LAST TRICK OF THE SOLAR





朝。柔らかい日差しの中、シンジは庭の草花に水をやっていた。

・・・こうしていると季節が帰ってきたと感じる・・・

そう思いながら家の中へ入って行き、次の日課に移る。

いつもの日課。朝食の支度、そして合間を縫って寝室へ・・・


「シンジ。おはよう。」

「あれ、珍しいねアスカ。今日は自分から起きてたの。」

「アタシの寝顔が見られなくて残念だった?」

「たまには寝起きの顔も良いけどね。」

「なによそれ?まあ良いわ・・・じゃあシンジお願いね。」

「ああ。」


 そうしてシンジはアスカを抱きかかえると、ベッドの横に置いてあった車椅子に乗せ、

食卓へ向かった。




今は季節で言えば春。そして・・・西暦で言えば2081年だった。








あれから随分と色々なことがあったが、今の2人には静かな生活が訪れていた。

ここは郊外の別荘地にある2人の住居。少々小さい洋風建築の建物で、それは2人の趣味

の良さを表していた。

子供や孫にも勿論恵まれていたが、世話になることを良しとしないアスカの希望により、

ここで生活を初めて6年目になる。

金銭は全く問題無かった。年金と印税。それに蓄えで充分な老後が約束されていた。


シンジは大学卒業後、母校の中学教師を定年まで地道に勤めた。

今は週に3回近くの福祉施設に出向き、子供の相談をボランティアで行っている。

その温厚で誠実な人柄が教師や子供達にとても好かれていた。


アスカは大学院卒業後、そのまま大学に残り、教授になった。

高度な知性とストレートな態度・・・そして少々間抜けな所が学生に好評だった。

いつの間にか名物教授となり、一時はTVのレギュラーも務めた。

また流行作家としても活躍していた。今でも本屋には当然の如くコーナーがある。

今は自分のこれまでの著作を加筆、整理している生活。

5年前から体が不調を訴えだし、現在は車椅子の生活である。しかしその精神は相変わら

ず若く、活発なままであった。


「ごめんください。」


その日の午後、1人の来訪者が2人を訪ねてきた。1週間前電話連絡を行って来た人物だ。

2人は快く迎え入れた。


「お2人とは父の葬儀以来、10年ぶりでしょうか?」


「もうそんなになりますか・・・ところで相田さん。本日の要件は何でしょうか?」


「ええ実はですねえ・・・」


そう言って相田が鞄の中から取り出した物は「企画書」と書かれた1冊の冊子だった。


「これは?」

「実は今度ウチの会社で新作映画を作ることになりまして、その原作として・・・」

「アタシの著作を使いたいって言うんでしょ。言っとくけどタカいわよぉー。」

「せ、先生。あんまり脅かさないで下さい。」

「全く、アンタは学生の頃からちっとも変わって無いわね。」

「あ、アスカ。お金は充分あるじゃないか・・・何も今更。」


アスカは先ほどの不機嫌な顔から一転して笑顔になった。


「ふふ。冗談よ。それにしてもシンジまで引っかかってどうするのよ。全くアタシがいな

けりゃ今頃どうなってるのかしら?」

「アスカ。そりゃ無いだろう。」

「まっ、それがシンジだから仕方無いか・・・ごめんなさい。原作料のことはホントに冗

談よ。」

「そう言ってくれればプロデューサとしても助かります。」

「アタシとしては面白い映画にしてくれれば文句は無いから。・・・でアタシのどの原作

を使いたいの?」

「ええ、実はですねえ・・・」


そう言うと今度は鞄の中から1冊の本を取りだした。それを見たとたん2人が絶句する。


「こ、これ・・・」

「ええ、そうです。生前父に教えてもらったんです。」


その時アスカは目の前の相田の眼鏡が光った様な気がした。

10年程前に発表したその小説。

それは昔の自分達をモデルにした・・・痛快爆笑SFアクション小説だった。

さすがに年齢もあり、恥ずかしかったので当時ペンネームで書いたシロモノである。

今でもこの作者については諸説がある。・・・ただしその説にはアスカの名前は出なかっ

たが。




「ま、まあシナリオを読んでから検討させてもらうわ。」

