人は言っていた。
今は年中夏だから、季節感もへったくれもないが、それでも少しでも涼しく感じるのはいい気分だろう
と思ったのと、その音に魅せられて、僕はそのお店にあった、他よりちょっと小さ目の風鈴を買ってきたんだ。
グレーの地に赤いほおずきの模様の入った小さな風鈴・・・
夏の夜
・・・チリン・・・チリン・・・ふっと体が浮くような感覚。
・・・・・・
「・・・・・・君・・・・・・・・・ンジ君・・・・・・」
・・・誰かが呼んでいる・・・?・・・声のするほうを見ると・・・
「・・・シンジ君、久しぶりだね・・・」
・・・!渚さん!?どうして!?
「どうしたんだい?僕をカヲル君とは呼んでくれないのかい?」
え?・・・もしかして、カヲル君なの!?
「そうさ。どうかしたのかい?」
どうして、どうして僕のところに?
「会いたかったからさ。それに君が苦しんでいるのを黙って見ていられなかったしね。」
・・・苦しむ?僕が?
「そう。僕にはシンジ君が苦しんでいるようにしか見えないよ。」
そんなことない!僕は幸せなんだ!
「シンジ君、嘘はいけな・・・」
うそなんかじゃない!どうして今ごろ!やっと忘れられると思ったのに!・・・・・・どうして・・・
「・・・少し落ち着いたかい?」
・・・・・・
「シンジ君、聞いてほしい。僕は君に謝らなければならないんだ。そして伝えなければならない。」
そんな!謝らなきゃいけないのは僕のほうだよ!僕は、僕は・・・君を殺してしまった・・・
「それはしょうがないさ。君はエヴァンゲリオンのパイロットで、僕は」
・・・そんなこと関係ない・・・だって、僕は、君に裏切られたと思って・・・
「理由がどうあれ、僕が君を裏切った形になるのは事実だし、その事については弁解しようがない。
それが原因で君は苦しんでいるんだろう?もちろん、それだけではないだろうけれど、それが忘
れられない。だから、」
でも、僕がやったことに変わりはないじゃないか!どうしてそんな風に笑っていられるの?
なんで平気なの?
「前にも言ったろう?僕にとって生と死とは等価値なんだ。それがシンジ君によってもたらされる
ものなら、僕は喜んで受け入れるよ。だから、あの事については、君は何も悪くはないんだ。」
でも、僕は自分を許せないんだ!僕を好きだといってくれた君を殺したんだ!初めてだった。
すごく嬉しかったのに・・・
「人は辛いことを忘れることで生きていける。そうも言ったよね。勝手な言い方かもしれないけど、
もう僕はシンジ君の心の中にしか存在しない。だから、シンジ君が僕を忘れられるなら、シンジ君
にとってそれに越した事はない。まあ、忘れられたくはないけどね。」
カヲル君のことを忘れられるわけがない・・・忘れようとしても・・・
「そう。時として人はどうしても忘れられないことがある。でも、辛い事も、楽しかった事も、
すべていつかは思い出に変わるときがくるんだ。そして、もし忘れられなくても、辛い思い
出だけを残す事だけが、忘れないという事ではないだろう、シンジ君?」
・・・・・・それは・・そうかもしれない・・・でも、そうなるまで、思い出に変わるまで、僕は独りで辛いこ
とを見つめなきゃならないの?・・・
「でも、今のシンジ君はもう独りじゃない。そうだろう?」
え?
「僕がもう一つ伝えたいのはその事さ。確かにあの時、シンジ君は独りだった。湖のほとりで見たと
き、シンジ君はとても寂しそうな顔をしていたよ。」
・・・・・・
「あの後、シンジ君がどのくらい辛い思いをしたか僕には想像できないけど、でも、最後まで逃げ出
さずに、乗り越えてきた。惣流アスカ、綾波レイ、二人を立ち直らせた。」
そんなことないよ。僕はいつだって卑怯で、弱くて・・・
「謙遜は美徳ではないよ、シンジ君。第一、そんな卑怯な人間に、二人の人間が惹かれる事がある
かい?シンジ君に彼女たちを支えるだけの強さがあったからこそ、彼女たちは立ち直ったし、その
強さを見たからこそ、君に惹かれるんだろう?」
・・・強さ?アスカも言っていたけど、本当に僕がそんなに強い人間なわけがないんだ。
「シンジ君は、人を信じるという事をどう思う?」
・・そりゃ、すごく大事なことだよ。それに、いいことだと思う。
「それなら、どうして自分の事を信じられないんだい?」
そんなこと出来るわけないよ!今まで無駄に生きてきて、いきなり、無理矢理エヴァに乗せられて、
トウジを傷つけ、カヲル君まで・・・こんな人間を誰が信じるって言うのさ!
「では、シンジ君がもっとも信頼する二人はどうだい?少なくとも、彼女ら二人は君の事を信じてい
るはずだけれど?それに、シンジ君を信じた僕は?それでも自分は信じるに足る人間ではないと
思うのかい?」
・・・わからない・・・僕にはわからない・・・
「確かに今は分からないかもしれない。でも、少なくとも君はあの二人を信じているんだろう?
それならば、あの二人の言葉に甘えてみればいいじゃないか。彼女らもそれを嬉しく思いこそ
すれ、迷惑だとか負担だとは思わないだろう?」
・・・そう、なのかな・・・
「さあ、これからはシンジ君が自分で考え、決めることだよ。どういう答えになるかは僕にはわから
ない。ただ、シンジ君は十分に信頼に値する人間だと、僕は思う・・・」
「・・・僕の伝えたかった事はこれで終わりだよ。もうそろそろ行かなくちゃならない・・・
シンジ君、もう君に会う事はないかもしれないけど、僕が今言った事だけは覚えていてほしい。
人は信じ合って生きるという事、シンジ君は信じるに足る人だという事・・・
それじゃ、さようなら・・・」
ちょっと、待ってよ!!カヲル君!!・・・
・・・・・・!
そこで、目が覚めた。時計を見ると、AM4:30を指している。まだ部屋の中は暗く、アスカや綾波も
当然起きてはいない。
「・・・夢か・・・最近は見なかったのにな、カヲル君の夢・・・」
・・・チリン、チリン・・・風鈴が鳴っている。ふとそちらを向くと、なぜかカヲル君の笑顔が見えたよう
な気がした。
チリン、チリーン・・・「大丈夫、シンジ君なら出来るさ」・・・
--END--
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