「では取りあえずこれを・・・」


そう言って今度は「第1稿」と書かれたシナリオをアスカに渡す。


「ず、随分準備がいいじゃない?」

「必要な物は全部準備しておくこと・・・確か学生時代、先生に言われたことですが。」


・・・親子だなあ・・・

シンジは一瞬そこにいるのがケンスケのような気がした。


「まあ、よろしくご検討下さい。」


そう言い残して相田は去っていった。




そして夕食後。渡されたシナリオを読むアスカ。そして・・・


「駄目ね。」


開口1番アスカの一言である。


「どこかまずい所でもあるのかい?」

「全部よ。全く・・・」

「シナリオの段階から文句が出るなんて珍しいね。いつもは出来上がった映像を見るまで

文句が出ないのに。」

「忘れたの・・・これは特別な本なの・・・これだけは軽く扱われたくは無いのよ。」

「・・・そうだったね。」


2人が出会った遙か数十年前の戦いの記憶、暗い時代、そして逝った人々。

・・・あんな時代じゃ無かったら・・・もっと違う世界に生きていれば・・・皆・・・

アスカがこのたわいもない小説を書き綴ったのはそんな思いからだった。

不条理な程の世界設定とキャラクター、ハイテンションなギャグとパロディの応酬。

・・・・そして誰も不幸にならない。誰も死なないストーリー。

アスカは実は何冊もの著作の中で1番大事にしていた。



2人は暫くの間、過去に思いを馳せていた。

そしてその晩は珍しく会話も無いまま眠りについた。




次の朝




「シンジ、支度は出来た?」

「はは。随分張り切っているね。アスカ。」

「そうよ。あんなシナリオで納得出来る訳無いでしょ。文句の1つも言ってやらなきゃ。」

アスカは起きると早速相田に連絡し、シナリオライターと話し合うことにしたのだ。

さっきから待っていてくれている馴染みのタクシー。

それに意気揚々と乗り込むアスカ。そして苦笑しつつもシンジも一緒に乗り込んだ。

そして2人はオフィスに到着し、相田の案内で1人の若い女性と面会する。

彼女が問題のシナリオライターだった。

そしてアスカは赤字で大きく「不可」と書かれたシナリオを渡すと開口1番、


「3日以内に書き直してアタシの所に持ってくること。でなければ映画化の話は無かった

ことにしてもらうわ。」


と、言い放った。そして呆然とするそのライターに向かってそっと、


「誰かのコピーはやめなさい。」


と付け加えただけでその日の用事は終了した。




3日後、雨の中、彼女は1人で「第2稿」を持参してやって来た。




「どうでしょうか?」

「駄目ね。・・・また3日後持ってきて。」

「・・・解りました。」


それから彼女は何度も足を運ぶことになった。


「どうでしょうか?」

「うーん、そうねえ・・・最初の頃に比べればまだマシって程度ね。」

「具体的にどこが駄目なんでしょうか?」

「それを聞いてどうするの?・・・それをアタシから聞いた瞬間から、このシナリオはあ

なたの作品じゃ無くなるのよ。・・・楽をしちゃ駄目よ。」

「!」

「まあヒントだけあげるわ。アタシが最初に言った言葉を思い出しなさい。」

「最初の・・・あっ」

「じゃあまた3日後ね。・・・ってその日は予定があるわ。4日後に持ってきてくれる?」

「二日後ではどうでしょう?先生。」

「ふふ、言うじゃないの。じゃあ楽しみにしているわ。」


そして彼女は約束どおり二日後やって来た。


「ふーん。どうやらアタシの言ったことが解ってきたみたいね。」

「はい」

「でも駄目よ。これは確かにあなたのオリジナル・・・あなたの作品にはなってる。でも

これって誰が観る映画か考えているの?」

「え!」

「これはアタシが気に入る様にだけ書かれてる。・・・これは答案じゃ無いのよ。たった

1人に100点を貰って嬉しいの?」

「いえ・・・」

「じゃあ書き直しね。今度は・・・」


それからもアスカは彼女に対して苦言と添削を続けていった。

そして1ヶ月を過ぎた辺りから彼女は泊まり込む様になり、シンジの心配をよそに2人は

夜を徹してこの作業に没頭することもあった。




それから・・・




「シンジ!やっと出来たわよ。完璧だわ!」

「おめでとうアスカ。よく頑張ったね。」


あれから2ヶ月後、やっと満足の行くシナリオが完成したのだ。


「アタシの実力なら当然よ!・・・だから後であの子を誉めてあげて。」

「うん・・・解った。」


リビングのソファーには満足そうな笑顔を浮かべて眠る1人の女性がいた。


「シンジ・・・」

「ん?」

「誉めてくれてありがとね。」

「うん・・・」



その晩、シンジの手料理でささやかなお祝いのパーティを開催したのは言うまでもない。


そして数日後、アスカは映画化に際しての契約書にサインした。








「シンジ・・・シンジ!」

「ん?何だいアスカ・・・えっ!」


シンジの目の前にアスカが立っていた・・・出会った頃の姿で・・・


「シンジ、ちゃんとアタシの声が聞こえてる?」

「ああ。」

「アタシの姿が見えてる?」

「ああ。中学生の頃かな?何か懐かしいね。」

「そう、良かった。大体は解っていると思うけど、もう行かなきゃならないみたいなの。」

「僕を置いてかい?」

「そうよ。やりたいことはやったし、子供達は皆独立したわ。後は・・・これだけ。」

「何だかあっという間だったなあ。楽しいことは早く終わるって本当だね。」

「本当にね。・・・アタシもアンタと会えてすっごく楽しかったわ。」

「僕もだよ。」

「こんな女に今までつき合ってくれてありがとね。シンジ。」

「僕の方こそ・・・こんなつまらない男だったのに・・・」

「バカね・・・」

「もう会えなくなるのかな。何だか寂しいな。」

「ちゃんと待っててあげるからね。・・・でも、なるべくゆっくり来なさいよ。」

「ああ。解ったよ・・・アス・・・カ・・・」


シンジが目覚めたとき、アスカはシンジの手を握っていた。そして・・・












「ごめん・・・アスカ。結局僕はアスカを騙してしまった・・・」


アスカの墓に花を添えるシンジ。その横には相田が立っていた。


「そうじゃ無いんじゃないですか。たとえ映画化があなたの作り話だったとしても・・・」

「アスカを元気づける為とはいえ、君や彼女に色々ご迷惑を掛けてしまいましたね。」

「先生は輝いていましたよ。過程はどうあれ、それは本当です。私も彼女も勿論迷惑だな

んて思っていませんよ。・・・私も楽しかったし・・・特に彼女なんか、シナリオが何だ

か解ってきたと先生に感謝していましたよ・・・彼女は大きくなりますよ。」

「でも・・・」

「そうそう、実は先生から預かっている物があるんです。」

「アスカから?」


そう言うと鞄の中から1冊の封筒を取りだし、シンジにそれを渡した。


「これは?」

「まあ開けてみて下さい。」


シンジが手に取ったそれにはシナリオ募集の申込用紙、彼女と共同執筆になったシナリオ

の原稿。そして1通の手紙が入っていた。

封を開く手ももどかしくシンジはその手紙を開く。




−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−




今頃アンタはどこでこの手紙を読んでるのかしら?多分アタシのお墓の前ね。


こら、バカシンジ。よくも最後の最後になってアタシを騙そうとしたわね。

アンタのサル芝居なんか全部アタシにはお見通しなのよ。

大体アンタがアタシを騙そうなんて1世紀早いわ。


ふふ、シナリオと申し込み用紙のコピーを見てびっくりしてるでしょ。

アタシも最初は騙されてあげようかとも思ったんた。

けど、それじゃアタシの気が晴れないからどうしてやろうと思ってたら、シナリオの一般

公募をやってるって言うじゃない。それでいっそのことこのシナリオを「本物」にしてや

る事にしたの。

でも締め切りがあったのよね・・・お陰であの大車輪の生活だったのよ。

全く・・・今になって締め切りに追われるとわね・・・

それに焦ったわ・・・多分、次の公募の時期にはアタシはもういないだろうから・・・




ごめん、アタシ知ってたんだ。・・・自分がもう長くないこと。

それにこれが気落ちしたアタシを元気づける為にしてくれたお芝居だってことも。

でもアンタの性格だから今頃アタシのお墓に「ごめん」とでも言っているでしょうね。

謝る必要なんか無いわ。だってあのシナリオは「本物」になるのよ。

※ この天才アスカ様が指導したシロモノが不採用になるわけないでしょ。

だからアタシの小説を原作にした映画が作られるのはいずれ本当のことなのよ。

これでシンジはアタシに嘘なんかついてないことになるわ。



長い間ありがとねシンジ。これからも安心して暮らしてね。


じゃあ、またね。



追伸

ちゃんと待っててあげるから、ホントに謝りにきなさいよ。なるべくゆっくりね。

それと・・・浮気は許さないわよ。


−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−


「やれやれ・・・やっぱり・・・アスカには勝てないなあ。」


手紙を読み終わり、苦笑しているシンジに相田が話しかける。


「碇さん。実はこのシナリオなんですが、今回の最有力候補なんですよ。まあ更に会議を

重ねますがね。」

「そうなんですか・・・それを聞いてアスカも喜ぶでしょう。」

「今日はその報告にも来たんです。それとお預かりしている契約書も本物のつもりです。

・・・いつか試写会にご招待しますよ。」

「楽しみにしていますよ。」

「じゃあ私は会議がありますのでこれで失礼します。」


そう言って相田は去っていった。

そして少しの時が流れ、シンジも帰ろうとしたその時、太陽の強く、そして柔らかな光を

一瞬とても強く感じた。


(バカシンジ)


シンジの耳にそこからアスカの声が聞こえたような気がした・・・








                                                   end
















後書き


初めまして。K−Uと申します。

私の初投稿作品をここまで読んでいただき、ありがとうございました。


「老い」ってどういうことだと思いますか?

私は前進を止め、未来を「夢」見なくなった頃からだと思っています。

決して戸籍上の年齢が増えたり、肉体の老化が始まることだけでは無いでしょう。

ですから街中に流行のファッションに身を包んだ10代の「老人」がいたり、逆に80歳

を過ぎた「青年」がいても私にはおかしくありません。


あの2人ならそんな若さを持ち続けるだろう思ってこんな話を書いてみました。


では、失礼します。




記念コメント

シンジ:いいね、こういうのって・・・ アスカ:そうね・・・ シンジ:あれ、アスカ?何だかいつもと違うね。 アスカ:・・・そう?アタシはいつものアスカよ。 シンジ:いや・・・アスカならなかなか誉めないじゃない。誉めたにしても・・・ アスカ:これは特別よ。 シンジ:特別? アスカ:うん。アタシ、こういうお話、好きなのよ・・・ シンジ:僕も・・・アスカと同じで好きだな。 アスカ:アタシ達も、こういう老人になれたらいいわね。 シンジ:うん・・・綺麗に年をとってね・・・ アスカ:シンジとなら・・・ シンジ:アスカ・・・ アスカ:子供や孫に恵まれてもいいわよ。 シンジ:ア、アスカぁ!! アスカ:ふふっ、じょーだんよ!!ちょっとからかってみただけ!! シンジ:もう・・・きつすぎるよ、アスカの冗談は・・・ アスカ:・・・・ま、100%冗談な訳でもないんだけどね・・・・・
かくしEVA管理人、高嶋です。 いやぁ、ずるずると続けてる一周年記念も、さりげなく量が増えましたね。 ありがたいことです。 そして、今回の作品はK−Uさん。素晴らしい作品を有り難う御座いました。 結構私のつぼにはまるような作品でして・・・わたし的には好きなタイプのお 話だったりします。読んで下さった皆さんはどうでしょうか?感じるところが あったら、是非感想のメールを書いてあげて下さいね。

K−Uさんへの御感想はこちらへ:kazuo-u@mail.netwave.or.jp
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